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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
19-2章 永禄6年(1563年) 弘治9年(1563年) 
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200-1話 悪意の交渉戦 興福寺の弁明

200話は2部構成です。

200-1話からご覧ください。

【大和国/平城京跡地 三好実休軍本陣】


 実休が興福寺との交渉期限として約束した10日が経過した。

 その間、三好、織田軍は平城京の跡地へと本陣を移動させた。

 近隣の興福寺枝寺院も残らず叩き潰した安全地帯である。


 その間、興福寺側から一切アクションが無かった訳では無かった。

 興福寺からの誠意の印として()()()()兵糧や銭の供出などがあった。


《余程実休の脅しが効いた様だな。滑稽を通り越して哀れでもある。必死だな。そこまで火は禁忌であったか》


《そんなに火が駄目なら、戦なんか起こさなければ良いのに学びませんねぇ……?》


 争いと火は切っても切り離せない関係だ。

 火事が怖いなら争ってはならない。

 それでも争うのは、火事以上に諦められない何かがあるのだろう。


《それは最もな話だが、人の上に立つ仏の代弁者だからな。武士如きに負けたままでは沽券に関わる。そもそも今は宗教が絶対の時代だぞ? 相容れぬ宗派や勢力は邪教徒同然じゃろう》


 その諦められない何かの為に戦ったのがこの結果なら、悔いは無い――のだろうか。

 興福寺から三好軍への物資供出は、血を吐く様な悔いの表れにも見える。


《まぁ、そんな傲慢な者が説く仏法に意味を見出せぬがな。そもそも、それがいつまで経っても覆らぬ先が1億年後なのだろう?》


《……そうでしたね》


《さて、交渉の行方はどうなるだろうな? どうも他人の判断待ちは性に合わんな》


《でしょうねぇ》


《でしょうねぇ!?》


 ファラージャの言葉に信長が驚く。

 復活させてから付き合いも18年目である。

 未来に伝わる信長の情報と、現実に見てきた信長を総合すれば、自ずと(とうの昔から)導き出される感想だが、信長はそんな評価に自覚が無かったのか驚いた。


 そんなテレパシーでの言い合いを他所に、三好実休と興福寺の使者の交渉は難航していた。


「言ったはず。降伏の条件は畠山政高を連れて来るのが条件だと」


「そ、それが、当寺の逃げ込んだ数少ない僧兵や畠山軍に尾張守(畠山政高)殿はどこにも見つからず!!」


「そうか。ならば探して連れて来い」


「そ、そんな!?」


 実休の容赦ない要求に僧は青ざめる。

 散々探して見つからなかったのだ。

 それでもなお『探せ』とは無慈悲が過ぎる。

 この報告を通す為の物資の提供だったのに、これは酷すぎる。

 だが実休の舌鋒がさらに鋭く突き刺さる。


「はぁ。全く愚かにも程がある。それも含めて10日与えたのだ。居ない? だから何だ? そんな答えが来るなど、我らが想定済みだと思わんのか?」


 実休は、興福寺の物資の提供が、許しと畠山政高の行方不明の事前工作だと知りつつ、絶対零度の如き対応で使者の精神をぶった斬る。

 膝に肘を乗せ、手のひらに顎を乗せ、極めて無礼な態度だが、この態度の方がまだマシだと思うのは気のせいでは無いだろう。


「え……?」


「居ないなら探せ。探して最低でも手がかりを提供せよ。それが誠意だ。居ないなら居ないで、そんな事はその日の内に使者を寄越せ。居ない報告に10日掛けたなど、奴を逃がす為の工作期間じゃろう? ()()()提供してきた物資も、この報告を誤魔化す為だ。違うか?」


「なッ!? け、決してそんな事はありません!」


 僧は慌てて否定するが『居ない報告をしたらしたで怒るでしょ!? どうしろって言うんだ!?』と口から飛び出そうになるも、何とか心中で収め平身低頭で否定した。

 だが実休はその様子を見てなお、容赦が無いどころか、ますます強固な態度に変貌する。


「これだけ力の差を見せてなお、三好を舐めたその態度を許す訳にはいかん」


「そ、そんな!?」


 この様に、信長とファラージャが歴史の評価についてしょうもない灼熱の言い争いをしている中、隣では生き死にを賭けた極寒の交渉が行われていた。

 信長とファラージャの決着は永遠につかない一方で、興福寺は圧倒的劣勢の交渉を強いられていた。


 戦で力関係を明白にした直後の交渉である。

 しかも燃やす予告をした後の交渉である。

 しかもしかも、織田軍同伴だと公言している三好軍である。


 仮に本当に畠山政高が居ないなら、実休の言う通り初日にでも、それこそ連日状況報告をしなければならない事だが、それを怠ったのなら、今のピンチに自覚が無いのか、三好を舐めているのかと思われても仕方ない。


