外伝10話 ある日の日常 親衛隊の選抜試験
激戦の桶狭間の戦いから、しばらくしたある日。
尾張では『海道一の弓取り』である今川軍を桶狭間で跳ね返した織田家の名声は爆発的に広まり、那古野の城には、仕官を望む者が大挙して押し寄せる事態になっていた。
「どこに、こんなに人間が隠れておったのじゃ!」
信長がそう怒鳴らずには居られない程の人の集まりである。
「まぁまぁ良いじゃ無いですか。今川との決戦で失った兵も補充できますし、中には見所の有る者や、一芸に秀でた者もきっと埋もれていますよ」
帰蝶がそう嗜めて、ニコニコしながら腕捲りして鼻息を荒くしている。
「……お主は、腕試しがしたいだけであろう」
「あら? では一体この人数を誰が捌くのです?」
帰蝶の言う通り、信長が一人一人面談しては何日あっても時間が足りない。
それ故に、織田家総出で志願者を仕分ける事となったのである。
「……よろしく頼む。前みたいな事はするなよ?」
「わ、わかってますよ!」
以前、親衛隊選抜試験で大暴れした帰蝶は、甚大な被害をもたらしていたのだった。
それを信長は釘を刺したのである。
「濃姫様、準備が整いました」
そう言って登場したのは柴田勝家である。
他にも森可成、塙直政、北畠具教、滝川一益、坂茜、瑞林葵ら織田家の誇る腕自慢が勢揃いしており、全員顔を輝かして今日の選別を楽しみにしていた様である。
「……程々に加減してやれよ」
「お任せください!」
そう言って帰蝶達は外に出て、親衛隊の選別試験会場に向かうのであった。
それを見送った信長は、帰蝶を見送ってから一息ついて首の骨をならした。
「さて、わしも試験をするか。此度はどんな人材が集まるかのう……」
「殿、準備が整いました」
試験の運営を指揮してた平手政秀が現れて信長に報告する。
「そうか。此度も来ておるか?」
「はっ。大勢来ております。間違いありますまい」
「やはり来ておるか。今度はどんな人間かのう? いつも通り一人づつ部屋に通せ」
「はっ!」
【面接控え室】
何人かの明らかに浮いた男や、派手な女が自信に満ちた表情をしている。
中には一見して光る物を感じさせる者もいる。
特に自信の有る表情の者は、『自分程、役に立つ人間は居ない。重臣として仕官出来るに決まっている』と疑い無い表情である。
「あんた、何が出来るんだい?」
挑発ぎみに志願者が尋ねる。
「フフフ。それはな……」
自信たっぷりに別の志願者が答える。
「へぇ! それは凄い!」
しかし驚いてはいても、表面上だけであった。
そんな訳で、織田家では一芸だけに秀でる者も歓迎されるので、老若男女様々な、さらには不審者とも言える人まで集まっており、そこかしこで、それを匂わす会話が聞こえる。
共通しているのは、全員が自分の栄達を微塵も疑っていないほど自信に満ちていた。
しばらくして平手政秀が入室し、試験の手順を告げる。
「諸君、遠路はるばるの尾張への長旅、ご苦労である。これより殿が諸君らの適正をみる。出身と特技と経歴を述べてもらうが、実演で道具や場所が必要な者は、その都度申し出よ。それから……」
すると一人の男が立ち上がる。
「平手さんだっけ? 長いよ説明が。どうせ信長さんは俺の力が必要になるのは決まってんだからよ。俺から行くぜ」
一人のやたら派手な浮いた男が立ち上がって不適な笑みを浮かべる。
集まった仕官希望で信長の性格を知る者は青ざめているが、何人かは胆力に優れるのか自分の技や力に絶対の自信があるのか、浮いた男同様不適な笑みである。
「……。そうか。ならば良かろう。そちらの部屋に入ってアピールするが良かろう」
「へっ。楽勝だぜ」
そう言って男が部屋に入って5分後。
凄まじい轟音がしたと思ったら、意気消沈した浮いた男がションボリと出て来て帰っていった。
誰どう見ても合格したようには見えない。
その有り様に集まった者が何があったのかとざわつき始める。
「静粛に。次の者は準備せよ」
平手政秀が粛々と、まるでいつもの事とでも言いたげな顔で、集まった青ざめた面々に告げた。
次は光る物を感じさせていた男が入ったが、すぐに肩を落として帰った。
