74話 人地の意味
斎藤家が近江の一部を支配し、織田家に将軍と管領が親衛隊にこっそり所属し天文20年が終った。
斎藤家は浅井朝倉連合軍に受けた損害を回復しつつ、奪った土地の安定を計り次の目標に備た。
同じく浅井家も同様に斎藤家の再侵攻に備えて、減った領地と減ってない家臣の扱いに苦労しつつ、朝倉との連携を密にしている。
朝倉家も朝倉宗滴が持ち帰った情報を元に、斎藤への警戒を強めると供に、新たに領地に加えた北近江の管理を始めていた。
織田家では新たな領地や家臣の獲得といった目立つ成長は無い。(猿夜叉丸除く)
斎藤家の侵攻に合わせて援軍を送り、六角家の牽制の為に南近江に隣接する織田家の領地で、これ見よがしに騒いで迷惑を掛け続けた。
一方で、逡巡する信長に帰蝶がある事を促した。
《そろそろ良い時期じゃないですか?》
《……どうしても必要か?》
《そりゃあ、そうでしょうねー》
《……そうか》
【尾張国/那古野城 織田家】
織田家では年始の挨拶と方針、宴会が行われていた。
今年も昨年同様、斎藤家を援護しつつ領地の発展に努めると方針が定まり、また、重大な発表と意思表明があり一時は騒然としていた。
だが、酒が入った今は、そんな事はお構い無しに騒いでいる。
大広間には同盟相手の斎藤家から、義龍の弟である斎藤孫四郎龍重と斎藤喜平次龍定、臣従した北畠具教が参加。
また。敵対したフリをしたまま臣従した今川家から、松平元康がこっそり出席して場を賑やかしていた。
実は今川家内部では、織田家への出席の人選は揉めに揉めていた。
本当は今川氏真が出席しようとして頑として譲らなかったが、今川家の新年に次期当主が居ないのは不自然に過ぎるので元康となった経緯があった。
「……何か運命的なモノが働いて、ワシは織田家に近づけないのでは無いか?」
そう言って氏真は項垂れた。
誰もが恐れる、それこそ将軍でさえ青ざめる帰蝶の特訓を唯一熱望する氏真。
その氏真は今川家が織田に臣従した時、帰蝶の特訓を受ける権利を信長公認で受けていた。(59話参照)
だが、一度として三河刈谷城から抜け出して特訓を受けた事は無い。
それは『刈谷城』から出られない、と言う訳では無い。
どんな訳か尾張に行くつもりで城を出ようとすると、背後に妻の北条涼春が控えてニッコリ微笑んでいるのである。
そんな氏真の苦闘の記録は、また別の話である。
一方広間の上座に座る二人の男の内の年配の男の方が、広間の最下座に座る二人の男を見た。
(……ん? ……。……うん?? ……うんッ!?)
年配の男は下座の男を思わず2度見して、口元に手を当てて眉間にシワを寄せた。
(……? 父上。どう致しました?)
(……あ奴は……!? ……え? ……と言う事はあの方は……!?)
北畠晴具が顔を向けた視線の先、宴会場の末席も末席、最末席に二人の男が宴席の場には相応しいが、もし本物だとしたら有り得ない程の、普通で地味な正装で慎ましやかに食事を取っていた。
そんな父の視線の先を追った北畠具教も、男達に気付いた。
(……? あの者達が何か? ……新規の親衛隊の誰かですかな? ……ふむ。身形の割には、そこはかとなく品は感じますな)
(お前も気付いたか? ……いや、でも……そんなまさか!?)
(気付く? 何にです?)
(管領の細川晴元、と言うことは……将軍の足利義藤!? イヤイヤ! 何であの方達が末席であんな地味な正装を!?)
(は? 管領と将軍って……父上。そもそも何故織田家に居るのが意味不明ですぞ。何を仰っているのですか?)
(それは……そうなのだが……でも、しかし……???)
