215話 七里能登守頼周
【越中国/平地】
「結局たいした敵はおりませんでしたな」
「横尾城、南保城、船見城……小川周辺の拠点は、全て動員した決戦だったのでしょうな」
小川の前で警戒する上杉武田軍。
小川流域東側を平らげたが、敵の影は見えないし気配も感じない。
なお小川は(多分)小さな川、の意味ではなく『小川』と言う川の名だ。
源泉地は温泉地として栄え明治天皇が命名した旅館があったが現在は営業していない。
「この小川を防御として利用するには心許ないな。水源地や現在で雨が降っていれば別だが、この水量ではな」
上杉謙信が言った。
川の至る場所で砂利が見受けられ、水底も見える。
水量次第ではまぁまぁの河川になったのだろうが、現在の水量では何の障害にもならない。
どこを通っても問題ない。
去年も素通りしたぐらいだ。
「だがこの先の黒部川は違う。間違いなく渡河を狙われる。それ程の川だ。昨年は蟹寺城までほぼ無人だったから気にする障害ではなかったが、今回は違うだろう」
本当は無人ではなく抵抗勢力が居り粉砕して通過したが、上杉家臣たちは野暮なツッコミはしなかった。
「そうですか。昨年我らは、飛騨の信濃側におりましたからな。昨年越中の河川は我らに味方した様ですな」
義信が、昨年のクーデターを思い出しながら言った。
昨年の侵略コース
「ただし、越中の黒部川と言えば、信繁、信廉ら叔父兄弟から天然の要害と聞いております。故に最初から警戒していれば、こうして予め構えていられる」
黒部川は、現在上流にて「黒部ダム」が現在も水力発電として稼働している。
戦国時代にダムは無いので、水量は激しく、前田家の治世の時代には橋を架けるも氾濫で流失し、結局船橋が限界だった川だ。
「どんなに愚将、凡将でも、ここの渡河を狙わぬ選択はありますまい」
「だろうな。故に真正面から突撃渡河するとも思っておるまい」
「はい。は!?」
義信は当然、上杉の諸将も驚いて間抜けな返事をしてしまった。
裏をかいたつもりの作戦を、真正面から粉砕する作戦もあるにはある。
相手の想像を絶する大軍や、全ての伏兵を見破ったり、或いは内応をとって内部から崩壊させるなど、何らかの保証をもってして、ワザと罠に引っかかった上で敵を食い破る。
上杉謙信の得意技と言っても過言ではない。
武田軍が身をもってその理不尽を味わっている。
「お待ちを! これは絶対にお待ちを!!」
「なぜ止める!? 罠は逆に隙であるぞ!?」
「そんな事は今までの殿の行動でよ~~~く! 分かっておりまする! だからこうして止めているのです!」
「そうですぞ!? ブン殴って止めない我らの心遣いに感謝して頂きたい!」
上杉の家臣達が断固立ちはだかった。
中には謙信騎乗の手綱を掴んだ家臣もいる。
無礼の概念が無かったら口を塞ぐ家臣もいただろう。
まるで大捕り物だ。
どこの世界に、主君を取り押さえる家臣がいるのか?
その可能性があるのは、上杉家だけだ。
(いや、武田家も主君とその弟も取り押さえたのだったな。しかし上杉家の何と楽しそうな家よ。微笑ましいとすら感じるわ)
(うらやましいですな。ワシは兄上を本気で取り押さえ、殺害さえ選択肢にあったのに、のどかな風景ですな)
上杉家の大騒ぎは、武田のクーデターに比べたら可愛いモノだ。
武士階級ではない、町人階級の親子喧嘩にすら見える。
「上杉殿。家臣の皆様を困らせるモノではありませぬぞ?」
義信が上杉家の楽しそうな醜態を羨ましく思いつつ切り出した。
「敵も、まさか強引な渡河をするとは思っておりますまい。無警戒とは言いませぬが、必ず迂回路が本命の罠でありましょう」
「生地砦、若栗城ほか黒部川周辺、どこも渡河可能な場所は危険でしょう」
義信と信玄が助け舟を出す。
「分かった。仕方あるまい。とりあえず黒部川が見える場所まで進軍しようではないか。対岸に敵が見えたら正面からの渡河対策。敵が居なければ何かしらの罠がある。七里越中守はまだまだ楽しませてくれそうだな!」
上杉謙信は楽しそうに言う。
家臣はゲンナリしている。
武田軍は、とりあえず黒部川までは上杉謙信に振り回されないと安堵している。
だが、黒部川に到着したとき、上杉謙信、武田義信が驚く光景が見えた。
「これはこれは。そうきたか!」
「船橋……か」
上杉武田軍が黒部川に到着したとき、ご丁寧にも船橋が架けられていた。
船橋とは、多数の船を連結させ、板を船の上に乗せ渡る、仮設の橋だが、仮設故に分解も楽で、味方の渡河後、切り離して足止めに使える。
一応、橋を建築する技術もあるにはある。
ただ、災害の度に流され、費用対効果が薄い。
つまり、災害に強い橋を作る技術がないのだ。