集まった者たちの中には、先に行った浮いた男や今の男は、合格間違いないと思っており、『奴等は大丈夫だろうから俺も大丈夫』と計算していた者達の目論見を大きく崩した。
その後も、轟音が響いたり、絶叫が聞こえたりしては最初の男のように肩を落として出て来ては帰り、静かではあっても絶望の表情でふらつきながら出てきたり、一体中で何が行われて居るのか、順番を待つ者は生きた心地がしなかった。
そんな中、ついに最後の一人のとなった。
「最後はお主……では松岡殿、どうぞ」
「は、はい!」
おっかなびっくり松岡と呼ばれた男が部屋に入ると、信長がすぐに言葉を発する。
明らかにウンザリした顔である。
「で? 貴様は何ができるのか?」
「は、はい、私は松岡良佑と申しまして、物書きをしております。特に織田様には強い興味を惹かれ研究しております。その経験から、これから信長様に何が起こるのか把握しておりますので、必ずお役にたてます!」
松岡良佑と名乗った男は平服しながら答える。
緊張しているのかやたらと早口である。
「何が起こるか把握?」
しかし、信長は松岡の言葉に気になる単語聞き取り反応し、松岡にとって驚愕の言葉を放つ。
「なるほど、貴様は未来人か。ならば本能寺の変を回避させてくれるのだな?」
「え……なぜ本能寺を……!? え!?」
信長の言葉から理解の追い付かない言葉がいくつか飛び出し、松岡は思わず顔をあげた。
すると信長は松岡を見ずにすぐ目の前の光を見ている。
現実感の無い光景に面喰らった松岡は、気を取り直して改めて信長を見ると、腕から光をだして中空で映像を見ていた。
「え、腕時計? いや、それよりも立体映像!? それは……Wiki○edia!?」
信じられない物を操り閲覧している信長に松岡は仰天し、信長はつまらなそうに言い放つ。
「残念ながら未来人は必要ない。あやふやな記憶よりも正確な情報を手に入れておるからな。そうそう、貴様はどうやってこの世界に来た?」
「え、その過労で倒れてトラックに撥ねられて気がついたらこの時代に……」
松岡はギックリ腰の痛みに耐えながら、理不尽な仕事をやっと終わらせたその日の帰りに、力尽きて車道に倒れ、走行してきたトラックに撥ね飛ばされたのである。
「それは気の毒にのう。しかしトラックに轢かれるようなボンヤリした者は、命の軽いこの時代では生きて行けぬぞ? それよりも、他にワシにとって未知の特技は持っておらぬのか? 無いなら普通の親衛隊選抜試験でも受けて参れ」
「な、何も、あ、料理が得意です!」
未来知識で織田軍に取り入りチヤホヤされる目論見が崩れた松岡が、なけなしの特技を言った。
「三ツ星レストランのシェフを多数抱えておる」
しかし無情にも、自分よりレベルの高い者がすでに存在していた。
「え……あ、空手という格闘技を習っており……」
「先ほど、世界最強の男が来てワシが返り討ちにしてやったわ」
「ぴ、ピアノと言う日本には無い楽器が演奏できます!」
「日本に無い物か。ほう。それは興味を惹かれるが、しかし無い物をどうやって証明する? 例えばその楽器を作れるのか?」
「つ、作れません……あ、でも火薬の作り方とかは知ってます!」
「そんな輩は腐るほど未来から来た。今はビームの時代じゃ」
「て、手品が少々……」
「最初に来た浮く男を見なかったのか? あやつは魔法使いらしいぞ。まぁワシの魔力と重力操作には到底及ばなかったがな」
浮いた男は文字通り宙に浮けるのだが、それ以外は特に目立った能力もなく、信長の桁違いの魔力に自分の存在意義を無くしたのであった。
「こ、これは懐中電灯といいまして……」
「電灯か。さっき光る電球を持った男が居たぞ。しかし今はLEDの時代じゃ」
浮いた男の次に試験をした、一見して光る物を持つとわかる男は電気技術を持っていたが、既に普及済みの技術しか持っていなかった。
「み、見てください! これはスマホというもので遠くに離れたものと意思疎通が……」
何とかして憧れの信長に仕えたい松岡は、一台しかないスマートフォンを取り出した。