そう。
北畠親子の視線の先には、昨年から織田家に厄介になっている足利義藤(足利義輝)こと足立藤次郎と、細川晴元こと川元晴之介が居た。
すっかり鳴りを潜めた京の文化人のオーラは、誰一人として自分達の正体を見破られる事無く馴染んでいた。
実際に見た事のある晴具を除いて。
その義藤と晴元はすっかり尾張の濃い味付けにも慣れて、逞しく過ごしていた。
京に居た頃には特に感じなかったのだが親衛隊の訓練や普段の食事を経験し、最初は余りの濃い味付けに衝撃を受けていたのだが直ぐに慣れた。
「慣れとは……恐ろしいものだな……」
「そうですな……」
2週間もしない内に、自分達で調整していた味付けは日に日に濃くなっていき、1ヶ月も経つ頃には周囲と変わらぬ味付けになってしまっていた。
二人は『慣れ』と判断したが、単に訓練の結果、汗の量が激増し失った塩分を脳が欲しただけである。
恐らく今、京に戻って食事をしたら、味のしない食事に驚愕する事間違いないはずである。
そんな濃い新年の祝いの料理を食べつつ、晴元は一応、念の為に尋ねなければならない事があった。
(藤次郎様……年が明けてしまいましたが……?)
本来の目的を忘れていないかの確認である。
2人は別に織田家に拘束されている訳ではない。
信長からは『出て行きたかったら自由に出て行って良い』と言われている。
その出ていく切っ掛けは、義藤が復権への道筋と策を思いつくかに掛かっていた。
(そうだな……。いや、復権への道はおぼろげながら見えておる)
(え!? ……では何故、織田家に留まるのです?)
晴元としては復権できる道があるなら、生活はできるが京とは別の意味で過酷な親衛隊からは、さっさとオサラバしたいのが正直な所であった。
(……濃姫殿からの『ちゃん』呼ばわりから卒業できるまでじゃ)
(あぁ……。そうでしたな。すっかり慣れて忘れておりました)
若干、武芸に対し佐々成政と近い考えを持つ義藤。
若い義藤には、まだまだ力こそが全てである。
大人の晴元は、そんな義藤の無残な姿を見て、柔軟な思考で考え剛柔使い分ける戦いを身につけ『ちゃん』呼ばわりは早々に卒業していた。
(京に居った頃は個人の武芸など適当、とは言いませんが。今ほど真剣でもなかったのも事実。これはこれで奥深い。もっと若い頃から真剣にやっておけばよかったですわい)
(クッ! 何故ワシは勝てんのじゃ!)
義藤は酒を呷って杯を晴元に突き出した。
晴元はヤレヤレと言った感じで酒を注ぐが、傍から見れば歳の差が倍以上離れている大人に、少年が悪酔いして絡んでいるようにしか見えなかった。
斎藤家からは主君の斎藤義龍が近江に留まっているので、代理として斎藤龍重と斎藤龍定が出席している。
義龍の弟で、道三の次男と三男である。
史実では義龍が道三との争いに際し2人を謀殺した。
だが、この歴史では親子対立が無くなってしまったので、普通に義龍を支える兄弟として斎藤家に仕えている。
なお、2人とも兄の義龍程に病的ではないが、自分達なりに妹帰蝶の身体と活躍を心配していた。
帰蝶の奇跡の回復から織田家との婚姻、その後の活躍は聞き及んで心配は杞憂かと思っていた。
だが最近になって、自分達の弟妹が帰蝶の特訓を受けていると知り、別の意味で心配になってしまった。
2人は帰蝶の織田家婚姻における、斎藤家論破全員斬りの伝説達成を実際に己の目で見ていた。
戦場で大暴れる妹の噂も聞いていた。
幼い弟妹を心配するなと言う方が無理である。
