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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
4章 天文17年(1548年)修正の為の修正
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33話 長野城攻防戦 東西の実戦実験

【伊勢国/長野城外部 北畠家】


 北畠軍は信長からの『もてなし』である罠の洗礼を散々に受けて、命からがら森を突破した。

 とは言っても北畠軍1万の内、100人前後が負傷し50人程が罠に命を奪われた程度である。

 攻城戦の性質上、数百人の戦闘不能者は微々たる数である。

 本格的に城に取り付けば、この何倍もの死傷者が出るはずである。


 日本の城攻めは、敵戦力の3倍が必要と言われる。


 何故なら、日本の古代から戦国時代まで、車輪が付いた移動式破城槌や投石器と言った、大陸では当たり前の大型攻城兵器がほぼ無い。

 山岳地帯が多い日本では必然的に山城が多く、また雨が多い気候故に道がぬかるんで、まともに車輪の移動できない環境が攻城兵器の進化を妨げた。


 従って、長距離射程を持つ大筒や焙烙火矢と言った火薬兵器が登場するまで、人力で梯子や橋、鍵縄、あるいは丸太を数人掛りで担いで城門に突撃する人力破城槌などで攻略するしかなかった。


 当然、人海戦術を取る以上、人的被害は莫大になる。

 これが敵の3倍の兵力が必要な理由である。

 攻城戦は守備側に物資と兵糧と援軍があれば、攻め手は途轍もなく不利なのである。


 信長の守る長野城は多くて2000の兵力と予想され、北畠軍は1万の兵力である。

 通例に則れば、北畠の被害は無視できない規模になる可能性はあるが、長野城陥落は充分狙える戦力差であった。

 ただ、織田軍の流言飛語の結果、北畠軍は正確な戦力を把握していない事実が、どの様に影響するか不明であった。



【北畠軍/鳥屋尾満栄】


 北畠軍はある程度の後続部隊が揃うまで、矢の射程範囲外で待機した。

 功を焦って突撃した一部の部隊が、あっという間に全滅させられたからだ。

 さらに、厄介な問題にも直面していた。

 それは『畝』以外にも『落とし穴』が多数設置されている可能性が判明したからだ。


 南の山道同様に、突出した部隊の一部が突然視界から消えた。

 一方、堀までたどり着いた部隊もあるので、どの畝にも必ず落とし穴があるわけでは無さそうだが、かと言って無警戒に突撃して甚大な被害を出しては、城攻めに必要な兵が城に取り付く前に足りなくなってしまう。

 しかし慎重に進めば矢の恰好の的だ。

 時間を掛け過ぎると他の敵城から援軍が来るかもしれない。


 西から森を突破した鳥屋尾満栄は、攻め込む前に主君の北畠晴具が感じていた嫌な予感が、的中しているのではと思い始めていた。


(苦労して森を抜けたは良いが、背後は罠だらけの進軍も退却も難しい森、前方は勾配激しい畝だらけで落とし穴もある難所。進退窮まった状態なのではないか? 侍従様(北畠具教)も一時撤退している。どうする!?)


 他の指揮官も同じ様な事を考えていたが、総大将の晴具が森の外で本陣を構え戦況を注視している。

 おめおめと逃げ帰ればどんな叱責や処分が降るか分からないし、何よりここで撤退すると織田家に2連敗となり、北畠家としての体裁も非常に悪い。

 日ノ本に轟く北畠家が、どこの馬の骨とも知れぬ、いや『本当に誰だお前は!?』に等しい織田に負けるなど許されない。

 結局前に出て城を落とすしか選ぶ道が無かった。


 満栄は覚悟を決めた。


「ありったけの盾を用意しろ! 陣幕や旗でもいい! 矢を防ぎつつ慎重に進軍し落とし穴を見極め城に取り付くぞ!」


 全員分の盾が無いので陣幕と旗の使用も満栄は命じた。

 固い盾が防御に向いているのは当然であるが、柔らかい布も衝撃を包み込むので矢避けには使えるのだ。


 兵士が背後からの弓を防ぐ為に発達した防具に『母衣(ほろ)』と言う防具がある。

 イメージとしては空気の詰まった巨大風呂敷、または、大きな布製の提灯(ちょうちん)の様な物を背負っていると思って頂ければ間違いない。


 西洋式のフルアーマーの鎧ではなく、動きやすさを重視した日本の鎧は隙間も多く、その隙間を埋める為に、鎌倉時代以前より存在が確認されている。

 戦国時代においては、一種のステータスシンボルとなり、信長や秀吉の『母衣衆』と言った、エリート兵士がつける装飾品の扱いに近かったが、衝撃の吸収力は確かであり柔らかな布は理に適った防具なのである。


