233話 軽快下見旅 決戦予定地 京の都だった所
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【山城国/京の都だった所】
「知っている者もいるじゃろうが、まぁ、見ての通り。瓦礫だらけの地じゃな」
信長が馬上で手を広げて言った。
『見てくれ! この素晴らしい景観を!』
とでも言いたげなセリフだが、まったくシチュエーションと合っていない仕草。
だが、戦場としては理想的だ。
多少は原型を保った民家や寺院もあるが、基本は瓦礫だ。
三好長慶が考案し仕掛け、信長が協力した蠱毒計の破壊力。
そのの残滓、否、意味は一緒だが、残滓と言った方が適切か。
都は元々応仁の乱以降、まだ『朽ちた都』だったが、もう『都』でもなくなり見事なまでに廃墟と化していた。
知らない人には、もうどこが御所だったか、それっぽい物すら不明である。
本願寺、延暦寺系列の寺社は半壊しつつも、何とか建物として活用できそうだが、防御拠点としては無理がある。
公家や商家も民家も区別なく残骸だ。
人は人にあらず、草むらに屍骸があるのみだ。
なお、漢字の『荒』は『草むらの亡骸から髪が伸びている』を表した文字だが、まさにその通り、荒れ放題の地。
つまり今から、どうとでも罠を仕掛けるも誘導線を作るも可能な上、迷惑をかける民もいない。
田畑も無いから改造し放題だ。
故に理想の戦場なのだ。
「以前から荒廃しているとは聞き及んでおりましたが、今は、それ以上なのですね?」
今川家当主、今川氏真が聞いた。
今川家は今回を機に代替わりをした。
義元は権力を完全に捨てた。
氏真の後ろ盾にもなっていない。
権力を掌握したままの引退でもない。
完全に今川家から身を引いた。
そして長年織田家に人質に出していた氏真の弟、今川氏元(一月長得)の代わりに織田家の人質になりに行った。
体裁上は今川と織田の連携を密にする為と、氏元の功績を称えての行動だが、己を倒した信長や帰蝶に近づきたいのは明白であり、氏真や涼春と喧嘩寸前まで争ったのは、本当に余談である。
「うむ。今川殿のいう通り。応仁の乱でさえ、一応、帝には配慮があったと思うが、此度は本当に遠慮する物が無い。戦前の事前調略はもう始まっておるし、中には調略が来た者もいるだろう?」
「はい」
氏真は遠慮なく答えた。
来たのだから仕方ないし、ここは隠すより答えた方が信頼を得られると思ったのだ。
今川義元が人質なのはもうどうにもならないし、ちょっと恨んでいるので、これを機に『ちょっと義元に処罰が行ってもいいや』と少し憎しみを混ぜて答えた。
「じゃろうな。来て当然じゃ。ちなみに治部本人にも来ておったわ」
「我ら武田もです。我々は傭兵大名ですからな。呼ばれれば誰とでも戦うと喧伝した以上、当然の誘いでした」
武田義信が言った。
義信は自ら打診し、来年の戦に援軍として参加する。
「もっともですな。この決戦で甲斐殿を誘わぬ馬鹿は居らぬでしょう。なんなら、背後から織田や斎藤を突ける位置に居るのですからな」
「そうです。しかしそれはしません。三国同盟にも関わりますが、妹が織田殿の子へと嫁ぐ事が決まっていますしな。そんな状態で三好に付いたとして、織田殿の陣営が勝ったら今度こそ武田は終わりです」
信長が長慶に勝った場合で武田が三好に味方した場合、四方八方から敵が押し寄せる事になる。
長慶からどんな好条件が来たとて、地理的にも織田に味方するしかない。
それが分かっているから、自ら打診し売り込み参加しているのだ。
また朝倉、浅井らの大名も漏れなく打診の書状が届いていた。
節操がない行動だろうか?
