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外伝70話 北条『鷹の目』涼春

挿絵(By みてみん)

電子書籍にて単行本第1巻が発売されました!

各種電子書籍サイト、または、アプリ『マンガBANG!』をダウンロードして『信長Take3』と検索してください。

AppStore→https://x.gd/iHUit

GooglePlayStore→https://x.gd/sL3h8


よろしくお願いします!

これは弘治3年(1557年) 武田家との撤退戦後の連戦、飛騨一向一揆から続く話である。


 北条涼春は一軍を率いる将として(北条綱成、北条氏政をも従え)今川義元の陣に付き、織田軍の救援に駆けつけてきた。


「え……!?」


 そこで驚愕の光景を見ると共に、今川家で太原雪斎に師事を受けていた時の言葉を思い出す。


『残念ながら女は男より強くなれないのです。現実は非情なのです』


『勝てないとは申しておりません。強くはなれないと申したのです。男に勝つ方法が無いとは申しませぬ。簡単な事。相手の都合で戦わぬ事です』(118-2話参照)


 残酷な現実と、解決策を示してくれた、今川家での師である太原雪斎が説いた真理。

 男を正面から殴り倒すのは至難の技だが、不意打ち武器有りなら工夫ありなら可能性は無限大だ。


『でも噂に聞く織田の姫鬼神は男にも勝ると……』


『あ、アレは例外中の例外です! アレの存在は、解明できれば一つの悟りに至れる例外です!』


 帰蝶の事に触れると雪斎も動揺する。

 その動揺する相手が、女の身で男と同じ土俵で、しかも血塗れにも拘らず、一騎軍を蹴散らしている。

 未だ殺気に敏感とは言えない涼春でさえ、恐ろしいと感じる竜巻の様な殺気を巻き散らし、男共をなぎ倒している。


 この瞬間、涼春は完全に魅了された。

 今川軍の任務としてちゃんと働きはするも『夫の浮気相手かもしれない』という勘違いも忘れ、現実と雪斎の真理を破壊する帰蝶に憧れた。


 これを機に、夫共々、帰蝶の仕事に隙間があれば稽古をつけてもらう事になる。

 なるのだが――

 帰蝶は当然、夫の氏真や松平元康にも涼春は全く歯が立たない。


 当たり前である。

 いくら雪斎に指導を受けたとて、雪斎の言う通り、同じ土俵で女が男に勝つのは不可能なのだ。

 それは理解しているが、どうしても引くに引けない。

 帰蝶と言う例外が存在するが故に――



【近江国/織田家 人地城】永禄4年(1561年) 弘治7年(1561年)


 足利義輝を倒して吸収し、織田軍が将軍を形上葬った翌年。

 この年は斎藤義龍が死の病を発症し、斎藤家の最後の役目として、嫡男龍興に家督を譲った頃の話である。


 涼春は帰蝶との訓練をしつつ、任務もこなしつつ、暇を見つけては人地城の奥に通っていた。

 奥とは、信長の妻達が生活している一角にして、子育ての戦場でもある。

 つまり今ここには、帰蝶と同じく、戦場でも戦う女たちの生活の場でもある。


 涼春はもう1年ほど、暇さえあればこちらに通っている。

 帰蝶は当然、夫の氏真にも一本も入れられない所か、手加減をされてなお勝てない。

 雪斎の言葉が突き刺さる。


『女は男より強くなれんのです。しかし勝てないとは申しません』


 帰蝶は氏真にも余裕で勝つ所か、織田軍でも男相手に上から数えた方が早い強さで、イマイチ説得力が無くなる言葉だが、涼春は『やはりあの言葉が心理だったのだ』とようやく諦めがついた。


