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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
7章 天文20年(1551年)戦国大名への道
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72話 足利義藤(足利義輝)

【近江国北/横山城 斎藤家】


「……え? なんで?」


「そ、某にも理由は計りかねます……!」


 横山城の自室で横になりながら理由を問う男と、報告をしたは良いが理由を計りかねた男が問答をしていた。

 横になっている男は斎藤義龍。

 先の戦で多数の矢に射られてしまい、現在療養中である。


 報告した男は明智光秀。

 療養中の義龍の代わりに横山城を管理している。


 現在二人は唐突に横山城に現れた足利義藤(足利義輝)と、細川晴元にどう対応するか緊急で協議をしていた。


「……本当に本物か?」


「某如きが御尊顔を知る訳がありませぬ……! ただ、嘘ならもっと現実味のある嘘をつくのでは? それに何と言うか、洗練された雰囲気と風格は感じます!」


「じゃあ本物か? ワシ等、こう言っては何じゃが無位無官じゃぞ? 会って良いのか? どうする? 今から美濃守(従五位下)を自称して名乗っておくか?」


「そ、そうしましょう。では某は兵部卿(ひょうぶきょう)(正四位下)を……」


「う、うむ……ってそれ、ワシより官位が上じゃないか?」


「あっ」


 本物ならとんでもない大物が現れた事に混乱した二人は、珍問答を繰り広げていた。

 しかしこれは仕方ない。

 いくら落ちぶれているとは言え武士の頂点に君臨する足利義藤と、京で権勢を誇った細川晴元である。

 自分達の様な田舎武者に何の用があるのか分からないし、礼儀作法で失敗して恥をかくのも嫌である。


「くそっ! 親父殿か今川殿、北畠殿が居れば……!! 何て迷惑な訪問じゃ! 痛つつ……!!」


 斎藤道三ならば武家としての格は下かも知れないが、歴戦の経験と威圧感でどうとでも対応できる。

 今川義元と北畠具教ならば正式な官位を授かり、名家として作法も叩き込まれているので、どんな場所に出て行っても大丈夫である。

 しかし若輩の義龍では、まだそこまでの雰囲気を出す事は出来ないし、作法も不安が残る。


「……むっ! 殿!! 某に策がございます!」


 その時、光秀の脳裏に今の状況を最大限利用した策が閃いた。


「―――なので―――してしまえば乗り切る事ができるのでは!?」


「……。そ、それしか方法が無いのか?」


「はっ! それに決して嘘を付いている訳ではありませぬ!」


「……確かにそうじゃが……うーん……」


「殿! あまり待たせては失礼です! 覚悟を決めなされ!」  


 意を決した義龍と光秀は、こうして客間に恐る恐る向かうのであった。

 一方、客間では義藤と晴元に対し、斎藤家の小姓が主の準備が整った事と、光秀から言われた策を震える声で二人に告げていた。


「お待たせいたしました。主が参りました……そ、その前に一点、お願いしたき儀がございます。主は先の戦で負傷しており体の自由が利きません。どうしても不作法に至ってしまう事を御容赦くださいませ」


 そう。

 光秀の策とは、負傷した不自由な体であると言う事実を利用して、全ての作法を無視せざるを得ない状況を作り出す事であった。

 暫く待つと、小姓と光秀に両脇を支えられた義龍が部屋に入室した。


「……!!」


 義藤と晴元は、その痛々しい姿に息を呑む。

 着物の袖口や胸元から覗くサラシは、先の戦が如何に激戦であったかを、充分に伺わせられる説得力がある。


(武士たる者、体を張って戦うのが当然であるが、大将がここまで負傷する程に戦わねばならぬとは! 翻ってワシはどうじゃ? 何じゃこの小奇麗な体は? この男の様に死力を尽くして戦ったと言えるのか!?) 