現代の橋でさえ大災害には耐えられないのだから、戦国時代では言うまでもないだろう。
それで、連合軍の前に現れたこの船橋であるが、もう罠の臭いが悪臭として漂っている。
「小賢しい。敵が待ち構えているか、敵意なりを察知できるかと思っておったが、わざわざ船橋を通して歓迎するか。七里越中守め。こしゃくな真似を!」
謙信は楽しそうに怒った。
「一応聞きますが、殿の橋通過中に、船橋が切られるのは百も承知……ですよね!?」
「勿論だとも!」
「……!」
謙信が楽しそうに警戒を肯定し、家臣は疑念の目を隠しもしなかった。
完璧なジト目だ。
家臣たちは、謙信に対する強さも戦術も策も信頼しているが、謙信個人の動きは全く信頼していない。
何なら、敵を騙すために味方を騙す。
敵以上に味方を徹底的に騙して騙して騙しまくって、結局360度回って正しい戦として成立している節もある。
所詮は藁縄で縛って繋げた橋だ。
設置は楽だが、破壊はもっと楽だ。
罠の臭いで退散、又は、足止めさせるつもりなら、策として素晴らしいとさえ思える、不審すぎる橋だ。
だが、この橋は上杉武田連合軍の想像を超えた橋だった。
何なら、一向宗の想像もウッカリ超えてしまった橋だった。
「ッ!? な、何だ!?」
「向こうから来る!?」
何と、船橋を騎馬で駆け抜ける武者がいたのだ。
それも2騎。
上杉武田連合軍が渡る時に何かあるのは想像が容易いが、こちらに向かって渡河してくるのは予想外だった。
「お待ちください!?」
「ハッハッハ! せっかくのお越しじゃ! 挨拶ぐらいはせんとな!」
「能登守様!!」
必死に呼び止める声は聞き覚えがある。
七里越中守頼周だ。
その越中守が『能登守様』と呼ぶ。
数ある同格の七里頼周同士なら、『殿』よびだろう。
しかし同格の者から『七里様』となると話が違う。
「新たな七里頼周の出現にも驚くが、まさか本物か? そんな訳あるまい。全くどこの馬鹿が総大将で一騎駆けするのか?」
上杉謙信が呆れて言った。
「そうですね」
家臣は棒読み無感情でそう言うのが精一杯だった。
「上杉武田連合軍とお見受けする!」
そんな、よりによって謙信に『馬鹿』呼ばわりされる騎馬武者が黒部川を渡河すると共に叫んだ。
しかし、喧しくないし、下品でもない。
オペラ歌手や、舞台役者の様な、体全体で声を増幅させた、良く通る声だった。
「拙者は七里能登守頼周! 各地に七里頼周が出現しているのはもうご存じであろう! 拙者こそが始祖! 真の七里頼周である! 上杉殿、武田殿と会談を願いたい!」
余りの突然の行動に、上杉武田連合軍は呆気に取られてしまった。
「他の七里頼周の名を与えられた有能な武将が来る事は予想しておったが、まさか本物がいらっしゃるとはな。どうする武田殿」
「もう話す事はないと思うのですがな……。ただ、本物なら会うだけなら価値はありますが……」
一向一揆軍とは本当の会談(208話)と、偽の会談(213話)にて行った。
思想も理想も聞いた。
誰に聞いても、それこそ本物に聞いても同じ答えだろう。
城の内部を探るための偽会談ならともかく、真剣な話し合いがあるとすれば、降伏受付の時だけだ。
それなのに迷っているのは、ついに本物と思われる『七里頼周』に興味があるからに他ならない。
「殿」
「おお。段蔵か。何か分かったか」
加藤段蔵が帰還した。
「はっ。あの七里は本物に間違いありません。また、どうも予め越中の中央付近に待機していた様です」
宮崎城攻防前哨戦(213話)で派遣したが、宮崎城に本物が居ないならばと、本物を探し回り突き止めたのだ。
「……ここまで進軍した褒美に会ってくれる、そういう意味かな?」
「そういう意味です。あと奴は怪物です。正に真の七里頼周でしょう。アレ以上の化け物は……斎藤殿か妖怪変化しか想像できません」
表情の変化に乏しい段蔵が、顔を青くし冷や汗を流していた。
自分の報告が正しいのか迷っている節すら感じられる。
「お主にそこまで言わせるか。……暗殺を試みたか?」
「はい。しかし射程距離にすら入れませんでした」
「お主が仕留められぬとはな。知将の上に使い手か。……妙な装備をしておるな? 槍? 違うな? 杖? 杖な訳がないか」
遠くに見える馬上の七里頼周は色々な違和感を発していた。
至近距離ではないので確認できないが、とりあえず、短槍らしき武器を携えている様に見える。
「本物の七里頼周はある意味一番見分けが簡単でした。何故なら――」
段蔵の報告に一同が驚愕する。
「よし! 会うぞ! 見るだけでも価値がある!」
「えぇ。行きましょう」
謙信と義信は即決で決めた――




