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外伝8話 柴田『親衛隊洗礼』勝家

 この話は3章 天文16年(1547年)の尾張内乱が集結し、柴田勝家が帰還した後、信長に預けられる事となった頃の話である。



【尾張国/末森城 織田家】


「解った。権六(柴田勝家)よ。死ぬ事は許さぬが一つ処分を下す。お主は三郎(信長)の下に付け」


 勝家は、先の内乱の論功行賞の場で失態を恥じ、腹を切ろうとして信長含めた家臣一同に押さえつけられていた。

 困った信秀は、何か目に見える罰を与えないと周囲はともかく、本人が納得しない事を見抜き『うつけ』と名高い信長に預ける処分を課したのである。


「解りました。某にも異存はありませぬ」


 勝家はその処分に納得し、信長の下につく事になった。

 ただ、信長は了承をしたものの、少々困ったと思っていた。

 何故なら、勝家は史実通りに裏切らせた上で取り込むつもりだったからだ。


 前々世で勝家は、信長の弟信行を擁立し信長に反旗を翻したが、信長に反乱を叩き潰された勝家は、信長の実力を認め心酔した経緯がある。

 そんな裏切る経験をしない勝家が、果たして史実通り活躍するかは未知数と考えたのである。


 ただ、先の尾張内乱にしても、前々世通りに歴史が動かない現実を感じた信長。

 それならばと方針転換を決め、徹底的に前々世と反する経験をさせて勝家の才能を開花させる事にした。

 まずは親衛隊に放り込んで様子を見る事にしたのである。


「さて、権六よ。これからワシの下に付く訳であるが……ってどうした?」


 信長が親衛隊に案内しようとした所で、勝家の様子がおかしい事に気が付いた。


「……はあ。いや何でもありませぬ。行きましょうか……」


 あきらかに何でもないハズが無い態度である。

 罰とは言え、お先真っ暗の『うつけ』の下につけられては柴田家の未来は無い―――そう思っていると信長は察した。

 事実、勝家は信長の下に付けられて以降、目に見えて覇気が無くなっていた。

 そんな勝家をみて、信長はこれから起こる事を考えてほくそ笑んでいた。


(これは驚かし甲斐があると言う物よ!)


 そんな思惑の二人が親衛隊の集まる場所に到着した。

 完璧に整列する親衛隊の前で信長が勝家を紹介し、一つの命令を出した。


「権六よ。お主にはこれから、この部隊の指揮や訓練を担当してもらう」


「指揮はともかく訓練ですか? それは構いませぬが、見たところ既に練度も高いのが伺えますが……」


 勝家は集まった親衛隊を一目見て、その精強さを見抜いた。

 勝家からは『これ以上、何を仕込めと言うのか?』と言う感情が、その表情からありありと読めた。


「ま、そうじゃな。イチから説明せねばなるまい」


 信長は秘策の『専門兵士の計』を語り、先の内乱でも活躍した部隊である事を告げた。


「し、しばしお待ちを! 専門兵士!? これ……いや、彼らがあの悪餓鬼……いや、三郎様に付き従っていた……!?」


「そうじゃ。兵士だけではない。商いや間者活動、職人から文官まで、あらゆる人材を揃えた総称がワシの親衛隊である。ここに居るのは特に腕力や武働きに優れたお主に似た若者じゃ」


「は、はぁ……そうですか……?」


 話についていけない勝家に、畳み掛ける様に信長が告げた。


「よし。お前たち、一つ稽古を付けてもらうが良かろう。……よし、お前、前に出ろ」


 集められた親衛隊の中でも、一際線の細い兵士が信長に呼ばれて前に出た。

 兵士は槍を構えると、距離をとって勝家の前に立った。


「よし、権六よ。挨拶代わりに、こ奴に槍の稽古を頼む」


「え……は、はぁ……分かりました」


 勝家は、槍を受け取りつつ勝家らしからぬ油断、と言うより呆けた感じで小柄な兵士を見る。


(え、ワシはこの者と立ち会えば良いのか? こんな細い少年と? 一当てしたら死んでしまうぞ?)


