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真祖赤姫  作者: 龍翠
閑話
13/42

赤の記憶

途中で切ると中途半端な長さになってしまうので、いつもより長めです。

 悲鳴が響き渡る。何故、どうしてと人々が叫ぶ。誰かがレヴィアの名を叫ぶが、そんなことは興味がないと全てを殺していく。

 世界に恐怖を植え付けるために。赤姫という恐怖を忘れさせないために。むごたらしく、殺してあげよう。

 赤姫が歩く。ゆっくりと、けれど確実に蹂躙していく。学校の地下から始まった殺戮は、最初に北へと向かい、のんびりとした足取りで町中を巡る。

 逃げようとする者も大勢いるが、無駄だ。逃げられないように、町を結界で囲っている。全て殺し尽くすまで、この結界を解くつもりはない。


 今回の殺戮は、まずは学校の地下、つまりはあの爆弾に関わった者から始めることになった。あの爆弾を広めるわけにはいかない。後世に伝えさせるわけにはいかない。ここで、跡形もなく消滅させる。

 設計図も、計画書も、全てを燃やし尽くした。完成された爆弾も、復元できないように細かく砕いた。精霊たちからの報告で設計図は未だここにあるものしかないとのことなので、これでもう爆弾が作られることはない。

 それにしても、と思う。女神から連絡を受けた時は半信半疑だったが、まさか人間がこれほどの兵器を作り出すとは思わなかった。驚愕と共に、安心もする。


 この兵器を作るということは、未だ赤姫の真意に気づく者はいないということだ。

 ただ、今後はもう少し警戒が必要だろう。まだまだ自分は、赤姫は、死ぬわけにはいかない。この世界のためにも、必要な悪なのだ。

 そんなことを考えながらも、レヴィアの動きが止まることはない。変わらず、殺し続ける。

 途中で、見知った男を見つけた。アスカの父親だ。こちらを見て、驚愕に目を見開いている。


「どうして……」


 その男の声に、レヴィアは目を伏せて、そして言った。


「ごめんなさい」

「……っ!」


 男が息を呑む。そしてふっと息を吐き、泣き笑いのような表情を浮かべた。


「アスカのこと、よろしく頼む」

「ん……」


 指先から魔力を放ち、男の胸を、心臓を穿つ。それだけで、男は絶命した。

 世界への見せしめのためにも、全ての死体を破壊した方がいい。そう分かっていても、その男だけにはこれ以上手を出さなかった。


 さらに殺し続け、歩き続け。たどり着いたのは、アスカの家だ。もうすでに、他の人間は殺し尽くしている。ここが最後だ。意識していたわけではないが、無意識に避けてしまっていたらしい。

 扉を開ける。中にいたのは、当然ながらアスカの母親。もうすでに全てを察しているのだろう、こちらを見て、父親と同じような泣き笑いを浮かべた。


「いらっしゃい、レヴィアちゃん。ご飯、食べて行きなさい。作り終わってるから」


 見ると、テーブルの上には一人分の食事があった。わざわざレヴィアのために作ってくれたらしい。


「あの人は?」


 父親のことだろう。静かに告げる。


「殺した」

「そう……」

「死体は、きれいなままにしてある。壊してない」

「あら。ありがとう」


 苦笑を浮かべるアスカの母。レヴィアはそれ以上は何も言わずに、彼女の対面に座った。


「もう誰もいないのでしょう?」

「ん」

「ゆっくり食べなさい。毒なんて入れていないから」

「入れていても、毒程度で死なないけど」

「あら。すごいのね、吸血鬼って」


 アスカの母は笑う。その場から動こうとはしない。これから起きることを、これから死ぬことを受け入れているかのように。


「死ぬのが怖くないの?」


 レヴィアがそう聞けば、彼女は薄く苦笑して肩をすくめた。


「もちろん怖いわよ。アスカのことも、心残りになるわね。けれど……。あなた、見逃してくれるつもりはないのでしょう?」


 レヴィアが小さく頷く。すでに一度、機会は与えた。レヴィアが赤姫だと気づいていなかったとはいえ、それをふいにしたのは他でもないこの家族だ。


「私が赤姫だと知った以上、殺さないといけない」

「そう。それなら、仕方ないわね」


 随分とあっさりとしたものだ。レヴィアは怪訝に思いながらも、それ以上は何も言わなかった。

 目の前の料理を見る。肉を何かのたれでつけ込み、焼いたものだ。良い匂いが鼻をくすぐる。吸血鬼であるレヴィアにとって食事は必要というわけではないが、それでも人間だった名残なのか、食欲はある。とても美味しそうだと感じてしまう。