だから二人は今日の催しを利用して那古野に先乗りして帰蝶の訓練を見学したのであるが―――
「あいつ、斎藤家に居た時も鬼の様に強かったが……。あれは間違いだったな」
「そうですね兄上。……鬼はむしろ今ですな。私は正直、以前でもあ奴に勝つ自信は無かったですが、今はより一層自信が失せました……」
弟妹の訓練を見ようと思ったら、滅多打ちに合ってゴミクズ同然に転がる足利義藤を見ての感想であった。
ただ、これは2人の見学のタイミングが悪すぎた故の誤った判断である。
義藤はいつ織田家を出て行くのか分からないので、帰蝶は全力で鍛えていただけである。
「美濃に帰ったら我等も鍛えるか……」
「そうですな兄上……」
そう言って二人は広間の最上座上段の信長の横でニコニコ飲んでいる妹の姿を見て、病弱ではあったが可憐だった幼い帰蝶を思い出し、古き良き過去を偲ぶのであった。
その帰蝶がいる上座上段には中央に信長、上手に帰蝶、吉乃、下手側には坂茜、瑞林葵、塙直子が幸せそうな顔をして酔っ払っていた。
この三人は、新たに信長に嫁ぐ事が決まったので、この新年の集まりを利用して発表された。
冒頭の信長の逡巡はこの婚姻に際しての事である。
茜と葵は親衛隊最初期から所属し、戦功も実績も十分の親衛隊の中核を成す存在である。
顔立ちも悪くないし面倒見も良い二人は姉妹の様に仲が良く、いわゆるマドンナ的存在であった。
そんな二人は史実では信長の側室となり、それぞれ信孝と秀勝、相応院を生んだ。
しかし信長は今回の人生では歴史が変わる事を考慮し、帰蝶以外との婚姻関係は慎重にしようと思っていたのだが、帰蝶の謀略によりアッサリとその望みは絶たれた。(24話参照)
まず帰蝶が吉乃を探し出してきてしまい、半ば強引に織田家に迎え入れた。
吉乃は前々世でも相思相愛だったので、無理に拒絶する訳にもいかず受け入れた。
だが、茜と葵に関しては見初めたり政略的な思惑はあったが、それは前々世の話である。
直子に関しても同様で、実績は二人に比べれば低いが、兄の直政に従って着実に成長しており、頑張る姿は親衛隊の男の視線を集めていた。
信長と言えど魂も歳を経た今では、肉体は若くとも精神の状況が違うし歴史も変わっている。
前々世と今世は違うと割り切り、あの3人が誰か他の男の所へ嫁ぐのであれば祝うつもりであった。
それに3人とも見目麗しいのは間違いない。
この分ならば誰かが婚姻を申し込むのも時間の問題であり、前々世とは違う歴史が生まれると思っていた。
だが、信長の思惑を嘲笑うかの様に、待てど暮らせど3人が婚姻する気配が無い。
人気が高いのは間違い無いのに、そんな噂が一切立つ事すら無い。
困った信長は、それとなく親衛隊の男に聞いてみたのだが、返ってきた答えは愕然とするモノであった。
『俺ら何かが姐さん達や、直子嬢ちゃんを娶るなんて恐れ多すぎまさぁ!』
『むしろ大将が貰ってやってくだせぇ!』
『早くしないと行き遅れて可哀想ですぜ!』
何か運命が働いているとしか思えない程の明確な拒絶と、前々世には無かった崇拝を3人は集めていた。
仕方なく信長は3人を呼んで、嫁ぎ先の斡旋をしようとしたのだが―――
『嫁ぎ先……ですか……』
『うむ。お主らの功績や将来性を考えれば、どこに嫁ぐのも思うがままじゃぞ? 希望があればワシから働きかけるが?』
信長はこの時代の女には有り得ない程の好条件、嫁ぎ先の自由を提案してみたのだが、3人が3人とも顔を見合わせて微妙な顔―――
どこにも行きたくない意思を、露骨に匂わせた。
