207話 急いては事を仕損じる
【越中越後境界線/上杉武田連合軍】
昨年は上杉軍単独で、越中国の半分を食い荒らし、飛騨国に隣接する蟹寺城直前まで到達した。
武田は飛騨から斎藤家との競争に勝ち、一足先に蟹寺城に到着した。
177-2話時点の侵攻図
しかし上杉政虎は、飛騨国から来た武田軍が蟹寺城攻略で疲弊した所を、横から搔っ攫う高みの見物を決め込んでいた。
だが、武田軍はクーデターが発生し撤退せざるを得ない状況になり、上杉軍は上杉軍で、北条家の越後侵略に対応せざるを得ず、傍観する織田軍も七里越中守頼周との交渉で上杉軍の通過を見逃すのと引き換えに、今後飛騨に絶対に武田を入れない事を約束させられた。
こうして局所的に越中国の要所は上杉軍に落とされた越中一向一揆だったが、最終的には七里頼周が謀略でひっくり返し、国を取り返した。
取り返したのだが――
今年はよりにもよって、上杉武田連合軍が来襲して来る事になった。
上杉はともかく、武田は(織田と七里の約束など何も知らないが)何の約束も破らず越中侵入に成功した。
【越中国/某所】
「ソレは流石に読めんよ……!」
七里越中守頼周は誰もが、それこそ信長さえ認める切れ者だが、流石に武田と上杉の同盟の可能性など考えつかなかったし、考えるまでもなく『想像すらできない』し、いかに七里と言えど、『警戒しろ』なんて言ったら、笑い者だ。
だが現実は非情である。
「絶対は絶対に無い……か。勉強になったよ! 能登守様に伝令と援軍要請だ! 我らは迎え撃つ!」
頼周は武田のクーデターの全貌を把握していない。
武田で何かあった、だけは知っている。
その結果、信玄の弟2人、信繁と信廉が追放された、と表向きの情報しか知らない。
これは横の繋がりが弱い一揆の弱点であり、一向一揆も例外では無いが、まだマシな方だ。
現代とは違い通信も発達しておらず、とか、そういう問題ではなく、味方は当然、敵同士であっても情報を流す。
正誤に関わらず情報は流れるが、北陸一向一揆は全てを拒否し孤立した存在。
外部の協力者が作りにくい。
作りにくい、とは、裏を返せば作れるのだが、大名、有力武将級で浄土真宗の信者が居ないので、小者や雑兵の類しか作れない、という意味だ。
しかも本願寺本家からも一揆中止を求められている。
そんな中でも、武田の表向きのクーデター結果を知っている越中の七里は大した者だ。
表向きの武田家は、信玄が義信に家督を譲った事になっている。
それを知っているだけでも本当に大した者なのだ。
「迎え撃つ? 違う! 正面からまともに衝突してどうする!? ソレをする前に一仕事するのがワシの役目ではないか! そもそも代替わりしたから手を結ぶ? 親の憎しみは引き継がない? そんな訳があるか! 理由はどうあれ、利害が一致したのだ!」
どんな利害かはわからない。
まさか村上義清の念願を叶えた引き換えとは読めない。
読めないが、裏があるのは違いないと読んだ頼周。
だが、読めた所でどうにもならない。
現実の脅威である上杉武田をどう対処するか?