 そこで求めた答えがここにあると帰蝶から聞いた。


「いらっしゃい。お待ちしておりました」


「ちょっと喧しい所だけど……訓練には丁度いいかもね?」


 葵と茜と泣き叫ぶ赤子が出迎えた。

 両手に赤子を抱え、子育てに奔走していたが、助っ人侍女もいるので、こうして時間を作る事はできた。


「弓を……弓を教えてください! 宜しくお願いします!」


「誇りも自信もズタズタにやられた様ね」


「帰蝶姉さまも今が頃合いと見たのでしょうね」


 茜と葵がニヤリと笑う。


「……それはどう言う……」


「貴女が男に腕力で挑む限り、ここで学んでも意味がないのよ」


「女が男に勝つには諦めた瞬間から始まるのよ」


 今は育児中で合戦には不参加だが、それでも弓を扱わせたら、織田軍のナンバー1、2の2人だ。

 男は当然、帰蝶も信長も敵わない弓の権化とも言える存在。

 ちなみに彼女らも弓は当然、接近戦もそこらの雑兵や、氏真程度など相手にもならない程の強者だが、それでも戦場で弓を選んでいるのは、それが一番活躍でき、かつ、無くてはならない存在として頼られているからだ。


「諦めた瞬間から始まる……」


「男よりは強くなれない。でも勝つ方法はいくらでもある」


「ッ!」


 葵が雪斎と同じ事を言った。


「その手段の一つが弓よ。近づかれなければ一方的。誰であろうと圧勝よ」


「ッ!!」


 茜が戦の真理を言った。


「地形や風にも影響されるけど、それらを最大の恩恵を受ければ5町(約500m)は飛ばせるわ。流石にその距離で個人を狙い撃ちは出来ないけど、移動中の集団の誰かには当たる距離にはなるわ」


「私たちは、棒立ちの人間なら1町(約100m)と少々の距離なら狙撃できる。限界距離だから外す時もあるけど、命中率は半分って所ね。だから馬に乗った棒立ち武将は良い的ね。つまり武将級の訓練を受けた敵を一方的に女が倒せる」


 和弓はフライパンすら易々と貫く破壊力がある。

 甲冑など気休め程度だ。


「で、では必殺必中距離は?」


「近づきすぎると敵も認知して回避行動にでるから、必殺必中となると難しいけど……」


 茜が苦い顔をしながら言う。

 かつて帰蝶に20mでの距離で動きに制限のある弓勝負を仕掛けたが、和弓時速200km程に対し、茜は自分の体に合った短弓を得意とし、時速150kmに達する連射した矢を掴み取られた。(外伝31話参照)


「30(けん)(約50m)なら確実ね。親衛隊相手に弓対槍で一騎討ちの稽古をした事はあるけど負けた事は片手で足りるわ。攻撃が届く前に当てちゃうからね」


 要約すると、弓は一方的に蹂躙できる武器であり、弓は最高最強の武器と言っても過言ではない。

 戦国時代の戦死原因第1位も弓による射殺で、鉄砲が普及しても不動の1位だったという。


「と、まぁ座学ばかりでもつまらないから、腕前を見せてもらいましょう。雪斎殿から指導を受けていられるのでしょうから基礎は流石に大丈夫よね?」


「はい。射撃の失敗は100に1か2あるかどうかです」


「だめよ」


「え?」


 葵がピシャリと言った。


「100撃ったら100完璧に飛ばしなさい。当たらなくてもいいから」


 弓矢は、構えるのも、(つが)えるのも、狙うのも、撃つのも難しい武器であり、射撃ミスは洒落にならない事故を起こす。

 後方から撃つのに発射に失敗すると、飛距離の出ないヘロヘロの矢がビヨ~ンと飛んでいき、大抵味方に当たる。

 そして、何故か、本当にどう言う訳か急所にズドンと当たってしまう。

 嫌なマーフィーの法則であり、ミスショットは許されない武器だ。


 そう言った事故があるのも戦国時代であり、避けられぬ同士討ち。

 弓以外でも、乱戦では味方の部隊同士の衝突による乱戦もあり得る。


 これはどこの家でも困っていた問題であり、伊達家の伊達稙宗は『塵芥集』にて『同士討ち』は『名誉の戦死』と強引に定めた。


 だからと言って、ミスして良い訳ではない。

 射撃が百発百中じゃなくても良いが、発射は百発百中でなければ困るのだ。

 最低限、遥か彼方の明後日の方向でも良いから、発射のミスだけは許されない。

 農兵なら仕方ないが、専門兵士なのだから。


「じゃあ腕前を見せてもらいましょう。ここは子の世話をしながら私達の専用の射撃訓練場でもあるの。ちなみに距離は30(けん)。私たちなら、必殺の距離だけど、今回は的じゃ無くて壁に当たっても良しとするわ。ただし地面に落ちたらそれは失敗とみなし、罰を与えます」