この時代の結婚適齢期は現代のそれと比べて物凄く早い。
20歳を越えたら完全に行き遅れなのである。
直子はまだ15歳だが(それでもやや遅いが)、茜と葵は17歳と18歳になるので遅すぎる位である。
それなのにも関わらず、婚姻に対し焦らない所か嫌がる理由が信長には理解できなかった。
もちろん3人には嫌がる明確な理由がある。
しかし女として婚期の遅れがマズイのも理解しているが、ある思惑が婚期を逃す事よりも耐え難いのであった。
暫しの静寂の後―――
3人は顔を見合わせて頷くと、信長の目をじっと見据えた。
信長は嫌な予感がして恐る恐る口を開く。
『……もしかして……ワシ?』
『ッ!! ……はい! 密かにお慕いしておりました!』
3人同時にその言葉が発せられると、2枚の襖がスパンと気持ちの良い音を立てて開け放たれ、乱入者が飛び込んできた。
『3人ともおめでとう!』
『おめでと~!』
帰蝶と吉乃である。
『はい! ありがとうございます!』
『濃姫様! 吉乃様! これからもよろしくお願いします!』
『やりましたー!!』
隣の部屋には、織田家の主だった親衛隊も勢揃いしている。
『おぉ……直子よ! ……よかった……!!』
『良かったのう九郎左衛門! って汚っ!!』
直子の兄である塙直政が鼻水を垂らしながら喜び、飯尾尚清が若干引いていた。
他にも毛利、服部と言った最初期から親衛隊を支えた者の顔も見える。
『おま……お前ら……於濃! 謀ったな!?』
『いいえ~? 今回は私は特に動いておりませんよ~? 三人から相談は受けましたけどね~。チャンス……好機を逃すな、とだけ伝えましたけどね~。ねぇ吉乃ちゃん?』
『そうですよ~。『女は度胸!』って応援してました~』
三人が婚姻に関して困っていたのは、嫁いだ後に活躍の場が失われるのを恐れたからであった。
その点で織田家、特に信長なら全く問題ない。
何せ帰蝶や吉乃がやりたい放題に暴れ、信長も容認しているので、表に出る機会が失われる恐れは殆ど無い。
子供が出来れば産休は必要になるだろうが、可能な限り自分の望む人生を歩みたいなら信長に嫁ぐ事が一番である。
もちろん、そう言った打算だけで信長に嫁ぎたい訳ではない。
戦や政治における神がかり的な成果、強靭な肉体と老獪な技術、女であろうと分け隔てなく活躍の場を与える先進的な考えは、男としての魅力に満ち溢れていた。
要するに信長はモテる男なのであった。
『なっ! ちょ、ちょっと待て! 本当に良いのか!? 他に好いた男は居らんのか!?』
『居ません!』
またしても3人揃って答えた。
『駄目ですよ殿。好きな嫁ぎ先を斡旋してくれるのでしょう? ならば織田家もその選択肢の一つですよ?』
『ウグッ!』
結局、信長の頑張りと活躍が、3人を惹き付けたのである。
帰蝶は3人の信長を見る目から即座に悟り、この3人に関しては手出しするのを止めた。
知らぬのは信長だけであった。
そんな訳で今日の祝いの席で発表がされた訳である。
「―――そう言った訳で、公式の立場としてはワシの側室となるが、戦場に出たり内政に携わる場合は、側室の立場は関係なく、親衛隊の規則通り身分に関係なく接するように」
信長は、凄く疲れた表情で、やっとの事で伝えるのであった。
上手側の隣では帰蝶と吉乃が飛びっきりの笑顔で控え、下手側の隣で茜、葵、直子は真っ赤になりながら泣き笑いの様な顔で控えていた。
(くそっ! こんな事で疲れてどうする!? これからもっと大変な事を伝えねばならぬのに!!)