 義藤の率直な感想であった。


「ようこそ、おいで下さいました。拙者が斎藤家当主である斎藤みの……新九郎義龍に御座います」


「主に代わり城代を務めます、明智ひょ……十兵衛光秀に御座います」


 義龍は『美濃守』と言い掛けて思いとどまった。

 どちらかと言うと、官位を与える側に向かって詐称をするのも変な話であると思い直したのである。

 光秀も同様である。


「大変申し訳ありませぬが、家臣に支えられなければ、体勢を維持するのもままならぬ身でして、無作法や無礼、彼らも同席する事をお許し下され」


 そう言って義龍はヨロヨロと膝をつき平伏した。

 時折苦しそうに呻き声が漏れる。

 相当に厳しい状態である事が充分察せられた。

 その余りの惨状に晴元が反応し答えた。


「よいよい。こちらも事前連絡せずに来た無礼もある。無理せず楽な姿勢を取るが良かろう。ワシは細川右京大夫(うきょうだいぶ)晴元、こちらにおわすお方は足利尊氏公に連なる13代征夷大将軍、足利左近衛中将(さこのえちゅうじょう)様である」


「左近衛中将義藤である。右京大夫も言うたが、無理せずとも良い。楽にせよ」


 別段、二人とも威圧的と言うわけではない。

 かと言って落ちぶれた身であるので優雅とも言いがたい。

 しかし、それでも二人の醸し出す威容に思わず義龍と光秀は、負傷した設定を忘れて平伏した。


(こ、これは間違いない! 本物じゃ! 思わず反射的に平伏してしまったわ! ……痛つつ!)


(兵部卿と名乗らず良かった! お二方より上の官位を詐称して私は何がしたいのか!?)(後書き参照)


 義藤と晴元の官位である左近衛中将と右京大夫は、光秀の詐称しようとした官位より2ランク下の位の『従四位下』である。


「して、此度の訪問は如何なるご用件でしょうか……?」


 一番気になるのは訪問の理由である。

 作法や身分も気になる部分であるが、訪問理由に比べたら全くもって些細な問題である。


「正直申せば思い付きじゃ!」


「お、思いつき?」


「ワシも今、苦しい立場での。知っておろう?」


「そ、それは……」


 義龍は肯定も否定も出来なかった。

 本人を前に肯定しても失礼と思ったし、肯定したらしたで窮する将軍を助けない事になる。

 否定しようにも、今更『将軍家の窮状を知らない』と言うのは幾らなんでも白々しすぎる。


「ハハハ! 答えずとも良い。さっきも言ったが此度の訪問は本当に思いつき。浅井との争いはワシも聞き及んでおる。見事勝ったそうだな。それで、その武勇や戦略を学ばしてもらおうと思ってな。ワシも現状を打破しようともがいておる。だが、その目的の半分は達成された」


「達成?」


「総大将たるお主が、そこまで負傷する程の激戦を制した。つまり死力を尽くしたのであろう? これで一つワシに足りぬところが学べた。後はその戦の詳細が聞ければ残りの半分も達成されると言うものよ」


 こうして義藤は、根掘り葉掘り横山城決戦に至るまでの戦略や展開を聞き、義龍も光秀も可能な限り語って聞かせた。


「―――と言った訳で某は朝倉宗滴にしてやられて、矢の雨で血達磨になり、こうして醜態をさらしております。……以上が凡その展開と結果となります」


「なる程! いや新九郎(斎藤義龍)よ、とても有意義な事を聞かせてもらった! この礼はワシが復権したら必ず報いよう! ……ところで一つ頼まれて欲しいのじゃが?」


「何でございましょう?」


「今から尾張の織田に行こうと思う。紹介状を書いてくれんか?」


 義龍と光秀は僅かに体を反応させた。


「それは……構いませぬ。しかし僭越ながらお尋ねしますが、織田の『天下布武法度』なるものをご存知ですか?」


 この法度は明確に将軍家に対して叛意を明らかにしている。

 それを知らずに織田に向かえば一波乱おきるのは確定的である。


 念の為に義龍は確認を取ってみたのだが―――


「勿論、知っておる」


 義藤は意に介さずあっさりと存在を認めた。


「知って!? 我等斎藤はその天下布武法度を前面に押し出す織田家と繋がっております。端的に言えば、我等は将軍家に頼らない世を目指しております……!!」


 そう言った義龍はじっと将軍たる義藤の顔を見据える。

 若干ではあるが、義龍の周りの空気が歪んだ様に見え始めた。


(……!?)