「下間頼照様と、証恵様を呼んでおけ。上杉はともかく、武田相手の交渉材料にはなるだろう! それともう一手。命を賭けねばなるまいな……」
相当苦しくなるだろうがな――
智将越中守頼周。
脳をフル回転させ対策を考えるのであった。
【越後国/上杉武田連合軍】
「武田軍と轡を並べる事になるとはな。人生何が起きるか分らぬモノよ」
「分らぬから面白いのでしょう? 越後殿は知っている未来を歩んで楽しいですか?」
上杉政虎と武田義信が語りあう。
その中で義信は知らぬとは言え、信長、帰蝶、ファラージャが聞いたら、心臓を抑えて蹲る言葉の槍で刺した。
こればかりは全く反論できないが、一応『未来を知っているお陰で苦労している分『±0』であるのは理解して欲しい!』と、聞いていたら信長は心の中で叫んだではあろう。
「ツマランな。知っている現象しか起きないのならば退屈の極みよ。それは最早拷問よな」
政虎は、5次元や未来の可能性の変化の概念を知らないので、つまらない人生を想像した。
――と、この様に義信は政虎と互角の立場で話し合える覇気を有していた。
信玄をしてようやく対等だと思っていた武田家の、新たなる後継者の堂々たる姿は、上杉の者にとっては衝撃の光景だった。
たった2000程度の軍勢の分際で、まったく上杉家に対し遠慮しない。
数の大小で卑屈になったり尊大になったりしない、鋼のメンタル。
史実にて、信玄死後に後を継いだ勝頼が、遺命によって『上杉を頼りにする様に』と言われた。
故に、真偽関わらず信玄生存の間に、上杉が武田と共にする光景は予想外すぎる。
合戦で和睦して、たまたま帰還路が一緒だった訳でもない。
同じ敵を倒す為に隣に並んでいる驚愕の光景にして、信長が知ったら卒倒すること間違いなしの光景だ。
「でしょう? 人生は一発勝負ですよ」
またしても信長の精神を、知らない内に砕く義信。
この世界は新しく作られた世界だが、そうとは知らない義信の言葉と謀反を成功させた実績は、信長には致命傷の言葉ばかりで、信長がこの場にいなくて本当に良かった。
「ハッハッハ! そうだな! 貴殿は若いのに話が分かる。こんな予想外、我も味わってみたいと思っておってな? 正直な所、織田や斎藤、朝倉、今川らが羨ましいのよ。きっと毎日が新鮮なのじゃろう、とな!」
知らない内に言葉のサンドバックになっていた織田家も含め、今あげた名前の大名間では交流が活発だ。
物品の交流も賑やかだが、一番の目玉商品は『斎藤帰蝶』だ。
転生したから故の異常者だから、ではない。
どうにも人を惹き付けて止まない華がある。
武人は皆、修練でもいいから戦ってみたいし、修練自体を目的とした若手武将も後を絶たない。
なお織田、斎藤家の武将は除く。
帰蝶に呼び止められるのを、極度に恐れているのは内緒の話だ。
「我と武田が手を結んだと織田殿が聞いたら……ん? なぜ止まる? 障害か?」
勝山砦を出発し、間もなく越中に入ろうという所で行軍が止まってしまった。
政虎や義信が居る地点からでは見えないが、何かがあったのは間違いない。
「戦闘行為ではなさそうですな。それならば、もっと空気が変わるハズ。道が塞がれているとかですかな?」
「そうだな。戦闘ではない。何らかの不都合があったと見てよかろう。だが一揆衆が国境に砦を作った等の報告も受けておらん。しかし今回の行軍を見越し妨害工作を準備しておった可能性はある」
政虎も今回の進軍に際し、事前調査は行っているが『変わった様子は無い』との報告を受けていた。
だから警戒している。
あの七里頼周が防衛を強化していないなら、他の何かが絶対あるハズなのだ。
なのに『変わった様子は無い』は絶対おかしい。
だから『絶対は絶対に無い』と最上級の警戒心を持って行軍していた先のコレである。
「やはり何か起きたのだろう。貴殿は知らぬであろうから伝えるが、越中の七里頼周は、頭脳明晰極まりない。綿密な計算と思いも寄らぬ罠に、何か不都合があっても状況を読み解き自分の有利に働くように組み込む策略の柔軟さ。正直、わが家臣に迎えたい逸材じゃ」
「上杉殿にそこまで言わせますか。親父殿では相手にならなかったのも納得ですな」
義信は心底信玄が憎いのか、毒舌が本当に遠慮無しだ。
「……まぁ、お主の父親と何度も戦った我としては、信玄公も間違いなく手練れじゃぞ? 親父殿を憎む気持ちは分らぬでもないが、政治はともかく戦の実力を過小評価してはいかん。今の会話、七里に聞かれていたら、間違いなく貴殿の心の急所として利用されたであろう。そう心得よ」
