神飛賊とお姫様
「これで、何日だ」
太陽がない牢獄では、時間の概念が無い。滴る水滴の音だけが唯一の刺激だ。
髭も処理されず、口にかかり鬱陶しい。ナイフがあれば、簡易に処理をしたいが、そんなもの、看守が許すわけがない。
今こんな状態になっているのは、だいぶ前の話だ。当時は若く、全てが自分の手の中にあると勘違いしていた。魔王を倒した勇者に挑み、勝利した。ある国にその力をかわれ、ドラゴンを単騎で絶滅させた。そして、次の国の依頼では暗殺者の最高位の称号である、アサシンの集団を十三人暗殺した。
何もかものすべてが簡単だった。勇者たちとも何度も手を合わせて、勝ち、勝ち、勝ち、勝ち続けた。そして、帝国では、神飛賊というアサシンの一つ上の称号をいただいた。
だが、俺は世界が気に入らなかった。すべてが壊せる世界。そんなもの見てて、脆くて仕方がない。城の柱も、勇者の命も、全てが俺の手に入れば、脆く、壊れるもの。
俺は、どこかで壊れない、奪われないものを探していたのだろう。だが、時期に我慢ができなくなった。
俺は負けたかったのかもしれない。
王城に単騎で攻め入り、その姫を暗殺する。その後、国を亡ぼすために一人で戦争を仕掛けるつもりだだった。かつては神飛賊と呼ばれた人間だが、たった一つの失敗を犯した。
「看守さん、これで俺は何日目?」
「…正確には分からん、年齢は七つ上がっているはずだ。だが、出れると思うな!」
姫様の寝室に入り、俺は殺すつもりだった。得物を握り、いつも通りにすべてを破壊し、奪うつもりだった。だが、俺の感情が抑制した。
「分かってるって…これで、31か…ついにおっさんだな」
自分の年齢に落胆するが、いまいち帝国の行動が理解できない。暗殺に失敗し、その後、牢屋にぶち込まれ、そして処刑される予定だった。
だが、姫様が俺の処刑を中断させた。
「おい、時間だ。俺は出る。くれぐれも、姫様に無礼なまねは…」
「分かってる、このくだりもいい加減飽きてきたな…看守さんいい加減転職したほうがいいんじゃないですか?」
「うるさい、俺は看守ではなく、兵士だ。そこを間違えるな!」
「へいへい」
たぶん、この牢獄から出ようと思ったら、出ることができる。多少は衰えているが、それでも力は一般人の万倍、兵士の千倍は強い。
毎日、毎日…飽きることがないな…
毎日姫様が、ある時間になると、やって来る。話す内容は、仕事の愚痴や、侍女の失敗談。そして、最近では勇者が魔法使いと結婚したという話をしてくる。
毎日、毎日、飽きることがなく、今の生活に満足をしているのかもしれない。けれど、どこか疑ってしまう。
もし、飼い犬として使うのなら毎日挨拶をしに来るとは思えない…本当に何が目的なんだろうか…
「それでね…私ったら、その侍女に言ったの、ドラゴンを倒してきなさい。まずは、それが最低条件よ!」
「そうしたら、ドラゴンはあの囚人で絶滅させましたと言ったと…」
今はお見合いをしている。帝国の姫だけに、相手は俺と違って温室育ちの坊ちゃんなのだろう。どうしても姫様は、それが気に食わないらしい。
「姫様…時間です」
付き人だろうか、いつも一定の時間を過ぎると、この人が俺たちの会話を横切る。姫様である以上、時間はとても大事なのだろう。
「分かりました。では、クルス…また明日」
俺の名前はクルス。辺境の山で育てられ、武人として、名を世界に轟かせた。それでも、勇者みたいに貴族になれるわけもなく、今に至っては囚人だ。本当に勇者たちに合わせる顔がない。
「そうですね、姫様」
「ですから!」
