200-2話 悪意の交渉戦 制覇
200話は2部構成です。
200-1話からご覧ください。
【大和国/三好軍 平城京跡 三好実休本陣】
興福寺の外交僧が退散した平城京跡地の実休本陣。
「織田殿の思惑に乗りましたが一応真意をお聞きしても？ まぁ、あの態度から見るに畠山高政の所在を興福寺は把握しているのでしょうが、更に10日与えて何を狙っているので？」
実休は信長の性格を、正確に見抜いている。
決して、無意味に温情など与えない。
必ず、そこからの展開を予測しているに違いないのだ。
「豊前守殿（三好実休）は、今更畠山高政に何の拘りもありますまい？ 無理難題を吹っかけて、興福寺を潰す切っ掛けが欲しいだけですな？」
「フッ。その通り。もうこの10日間の態度で興福寺の未来は確定したのですがな」
突っ慳貪な言葉だが、決して嫌味の言葉ではない。
長慶の面接を突破した織田信長が何を言い出すか、楽しみであり、実休なりの審査でもある。
ただ、これまでの実績を見る限り問題ない。
しかし、これから話す事は長慶に匹敵する話か、邪魔になる話か見極めねばならない。
「それに異存はありませぬ。ただ、どうせなら大和国の膿は徹底的に出すべきかと思いました。……東大寺です」
「成程？ しかし東大寺も系列寺院は、今回、一切興福寺に協力しなかった。我らの邪魔もしなかった。だから今回は見逃した訳ですが、こんな機を逸した今頃に出てくると？」
言いたい事は理解できる。
確かに一挙両得を狙える案ではある。
「出て来て欲しい、と言うのが正直な所です。今頃、興福寺の連中は東大寺に対し援軍を要請しているとなお良し。『我らが潰されたら次は東大寺ですぞ！？ 今なら共同で立ち向かえる！ 個々に攻め立てられたら両寺院共倒れですぞ！』とか言っていてくれれば最高ですな」
「確かにな。難癖付けられている現状を知らせれば、東大寺も決起するかもしれませぬな？ しかし危険度は増しますぞ？」
実休の言う危険度とは戦の難易度では無いが、ココは敢えて言わなかった。
「そこです。興福寺も東大寺も野戦は神仏頼みであろうとも、寺の防御機構は非常に厄介だと思います。どうせ攻め滅ぼすなら、まず野戦で戦力を削り取ってからです」
「そこまでの覚悟ですか。大和の大仏すら灰燼に帰すのも厭わぬと？」
「厭いません」
信長は即答した。
「ッ！」
これには流石の実休も、焼き払うのには躊躇した。
大仏への攻撃。
これが先に敢えて言わなかった難易度の話である。
奈良の大仏――
ちなみに信長達の時代にある大仏は2代目である。
また、我々が現在見る事ができる大仏は3代目である。
では初代は？
初代大仏は、平清盛の命令を受けた平重衡率いる平氏軍によって焼き払われた。
これを『南都焼討』と呼び『治承、寿永の乱』の出来事の一つとされる。
焼き払われた理由は、平氏政権にとって、反抗的な寺社が邪魔だったからに他ならない。
戦国時代以前より寺社は政治の邪魔であり、目の上のたん瘤である事が伺える。
一方で、初代大仏を焼き払った平氏は滅んだ。
2代目大仏を焼き払った松永軍（久秀）も滅んだ。
宗教が絶対の世界である。
事実、戦後に平氏政権派の高倉上皇、平氏頭領の平清盛が謎の病で死んだ。
人々は仏罰と噂したのも当然だ。
平清盛にしても松永久秀にしても、死んだり滅んだりしたのは偶然であり時勢だが、宗教が絶対の世界でタイミングが悪いのは罪である。
その故事を実休は無視できない。
この時代に生きる人間である限り当然の懸念事項。
自分だけに仏罰が来るのはともかく、故事に倣えば上司も近親者も死ぬ。
兄の長慶が仏罰で死ぬ事はあってはならない。
只でさえ、繊細で不安定な気配を見せる長慶である。
弟たちは敢えて言わないが、長慶の様子がおかしい事には気が付いている。
もう一つ、長慶は大和攻略を命じたが、その対象は興福寺と定め、東大寺には何も触れていない。
触れているならともかく、触れていない物に手を出して仏罰を食らうのはたまったものではない。
実休は興福寺の使者に悪意ある扱いをしたが、実は自分も長慶の命令でその状況に陥っていた。
「ご安心ください。東大寺を焼き払うのは某の仕事です。願証寺を滅ぼしても、これこの通りピンピンしております。仮に何か呪いの類が発生したなら某が全て引き受けましょう」
実休の不安を察した信長は、安心させる様に言い切った。
汚れ仕事は織田軍の仕事。
三好家の梅雨払いを率先して行うのが織田家なのだ――と演出した。
「……織田殿の覚悟は受け取った。10日後、あるいはその前に動きがあれば、再度宗教勢力を撃滅する！ 織田殿は我らの北側に陣を構え、東大寺の動きに注意を払って頂きたい。天罰あらばワシも一緒に罰を受ける！」
「承知しました。なぁに。怖いのは最初だけですぞ。ハッハッハ！」
信長の自信たっぷりの言葉に、実休は安心感を得てしまった。