 ナイフとフォークを使って肉を切り分け、口に運ぶ。濃厚なたれの味の中に、溢れる肉汁がうまく合わさってとても美味しい。今まで食べたことのない味だ。


「アスカが一番好きな料理なのよ」


 彼女の声に、レヴィアは動きを止めた。


「アスカは、どうなるのかしら」

「ん……。あの子は、私が赤姫だとは気づいてない。だから見逃す。依頼でお金をそれなりに渡してあるから、まあ、どうにかなると思う」

「やっぱりあの依頼はそのためのものだったのね。学校として依頼を出せるなんて、実はそれなりに深いところにいたのかしら」

「まあ、それなりに、とだけ」


 経歴を偽り、催眠も使い、あらゆる手を使ってあの学校の最深部に潜り込んだ。最初に少し苦労しただけあり、ある程度の無茶が通ったものだ。もっとも、もうやりたくはないのだが。


「ごちそうさま。美味しかった」


 レヴィアが食器を置くと、彼女は満足そうに微笑んだ。一枚の紙をレヴィアに差し出してくる。


「これを持って行って。この料理のレシピ。私は私のお母さんに、お母さんはおばあさんに代々受け継がれている料理なの。途絶えさせたくはないから、あなたに託すわ」

「…………」

「いつか、アスカに教えてあげて」


 頷くことはできなかった。レヴィアはもう、アスカと関わるつもりはない。アスカもきっと、レヴィアは死んだものだと思うはずだ。それに、両親を殺したレヴィアがどの面下げて会えるというのか。

 レヴィアが無言でいると、彼女も何も言わずに、その紙をテーブルに置いた。


「楽しかったわ、レヴィアちゃん。アスカのこと、よろしくね」

「ん……。あなたの死出の旅に、精霊の祝福がありますように」


 アスカの母は微笑みながら椅子に座り直す。レヴィアはその彼女の胸へと、心臓へと、魔法を放った。




 アスカの母を殺した後、レヴィアはアスカの部屋に向かった。空間魔法を使って、自分の空間から一つの袋を取り出す。金貨が詰まった袋だ。あの爆弾の完成の報酬にともらったものだ。レヴィアにとっては不要なものだが、アスカには必要なものになるだろう。

 依頼を出した時は、アスカの両親を殺すつもりはなく、彼女たちは一家で生き残るはずだった。両親がいれば大丈夫だろうという最初のお金だったのだ。アスカ一人では、きっと立ちゆかなくなる。この金があれば、冒険者として独り立ちできるまで足りるだろう。

 書き置きを残し、アスカの家を後にする。このまま立ち去ってもいいのだが、もう少し町に残ることにした。

 この町で過ごした思い出に浸りながら。その思い出に決別するために。

 いつもの、儀式のようなものだ。この町の人々の呪いを、憎しみを、全て持って行く。


「…………。あはは……」


 小さく漏れた笑いは、とても弱々しいものだった。




 どれほどそうしていただろうか。気が付けば朝になり、そしてまた日が沈もうとしている。そろそろ立ち去ろうと思ったところで、


「見つけたわ、赤姫」


 目の前に、女が立った。


「…………」


 レヴィアの両目が大きく見開かれる。彼女は後で殺しに行かなければと思っていた相手だ。それが来てくれたのだから、丁度良い。だが。


「あなたは、アスカと一緒に行ったはず。どうしているの?」


 研究に関わった者の中でも上位に位置する魔導師だ。ただ彼女はあまり研究に乗り気ではなく、だからこそレヴィアは彼女に頼んだ。指名依頼を受けたアスカをそれとなく護衛してほしい、と。

