プロローグ
その土地は、赤かった。
赤い、赤い真っ赤な土地。草木すら赤に染まったその場所には、数多くのものがある。死体だ。全ての死体が無惨に引き裂かれ、臓物を引きずり出され、それでもまだ足りないとばかりに血肉が散乱している。それが、見渡す限りずっと続く光景だ。
赤い。赤い。全てが赤い。真っ赤な血に染まった地獄絵図。
そこを歩くのは一人の少女。深紅のワンピースを身に纏い、血だらけの大地を歩いて行く。ぺちゃりぺちゃりと音を立て、一人孤独に歩いて行く。右手に持つのは人間の頭。引きちぎったところなのか、その首からはまだ血が流れている。
少女もこの土地と同じく、赤い。全てが同じ赤。血の赤だ。血に染まる髪にわずかに白色が見て取れることから、少女の髪はきっと白いのだろう。だが今は、赤だ。
ふと、その少女が顔を上げた。小さく嘆息して、そして口角を持ち上げる。おぞましい笑顔を浮かべ、持っていた頭をその場に放り捨て、少女は駆けだした。
その直後に、巨大な炎の玉が落ちてきた。それは一つだけでなく、二つ三つと続けて落ちてくる。少女を狙ったその炎は、しかし少女にかすりもせずに、周囲に散乱している死体のみを焼いていく。
走る。走る。炎が放たれる先へと。
そうして見つけたのは、赤が途切れた場所。本来の草原に立つ、数十人の人族と魔族の混成部隊。
それを見ると、感慨深いものがある。一年前は彼らはお互いを殺し尽くそうと戦争していたはずなのに、今では手を組んで少女を殺そうとしているのだから。
「きたぞ! 構え!」
誰かが叫ぶ。きっと隊長か誰かだろう。だがそんなもの、少女には何の興味もない。
そして始まる。蹂躙。
少女が腕を振るえば体が引きちぎられ、魔法を唱えれば集団が灰と化す。今までと変わらない。繰り返される殺戮。無論彼らも黙ってやられるわけではない。いくつもの剣が、いくつもの魔法が少女を襲うが、しかしそれらは全て、少女には傷一つつけられない。
少女の体を覆う、薄い魔力の膜。それが全てを防いでしまう。
怒号と悲鳴が響き渡る。命乞いが少女の耳に届くが、ならばここに来るなとばかりにそれすらも踏みにじる。ここにいる時点で、彼らの運命は決しているのだ。
戦いなんて起きていない。起きているのはただの虐殺、殺戮、蹂躙。瞬く間に広がる赤の世界。そして最後に残された人間の頭をわしづかみにして、引きちぎった。
「こりないやつら……」
吐き捨てるように少女が言う。見た目通りの高い声。右手に持った新しい首を持ち上げて、あふれ出る血を口に流し込む。
不味い。
少女は血を嚥下して、再び歩き出した。赤い世界を当てもなく、たった一人で。
少女は最後の吸血鬼。本能の赴くままに、殺し尽くし飲み尽くす最後の真祖。
彼女が歩いた場所は赤に染まる。人々を殺し尽くし、死体を弄び、そうして全てが赤になる。
その少女を怖れる世界は、彼女のことをこう呼んだ。
赤姫、と。
……未だ世界は、彼女の目的を知らない。