 勝家は、兵士のあまりの細さと頼りなさに、先ほど『練度が高い』と感じた事をすっかり忘れてしまっていた。


「よし、準備は良いか? 始め!」


 信長の号令と共に、小柄な兵士が一瞬で間合いをつめて槍を扱き突く。


(は、速い!?)


 呆けた勝家は、正に目の覚めるような突きを繰り出す兵の動きに我を取り戻し応戦する。

 繰り出される槍を自分の槍や小手で、叩き落し逸らす。

 少年とは思えぬ異常な強さを持つ強者を相手にする内に、武人としての血が目覚め雄たけびを上げて少年に踊りかかる。


 それを見た少年兵は、大上段から思いっきり槍を振り下ろす。

 喰らえば昏倒を免れない一撃である。

 勝家は瞬時に自分の槍を地面に突き刺し、斜めに倒して防御体勢を取る。

 斜めになった槍に真上から振り下ろされた少年の槍は、斜めに逸らされて激しく地面を打ちつけ少年も体勢を崩した。

 勝家はその隙を見逃さず、地面から槍を抜いて体制を崩した少年の眼前に槍先を付ける。


 勝負ありであった。

 周りの親衛隊が歓声を挙げて驚いていた。


「よし! それまで! まだまだだな、於濃!」


「……? おのう……?」


 勝家は、どこか聞き覚えのある名前に考えを巡らせた。


「あたた……お見事です、柴田様! さあ次は刀の勝負です!」


 そういって帰蝶は兜を脱ぎ面頬を外した。


「えっ、女!? おのう……のう、まさか! 濃姫様ですか!?」


 勝家は混乱の極みに達した。

 小柄な少年が信じられない戦いをしたと思ったら、実は女で、しかも信長の妻の帰蝶であったのだ。

 混乱するなと言う方が無茶である。


 そんな呆然とする勝家に木刀を手渡した帰蝶は『いざ!』と発し勝家に踊りかかっていった。


 二人は激しく切り結び一進一退の攻防を繰り広げている。

 そんな帰蝶と勝家の激闘を遠くから見学する一団があった。

 みんな非常に悪い顔をしている。

 織田信秀、織田信広、平手政秀、森可成である。

 親衛隊披露の場は一種の通過儀礼となり、先に驚いた者は新入りの顔を見て楽しむのが習わしとなっていた。


 自分の常識が何一つ通用しない展開に、勝家は混乱しつつも何とか刀の勝負でも帰蝶を退ける。

 その後も弓矢、組み打ち、騎馬の戦いも勝家は辛うじて帰蝶に勝利した。


「権六! 貴様たいした奴じゃな! 於濃との戦いで、一回目で全項目勝利したのはお主が初めてじゃ!」


 信長は素直に絶賛している。

 なにせ信長でさえ、帰蝶に勝てない項目がある。

 親衛隊の中でも、全ての項目で帰蝶に勝てる者など、片手で足りる程しか居ないのである。

 それを一回目で全てを上回ったのは勝家が初であった。


「そ、それは……何とか面目を……保ちましたかな……」


 勝家は槍で杖を突きつつ、肩で息を切らせながら答える。

 一方、帰蝶は疲労困憊で地面に倒れていた。


「し、柴田様……御見……事、です……!」


「よし! 次は指揮じゃな。 権六、この先の廃村に10人ほどの野盗が潜んでおる。攫われた子供も2人おるらしい。今からお主を含めた10人で野盗を無力化し人質を救出して参れ! 人選に希望があれば聞こう」


「ち、治安ですか……。そこまで相手の情報があると言う事は、先程仰った間者が得た情報ですか?」


 息を整えた勝家が信長に尋ねた。


「そうじゃ」


「そうですか……10人……ならば、その間者働きをした者と、後は弓兵2人と、接近戦が得意な者を6人お願いします。ワシを含めその10人で向かいます」


「よし。弓兵は茜、葵が付け。その他は早い者勝ちじゃ」


(茜、葵!? また女の兵士なのか!)