それは違う。
もう集う戦力は確定している。
ならば、次は相手の戦力を削る作業に移るのは当然だ。
これ即ち、勝つ確率を上げる当たり前の行動だなのだ。
裏切らずとも、楔が入れば儲けものだ。
勝てば正義。
手段に良い悪いもないのだ。
故に信長も当然やっている。
織田側が比較的信頼で成り立つ連合軍ならば、三好側は長慶が力で従えた連合軍。
信頼vs力ならば、付け入る隙が多い――ハズなのだが、反応は芳しくない。
尼子、毛利、陶は当然、三好長慶に徹底的にやられた長宗我部すら反応が悪い。
こうなって来ると気味が悪く、裏切りを打診した相手の思惑が読めなくなる。
「こちら側に三好の手が伸びているのは確認しているし、こうしてそれを包み隠さず明かしてくれるのはありがたい。これで心置きなく戦えるというモノじゃ」
信長はそう言ったが、真意は逆だ。
全員正直に答えたのが逆に怖い。
《チッ。調略合戦は長慶の方が一枚上手なのか?》
《どうなんでしょうね? 案外あちらも同じ事を思っているんじゃないですか?》
ファラージャには互角に見える。
調略を無視する訳ではないが、後は戦術次第だとも思う。
ならば信長が勝つ。
そう信じている。
勝つ為に、ここまでサポートしてきたのだ。
信長が心配しすぎな気もするが、1億年先で圧倒的科学力で守られているファラージャと、隣人すら信じるのが難しい戦国時代の、認識の差なのだろう。
《奴がか? 長慶は今、人の心を読む事にかけては日本一じゃろう。精神的脆さが良い方に作用しすぎておる》
《臆病者で丁度良いとの言葉もありますが、そんな感じですかね?》
《臆病……。それもあるかもしれんが、奴は幼少期から針の筵で暮らしてきた。そこを生き抜いて天下を取った。偉業、いや、異形といってもいい》
長慶は信長のように、のびのびとうつけを演じる暇もない、一挙一動、一つ間違えたら首が飛ぶ、権謀術数の中を生き残り、主家細川と、足利将軍家を史実でも、この世界でも下剋上をやってのけたのだ。
大快挙にも程があるだろう。
《人の心の機微に鋭敏なのじゃ。面談でも感じたが、今はその極地じゃろうな。力で押さえつけた奴らが反抗できない程に行動を読み切っておるのじゃろう。恐らくは隙を伺い反抗しようと試みても、先手の先手の先手まで打たれたとしても驚かん。奴ならな》
《(新しい人間って事かしら。遥か古代にそんな概念があったそうだけど……)それら含めて、本来の歴史では実績が軽んじていられた日本の副王の実力発揮、と言うか、信長さんが、その力を引き出してしまったんでしょうね》
《ワシが力を付けたから呼応しているという事か。光栄なのか不運なのか迷うな》
信長とファラージャがそんな話をしていると、遠くから騎馬の一団がやってきた。
武装はしていないが悠々と庭を歩くが如く近づく人物は、三好長慶その人であった。
「これは織田殿。こんな廃墟の都を誰が好き好んで見物しているのかと思ったら、貴殿なら納得じゃ」
調略をした張本人の登場だが、何ら悪びれるでもない堂々とした態度。
当たり前である。
やるべき事をやっているのであるから。
もう『文句があるなら、いつでもどうぞ』との神の態度だ。
「三好殿こそ。某は都再建計画を考えておりましてな。このまま放置しておくには惜しい地ですしな。三好殿も同じ目的でありましょう?」
信長と長慶がお互い下馬せず、騎乗したまま話を続ける。
まるで、先に下馬した方が負けと、勝負しているかの様だ、というよりバチバチの真剣勝負なのだろう。
一緒に引き連れた諸将も誰一人下馬しない。
意地と意地のぶつかりあいであった。
ただ、決定的に信長が勝ち、長慶が負けている要素があった。
信長陣営は華がある。
長慶陣営にはソレがない。
女性武将の存在が、信長陣営の余裕を演出していた。
しかも唯の飾り武将ではなく、いずれも一騎当千、とまでは行かなくても、誰もが指揮は一級品で、個人武芸まで一級品の者までいる始末だ。
全てはここに居ない帰蝶の影響力のお陰だ。
長慶陣営の毛利、陶、尼子、長宗我部、そして長慶の家臣筆頭たる実休、一存や、松永までが華やかさに羨むが、信長は信長で、長慶の陣営の頼もしさと、こちら側の軟派さに頭を痛めていた。
信長も女性の力を侮っている訳では無いが『どうしてこうなった!?』との思いが拭えない。
この場で正確に物事を見抜いているのが、精神異常を患い誰よりも鋭敏な頭脳を手に入れた長慶と言うのもまた皮肉か。
(絶対に侮れぬ! こうして顔を合わせれば予感が確信に変わる! 確信したなら理解できる! 奴らの実力が!)