 そのマリベルが戻ってきた、ということは。


「あの依頼だけどね。途中で行商人と会って、全て買うことができたのよ」


 余計なことを。思わず舌打ちしてしまったレヴィアに、マリベルは興味深そうに目を細めた。


「まさかあなたが赤姫だとは思わなかったけど……。思った以上に人間らしいわね、レヴィア」

「余計なお世話。アスカは?」

「私だけよ」


 分かりやすい嘘だ。レヴィアの耳には、精霊たちがすでに二人、町に入ったことを教えてくれている。そのうちの一人がアスカというのも、もう分かってしまった。


 ああ、そうか。……そうか……。


 あの子には生き残ってほしかった。だが、こうして戻ってきたということは、これもきっと運命なのだろう。来てしまった以上は、見逃すつもりはない。


「何を考えているかは知らないけれど、ここで死んでもらうわ、赤姫」


 マリベルが手を向けてくる。魔法を使おうとしている。レヴィアは小さく鼻を鳴らすと、マリベルへと目を向けた。

 ぼとりと。何かが落ちる音がした。


「え……? うわああああああ!」


 響き渡る絶叫。レヴィアは興味を持てずに歩き始める。落ちたもの、マリベルの腕を拾って、あふれ出る血を飲む。可も無く不可も無く、まあ飲めないことはない血だ。


「さよなら、マリベル。良い旅を」


 マリベルの喉を掴み、そして恐怖に目を見開く彼女に笑いかけ、その喉を握り潰した。落ちた頭を右手で掴み、残りの体を左手で引きずって、町を歩く。精霊からの声を頼りに向かう先は、やはりと言うべきか、アスカの家だ。

 あの子は、どう思っているだろうか。どのような罵倒を受けるだろうか。少しだけ気を落としながらも、赤姫は最後の生き残りの元へと向かった。




 そしてその最後の生き残りは旅に出た。赤姫と同じ呪いを背負い、終わりのない旅へと。レヴィアは離れた場所で、静かにそれを見守っていた。


「生かしたのですね」


 ふわりと。レヴィアの隣に、それが現れた。

 長い金の髪に金の瞳を持つ女だ。ふわふわと宙に浮き、物憂げな眼差しをレヴィアへと向けている。この世界の管理者にして精霊たちの頂点、女神だ。

 レヴィアはその女神を一瞥すると、小さく鼻を鳴らした。


「どの口が言ってるの。私の障壁を消してまで」

「私が行ったことはそれだけですよ。あとは、あなたの意志です」

「…………」


 女神の言葉に、レヴィアは不機嫌そうに眉根を寄せた。

 アスカが気を失った後、レヴィアはアスカを殺せなかった。

 アスカはレヴィアの、吸血鬼の血を飲んでしまった。それはつまり、アスカはレヴィアの身内となってしまったということだ。殺そうとは、思えなくなっていた。

 だがかといって、面倒を見ることもできない。レヴィアが歩く道は、全ての憎悪を背負うものだ。この優しい少女を巻き込みたくはない。


 せめて、旅立ちぐらいは支援してあげよう。そう考えて、まずはアスカの剣を魔法によって修復、ついでに様々な付加魔法も加えておく。これがあれば、剣を買い換える必要はないだろう。

 次に、討伐軍を待つ。吸血鬼の血を飲めば体の組み替えに長期間目を覚ますことはない。だからこそ、目覚めた時に説明をする者が必要だ。

 町に置き去りにしておいたアスカが保護されたところで軍医を脅迫。あとは彼に任せたが、それなりにうまくやってくれた。魔大陸へと送ったのは、礼がわりだ。

 この後はアスカの道だ。自分でどうにかするだろう。しなければ、ならない。


「まったく……。気に入るんじゃなかった」

「やはり気に入っていたのですね」


 そう言って笑う女神を睨み付け、レヴィアは踵を返した。アスカが心配ではないと言えば嘘になるが、いつまでも見ていても仕方がない。


「ん……。まあ、楽しかったよ。だから、うん。アスカ」


 君の旅に、精霊たちの加護がありますように。


 レヴィアが謳うようにつぶやく。レヴィアの願いを聞いた精霊たちがこっそりとアスカへとついて行く。

 レヴィアは関与していない。精霊たちが勝手にやっていることだ。


「屁理屈ですね」

「うるさい」


 レヴィアは鼻を鳴らすと、日の下を歩くアスカから逃げるように、その場から姿を消した。


壁|w・)以上、赤姫サイドでした。


次は第二話。時間が飛びます。

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