「最期に! 最重要項目である件を伝える! 我が織田家は『天下布武法度』を元に動いておる。施行して1年経つが特に問題なく運用は出来ていると思う。今から述べる事はこの天下布武法度に直接関わる事ではないが、織田家の方針には強く関わる故にそう心得よ!」
先程の疲労感満載の信長と打って変わって、威圧感溢れる普段の信長が姿を見せて、一同が背筋を伸ばして言葉を聞く体勢になる。
「今、この那古野城、及び那古野と呼ばれる地域全体の地名を変更する。今日この日より、この地を『人地』と改める。那古野城も『人地城』と改めるので暫くは混乱すると思うが慣れて行ってもらいたい」
「はっ!」
打てば響くように返事をしたのは比較的若い武将であった。
「……? ははぁ!」
若干の疑問と、今後の混乱を予想して、ぎこちなく返事をしたのは中堅に位置する武将達であった。
「……ッ!? ……!!」
ただ、一部の教養のある者達は絶句し、固まってしまい、周囲が頭を下げるのをみて慌ててそれに習うのであった。
(北畠親子は気付いたか。義輝や晴元も察したな? 他には……義元が居れば気付いたかもしれんな)
「殿、伺っても宜しいでしょうか?」
そんな中、森可成が家臣を代表して信長に尋ねた。
「うむ。漢字と意味だな?」
「は、はい」
前々世でも同じ様な事になっていたのは知っているので、信長も予め想定していた事であった。
「『ジンチ』は『人間』の『人』と『地面』の『地』じゃ。言葉としては何の事は無い在り来たりの字で特別目立つ言葉でもない。じゃがこれは戒めの言葉でもある」
「い、戒め?」
「ワシは天下布武等と大言壮語を吐いたが、全ては『人』と治める『大地』があってこそ。しかしその過程の道半ばで挫折したり、目的を見失ったりしないとも限らん。ワシとて全て完璧にとはいかん。その時、この言葉を思い出し原点に立ち返って戒める為に考えた言葉じゃ。皆も常に誰の為に、何の為に戦うのか考えて励んでもらいたい!」
「はっ!」
「よし。堅い話はこれで終わりじゃ! あとは飲んで食って英気を養うが良い!」
この言葉で今年の織田家の方針が決まり、宴会となった。
その宴会もお開きになって信長と帰蝶がファラージャと話し込んでいた。
《―――無論、あの言葉『人地』は本能寺の件の戒めや、信長教への牽制の意味もある。ワシも人である事を強調しておかんと、未来でどんな改竄があるか解らんからな》
《なる程~!》
酔っ払った帰蝶は、婚姻も全て上手く行き上機嫌で答えた。
《信長さん……ありがとう御座います……所で『岐阜』じゃなくて良いんですか?》
《最初は那古野を岐阜にしてしまおうかと思ったがな。しかし、あれは稲葉山であったからこその言葉でもある》
信長が史実で稲葉山を改名した『岐阜』とは、明の言葉で『岐山』と『曲阜』の字からそれぞれ一字ずつ取って作った言葉である。
岐山は殷が周の王朝へと移り変わる時に鳳凰が舞い降りた山とされる為、平地の那古野だとイマイチ命名の根拠が薄いので、考えた末に『人地』としたのであった。
《じゃあー山城を奪ったら、そこを岐阜と改めますかー?》
《その時の状況次第じゃな》
こうして未来における『名古屋市』は消滅し、『人地市』が誕生したキッカケとなったが信長達が知る由は無かった。
《それよりも、この『人地』に込めた真の意味。果たして何人が気付くかのう? 少なくとも北畠親子と、義輝と晴元は何かに気付いたみたいじゃがな。恐らく義元も気付くはず》
信長の予測どおり、後で元康から報告を受けた義元、雪斎は驚愕の表情を浮かべたのである。
《え? あの方針説明の場で言った意味以外があるんですかー?》
帰蝶もその意味は解らず、酔った頭で考えるが、まったく分からなかった。
シラフのファラージャも同様である。
《え!? 何ですか!? 教えてくださいよ!!》
《フフフ……。まぁ時期が来たらな》
《えーーーーっ!!》
ファラージャが頬を膨らませて抗議したが、信長は『いずれ分かる』と答えなかった。
《って前にもこんなやり取りした気がしますが!? 私をからかってますね!?》
《ふん! どうぜお主も茜、葵、直子の件は知って居ったのじゃろう? その仕返しじゃ!》
《ウヌッ!》
信長の言う意味とは何の事か?
それが家臣に明確な意図として伝わるのは、まだまだ先の話であった。
《さぁ! そんな事より明日からまた忙しいぞ! ……あと義輝には多少手心を加えても―――》
《それは駄目ですー》
《……そ、そうか》
信長は義輝の運命に同情しつつ、決意を新たに天下の行く末を考えるのであった。
《ファラちゃんー、水ー》
《無茶言わないで下さい!》
翌日、帰蝶は二日酔いになり、義輝は降って沸いた訓練中止の幸運に喜んだのであった。




