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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
19-3.5章 永禄6年(1563年) 弘治9年(1563年) 
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216話 重症、無敵、神秘性

【越中国/黒部川岸 上杉武田軍】


 上杉軍の歴戦の武将が左側にズラリと並ぶ。

 武田軍のリニューアル精神を叩き込まれた武将が右側にズラリと並ぶ。


 正面上座には上杉謙信と武田義信が並び、義信の背後斜め後ろに武田信玄(信廉)が座る。


 下座には七里能登守頼周と、七里越中守頼周が横並ぶ。

 こんな光景は軍議ではよくある光景だ。

 敵軍の武将が居る事も珍しくない。

 降伏であったり、休戦交渉であったり、理由は様々だが、よくある場面だ。


 だが決定的に違うのは、下座にいる武将の覇気が段違いなのだ。

 上杉謙信、武田義信、武田信玄(信廉)他、に負けず劣らず、両軍の歴戦の武将を明らかに威圧している。


 覇気で、闘気で、殺気であらゆる面で負けていない。

 七里能登守頼周とは異質な武将だ。

 何なら慈愛の精神も負けていない。

 全部まとめて、一言で言うなら神秘性か。


「う、上杉謙信である」


「武田甲斐守じゃ……」


 歴戦の武将中の武将である謙信さえ言葉が詰まる。

 義信の歯切れが悪いのも当然だ。


「七里能登守です。お見知りおきを」


 一番命の警戒をしなければならない能登守頼周が、完全にこの場を支配している。


「総大将である能登守殿が参られたのだ。しっかり話を聞くべきなのだが……あー……」


 いつも周囲を振り回す謙信が戸惑っている。

 無視するには無理がある事があったからだ。


「某の姿に戸惑いの様子ですな。分かりますぞ。軍全体から感じる困惑の感情が」


 能登守頼周は右足が無かった。

 足首から切断されていた。

 生まれつきとは思えない。

 衣服で隠れて見えないが、足首で衣服が綺麗に折り畳まれているので、無いのは明白だった。


 しかし、こんなのは序の口だった。

 世は戦国時代。

 体の欠損など珍しくもない。


 だが、顔には一筋の斬撃痕。

 2つの眼球を一文字に切り裂いた斬撃痕だ。

 つまり盲目。

 それもこの時代では珍しくはないが、それでいて介助人を必要とせず自由自在に動けるとなると話は違う。


 それ故に、その境遇に見合わぬ覇気に闘気に殺気に慈愛――つまり神秘性が溢れる状態だ。

 いつ頃の負傷かは分からないが、つい最近の怪我では無いだろう。

 その状態で戦場を歩いてきた、歴戦の猛者であるのは間違いない。

 この場にいる全員がそう断言した。


 いつ頃の負傷の情報は直ぐに判明した。

 自ら喋ったのだ。


「北陸に派遣されて半年も経たない内に敵に捕らえられましてな。まぁ拷問の末の姿です。あの頃の某は未熟でした。お見苦しい姿で申し訳ない」


 現代でも体の欠陥を馬鹿にしイジメる輩が後を絶えない。

 人権の概念が行き渡った現代でこのザマなのだ。

 戦国時代では言うまでもない、が、この能登守頼周は有無を言わさぬオーラがあり、かつ、北陸の信徒を束ねる存在である。

 この北陸で戦った実績が、能登守頼周に神秘性を纏わせているのだろう。


「そうであったか。……ん!? と言う事は!? その足と目で馬を操りあの船橋を突破したのか!?」


「あっ!?」


 上杉武田の諸将が思い出して驚きの声を上げた。

 健常者が目を閉じて歩くのは怖い。

 走るなど論外だ。

 それなのに、当時最高速度を出す馬で、揺れる船橋を通過してきたのだ。

 もう恐怖心が麻痺しているとしか思えない。


「まぁ慣れですよ。物を見るのに目は必要ないと理解すれば誰でも辿り着く境地です」


 朝倉家の富田勢源が、盲目でありながら一対一なら最強の実力を持つが、騎乗の際には随伴の騎馬武者が勢源の馬をアシストしている。

 いかに勢源と言えど、高速移動する馬に合わせて、周囲の環境を読み取るには速度が追い付かないのだ。


「な、慣れ……!? 人の可能性は凄いですな……」


(そう言う問題か? そう言う問題かも……?)


