48話 2度目の桶狭間 織田陣営
信長は今川義元が軍を起こしたと報告を受けた後、多数の伝令を飛ばしつつ、自分は沓掛城に直ぐに動ける軍勢を率いて飛び込んだ。
【尾張国/沓掛城 織田家】
沓掛城―――
史実にて義元が織田と戦う為に入った城である。
桶狭間山にも鎌倉街道にも近く、どこに向かうにも便利な拠点である。
《前々世では、義元はここから桶狭間山に布陣した訳か。退くも攻めるもあの山は最適じゃ。流石と言うべきか》
信長が戦の準備をしつつ、ファラージャと話していた。
《では、この沓掛城を抜かれたらマズイですね?》
《非常にマズイ。故にここは兄上に防衛を任せようと思う》
《え? では信長さんはどこに?》
《決まっておる。桶狭間の山よ。具体的には義元がかつて布陣した場所じゃ》
《義元さん因縁の山に、信長さんが布陣ですか……。この世界の人は何も思わないでしょうけど、別の歴史を知っている人にとっては、何か顔がニヤけてしまう演出ですね!》
《演出か……。確かに感慨深いと言うか、妙な気持ちが湧き上がるが、この辺りで戦うと言ったら、戦略眼のある者なら、誰でもあの山を拠点にするじゃろうて。尾張も三河も両方が眼下に広がる。その上で特に尾張側からはこの山は攻め登り難い》
桶狭間山と呼ばれる山は固有の山の名前ではなく、周囲一帯の土地の名前も兼ねている、とでも言うべき場所で尾張東端に位置する。
つまり、三河方面からは最初に桶狭間山を通過する事になるが、尾張側からは小高い山々と森を幾つも超えて、ようやくたどり着ける場所なのである。
従って三河から攻め入る敵に、桶狭間山を占拠されると、本当ならば途轍もなく厄介な土地であるが、史実での信長は有り得ない程の強運で義元本陣まで辿りつけてしまった。
今回の信長は強運を当てにしないので、最初にやるべき事はこの山を先に占拠する事である。
信長は沓掛城から見える桶狭間の山々を眺めながら、かつての歴史で首だけの状態にした義元と、長福寺でみた『海道一の弓取り』である義元を思い浮かべるのだった。
そんな思い出に浸りつつ、沓掛城に諸将が集まった所で軍議が開かれた。
信長を筆頭に、信秀、信広、信行の織田親子。
平手政秀、柴田勝家、森可成、塙直政、飯尾尚清、佐久間信盛、九鬼定隆らの主力武将、
丹羽長秀、坂茜、瑞林葵、佐々成政、池田恒興、藤吉郎(羽柴秀吉)、塙直子、犬千代ら親衛隊の面々。
北畠晴具、北畠具教、木造具政ら、織田家に臣従した北畠一族。
斎藤義龍、明智光秀、斎藤利三ら斎藤家からの援軍。
更に飯尾尚清が探し出してきた、滝川一益と伊賀忍者衆。
転生した信長が、渾身の努力と歴史改変を願って手に入れた、現時点でこれ以上の人材は望めない、織田家の最精鋭人材である。
《ようやく、ようやくココまで来たか……!》
信長は武者震いを無意識にした。
《圧巻の面々ですねー。あれ? あの剃髪した方は誰でしたっけ?》
見慣れぬ顔にファラージャが反応した。
《剃髪……? あ、あれは!》
「もしや、そこの御方は義父上では!?」
信長は斎藤家の面々が並ぶ中に、斎藤利政がいるのを見かけ驚きの声を挙げた。
「おや、もう見つかってしまったか!」
剃髪の男は、イタズラを見咎められた子供の様な顔をして笑った。
「如何にも婿殿。斎藤利政改め道三と名乗っておる。今日、この日を持って斎藤家は義龍が仕切る。よろしく頼むぞ!」
「そういう訳じゃ義弟よ! 所で帰蝶は来ておらぬのか?」
「お、於濃は別任務でして、ここには来ておりませぬ」
「そうか……」
露骨に意気消沈しつつ、斎藤家当主としての威厳だけは放つ器用な事をする義龍であった。
かつては帰蝶が戦場に立って活躍した事を織田家は斎藤家に対し隠蔽したが、今は周知の事実となっており、と言うより斎藤家側から、帰蝶のお転婆について謝罪があったのは別の話である。
「よし、皆の者! ついに今川と雌雄を決する時がやってきた! 織田家の底力と斎藤家の力を借りて、あの『海道一の弓取り』たる今川治部大輔(今川義元)を倒す! 今日この日の為にワシは四方八方手を尽くした! 尾張一国の時なら玉砕しか手はないが、今ならば戦力は互角! そうなれば、あとはお主等の才覚と底力が勝敗を分ける!」