初顔合わせ同士の武将もいるが、信長、長慶含め引き連れる家臣全員が同じ事を思った。
思って思って長い沈黙が場を支配する。
こんな会話が途切れる事をフランスの諺で『天使が通る』と言う。
おフランスらしい優雅な例えだが、今この場には天使ではなく、見えない弓矢が飛び交っている。
そんな途切れた会話に負けたのか、あるいは切り込んだのか一人が声を発した。
「そちらに吉川様はいらっしゃいますか?」
北条涼春だ。
「ワシじゃが……其方は?」
吉川元春が何で呼ばれたか分からず困惑する。
「若狭湾で吉川様の腕を射った者、今川駿河の妻、北条涼春と申します」
「ッ!! おぉ!? 其方がか!?」
元春は何故か嬉しそうに着物の袖を捲り、傷跡を見せた。
「あの揺れる船上で、あの乱戦で、味方を避け某だけに命中させたのが其方か!!」
何故か元春はその傷を周囲に自慢げに見せつけた。
「ほう。斎藤殿への止めを刺す機会を失ったという射撃がこの女子、失礼、北条殿か。源三!」
「はっ! もう本当に申し訳ありません!!」
呼び出されたのは北条氏照。
北条家から派遣された武将だ。
一応人質なのだが、もう三好家に無くてはならない人材に成長している。
ただ、今は瞬間的にその立場が急にもろくなった。
妹が同盟軍の、しかも豪傑たる吉川元春を負傷させたなど初耳だった。
ちなみに父の氏康は知っているが、氏照の立場を考え報告はしなかったし、伝えるのも恥と感じて止めていた。(164-2話参照)
一方、初耳の氏照は、恥じているのか、呆れているのか、訳が分からないのか、額の血管がはち切れそうではあった。
「貴殿の妹はこんな頼もしい武将であったか!」
長慶も驚いていた。
帰蝶という先例があるが、それでもやはり、吉川元春程の豪傑の動きを止めた『武』は称賛に値する。
女であれば猶更だ。
「はい。ま、誠に残念ながら……」
「残念!? 兄上! 残念とは何ですか!? 久しぶりに会った妹に何て事を!?」
もはや『帰蝶教』信者と化した涼春として、今の言葉は聞き捨てならずヒートアップする。
だが氏照も負けていない。
長年、三好家の人質として、そして、魔王長慶の側近に抜擢されるまで成長したのだ。
既に『長慶教』の教徒として、妹に言いくるめられる兄ではないのだ。
「あぁ。兄としてなぁ。非常に申し訳がないのだよ。義兄上が可哀想でならなくてな。本ッ当に申し訳ない、駿河殿」
氏照がそう言うと全員の視線が氏真に集まった。
「えッ!? あ、さ、流石は相模殿の娘にして源蔵殿の妹君であると思いますぞ!? そして今川家のワシの自慢の妻ですよ……!?」
急なパスというかデッドボールが氏真を襲った。
ただ、氏真も『帰蝶教』の信者である。
デッドボールはユニフォームを掠めた程度であった。
「フフフ。会話がこうも面白いのも珍しい。立ち話というか馬上話も何じゃ。途中まで同行するかね?」
「喜んで」
長慶の提案に信長は乗った。
これが最後の話す機会だ。
言葉の端々から読み取れる情報を抜き出すのだ。
こうしてお互い、名目上の都市再生計画を話しつつ、腹の探り合いが始まった。
「ここが元々御所があった場所じゃが、瓦礫の山とはこの事か」
「そうですな。撤去も一大事業になりそうですな」
本当の会話はこうだ。
『瓦礫の山か。伏兵や打ち下ろしの弓部隊を置いてもいいな。いや、登らせて崩すか?』
『いっそ火を付けて近寄れぬ区画にしてしまうか?』
お互いの家臣も、見抜けた内容は様々だが、各々がこの瓦礫の山の活用方法を考えている。
本当に再建計画を考えている武将は誰一人いなかった。
あるのは、現状をどう利用するかだ。
普段は野原や田畑、民家などが障害物として並ぶが、今回は基本的には平地だが、破壊しても気にならない障害物が多い。
何ならそのまま投げつけて武器にしても使えそうな、手ごろな瓦礫もある。
これは発想の勝負になる。
溢れた瓦礫をどう使うかで趨勢をひっくり返すのも可能だろう。
そんな公然の秘密同然の見学が始まるのであった――