 全員がそう思ったが、今も昔も、敵にも味方にも、伝説的な武名を誇る武者がいる。

 能登守頼周は、そういう選ばれし者なのだろう。


「まぁ、某の身の上話はどうでも良いでしょう。今日は停戦交渉に参りました」

 

「ほう。貴殿の口から聞かされる交渉には大変興味がある。聞きましょう」


「我々はこの黒部川の東側を上杉武田軍に譲渡する」


「なんじゃと!?」


「譲渡!?」


「能登守様!?」


 謙信と義信が驚くのは当然だが、味方の越中守頼周まで驚いた。


「越中守。どうせ占領されてしまったのだ。これを取り返すのに何人命を捨てねばならぬ? しかもこの黒部川を渡河せねばならぬ」


 ふざけている様に見えて、的確な損得を計算している能登守頼周。


「そ、それは……!」


 越中守頼周が痛い所を突かれたのか、顔を歪めるが、それは謙信、義信も同じだったが、この2人は驚愕の表情であった。


(聞いていた評判にしては冷静だ。話が違いすぎるな)


(えぇ。当初は暴れまわるしか脳が無いと聞いていましたが……流言かもしれませんな)


 謙信と義信が、能登守頼周の判断力に驚いていた。

 10年も北陸を舞台に暴れた者で、本願寺本家からも厄介者扱いされていたのだ。

 そのブレーキ役が各地に派遣された七里頼周かと思っていたが、どうも違うようであった。


「お主の事だ。奪還する策はあるのだろう。事実この黒部川から先は死地だ。我らが勝つだろう」


「!!」


 謙信、義信、越中守頼周が驚いた。

 罠があるとは思っていたが『死地』との断言に、明確な『死』を予感させた事。

 越中守頼周は、渾身の策をバラされた事。

 それぞれを驚いていた。


「すまんな越中守。こちら、というかワシにも都合があるのだ。それでです。上杉武田軍には越中東部のおおよそ2割程を返還しよう。それで手打ちとしてもらいたい」


 有無を言わさぬ迫力があったのは言うまでもない。

 今まで、七里加賀守、七里越中守と出現してきたが、これが本物の迫力なのだと誰もが理解した。


「では、残りの地で、真の浄土真宗の国を作るつもりかな?」


「当初はそのつもりであった。だが今や日ノ本の転換期。見届けるの悪くない。今、日ノ本は誰かの手によって統一されようとしている。色々条件はあるが、日ノ本の統一者には従う意思はある」


「ッ!?」


「能登守様!?」


 今まで散々『真の浄土真宗の国を作る』と言ってきたのに、ここへきて方針転換だ。


「切っ掛けは? 朝倉、斎藤、上杉、武田、織田に攻め立てられ、ここまで持ちこたえ、何なら押し返してきた。まだまだ越前、近江、飛騨、越後、信濃にも進出する底力があるのでは無いか?」


 到底信じられない方針転換だ。

 それこそ『虚言』からの作戦かもしれないのだ。


「切っ掛けと言うよりは動機と言うべきですかな」


 能登守頼周は言葉を選びながら語り始めた。


「武士が我らを利用した。そうして始まった北陸一向一揆ですが、まぁソレはもうどうでも良いのですよ」


「えっ……は!?」


「能登守様!?」


 とんでもない言葉が飛び出してきた。

 蓮如、蓮崇の意思を、歎異抄を経て継ぎ戦ってきた男の言葉とは、とても信じられない言葉であった。

 一向一揆が『どうでもいい』などと、宗教戦争指導者の言葉ではありえない。

 能登守頼周は言葉を続けた。


「武士は憎いが、その一方で、武士こそがこの狂った世を正す力を持つ。その可能性を持つ者がチラホラと出現し始めた。まだまだ小勢力も多いが、それらが淘汰、あるいは吸収合体して、最後の勝者が世直しを断行する。そうですな?」


 能登守頼周の言う通り、小勢力が駆逐吸収され、中大勢力が、争う時代に移り変わっている。

 もう国内の土豪、豪族の出番ではなく、国を支配する者同士の戦いだ。


「特に三好家と織田家は天下を明確な目標として掲げる家だ。織田は天下布武法度でしたな? 見えないので手でなぞって確認したが、悪くない法度だ」


「ッ!?」


 能登守頼周は世の流れを正確に捉えていた。

 あと、さらっと指先で墨と紙の特徴を区別し、文字として読み取る神技をも言ったが、正確な情勢と織田家に対する評価の法に驚いていた。


「現状、かなりの勢力に絞られてきましたな? 上杉か? 武田か? 三好か? 織田か? 斎藤か? 尼子か? 北条か? それとも、まだまだ新たな時代の寵児が現れるか?」