「罰……」


「大した罰じゃないわ。じゃあこの1本だけで実力を見ましょうか」


「い、1本?」


「そう。一発で実力を見せて」


 1本だけで良いなら、1回正確な所作で放てば良い――で済めばどんなに楽か。

 今からやる事は、織田家の弓の名手に一挙手一投足全てを見られながら放たねばならない。

 試し撃ちも無しの一発勝負。


 凄まじいプレッシャー、というか、葵と茜の目が爛々と輝いている様に見える。

 衣服も皮膚も透かして、筋肉まで見透かすかの様な、戦場同然の圧力を感じる。


「……ッ!!」


(私たちの圧力を感じ取っているわね)


(えぇ。雪斎様に余程鍛えられたのでしょう。でもこの1本、楽には撃たせないわよ)


 結果的に涼春は失敗した。

 矢を番えようとして地面に落としたのだ。

 原因はやはりプレッシャーだった。


「も、申し訳ありません」


「まぁ、この失敗なら誰にも被害は出ないけど、一度の失敗が二度と矢を放てなる程に苦手になる武将もいる。不思議な事に弓の名手でもね」


 いわゆるイップスである。

 大事な場面であればある程、反動も大きい。

 結果、頭では理解している動作なのに、体が思い描く様に動いてくれず、とんでもない失敗をしてしまう。

 ましてや命を懸けた戦場で、武将級が情けない矢を放ったら精神的ダメージは甚大だ。


「しかも今はワザと失敗する様に仕向けたしね。たった1本に私達からの圧力。それに罰という制約。難しいでしょう?」


「じゃ、罰は後の楽しみとして、とりあえず50射程いきましょうか。今度は失敗しても良いわよ」


 今度は何の制限も無い状態での射撃は6割の命中という、中々の好成績であった。


「基本は出来ているわね。じゃあ次は、あそこから撃ってもらいましょう」


 葵が示した先には、平らな石が5個地面に5角形で埋まっていた。

 小さめの座布団くらいだろうか。


「次は走破射撃よ。その石を踏んだら撃つ。そしたら星形に走る。その走っている間で次の石に辿り着く前に射撃準備を終え、石を踏んで撃つ。かなりキツイから最初は20射でいいわ」


