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「とまあ、ここまでが討伐軍の考えなわけだけど」
不意に軍医の声が明るくなった。不思議に思って顔を上げれば、彼は薄く笑って、
「私はね、どんな理由があるにせよ、君みたいな若い子を殺すなんてやってはいけないと思っている。まだ何もしていない子を殺すだなんて、そんなもの、赤姫と大差ないじゃないか」
だから、と軍医は続ける。
「君の荷物はそこにある。それを持って、逃げるといい。なに、君の体は唐突に燃えてしまったと報告しておくよ。なにせ赤姫に襲われたのだからね。何があっても不思議じゃないだろう?」
誰も赤姫の能力の説明などできないのだから。軍医はいたずらっぽく笑って、さあ、とアスカを促す。アスカは戸惑いながらも立ち上がり、指し示された方を見た。アスカの荷物と言われたのは、アスカが持っていた私物と、部屋にあった金貨の詰まった袋。
「あの、さすがにあれを持って行ってしまうと、軍医さんが疑われるんじゃ……」
「ん? ああ……。うん。気にしなくていい」
「え? あの、でも……」
「子供は大人に甘えるものさ。子供の旅立ちを支援しない大人なんていないのさ。これぐらい、どうとでも言い訳してあげよう」
何を言っても無駄らしい。アスカは頷いて、自分の荷物を手に取る。荷物には、マリベルからもらった袋もあった。剣も、ちゃんとある。折れてしまっているだろうが、ないよりはましだろう。
そう思って抜いてみると、そこには新品のような剣があった。
「え……」
「ああ、その剣はすごいね。魔剣の類いじゃないか。両親からもらったのかな? 随分と奮発してくれたものだね」
「え、あの……。えっと……。そう、なんですか?」
アスカが首を傾げて、軍医は知らなかったのかと笑った。
「特殊な魔法がかけられているよ。どんな衝撃を受けても壊れない。刃こぼれさえしない。さらには剣の質以上の切れ味もあるだろう。大金貨十枚でも買えるかどうかという代物だね」
それはあり得ない。両親の収入でそんな剣が買えるはずがないし、何よりこの剣は、間違い無く折れたはずだ。
それなのにここにあるということは、つまり……。
「まさか、レヴィアが……?」
意図が分からない。アスカを殺そうとしておいて、何故このような手助けをするのか。いや、そうだ、そもそもあの依頼からして……。
「あー……。考え事は後にしなさい。夜が明ける前に行った方がいい。誰かに見られるかもしれないからね」
「あ、はい……。今は夜なんですね」
ずっと眠っていたためか、全く気が付かなかった。アスカは頷いて、剣を腰に吊る。荷物は全て、マリベルの袋に入れることができた。予想以上にすごい袋のようだ。
心の中で、マリベルに感謝する。できれば、生きているうちにお礼を言いたかった。
「色々と、ありがとうございました」
アスカが頭を下げると、軍医は笑いながら手を振った。
「気をつけていきなさい。良い旅を」
「はい……!」
そっと外を窺い、誰もいないことを確認する。もう一度軍医に頭を下げて、アスカはテントを後にした。
・・・・・
「これで良かったかな?」
アスカを見送った軍医が言う。軍医以外誰もいなかったはずが、ふわりと、軍医の後ろに白髪の少女が現れた。
「ん。協力ありがとう」
「いえいえ。まさか赤姫から協力を頼まれるとは思いませんでしたね。……脅迫でしたけど」
ここで死ぬか協力するかの二択だ。協力するしかなかった。
「ん。じゃあ次の二択」
「今度は、何でしょう」
「私の姿を見た以上、あなたは殺さないといけない」
話が違うだろう。思わずそう言いたくなったが、相手は赤姫だ。もうどうにでもなれ。
「そうですか。それで、二択とは?」
「私と一緒に魔大陸に行くか、ここで死ぬか。どっちがいい?」
魔大陸。赤姫が自身の魔法によって壁を造り、人の行き来を拒絶した大陸。魔大陸がどうなっているかは、誰にも分からない。
「魔大陸で死ねと?」
それならここで死んだ方がいい。赤姫を振り返るが、しかし彼女はこれ以上何も言うつもりはないようだった。
「ふむ……」
少し考えてみる。やはりどうせなら、誰も知らない魔大陸を見て死ぬのも悪くはないかもしれない。軍医は頷くと、赤姫へとそう答えた。
翌朝。軍医と、そして生き残りが消えたことで騒然となり、捜索隊が組まれることになったが、誰にも彼らを見つけることはできなかった。
・・・・・
空が白み始めてきた。のんびりと街道を歩きながら、アスカは物思いに耽る。たった一日で孤独になってしまった悲しみもあるが、それよりも、どうしてもレヴィアの意図が気になってしまった。
あの学校の依頼。あの依頼は妙なものだった。別にアスカでなくても良かった依頼だったのに、アスカへの指名依頼だった。そしてレヴィアは学校で何かをしていたのは間違い無い。あの依頼は、もしかすると、アスカを逃がすためのものだったのではないか。
アスカが両親と行けないことを知ると、彼女は残念がっていた。レヴィアは、アスカだけでなく、アスカの両親も逃がそうとしていたのかもしれない。きっとあの時には、もう町を襲う日を決めていたのだろう。
だがレヴィアの思惑から外れ、両親は町に残り、そしてアスカは十日の旅路のはずが四日ほどで戻ってきてしまった。それが今回の結果なのだろう。
依頼で買ってきたものは、全てがポーション、治療薬の材料に使えるものだ。提出の必要がなくなれば、旅をする上でとても大事なものになる。最初に渡されたお金が多かったのも、最初の資金にできるように、という配慮かもしれない。
あまり思い出したくはないが、死体の状態を考えても、レヴィアの思惑が透けて見える。ほぼ全ての死体が無惨に破壊されていたのに対し、アスカの両親だけは心臓を一突きだった。せめてもの情けだったのかもしれない。まず殺してほしくなかったが。
そして、アスカの部屋にあった金。その手紙。一人きりになって悲嘆にくれるアスカのために、残してくれたものではないか。最初の生活に困らないように。
そこまで推測してみたが、結局これら全てはアスカの推測だ。実際の思惑は分からない。だが、それでも、恐怖の象徴でもある赤姫の行動だと考えると、やはり疑問が尽きない。
レヴィアは、一体何を考えていたのだろうか。
腰に吊った剣を抜いてみる。これも、やはり間違い無く、父がアスカのために買ってくれた剣で間違い無い。アスカが気を失った後に、何らかの方法で修復、そして強化してくれたとしか考えられない。
買い換えが必要のないように。レヴィアの眷属に、吸血鬼となってしまったために不老となったアスカのために。
よし、とアスカは頷く。不老のせいで一つのところに長く留まれない、当てのない旅になる。どうせなら、レヴィアを探し出して真実を問い質そう。それを、旅の目的にする。
そう心に決めて、アスカは朝日の中、旅に出た。
いつ終わるのか分からない、それどころか終わりがあるかも分からない、長い旅へ。
その後ろ姿を白髪の少女が見守っていたのだが、何も言わず、姿を消した。
壁|w・)第一話終了。次は幕間、赤姫視点で一部ネタばらしです。