(……こ奴!?)


(……殿!?)


 義藤、晴元、光秀が三者三様、鋭敏に義龍の変化を感じ取った。

 一体何が彼の態度を変化させたのか?


 それは、義龍は侮れられていると感じた上での威圧であった。


 殺されはしないだろう―――

 危害は加えられないだろう―――

 権威に対して平伏すのは当然であろう―――

 だから『天下布武法度』に同意する斎藤家に対しても無警戒に接してくる―――


 誤解の面も多分にあるのだが、義藤の良くも悪くも無邪気な面が義龍の癇に障ったのである。


「織田への紹介状は書きましょう。しかし御注意下さい。織田の当主は若輩ながら天下に比類なき傑物。侮っては飲み込まれる事は必定」


「……留意しよう。心遣い感謝する」


 こうして将軍一行は横山城に1日滞在し、尾張に向かうのであった。

 一行を見送った光秀は、大きく息を吐いて義龍に文句を言う。


「殿! あの殺気は何の意図があっての事ですか!? 確かに我等は天下布武法度を推進しておりますが、無駄に敵を作る事はありますまい!」


 下手すれば、刃傷沙汰になってもおかしくない、危険な雰囲気に突入しかけた事に光秀は抗議した。

 義龍は抗議する光秀を見据え口を開いた。


「……やっぱり?」


「やっぱりって……!!」


「いやぁ、あの小僧、まるで物見遊山でも行くかの様に義弟に会うのかと思うと、何か腹が立ってな。自分でも大人気ないとは思ったが、何故か分からんが抑えれれんかった」


「それは分からぬでも無いですが、しかし……!!」


「そう怒るな十兵衛。分からぬでも無いのだろう? 何と言うか、こう、大事な物をバカにされたと言うか、信仰心を傷つけられた? いや、これは違うか」


「いえ、それは分かります」


 信仰心に例えて大げさかと思い直した義龍であるが、光秀は即座に肯定した。


「そ、そうなのか? まぁ良い。疲れたし傷にも響いた。休むとするか」


 義龍は、既に豆粒に見えるほど遠くに行った将軍一向から背を向け、横山城の寝室に向かうのであった。

 一方、尾張に向かう義藤は、横山城での一時を話し込んでいた。


「いやぁ、やっぱり男は死線を潜らねば駄目だな。見たか斎藤の当主を! 人間あそこまで急激に雰囲気が変わるのだな!」


「そ、そうですな(若いというのは、頼もしいのか恐ろしいのか。この御仁は無邪気に過ぎる)」


「次は織田信長だな。京にも響いた『うつけ者』じゃ。一体何をワシに見せてくれるのやら! 俄然楽しくなってきたぞ!」


「織田信長。『尾張のうつけ』ですか。尾張を奪い、伊勢を切り取り、今川を退けた手腕。『うつけ』の噂通り、などと言うことはありますまい。斎藤義龍の言葉ではありませぬが、充分に警戒すべきでしょう。尾張に行かず朽木に帰るのも手だとは思いますが?」