「安心せい権六。この二人の弓の腕は部隊の中でも頂点に立つ。きっと驚くぞ?」


「そ、そうですか……」


 もはや驚く事に疲れた勝家であったが、選ばれた勝家率いる9人は、間者の情報を元に廃村を襲撃し、瞬く間に制圧して人質を救出して見せた。


 特に目新しい戦法は使わなかった。

 ただ、確実性を求めた実直な勝家らしい戦いであった。

 その討伐戦を見届けた信長が改めて親衛隊に問いただした。


「さてお主ら。武芸、指揮とも権六の腕は見たな? ならばお主らは、権六の元で訓練する事に依存は無いな?」


「はい!」


 親衛隊が一斉に返事をした。

 この帰蝶との戦いと野盗討伐は、勝家の入隊試験だけではない。


 実は親衛隊も、勝家には不信感を持っていた。


 信長の弟の信行派で先の戦では大失態を犯し、自分達を穀潰しと見下し価値を認めない人種と見ていたのに、自分たちの指揮官となるのは我慢がならなかった。


 信長も親衛隊の不満は察知しており、それならばと親衛隊最強の帰蝶と立ち合わせて、勝家の実力を見せる事にしたのである。


 ただ、全ての武芸で帰蝶を上回るのは予想外であった。


「権六よ。当面は織田家の中でお主は白い目で見られる事があろう。なにせ『うつけ』のワシの下につくのじゃ。しかしそれは違う。ワシらは織田家最精鋭、いや日ノ本最精鋭の部隊として時代を切り開く! そう心得よ! そうですな父上!」


 いつの間にか近くに来ていた信秀たちが、勝家の前に歩み出る。


「権六よ。あの場ではお主の切腹を止める為に三郎の下に付けたが、本心はお主を罰する意図は無い。この専門兵士部隊の発案者である三郎を、三左衛門(森可成)と共に助けてやって欲しい」


「三郎様が発案者!?」


 もう何度目か分からない程、勝家は驚いた。


「なんじゃ三郎、伝えておらんのか」


「忘れておりました」


 本当は忘れていない。

 信用の無い自分の口で言うよりも、信秀が言った方が説得力が増すと思ったからである。


「仕方の無い奴じゃ。今言った通りこの親衛隊『専門兵士の計』は、三郎の考えの下で生み出された、織田家の切り札とも言える秘中の部隊じゃ。それをお主に明かし任せるという意味を考え、三郎を助けてやって欲しい」


「何と! 承知いたしました! 先の戦で失態を犯した某に過分な配慮! この勝家、粉骨砕身織田家に、三郎様に仕える事を誓います!」


「よろしく頼みますぞ! 権六殿!」


 可成も権六を歓迎した。


「そうですよ! 勝ち逃げなんて許しません! また再戦をお願いしますね!」


 帰蝶も勝家を歓迎した。


「の、濃姫様!?」


 帰蝶の信じ難い実力を思い出し困惑する勝家に、信長がさらに追い討ちをかける。


「権六よ。お主は今、親衛隊の中でも五指に入る実力を有しておるのじゃ。挑戦者が後を絶たないと覚悟しておけよ?」


「は、はい……」


 そう返事して勝家は帰蝶を見る。

 少女らしい輝いた目を勝家に向けている。


(こんな少女が、帰蝶様があの実力じゃと!?)


 絶句した勝家は、今後の己の運命に目眩がした。


 しかし、律儀な性格の勝家は挑戦者を退けつつ部隊を鍛え上げ、後の北勢四十八家攻略戦で部隊と共に汚名を返上し、柴田勝家の名を織田家の中でも不動の地位に押し上げたのはもう少し後の話であった。

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