現代でも惨めに死に、戦国時代でも必要な存在になれないのは耐え難い絶望である。
最後の切り札として信長に興味を持たれることを願った。
しかし―――
《ワシはこんな事もできるぞ?》
《の、脳内に直接!?》
最後の手段も信長が上位互換を呆気なく示した。
どの道、一台しかないのでは何の意味も無いのだが。
「他に何かあるか?」
「あ、ありません……」
松岡はとうとう折れた。
「ならば下がれ」
「さ、最後に一つ! ひょっとして織田様の回りには転生者が溢れているのですか!?」
信じがたい現実を目の当たりにして殆ど叫びながら聞いた。
「フッ、その通り。料理人、職人、医者、大学教授、科学者は言うに及ばず、異世界からの魔法使いや勇者もおるぞ。何故か、ワシの周りには良く異世界や未来から人が流れてくるわ。それに、ワシ自身も転生者じゃ」
「え、信長様も転生者!? じゃあ、先程から青い顔して帰っていった者は……」
「ワシの手駒以下の才能しか無い者じゃ。あの程度では雑兵にしかならぬな。どうする? 元の時代に帰りたいなら帰してやるぞ?」
どうやら轟音や絶叫は、信長や各分野の転生者に打ちのめされた者達の、敗北の音であった。
浮いた男は信長がそれ以上の空中浮遊と高速移動で圧倒し、魔力もけた違いの差を見せられて、世界最強の男は一瞬で間合いを詰められて投げ飛ばされ、その他の信長が習得していない技術は、ほかの異世界人や未来人が蹴散らしていった。
もはや戦国時代は、多少の知識や技術を持っているぐらいでは、到底太刀打ちできない時代になっていたのだ。
「か、帰ります……」
松岡は打ちのめされて帰還を選んだ。
「そうか。では今からお主を元の世界に戻してやるが、元の世界で一つ伝えておいて欲しい。どうせ転生するなら、世界一とは言わぬが何かを身に付けてから転生してこいと。こちらには知識も技術も魔法さえも世界最強を揃えておる。親衛隊の面々もその恩恵をうけて一騎当千、神算鬼謀、大魔術師の者ばかり。内政担当も農業、商業、工業、計算、科学のエキスパート。そこに割って入るつもりなら相当の努力をしてこい、とな。特に、何故か知らんが多少の知識を持ってる者ほどトラックで轢かれて転生する奴が多い。ちゃんと前後左右警戒して歩けと伝えよ。あと、健康を害して転生して来る者も多い。健康管理ができないと戦国時代はもっと厳しいと、な」
「わ、わかりました……」
「おっと最後に、ワシの事を書くなら、カッコよく表現するように。ではさらばじゃ」
信長がパチンと指を鳴らすと、ワームホールと思しき穴が松岡の頭上に開いて吸い込まれていった。
元の時代に戻ったようである。
《爺! 終わったぞ! 何人かは親衛隊に雑兵として配属するであろうから、面倒をみてやれ》
《承知しました》
《於濃達はどうじゃ?》
《はっ。濃姫様の……あ、あんこ、あげ、は》
《『揚羽舞踊流 暗黒雷鳴剣 疾風迅雷煉獄斬』じゃ……。あやつが頑張って考えた流派と奥義の名前じゃ。覚えないと怒られるぞ? 気持ちは解るがな……》
《ど、努力します。それと、勝家の『金剛裂断』、可成の『螺旋神槍』、具教殿の『真龍剣』が炸裂しまして……空間と大地が避けて木々が薙ぎ倒され、山が崩れ砦が全壊したそうです。今、親衛隊総出で復元しております》
帰蝶の方にも転生者は掃いて捨てる程集まっており、織田家の武将達が異世界なら過去なら活躍できると鼻を高くした者達を、文字通りゴミの様に片付けた。
《……まぁ、その程度で済んだなら良しとしておこう》
以前は帰蝶の魔力で気候変動がおきてしまい、元に戻すのに莫大な時間を要した。
それに比べれな実に平和な転生者選別試験であった。
こうして転生者の選別試験が終わり一息つく信長であった。
これは、もしかしたら有り得たかもしれない、信長Take3の姿である。
2本もエイプリルフールネタを投入しないだろう、と言う虚をついた(?)これまたボツネタの再利用と再構成した初期構想のお話。
露骨なエイプリルフールネタの一本目と、読み進めると「ん?」となれば良いなという二本目です。
叙述トリックらしきものを組み込んでみました。