「何故、そんな心変わりを?」


「朝倉斎藤軍がな? 七里加賀守を伴って某のところまでやってきてな。某の説得を試みたのだよ。何人かに某の名代を名乗らせておるが、だれか一人であろうと説得するとは大したモノ。また朝倉延景に斎藤帰蝶も大した者。斎藤殿などワシと一騎打ちをしてな?」


「ッ!?」


 さらっととんでもない言葉が飛び出してきた。


「斎藤殿と戦った!? ……け、結果は?」


「某が勝ち申した」


「何とッ!?」


 あの斎藤帰蝶に勝った――

 上杉謙信など、上杉家臣の者達は、昨年の北条家による越後侵略の対処で、斎藤帰蝶と北条家最強の武将である北条綱成との一騎打ちの果てに、激闘と苦労の末に倒した。(185-3話~185-7話参照)


 その帰蝶が、盲目で右足が無い相手に負けたのは信じ難い。

 しかも、見た感じ、能登守頼周には負傷が見られない。

 素肌が見える部分に最近負傷した様な痕が無い。

 そして、揺るぎない発言が、嘘ではない事を明確に信じさせられる。


 上杉家の者が怪しむが、その気配を察知したのか、能登守頼周が杖を抱え立ち上がる。

 杖を両脇に抱え歩くが、足が無い者にしては不自然な動きもない。

 骨折は当然、打撲すら負っていない気配である。


「如何かな?」


「(あの斎藤帰蝶が一撃も有効打を入れられなかったのか!?)……どうやら本当の様ですな? その妙な両手の杖も武器ですかな?」


 持ち手は腰あたりだが、脇にも届きそうな妙に長い杖である。

 一本の木から削り出した特注の杖で、杖の先端50cm程は鉄製だ。

 杖の先端は馬の蹄程もあり、明らかに武器であり、現代の松葉杖を凶器化した杖だった。


「えぇ。足が不自由な分、工夫した杖です。いざと言う時にも戦える、某の足の代わりです。しかし斎藤殿は凄いですな。甲冑とこの杖が無ければ負けていたでしょう。結果は無傷の勝利ですが、結果程に実力は離れていない。アレで女性と言うのだから脅威でしかない。しかし勝ったからこそ、こうしてココに交渉に来る事もできた」


「なるほど……」


「まずはこの書状を見て頂きたい。斎藤朝倉両家の署名が入った書状です。越中守」


 能登守頼周が、越中守頼周に書状を提出させた。

 その書状は要約すれば『斎藤朝倉軍は、越前、飛騨側からの侵略と能登を放棄する』と言う内容だった。


「小さい小競り合いの後、某と斎藤殿の一騎討ちになりましてな。その時に約束したのですよ。『勝者の意見を尊重する』と。で某が勝ったのです。斎藤殿は左手を負傷した程度で生活に支障はありますまい」


「……ッ!!」


 斎藤帰蝶に勝てる人間はまぁまぁ居る。

 互角の勝負をする者も結構居る。

 勝つ人間は少ないが、居るには居る。


 だが、目の前の七里頼周は完封勝利でもしたかの様な佇まいだ。


「フフフ。凄まじい驚愕の雰囲気ですな。斎藤殿に勝つのが、それ程までに驚かれるか」


 その言葉が、頼周が勝った事実を裏付ける。


「あぁ。我は斎藤殿の戦闘をこの目で実際に見ておる。正直勝負となれば、どうやって勝つか迷うし、生還も難しい。文字通り命賭けの勝負となるであろうよ」


 謙信の正直な感想だった。

 負けるとは思わないが、無傷で勝てるとも思わない。

 悪ければ相打ちもあり得る。

 それ位の難敵と思っていた帰蝶に対し完封勝利とは、信じられなく、一体どうやって戦うかもきになった。


「でしょうな。某も正直驚いた。斎藤殿の発する殺気と覇気は、某に勝るとも劣らない、そこらの男では相手にもならない。女であれ程の使い手は日ノ本探しても居りますまい」


 どうやら、余裕で倒した訳では無いらしい。

 ただ、運よく無傷で勝てたのだろう。


(前世も含めた徳でも積んでおるのか!? ……積んでいそうだな!)


 本物の七里頼周は何故か後光が射してる様にも見える。


「さて、書状を読んだ通り、斎藤朝倉軍の進軍は食い止めた。あとはこちら側に注力すれば良いだけだ。攻め寄せるなら、全滅覚悟で黒部川を渡河するが良かろう。越中守が渾身の策を設けたからな。歓迎して進ぜよう。どうする?」


(こ奴! どうする!)


 上杉謙信は選択に迫られた――

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