 石の距離は大体5m間隔。

 これはその場で撃たず、移動しながら準備と射撃を行う訓練だ。

 戦場では、その場に留まって撃つ事の方が多いだろうが、暗殺や遭遇戦、奇襲などでは、そうも言って居られない。

 素早く場所取りをして撃ったら撤退、という場面もありえる。

 現在の弓道ではありえない実戦形式。

 つまり走りながらでも発射準備を完了させ、動いたら準備できない弱点を消すためだ。


「これは難しいから手本を見せるわ」


 茜が準備をする。

 そこからは驚愕の光景だった。

 茜は一つ目の石を蹴って走り出した第一歩目で発射準備が完了し、次の石で余裕をもって発射し命中させる。


「ッ!?」


 これを続け、結局20射ノーミスの結果だった。

 最後は石に辿り着く前に準備し撃つサービス付きだった。

 一方、涼春は――


「ぜぇッ……ぜぇッ……」


 涼春が肩で息をする。

 射撃準備ができず石に到着してしまったり、矢を落としたり、射撃失敗をしたりと散々な結果だった。

 元々が極めて高い技量を求められる武器を、走り回りながら撃て、というのが無茶なのだ。

 当然の結果とも言える。


「初めてにしては頑張ったわね。凄いわ。3本命中させたのだから」


 葵は20分の3を本気で褒めている。

 当てる所か、一回も射撃できなかった者も居るぐらいの高難度の訓練。

 3本の命中は本当に大したものなのだ。


「じゃぁ次で最後。丁度いい感じに足に負担が来ているしね。今度は立ちっぱなしで動かなくてもいいわ。ただし、落ちたら失格よ」


 葵が妙な条件を言う。


「お、落ちる?」


 葵が指さした場所は、妙なオブジェだった。

 現代人が見れば、思い浮かべるのはブランコだが、違うのは吊るされた座る為の板ではなく丸太だ。


「これに乗って、動く足場で、向こうの動く的を狙う。それだけよ。こっちも20射で1本でも命中させれば……いえ、そこから落ちなければ合格よ」


 涼春は丸太に乗るが、途端に前後左右に体が揺れだした。

 

「ふ、不安定ですね」


「船上を想定している訓練よ。だから向こうの的も揺らしているの」


「これは本当に難しいからコツを教えるわ。狙う時こそ静かにゆっくり深呼吸しなさい。己の鼓動すら止めるつもりでね」


「次に視界を狭めつつ、眼で相手を手繰り寄せるのよ。そうすれば目の前の的に当てるだけ」


(ッ!? 何を無茶苦茶な事を!?)


 涼春は戸惑いふらつき、何とか射撃の形を作るも、ヘロヘロの流れ矢を放つので精いっぱいだった。


「これは難しいのを知ってて敢えて挑戦して貰ったけど、私達はさっきの説明と、この射撃方法を『鷹の目射法』と呼んでるわ」


「鷹って、上空から小さな獲物を見つけて一気に襲い掛かるでしょ。きっと鷹の目には獲物が目の前にあるが如く鋭いのでしょうね」


「な、成程……あっ」


 涼春は説明を受けている途中で、次を撃つ前に落ちてしまった。


「見本を見せましょう」


 そう言って葵は丸太に飛び乗ると、足で丸太を自ら揺らす。

 乗った瞬間から揺れる涼春と違い、葵と茜は、そうしないと揺れられない程にバランス感覚が優れているのだ。

 そして力強く構えるとグイングインと動く丸太の上で、姿勢正しく目を開き瞬きもしない。


(今、獲物を手繰り寄せているのよ)


(は、はい……? あッ!?)


 ドクン!

 異様な気配を察知した小鳥が羽を広げた――

 葵が動く丸太を捉えた――


 トクン!

 異様な気配を察知した小鳥が羽を広げた――

 葵が動く丸太を引き寄せた――


 トク……!

 気配の勘違いを悟った小鳥が羽を閉じた――

 葵の眼光が、動く丸太を眼前に持ってきた――


 バシュウッ!

 半信半疑だった涼春だが、葵の放った矢は30間先の動く丸太に命中した。


「どう? 感じられたかしら?」


 真後ろに立っていた涼春が驚愕の表情で固まる。


「はい! な、何故かは分かりませんが、一瞬葵様と視線が一致した気がした時、的が目の前にありました! 一瞬だけですが……! 3段階くらい距離が縮まりました!?」


「正解! ならば素質はあるわね。あとは反復練習あるのみ。好きなだけ練習してみなさい」


 そう言われた涼春は、感覚を忘れない様にぶっ倒れるまで練習した。



【数刻後】


 涼春は赤子達と一緒にスヤスヤと寝息を立てていた。


「罰はこの子達のお世話を手伝って貰うつもりだったのだけど……」


「いっしょに寝ちゃったね。ふふふ。子供たちも寝たなら助かるわ」


 こうして連日弓矢の訓練に明け暮れた涼春は、後の若狭湾の戦いで、船上で遠く離れた吉川元春の腕を射る手柄をあげるまで成長する事になったのだ――(159-3話参照)

単行本発売を忘れてしまった人の為に。

ぜひ買ってください!

挿絵(By みてみん)

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