 晴元は、やはり公然と叛意を掲げる勢力への接触を危惧する。

 義藤の保護者として、自身の切り札として、仕えるべき権威の後継者である義藤を守らねばならない。

 ただ、確かな才能を開花させる為にもがく義藤の行動は、見守りたい気持ちもある。

 しかし今は、正直な所帰りたい気持ちが強く、それとなく促してみる晴元であった。


「それは無い」


 義藤は断固として拒否した。


「もうワシ等は崖っぷちなのじゃ。三好長慶めに対抗するには使える物、利用できる物、学べる者、選り好みなどしておれんわ。仮に織田に行って殺されるなら、遅かれ早かれワシは三好か誰かに討たれるじゃろうて。将軍の権威に胡坐をかいて待っておるだけではだめなのじゃ!」


「そこまでの覚悟があるなら、もはや止めは致しませぬ。鬼が出るか蛇が出るか。毒を喰らわば皿まで、他に例えはありましたかな? まぁ良いでしょう。某も覚悟を決めました。お供いたしましょう」


 晴元は義藤の覚悟と考えに一理あると思い、自分も尾張へ行く事に覚悟を決めた。

 そんな二人の行く先には伊吹山の霊峰がそびえ立っていた。


「伊吹大明神よ! 我等の行く先に加護があらんことを!」


 義藤は山に向かって叫び、山の神に挨拶をしたのであった。



【尾張国/那古野城 織田家】


 義龍からの早馬で、一足先に将軍の来訪がある事を知った信長は、義龍同様驚きを持ってその報告を受けた。


《……え? なんでですか?》


 稽古の最中、奇しくも兄と同様に驚いた帰蝶はテレパシーで集中力を失いつつも、猿夜叉丸達の攻撃を軽くあしらっていた。


《わからん。一体何が目的なのか皆目検討が……いや検討は付くな。将軍家への力添えじゃろう。しかしワシは明確に将軍家を否定しておる立場なのだがな?》


「《そうですよねー》はい! おしまい!」


 帰蝶はそう宣言して、竹刀で11人全員の頭をポコポコと叩いていき、あっという間に全員から一本奪っていった。

 幼児相手とは言え、中にはそれなりに腕の立つ子も居たのだが、帰蝶には11人掛りでも掠る事さえ出来なかった。


「じゃあ、ちょっと休憩ね」


「うぬぬ……!!!」


「クッ! お姉様! 強すぎます!」


 悔しがる子供達であったが、まさに話しにならない程の実力差であった。

 そんな妻の恐ろしい腕に恐怖を覚えつつ信長は考える。


《ファラ。足利義輝……今は義藤か。奴が来る事になった。奴について教えよ》


《はーい。えっとですねー……》


 ファラージャの説明を聞きつつ、信長は歴史の確かな変化を感じ取り、思案を巡らせるのであった。

※:余談になるが官位とは下記の様に階級が細かく分けられる。


正一位 関白(史実の豊臣秀吉)

従一位 太政大臣(死後の織田信長、史実の徳川家康)

正二位 左大臣、右大臣(史実の織田信長)

正二位 内大臣、蔵人別当

正三位 大納言、権大納言

従三位 中納言、権中納言(史実の伊達政宗)など

正四位上 中務卿

正四位下 参議、兵部卿(☆明智光秀が選択した自称)など

従四位上 左大弁、右大弁、右馬頭(史実の毛利元就)など

従四位下 右京大夫(史実の細川晴元)左近衛中将(史実の足利義輝)、大膳大夫(史実の武田信玄)、左京大夫(史実の北条氏康)

正五位上 大膳大夫、修理大夫など

正五位下 弾正少弼、左近衛少将、治部大輔(史実の今川義元)など

従五位上 図書頭、主計頭、大和守、陸奥守など

従五位下 侍従(史実の北畠具教)、治部少輔(史実の石田光成)、日向守(史実の明智光秀)美濃守(☆斎藤義龍が選択した自称)など

正六位上 上野介(史実の吉良義央)、左近将監(史実の滝川一益)安房守(史実の真田昌幸)など

正六位下 中務少丞(史実の平手政秀)、主膳正など 

以下、従六位上、従六位下、正七位下、従七位上、従七位下、正八位上と続く。

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