 満栄は盾や母衣ほど万能な状態では無いが、無いよりはマシと思い陣幕と旗の使用を命じたのである。

 進軍体制を整えた満栄軍は矢の雨を掻い潜りながら、足元の安全確認を行いつつ少しずつ進軍してた。


 なお、惨い話ではあるが、満栄は凄い苦労をして進軍しているが、実は落とし穴の数はそれ程多くない。

 満栄が知らなくて当然の話なのであるが、罠は適当に散らして設置すれば、あとは勝手に敵が警戒し進軍が遅くなると信長が判断した為である。

 森にもこれ見よがしに縄や竹槍等の人工物を置いて、不要な警戒をさせている。


 罠だと思ったら、ただ不自然に置いてある竹槍。

 木と木の間に結ばれただけの縄。

 そう思って油断した所に唐突に来る、露骨すぎて罠に見えず油断をさそう悪質な罠。

 もちろん巧妙に偽装した罠も多数含んだ、虚実入り混じる嫌らしい陣容である。

 お陰で北畠軍は森を抜けるだけで肉体、精神共に疲労困憊である。

 一番の罠は人間の恐怖や警戒感なのである。



【伊勢国/長野城 織田軍西側 葵隊】


「弓隊! 間もなく北畠軍が射程に入る! 日頃の訓練を思う存分試すが良い!」


 鳥屋尾満栄が攻略しようとしている西側では、指揮官の葵の号令と共に矢が放たれ、畝を慎重に進軍する北畠軍は次々に射られてた。

 西側は弓の精鋭が集められており、攻撃力は一番高い。

 葵自身も火矢を構えて陣幕や旗で防備を固める兵に放つ。

 北畠軍も、懸命に防御を固めているが、距離が縮まるにつれて矢の威力が高まり、矢が盾を貫きはじめ、火矢で陣幕や旗を燃やされて一歩進む毎に死傷者が増していった。

 ただ、それでも意地を見せる北畠軍は、少しずつ堀まで到達する部隊が現れ始めた。


 しかし、あまりに深すぎる堀と底に並べられた竹槍に思わず足が止まる。

 しかし、塀を挟んでいても敵と10mも離れていない地点でじっとしていれば、『討ち取ってくれ』と言っているも同然である。

 そんな隙を見逃されるハズもなく、場内から弓矢以外にも、石が飛んでくる。


 長野城要塞化の最中に掘り起こされた石は全て回収している為、無くなる心配がない程に潤沢である。

 親衛隊の中でも特にコントロールに優れた兵士が顔目掛けて石を投げ、敵兵を負傷させていった。

 中には石を選んで変化球を投げる猛者もいる。


 また鍵縄が場内から投げ込まれ、堀付近にいる兵を引っ掛け、堀に引きずり落とす戦法も試験的に試された。

 ただ、こちらは苦労の割には効果があまり無かった。

 うまく引っかからなかったり、逆に引っ張り返されたりしてしまった。

 半ば予想されてはいた結果であったが隊長の葵は続けさせた。


 動く人間には引っ掛けられなくても、動かない物なら百発百中になる様に、いずれ訪れる厳しい攻城戦で確実に建築物に引っかける事が出来るようにと、実践での訓練を兼ねていたのであった。


 長野城西側は、ほとんど一方的な蹂躙と化していた。

 その惨状に、満栄がついに退却命令を出した。


「退却の太鼓を鳴らせ!!」


 兵の損害が、許容を超えてしまったからである。

 農兵一人失えば当然年貢にも響くし、全滅などしたら単なる局地的敗北では済まされないのである。

 とうとう西側では塀の突破を許さず戦闘が終わったのであった。



【伊勢国/長野城 織田軍東側 織田信長隊】


 名も無き北畠軍の先駆けが打ち取られた東側も、堀まで到達する兵が現れ始めた。

 こちらは罠がない道が存在するので、他の北畠軍よりも損傷が少ない。

 もちろん矢の雨で少なくない負傷者がでたが、それでも塀に梯子をかけて、堀を突破しようとする部隊が現れ始めた。

 だが、敵兵が中程まで梯子を進んだ所で衝撃と共に梯子が弾き飛ばされ、数人が竹槍が敷き詰められた堀に落ちていった。


 信長が用意した佐々成政率いる豪傑達の仕業である。


「せーの! だっしゃぁッ!!」


 日頃帰蝶に鍛えられてストレスが溜まっていた成政と犬千代は、木槌の柄が折れそうな勢いで立てかけられた梯子を思いっきり叩いて梯子を落としたのである。

 二人は爽やかな笑顔で梯子を叩いて回っていた。


 ところで、怪力の武者が全力で叩いたたとは言え、簡単に梯子が弾き飛ばされるものなのか?

