202-2話 厄介な男 三好長慶
202話は2部構成です。
202-1話からご覧ください。
【大和国/東大寺 織田軍】
東大寺の包囲完了を待つ間、信長は荒れていた。
《クソッタレが!! 奴は化け物かッ!? 化け物じゃったわ!!》
信長はテレパシーで心の内を吐き出した。
自分で問うて、答える乱れ様だ。
《あの謀神、いえ謀鬼神三好長慶とでも言いましょうか。信長さんがライバルとして、強大に立ちはだかったからですかねぇ……》
元々が超優秀だった三好長慶。
史実でもライバルが居なかった訳ではないし、細川管領家と足利将軍家に対し下剋上の偉業を成し遂げた偉大な男。
だがついに、信長に出会わず病没した。
英雄は交わらなかった。
だがこの歴史は違う。
全身全霊を賭けねば上へ行けず、倒せず、越えられず、力の注ぎ込んでもなお、不気味で勝つと断言できぬ存在の相手が、お互いにとって現れたのだ。
信長はその大英雄を超える為の東大寺滅却作戦を考えていたのに、これでは意味がない状況に持ち込まれたのだ。
《何たる事だ! 大仏はワシが燃やしてこそ意味があったのだ! これでは三好との共同作業となってしまう!》
《そんなに困る事なんですか?》
信長個人では出来なくなったが、とりあえず影響力の強い寺を破壊するのだから、そこまで困る事なのかとファラージャは疑問に思う。
《困る!》
だが信長は断言した。
《織田が対宗教に本気で取り組む為政者と民に知らしめねばならんのじゃ! 織田は願証寺と北陸一向一揆を何とかしようとしておるが、興福寺は実休にやらせてしまった。正確には共同作業じゃが、それは東大寺をワシがやるつもりだったから興福寺を譲った! 日本の顔を潰すのはワシがやろうと思っていた事!》
《あっ!? だから、三好軍は1000だけ借りたんですね? 見届け人として!》
《そうじゃ! ここで長慶が絡むと、三好家は興福寺と東大寺を始末した事になる! 織田家は東大寺を共同で燃やし、本願寺の枝寺院の願証寺と、これまた本願寺の意思に反する北陸一向一揆を鎮圧するのみ! 潰した寺院仏閣の差が付く! 長慶に追いつかんのじゃ!》
信長としても、長慶は最大級に評価しているが、会う度に『まだ見積もりが甘いのか!?』と思わせる人間だ。
今回はその差を埋める絶好のチャンスだったのに、天が敵対したとしか思えない、このタイミングでの尼子の内紛だ。
神など何とも思っていないが、だからと言って、神に選ばれないのは別問題だ。
《対寺院仏閣では、織田が第一人者じゃないと困る! 長慶め! 何と嗅覚の鋭いヤツよ! 全くもって憎い! 憎すぎて正直、尊敬に値する! 惚れ惚れする! 一瞬、配下に入りたいと思ってしまったわッ!!》
かつて今川の人質になる竹千代(松平元康(徳川家康))を、即ち今川義元と太原雪斎の弟子になれる竹千代を憎い程に羨んだ。(25話参照)
その時と全く同じ気分を思い出す位に、三好長慶にしてやられて、かつ、尊敬し魅力を感じてしまった。
だが『負ける訳にはいかない』という思いが、何とか臣従の道を踏み止まらせた。
《ここまで、陰ながら大和国侵略を操ってきたのに、一発でひっくり返された訳ですね……》
《そうじゃ! これでは三好と、その忠実なる同盟者の共同作業と世間は認識する! かつての織田徳川の如くな! 敵ながら天晴とは、こんな時に言うのじゃろうな! 勝ち戦で煮え湯を飲まされるとは! 長慶の手腕を認めてきたのは、これで何度目だ!?》
信長は外見こそ無表情だが、精神は荒れに荒れていた。
《数えましょうか? すぐ出せますよ?》
信長の記録は全て管理している。
フーティエに頼めば即座に提示される。
《いらんッ! 虚しいだけじゃ!!》
数えたら数えただけ屈辱の歴史が掘り返されるだけだ。
例えば官位で軽くあしらわれたりしたのは苦い思い出だ。(84話参照)
だが実は、信長も長慶に対して意地を見せている。
長慶の野望に意気投合した帰蝶を叱責し、その上で三好家を訪問し余裕で生還した。(167-4話参照)
人間、成功の記憶より、屈辱や失敗の記憶が残ると言うが、信長はある種のその法則に陥っていた。
外部から見れば2人は最早互角。
信長も長慶も、お互いがお互いに『負けている』と勘違いしているのであった。
【東大寺/三好軍】
「危なかったな。間一髪じゃった」
「間一髪? 兄上、何がです?」
実休が長慶の安全宣言に怪訝な表情を浮かべた。
この大和国攻略戦は何も滞っていない。
危なげなく完全に仕事をやり遂げ、今まさにその総仕上げにかかる所だ。
「大和国攻略、随分織田に助けられた様だな?」
「あっ!? 面目ありません! あまりにも的確な意見や助言故に何も反対できませんでした!」
共同攻略とはいえ、実休は総大将だったのだ。
それが、信長に操られていたでは格好がつかない。
だが、その提案が的確でケチの付け様が無かったのも事実だった。
