03
「その、ごめん。もう真っ暗だ」
クラウがそう言うと、アスカは手を振って、
「いえ、気にしないでください。野宿にならないだけましですよ」
「でも、今から宿を見つけないといけないんじゃないのか?」
「あー……。そう言えば、そうでした……」
どうやらこの少女、宿のことを本気で忘れていたらしい。クラウは苦笑するのと同時に、この少女なら信用できると思った。
先ほど、資料にはないクラウの考察を述べた時、アスカは他の誰にも言わないと約束してくれた。所詮は口約束だが、不思議とこの少女なら約束を守ってくれそうだ。それに何よりも、長い話だったというのに、最後までしっかりと聞いてくれた。
後悔は、したくない。
「なあ、アスカ。聞いていいか?」
「はい?」
「この後もまだ、この町に滞在するのか?」
まずはこの確認だ。クラウが語った内容で満足してしまったのなら、こんな町に長居する必要はない。明日にでも出立してしまうだろう。
「はい。私ももう少し調べようかと思います」
小さく安堵の吐息を漏らす。続けて、
「それじゃあ、提案なんだけど。片手間でいいから、俺の研究を手伝ってくれないか? 見返りは、ここ、つまりは宿の提供と、食事。どうかな?」
断られるだろう、とは思う。この提案は見方を変えれば同棲しようと言っているようなものだ。いや、周囲からは間違い無くそう見られることになるだろう。女の子がさすがに受け入れないよな、と思っていたのだが、アスカの返答は意外なことに、是非お願いします、というものだった。
「い、いいのか? 本当に?」
「はい! むしろこちらからお願いしたいぐらいです!」
危機感というものはないのだろうか。いや、クラウとしては、助かるのだが。
「あ、ちなみに、クラウさんに限ってないとは思いますけど、変なことをしにきたら……、斬ります」
「あ、ああ……。分かった。もちろんしないよ」
こうして、研究所兼自宅での、アスカという少女との二人暮らしをすることになった。
・・・・・
飛びかかってきた最後のウルフを斬り捨て、しかしそれでもまだ周囲を警戒する。襲ってくる何かがいないことを確認して、アスカは剣を鞘に収めた。
今いる場所は、レスタの側の森の中だ。今朝、冒険者ギルドに顔を出したところ、ウルフが森に出没するようになってきたので討伐してほしい、という依頼があったため受けてきた。今のところ金に困ってはいないが、定期的に体を動かしておきたいと思っていたので丁度良い依頼だった。
それにしても、とアスカはウルフの死体を見る。血の臭いが鼻に届くが、アスカは少しだけ眉根を寄せただけだった。
ウルフを見ると、まだ平和に暮らしていた頃を思い出す。レヴィアと共に討伐に出かけ、色々なことを教わった。まだ、平穏が続くと信じて疑わなかった頃だ。
あれから、五十年。レヴィアの、赤姫の眷属に、つまりは吸血鬼になってしまったアスカは、やはりと言うべきか老いることがなかった。そのため、一つの町に長期間留まることができず、常に世界を巡っている。レヴィアを探したいという気持ちに変わりはないため困っているというわけではないが、この先のことを考えれば不安になることもある。
自分は、いつ死ぬことになるのだろうか。
五十年。そう。五十年だ。冒険者なら引退を考えなければならない年だ。だがアスカは、未だ全盛期の肉体のまま、経験だけを積み重ねている。
色々なことがあった。多くの出会いがあり、別れがあり、そして何度も死線をくぐった。悪運が強いのか、未だ死ぬことなく生きながらえている。そうして気づけば、アスカは金級になっていた。
アスカを金級へと昇格させた国は、アスカが赤姫の眷属ということを知っている。知っていてなお、アスカに自由と権力を与えた。赤姫を探し出すなら必要だろう、と。あの王家と関わったのは本当に偶然ではあったが、今では本当に感謝している。いずれ、王が存命な間に、もう一度訪れたいものだ。
少しだけ懐かしく思いながら、アスカはウルフの牙を落とし、そして死体は袋の中へ。あまり美味しくない肉ではあるが、殺した以上はできれば食べてあげたい。ただの自己満足とは分かっているけども。
それに、町から町への移動中、肉がなかなか手に入らない時もある。そういった時はウルフの肉でも貴重品だ。あって困ることはない。
依頼された数の討伐は終えたので、そのままレスタへと向かう。
この町に来て、すでに二週間が経過している。その期間、ずっとクラウという青年に世話になっている。
男の家に泊まり込むということに思うところがないわけではないが、例えクラウが血迷って襲ってきたとしても撃退できる自信があるので問題はない。
当初は赤姫についての資料を閲覧できれば十分だと思って訪れた町だったが、クラウのように今も調べている人がいるとは思わなかった。資料を探さなくても教えてくれる人がいるのはとても便利だ。この言い方はクラウに対して失礼だとは思うが。
「何かお礼ぐらいしないといけないかな……」
手伝いぐらいしようと思っていたのだが、今のところクラウから何かを頼まれたことはない。あるとすれば、考察についてどう思うか聞かれた程度だ。クラウの考えについてアスカが思ったことを答えることを何度かやっているが、結局はその程度だ。家事すらクラウがしているので、アスカの出る幕がない。
「まあ、何かあれば言ってくれるかな……」
下手なことをするよりも、待っている方が確実だろう。そう思うことにする。
クラウの家に戻ったアスカは、あてがわれた部屋で手早く剣の手入れをしてしまう。クラウ曰く、何も使っていない部屋だから自由に使ってくれとのことなので、お言葉に甘えさせてもらっている。何も使っていないわりにベッドなどはあったが、本当は何の部屋だったのだろうか。
手入れを終えたアスカがリビングに向かうと、クラウは借りてきた資料をテーブルに広げて読みふけっていた。
クラウの集中力は大したもので、こうなるとアスカが声をかけても気が付かない。感心してしまうほどの集中力だ。
クラウがこれほどまでに赤姫に執心している理由を、アスカは知らない。直接会ったわけでもないはずだ。レヴィアが見逃すはずがないのだから。
不思議に思うのと同時に、好ましくも思っている。友達が気に掛けてもらえるのは、やはり嬉しいものだ。例え、どのような理由であっても。
現在、クラウは赤姫の襲撃の理由は、襲われた場所にも何か理由があるのではと考えているらしい。アスカも同じことを考えて、調べたことがある。金級になって情報を得られるようになって、導き出された答えは、何とも言えないというものだった。
レヴィアが襲った町の一部については、確かに極秘に何かしらをしていたらしい。危険な兵器の開発であったり、非人道的な、例えば奴隷の売買であったり。だがそういった町は一割程度だ。むしろ一割もあったということを嘆くべきだろうか。
余談だが、アスカの町でも広範囲を殲滅するような危険な兵器が作られていたらしい。他の場所には何の資料もなかったが、マリベルから譲り受けた袋の中に、彼女の手記が残されていた。もしかしたらマリベルは何かを察してこうして残していたのかもしれない。今となっては、確認することなどできないが。