 梯子には壁に引っかかる杭がつけられており、実際に土壁に突き刺さっていた。

 それにも関わらず弾き飛ばされたのには理由があった。

 長野城の城壁に試験的な工夫が施されており、その工夫が実を結んだのだ。


 壁は基本的に土壁ではあるが、しっかり頑丈に固められた土壁の上に、ただ土を盛って形を整えただけの部分で構成される特殊な壁である。

 信長は成果を確かめて満足げにうなずく。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


《おぉー! 本当にこんな事が出来るんですねー!》


 ファラージャが驚き歓声をあげ、信長は長野城要塞化改修の途中でのファラージャとの会話を思い出した。


《しっかり固めた土壁の上に、形を整えただけの土を盛る? 何の為にです?》


 てっきり頑丈な壁を作ると思っていたファラージャが、疑問を口にした。


《かつて竹中半兵衛が冗談交じりに話していたのを思い出してな。この話が出た頃には織田の城が攻められる事は殆ど無かったから結局試す事なく忘れられたが、良い機会だから試してみようと思ったのよ》


 現場を監督する信長が指示を飛ばしつつテレパシーに答えた。


《あの竹中半兵衛さんの策ですか!》


 未来にも轟く伝説の軍師の名が出てファラージャが驚く。


《そうじゃ。堀を強引に超えるには、橋か梯子か人力でよじ登るしか無い。よじ登る兵は冷静に対処すれば良いが、一度掛けられた橋を外すのは意外と面倒なのじゃ。また一度通過を許せば、その地点から次々と侵入を許してしまう。こうなったら梯子を外す所の話では無い。特に接近戦特化の豪傑が侵入したら最悪じゃ》


《え? すぐに傾けたり、倒してしまえば良いのでは?》


 梯子に捕まったまま、ドップラー効果の悲鳴をあげて後ろに倒れていく敵兵の姿を想像し、ファラージャはプッと噴出した。


《当然何もせぬ訳ではないが、間に合わない場合もある。人が乗り始めた橋や梯子を倒すのは、数人がかりでも難しいのじゃ。数で来られては人手も足りなくなる。それに橋や梯子には塀に食い込ませたり、引っ掛けるための『杭』や『返し』がついているしな。攻める側も簡単に外されない様に工夫する》


《なるほど……そりゃそうですね》


《そこで、この形を整えただけの盛り土じゃ。しっかり固められていない土は、木槌の衝撃で容易に崩れ梯子と共に堀に落ちていく寸法だ。杭も返しも意味が無い。鍵縄も引っかかる場所が無い。この土壁の攻略は堀に降りて垂直に梯子を立てかけるしかない。そうすれば木槌で叩いても容易には弾けんじゃろう。それを防ぐ意味で堀には竹槍を並べる。後は……土を運んで埋め立てれば堀は突破できるが……》


《弓がありますし、黙って見ている程、お人好しではありませんよね》


 ファラージャが失礼な誉め言葉を言った。

 そんな記憶と共に東側の土壁は半兵衛の策が時代を超えて実施された。

 もちろん試験も実施し、土壁だけでなく敵側の土も形を整えただけの崩れやすい土にして、より橋が落ちやすくし試験も行った。

 ただ、試験では効果の確認はででも、本番で効果が実証できるかは未知数であったが、無事成功して一安心の信長であった。


《しかし、崩れた土の場所に再度攻め込まれると厳しいかもしれぬな》


 効果もあるが問題点にも気づいた信長は腕組みして考える。


《多少土が残っていても限度がありますしね。雨が降ったら土が流れちゃいますし、梯子の杭が大型化したら盛り土を超えて引っかかるでしょうし、常に力自慢が居るとも限りませんし、今は何とかなりましたが、数で来られると厄介な点は解消してませんし……》


 ファラージャが思いつく限りの問題点を並べた。

 どうやら思ったより問題点が山積みの策であり、未来の策だから今は通用したが、周知されれば容易に破られると推測できた。


《まぁ半兵衛が冗談で口にした策じゃ。奴は問題点も見えておったからこそ冗談で済ませたのかもしれん。そんな冗談にしっかり効果があっただけでも儲け物よ。改良の余地はあろうから、奴が元服して知識を蓄えた頃にまた聞いてみよう》


《歴史が変わっている今、斎藤家の家臣のままである可能性がありますけど?》


《……そうじゃった》


 こうして東側ではモグラ叩きの様に梯子が架けられては落とされ、効果を十分に確認した信長の号令で弓部隊が本格的な戦闘を開始し、東側の部隊は東からの攻略を諦めざるを得なかった。

 西側は矢の猛射で退けられたので仕方ないが、実験に利用された東側の兵は、知らぬとは言え兵士の面目丸つぶれである。

 怖気づいた一部の兵は逃げ帰ったが、一部の兵は北に回り攻撃を加えようとしたが、畝を横切ったりもう一度戻って安全確認を行いながらの進軍で、精根尽き果て潰走し軍が瓦解してしまった。


 ただ、それでも北に行った兵はまだマシであった。

 南に回った兵は悪夢のような仕打ちが待っていたのだから。


 南には帰蝶率いる部隊が手薬煉ひいて待ち構えていたのであった。

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