俺が姫様と呼ぶといつもこの人は怒る、そしていつも、こう言って会話が終わる。
「バイバイ、マナリア」
公名 マリアナ・ア・レイア・アルフレッド
すごく長い、呼びにくい。そのため、姫様から、このように言われている。
「うん」
いつも思うが、あの笑顔に俺は負けた。あの笑顔を初めて奪いたくない。壊したくない。そう思ったから、暗殺ができなかった。
…帰ったか
「どこか、寂しそうだな」
看守が話しかけてくるが、無視し、藁の上に横たわった。
辺境の田舎の人間にしては、魔王を倒し、災害と呼ばれるドラゴンの絶滅。暗殺者集団の撃滅。素晴らしい名誉あるものだ。それで、満足していれば、こんな生活をしていなかっただろう。
「おい、クルス!」
「あ?なんだよ」
「非常事態だ。何者かが、この城に潜入したかもしれない。姫様を任せていいか?」
「分かった」
考える暇など、必要なかった。
「では、牢獄の鍵を…」
看守が言葉を最後まで言う前に、牢獄のとびらを吹き飛ばした。その衝撃に、看守は気絶してしまった。
「…久々過ぎて手加減ができんな…」
姫の寝室への経路は把握している。いや、この城の構造は既に把握し、姫様のいる最短経路は頭に入っている。
最短で、姫様の寝室へ到る。途中兵士にばれても、幻影魔法で鎧を作り、誤魔化した。そして、兵士たちの動きは機微で、何かあったといわんばかりだ。
姫様の部屋に入ると生命探知の魔法を使った。
ベッドの上に一つの生命力を感じ、安堵する。
「姫様!」
ベッドには、一人の女性が怯えながらも、そこにはいた。
「クルスだ。マリアナ、大丈夫か?」
「はい、よかった…」
何か来る。まずい。ここにいてはいけない。
様々な戦場を生き抜いた生存本能か、俺の体が警告してくる。
「結界!」
部屋全体に結界を張り、一時的に防御の態勢を取ろうとしたが、どうやら上手くいったみたいだった。
「…誰だ!」
かつて、俺がやったことをするように、空いた窓に人影があった。
「…」
暗殺者は何も答えず、ただ、姫の命を狙いに襲い掛かる。
無数のナイフを姫様に向かって投げつけてくるが、それを俺は拳の風圧だけで吹き飛ばす。
その行動に反応し、一気に距離を詰めてくる。武器の持ち替え、とっさの判断、気配遮断。特別強いというわけではないが、その一つ一つからは、姫を殺す執念を感じる。
正直、姫を守りながら戦うのは苦手だ。その上、ここは室内。速さを活かした戦い方をする俺には不得手だ。だが、それでもしなければいけないことがある。
「アルフレッド」
俺にとって最初に覚えた、簡易の魔法。武器を一時的に生成し、それで戦う。久々の戦闘で魔力にムラがあるが、それでも十分この暗殺者を止めるとこができる。
刹那、俺の勝利が確定した。
「…」
姫様の前で、人殺しを見せたくはなかった。だが、こればかりは仕方がない。死体を確認するため、仮面をはがすと、そこには驚くべき顔があった。
「嘘…でしょ」
「…」
帝国でも、かなりの名前が広まった宮廷の兵士だ。看守などと違い、国の重要人物の護衛を任される程の人物がなぜ、このようなことを…
「まさか…」
この帝国には、長男が国を継ぐようになっている。無事、長男は国を継承されるが、今どうなっているか分からない。
「おい、あのボンボン、マリアナ、弟と現国王はどこにいる?」
「お兄様は今も仕事か、それとも…眠られているかです。弟のマクスは別の国に出ています」
「…国王が危ない。行くぞ!」
アリアナを抱え、国王の玉座に向かったが、そこには血にまみれた、国王が一人いた。
「くそ!」