「いや、それはいい。結果に文句もない。奴の選択が正しい。それを勉強すればお前はもっと強くなる」
「もっと強くなる……!? 某は日本の副王の2番手、つまり日本で2番目の武将との自負で動いていましたが……!!」
実休が言われた意味に気が付いた。
実休も決して凡愚ではない。
日本の副王のNo.2なのは間違いない。
ただ、長慶の考える日本全国の武将ランキングでは、2位には入らなかっただけだ。
「仕方ない事じゃ。奴は化け物じゃ。何せ面談を2回も突破したのは奴だけの上に、2回目の面談はワシも飲まれかけたからな。ハッハッハ!」
「兄上……」
この神懸る三好長慶を圧倒させる男が織田信長。
信長の精神を荒れ狂わせる程に優秀な三好長慶だが、長慶は長慶で、信長に圧倒された上で、認めて、追い越そうと懸命に動いていただけだ。
今回、涼し気に東大寺近辺で待っていたが、尼子の内部反乱で、思考に隙間ができた瞬間、大和国に対する、接し方の間違いをギリギリで気が付いた。
万が一、織田に東大寺を滅却されては『三好は大和国で何をしていたの?』と言われかねない。
信長の傀儡に過ぎないとイメージを持たれる恐れがある。
日本の副王を操る男の存在を許してはいけない。
今まで管領も将軍も己が操ってきたのだ。
それが操られていたなど笑い話にもならない。
それをギリギリで気が付き、大至急大和国に参上したのだ。
「尼子の内紛が無ければ、三好は織田に臣従していたかもしれんな」
「そこまで……。何がそんなに困るのですか!?」
信長も認めるが兄も認めている実休が取り乱す。
実休にはまだ理由が分からないが、明らかに長慶は信長に対し焦っている。
「そりゃもちろん、織田に東大寺を滅却される事じゃ。奴はこの大和国への援軍で、それを最終目的に動いていたに違いない。報告にあったが、興福寺は三好主導で別当の尋円に火矢を射させる屈辱的な目に合わせたのだったな?」
「は、はい」
「お前も奴も、その鬼畜の所業に満足したな?」
「……はい」
「だから、東大寺を織田に任せたな?」
「…………はい。三好軍は興福寺の後始末と、燃え残しや銭になりそうなモノを調査させています」
「全部、織田の提案じゃろう?」
全てをズバリ当てられ、実休は驚きを通り越して感情を失いそうになる。
「(異常だ! 明らかに神憑きとしか思えない!)その通りにございます……。織田はどうしても東大寺を滅却したかったと?」
「そりゃそうじゃ。日本の顔たる大仏を潰すのじゃ。普通やるなら、天下人にしか許されん仕事じゃろうよ」
長慶はそこまで詳細な報告は受けていないが、ここまでの流れを全て言い当てた。
結果から得られる情報。
誰がどう動いたか、そこから得られる状況。
見ていない事をズバリ言い当てた。
報告もある程度伝わっているが、それにしたって、報告していない行間の部分を完璧に言い当てている。
不自然に残る東大寺。
導き出される結論は決まっている。
「ッ!! で、では、兄上が間に合ったのは、かなり際どい所だったのですか?」
「あぁ。際どいも際どい。あの石に座って居ったのも疲れて息が切れていたからに他ならん。ヤツが来る前に呼吸が整って助かったわ。最低でも共同で東大寺は潰す。三好軍は少ないが、ワシの存在があれば釣りがくるじゃろう」
尊大で自分を過大評価する態度――では無い。
己を正しく評価しているから、自分一人で釣りが来ると計算できるのだ。
(これが精神を危ぶまれている人間の計算か!?)
実休が驚愕を隠せない。
たまに見せる不安定な兄を支えてきた自負がある。
(余計なお世話だったのか!?)
そう思う程に、完璧に信長の野望を挫きに来た正確な見積もりだった。
「さぁ。今まで散々尽くしてくれ、東側の壁となり蠱毒の壺となり、我が覇業の支えになった男との最後の共同作業だ。礼を尽くしてやるのが奴に対する答えになるだろう」
「……はい」
最後の共同作業。
現代の結婚式ではケーキカットが最初の共同作業などと言われるが、夫婦間での最後の共同作業は離婚届に署名する位だろう。
では味方勢力の最後の共同作業は何だろうか?
手切れであるのは間違いない。
ただ、三好と織田は特殊だ。
直接激突する前に、幾つかする事がある。
それをクリアしてから手切れになる。
「まずは東大寺だ。勢力的には邪魔でも、大仏にも智経殿にも何の恨みも無いが、日ノ本の為に犠牲になってもらおう。民が死ぬよりは慈悲ある行動じゃ。大仏様も分かってくださるさ。ハハハ!」
(兄は……狂った……いや、織田信長に勝つ為に狂気を内包したまま神憑きとなったか!)
実休には理解できないが、長慶と信長の間でしか分からない事があるのだろう。
(日本の副王と互角の2番目が信長か。うらやましい限りよ。同じ能力で話が通じる相手との会話は、言葉さえもいらんかも知れんな)
日本の副王のNo.2の地位は間違いない三好実休。
だが、決して日本の頂点には届かない。
兄と互角の能力で語れない。
寂しくも2人が羨ましい実休であった。