「ハハハ……。（凄い自信よな！ 流石兄上の面談を突破した猛者よ！ まるで……まるで本当に幾つもの大寺院を滅ぼして来たかの様な風格よ！）」
実休が勘違いするのも仕方ないし、そう感じ取ったのは優れた者の証でもあろう。
この歴史の信長は長島願証寺を滅ぼし、北陸一向一揆も撃退すべく動いている。
だが、別次元の歴史では、比叡山延暦寺、願証寺、北陸一向一揆、石山本願寺と、戦国時代の対宗教勢力の第一人者にして経験者だ。
自信に満ち溢れ、仏罰を恐れないと実休が思うのも当然の話である。
「よし。全軍に伝達だ！ 再度10日の交渉期間を設ける！ しかし、この期間内に奇襲や援軍が現れる事を想定し、万全な陣を構えよ！ 幸い瓦礫木材には事欠かぬ。城の如く陣地を築き上げよ！」
実休は仏罰に対して腹を括った。
神仏を完全否定した上、存在しない事を確信してしまった3回目の人生である信長には、造作もない決断だ。
だが、人生1回目の記憶しかない実休がこの決断をするのは、ある意味賞賛に値するし、精神異常者と取られても仕方ない決断。
実際、三好家が宗教的圧力に抗しきれなくなった場合、実休は死ぬ覚悟を胸に秘めた。
宗教が絶対の世界で、この行動は常識外れにも程がある行為なのだ。
流石は日本の副王のNo.2たる三好実休だ。
《流れで請け負ってしまったが、やはり東大寺はワシが燃やす事になりそうだな》
《その様ですね。これで三悪事コンプリートですね？》
《こんぷりぃと……？ 三悪事って……あっ。フフフ、そうかそうか。話の流れからするに『制覇』との意味だな？ 久秀の代わりに大仏を燃やすと、将軍殺害、主家斯波家の乗っ取り、そして大仏か。まぁ義輝は生きておるし、主家の乗っ取りも今回偶然にも義銀が居ったからで、そもそも親父殿の代で主家簒奪は済んだ事じゃが……ファラよ。本当に歴史の修正力じゃないだろうな？》
足利義輝は足立長輝として生きているが、公式的には行方不明で、世間の噂では織田軍との戦いに敗れ戦死したと見られている。（149-1話参照）
斯波義銀に関しては、最初に主家への下剋上を果たしたのは父の織田信秀だ。（21話参照）
だが、なんの偶然か、再度下剋上する事になった。
その上での大仏処理を買って出ている。
これで事実はどうあれ三悪事コンプリートである。
凄まじい歴史の修正率と思っても仕方ない話だ。
《わ、わかりません！ これまでの結果からの予測ですが、我々は別の歴史を知っているから修正力を感じるだけで、偶然な気がします》
《偶然が3つ重なって、それでも偶然と片付けるのは無理があるんじゃないか？ この時代の判断なら、1度目で疑うぞ？》
戦国時代は弱肉強食が究極まで高まった時代。
1回の容疑で疑われるだけならまだマシで、疑いだけで殺される時代でもある。
なんなら無罪と知っていて殺す時代でもある。
《そ、その割には松永久秀さんには甘かったんじゃないんですか？》
ファラージャの言う通り、2度信長を裏切って許された松永久秀の特異性は際立つ。
久秀は、結局2回目の許しを拒否して自害したが、裏切りよりも遥かに罪の軽い失態で追放される重臣もいれば、久秀の様なパターンもある。
信長が能力至上主義を徹底しているのか、歴史に埋もれた事実があるのかは分からない。
《一応確認しますけど『平蜘蛛釜を渡せば許す』と言ったのは本当ですか？》
《本当だ。だが、そんなのは奴に折れる切っ掛けを与えたに過ぎぬ。ワシが何度も所望して奴は断った程の実績がある名物。だからこそ価値が生まれたに過ぎぬ。罰の体裁を取った茶番じゃよ。茶器だけにな》
《何を上手い事言ってるんですか！ ……そんなに松永さんは必要だったんですね？》
《あぁ。極めて曲者じゃが、家臣に対し『面白い奴』と思わせたのは、後にも先にも奴だけじゃ。明智、羽柴、滝川ら外部の家臣を多数召し抱えたが、奴ほど有能なのに面倒で面白い家臣は他に知らん》
《そうですか……。前の歴史はともかく三悪事を己ではなく、信長さんがやったら、松永さんの目から見て信長さんはどう映るんでしょうかね？》
《それは是非聞いてみたいな！ じゃが、生きている内では絶対に本心を聞けぬじゃろう。奴が死んだら未来で復活させて聞いてみてくれ》
《わ、わかりました……》
信長は東大寺の方向に顔を向ける。
ここからでは大仏は当然、東大寺も見えないが、それでも大仏の存在感を感じ取るのであった――
《ところで、大仏が変形合体するとか言っていたな？ 一体どう言う事じゃ？》
《あ、あの大仏を模した機動兵器を人が操って戦う宇宙戦争が遥か昔、信長さんからすれば遥か未来に起きたんですよ。特に願陀仏という兵器が奇跡の戦果を挙げて――》（外伝9話参照？）
信長とファラージャは未来知識の様な戯言の様な、全く本当に全然、意味不明な話をしながら、盤面が動くのを待つのであった。
とうとう200話です。
400エピソードで200話は、どうしても文章量が多くて分割した弊害ですが、何とかより良い形を目指して投稿していきます。