そう言って信長は諸将の顔を見ると、決意を秘めた顔、闘志を燃やす顔、不安な表情を見せる者、様々であった。
(不安を感じる者の方が多いか? ……そりゃ当たり前か。ワシでさえ心臓が暴れて収まらぬ)
長福寺会談に同席した者は、比較的いい顔をしている。
親衛隊の面々も、緊張感はあるモノの覚悟は決まった顔である。
北畠親子は今川とは直接の関わりが少なかった分、これから戦う者の巨大さに難しい顔をしている。
また、長年に渡って今川と争ってきた信秀や信広は、神妙な顔である。
一方で、信行は汚名を晴らす為なのか、気負いすぎている感がある。
そんな中、援軍の斎藤家は道三がニコニコ笑顔でおり、義龍は至って極めて普通の顔であった。
信長は諸将の顔を見て、配置の指示を出す。
「まず本陣じゃが、1000で桶狭間の山に構える。高所から戦況を見極め指示を出しつつ、機を見てワシも今川軍に攻撃を仕掛ける。ワシの動きには注意せよ」
本陣すら攻撃役になる可能性に、改めて諸将は戦いの厳しさを痛感する。
「次にこの沓掛城は、兄上(信広)と勘十郎(信行)に1000で防衛してもらう。この城を奪われる事は絶対にあってはならない。尾張の喉元に刃を突きつけられるも同然故な。従って周辺にも幾つか部隊を配置する。右衛門(佐久間信盛)と中務丞(平手政秀)に1500ずつ率いてもらう。それと義父上(斎藤道三)には斎藤家援軍の2000を率いて、佐久間達の背後に控えていただきたい。義父上程の戦巧者であれば、独自の判断で沓掛城と佐久間たちを助けてやってくだされ」
「はっ!」
「よかろう。承知した」
「次。野戦先陣は権六(柴田勝家)率いる親衛隊に行ってもらう。第二陣は侍従(北畠具教)、第三陣は三左衛門(森可成)、第四陣は九郎左衛門(塙直政)、第五陣は父上(信秀)。それぞれ2000ずつ合計10000で今川先陣とぶつかってもらう。織田家において特に攻撃力が優れる5人じゃ。基本的には5人が今川軍を引きつけつつ撃破してもらう事になる」
「次に遊撃部隊として潮左衛門(九鬼定隆)、十兵衛(明智光秀)、内蔵助(斎藤利三)、五郎左衛門(丹羽長秀)、坂茜、瑞林葵には500ずつで合計3000。この部隊は弓だけに特化した部隊で戦場を駆け回って各部隊を援護してもらう。特にこれらの部隊にはワシからの指示が多く飛ぶと心得よ」
「次、参議(北畠晴具)と式部(木造具政)に2000、義兄上(斎藤義龍)に美濃援軍2000。これらは勝家らの先陣部隊の両翼で主に援護を主任務とする」
「最後に茂助(飯尾尚清)は1000でワシの陣の前に構えてもらう。彦右衛門(滝川一益)には伊賀忍者衆を預ける。主に伝令役だ。山岳部に構えるから馬の伝令よりは忍者に任せる」
呼ばれなかった佐々成政、池田恒興、藤吉郎、犬千代、塙直子は先陣部隊に組み込まれる事になった。
「殿……濃姫様は今回の戦いに加わらないのですか?」
勝家の疑問に道三と義龍がピクリと反応し、信長は見ないフリをしようとしたが無理だった。
「もちろん加わる。義父上や義兄上にも挨拶させましょう。決着が付いた後で」
「と言う事は、何か重要な任務を負っておるのかな?」
道三が信長に訪ねると、信長は神妙な面持ちで頷いた。
「はい。極めて重要な任務で策を授けています。できれば於濃に頼らず、今川を撃破したい所です。しかし、それを期待して我等が押し負けては策が台無しですので、義父上も各々方も奮戦して頂きたい」
「任せよ」
「何か疑念がある者は遠慮なく申せ。無いのであれば配置に付くぞ!」
こうして、沓掛城に残る信広達を残し、信長以下19000が出立した。
両軍激突まで後わずか。
まさに束の間の休息とも言える行軍に、信長は考える。
(果たして何人生き残る事ができるか? 今川を力で破るのもそうじゃが、その結果、歴史はどう変化するのか? 万一負けた場合は……駄目じゃ……余計な事を考えるな! 全力で目の前の敵を倒すのみ! 誰が死のうと、ワシがその屍を踏み越えて進まねばならぬ!)
馬上の信長は、今川軍が来るであろう方向を見つつ、決戦に備えるのであった。