間に合うか分からないが、必死に回復魔法を唱える。何重にも重ね、血を止める。だが、大量に出血してる上、傷口に呪いをかけられ、俺では治すことができない。
「囚人そこで何をしている!」
俺が必死に蘇生をしていると、何人かの兵士がすでに囲んでいた。
「…だが、もう少しだ」
完全な蘇生はともかく、生命活動の維持は何とかなる。生命維持の呪いをかければ、無理やり生かすことができる。その魔法を唱える隙はもうなくなった。
「姫様!早くその囚人から…」
「嫌よ!これは命令よ!」
そうだ、少しでも時間を稼いでくれ…
「できません、これは、マクス様からの命令です。もし、何かあった際には、姫様の命令だけは聞くな。と、言われています」
用意周到だなあのボンボン。そんなに玉座がほしいか。
「マリアナ、逃げるぞ!」
「え?」
周りにいる兵士を吹き飛ばし、壁に穴を開ける。そこから、二人一緒に飛び降りる。
マリアナを抱きかかえ、落ち着かせるとすぐに魔法を使った。
「アルフレッド」
天使のように羽を生やし、空中を飛び回る。かつてドラゴンとやりあった際によく使った技術だ。
「近くにあった森まで逃げれたな…」
「けど…」
「大丈夫だ。国王には強制転移の魔法を使った。転移先はあの糞ババアのところだ。今頃驚いているだろ」
かつて魔王を倒した、賢者のところに送った。寝るという概念を壊す薬を開発し、その影響で常に起きている。何かあってもいつでも任せれる。
「それなら、大丈夫ね…では、私達もマクスを捕まえるために動きましょう」
「ああ!で、どこにいるんだ?」
「…聖域、ロストソング」
「くそ、あそこ嫌い…まあいい」
山育ちに形式を求めるあの場所がどうしても嫌いだった。だが、今更止まることはできない。
「行くぞ!」
瞬時に転移すると、一人の戦士が待ち構えていた。
「勇者、エスト…押してまいる」
何も言わず、聖剣を抜き、俺たちに襲ってくる。かつての仲間でも容赦がないようだ。それで、十分だ。
「神飛賊、クルス…壊す!」
二人の威圧するような魔力が聖域を覆い、聖域内部にいる人もこちらに向かってくる。
俺には、何も必要がなかった。ただ、守るモノそれだけが俺には必要だった。
「これで、何度目だ」
「これで、通算四十八勝だ」
聖剣が本来の力を奮わなかった。それだけで、勇者は弱くなってしまった。それだけで俺は負けなかった。そのうえ、俺には守るモノがあった。仮に俺が魔王でも、負けなかった。
「何があったの?」
「ああ、最初に魔法を唱えると同時に、打ち消しを反射的に行い、俺はあいつの体内に呪いを送った。まあ、近距離だったからな…」
強者の近距離戦闘は動いたほうが負ける。動くだけで、魔法の初動が遅れ、打ち消し、間に合わず、体内で爆発される。
「さて、マクスをだしてもらうが、文句はあるか?」
「好きにしろ。俺は寝てる」
俺たちの戦いが終わるころには、聖域にいた人間が全て俺たちの周りにいた。
「おい、帝国のマクス公!あんたの側近が帝国王に攻撃をしかけた。どう説明するつもりだ」
この言葉を強めるために、傷が治った国王、そして賢者がやってきた。
「おっと、これは面白いところに来てしまったな、帝国王」
「そうだな…おい、マクス!儂を暗殺しようとしたな」
「なぜ、兄上が…」
「それはこういう事じゃ…」
俺が殺したはずの暗殺者が傷を癒され、縄で縛られている。
「自白、させたのですか?」
「ん、自白剤を作ってな…」
ああ、いつもそうだ。勇者、魔法使い、賢者、国王…いいところはいつもこの人たちにとられてしまう。だが、それでも、右手にマリアナのぬくもりを感じた。
酒飲んで書きました。