信玄が馬鹿にされると、大体良い勝負をしてきた政虎にも刺さるので、やんわりと諫めた。
「……そこまでの逸材ですか。肝に銘じます(そう言えば政虎は奪った越中半国を、手放さざるをえない状況に追い込まれたのだったな。策略だけで。ワシに同じ真似ができるか? いや、やって見せねば武田の次世代とは言えぬ!)」
義信は決して驕り油断している訳では無いが、警戒心をもう一段階引き上げたのであった。
「兄上、越後様、伝令です!」
そう言ってやってきたのは諏訪勝頼(武田勝頼)だった。
本来の歴史では兄達が全員いなくなり、臨時の当主として武田勝頼となるはずだった諏訪勝頼。
この歴史では、義信が健在なので、予定通り諏訪家の当主として武田家に仕えている。
「おぉ、四郎か。何かあったのか?」
今は立場上、武田家と諏訪家に分かれてしまったが、兄弟仲は悪くない。
立場が割れても『武田様、諏訪殿』なとど余所余所しく呼ばない。
勝頼は最初立場を弁えようとしたが、兄の義信が、その勝頼の言葉遣いに寒気と悍ましさを感じ、命令として今までの兄弟らしい対応を求めた。
父を追放した、自覚なき負い目が、血の繋がりを求めた結果であった。
また勝頼の伝令行為だが、武田軍2000人とは言え、上杉軍の金魚の糞では無い。
独立勢力としてやるべき事をやっており、たまたま勝頼が物見の順番として先頭にいた時に事件があったので、こうして伝令としてやってきただけだ。
こういう部分でも武田と上杉は対等としてキッチリ役割分担ができていた。
「一揆軍? が待ち構えておりました」
「一揆軍……? 疑問が付くのか?」
「は、はい。敵は……少なくとも2人は敵と言って良いのか分かりませんが、相手は3人。七里頼周、それと下間頼照、証恵、と名乗っております!」
「なんじゃと!?」
叫んだのは政虎だった。
さっき頼周に対する警戒を散々説いたばかりである。
それが、こんな簡単に接触をしてくるとは予想外だった。
「噂をすれば影、というヤツかのう? 偶然にしても完璧すぎる! この! 今! この瞬間! コレを狙っていたとしたら! 難敵にも程があるわ! しかも3人じゃと!?」
やはり政虎にとって、昨年散々やられた事がトラウマとなっている様であった。
「七里はともかく、下間頼照、証恵と来たか。武田から離れ昨年行方不明になって越中に合流したと聞いていたが、今更何だ? 我らを止めに来たのか? 武田を離れた謝罪か?」
義信ももちろん驚いている。
本当に噂をすれば影なる存在の七里頼周だ。
「越後殿。3人は使者なのでしょう。しかも七里頼周、下間頼照、証恵が来たのを問答無用で殺すわけにも行きますまい。四郎! 相手は我らを要求しておるのだろう?」
「その通りにございます!」
「見事に出鼻を挫かれましたな。上杉殿の警戒を某も今まさに実感しましたぞ」
「それは何よりじゃ……。正直言えば会いたくない。用件を聞いて返答するだけではダメか?」
「あちらは面会を所望しております。無理なら無理と返答して参りますが……?」
別に相手の面会程度であっても、要求を聞き入れる道理はない。
無視したければ無視すればいい。
何なら、討ち取る絶好のチャンスでもある。
だが一揆相手にソレをするのは憚れる、という事では無く、騙し討ちを否定するでも無く、越中の七里頼周から逃げた事実が残ってしまう、自尊心の問題が最大の理由だ。
普通、苦手な相手なら、これ幸いと殺す。
だが、戦に拘りをも併せ持つ政虎には選べない。
それこそここで殺したら、永遠に七里頼周に勝てなくなる。
それは困るのだ。
「いや、会う。良く考えたら我は七里の顔も知らぬ」
昨年の越中国では拠点同士の、離れた区間での睨み合いだった。
顔を知ったから何だ、と言う話ではあるが、少しでも七里の何かを捉えたい政虎であった。
「一度ご尊顔を拝する のも悪くあるまい。急いては事を仕損じるかもしれぬ(……賭けだがな)」
本当の所は己の顔も見せたくないし、声も聞かせるべきではないと思っている。
極力情報を与えたくない位に警戒している政虎だが、興味の方が勝ってしまうのも政虎が政虎たる所以であった。
「越前方面では会談から劇的な和睦に繋がったと聞きます。良い方向に転ぶ事を期待しましょう」
越前では、会談にて七里加賀守と下間頼廉が朝倉斎藤軍と組んで、一揆と戦った。
ただし、そこに至るまで、数々の戦いがあった事は忘れてはならない。
結果的には分かり合う為に戦った面もあるが、越中側でもそうなる事ができるのか?
そんな気配が微塵も感じられない会談が行われる事となった。