 だが一方で、実休が絶対に興福寺を潰すつもりなら、この交渉は改めて攻め入る大義を得る場に過ぎない。


 野戦での決戦は制した。

 しかし、興福寺と言う信仰のシンボルを破壊するには、もう一押し大義が欲しい。

 大義はあればあるだけ有利になる。

 できれば、民や世間に『三好の行為もコレでは仕方ない』と思わせられれば最高だ。

 先ほど僧侶が『居ない報告をしたらしたで怒られる』と感じたが、まさに大正解なのだ。


 ところで――

 社会人の読者の方は、一度は経験した事は無いだろうか?

 会社で何か報告する状況になり、数あるパターンの、どの報告や提案の道を選んでも怒られる未来しか見えない事が。

 例えば『Aを提案したら「B案を何故出さない!?」』と怒られる。

 そんな未来が見えるので『B案を提案したら「そこはA案だろう!?」』と怒られる。

 それを察知して『両方提案したら「絞ってこい!」』と怒られる現象だ。


 これの責任の所在は大体上司にある。

 部下に明確な報告をさせられない、中途半端な指示をした上司の責任だ。


 一方で実休は、ワザとこの中途半端な状況に持ち込んでいる。

 10日間の使い方を、敢えて明確に伝えなかった。

 一応、畠山高政を連れてくる事を明示したが、居る、居ない、死亡、逃亡、考えられるあらゆる状況と、その場合の対応を濁した。

 故に、僧侶が予測した通り、律儀に毎日報告するなら、『下らん事で時間を取らせるな。この交渉の裏で逃がす準備をしているのか?』と言うつもりである。


 実休の中では、畠山高政の存在はどうでも良いのだ。

 ただ、興福寺を陥れるダシにしたに過ぎない。

 仮に本当に連れてきたら『じゃあコレで遠慮なく滅ぼすか』と言う不誠実さも計算に入っている。

 大名指揮官級の武将を生贄に差し出したのだから、絶好の攻め時なのだ。

 書状を交わしていない約束なのだから、どうとでも処理できる。


 つまり興福寺を破壊する事は、実休の中では確定路線なのだ。

 その上で、責任を興福寺側の落ち度として改めて大義名分を得るつもりである。

 実休が一番恐れるパターンは、その日の内に高政を連行して来られる事だが、仮に本当に逃げ込んでいるなら、高政は抵抗するに決まっている。

 わざわざ死にに行く様なものなのだから、興福寺側が初日で高政を説得させられるハズもない。

 ならば初日さえ無反応ならもう勝ちなのだ。

 悪質理不尽極まりないが、これが力だ。

 力こそが正義であり歴史なのだ。


「織田殿はどう思われるかな?」


「はい。事ここに至っては、興福寺の破壊もやむを得ぬかと。この期に及んで有益な情報一つ提供できぬでは、恩赦を与えるに値しますまい」


 実休が信長に対し意見を求め、僧は僅かに期待を寄せる。

 せめて『そんなに虐めなくとも』など、同情的な言葉が出る事を願ったが、無常にも砕かれた。

 結局、興福寺はまんまと最悪の選択をしたのだから、もう救う手立てはないのだ。


「ッ! ど、どうかお慈悲を……!」


 信長の言葉に僧侶は愕然とするが、そんな言葉を吐くのが当然な信長に何を期待しているのか、僧侶も相当に混乱していた。


「と、言いたい所ですが、あと10日与えてはどうですか?」


「ほう?」


「ッ!! (おぉ!?)」


 実休も僧侶も信長の言葉に驚いた。

 信長が、こんな慈悲深い言葉を吐くとは思っていなかったが、次の言葉に勘違いであったと思いなおした。


「興福寺の僧侶達は、この期に及んで豊前守殿(三好実休)を舐めている。これは間違いありますまい。しかし、今、舐めた事を心底後悔したハズ」


 僧侶は頷いた。

 希望を感じる言葉だけに同意するが、それは舐めていた事も同意する意味となった事に、果たして気が付いていただろうか?


「今度こそ真剣に探し出し、あるいは、説得し連れてくるでしょう。のう? そうじゃろう?」


「はッ! か、必ずや!!」


 信長の意味ありげな問いかけに僧は額を擦り付けて断言した。


(成程。これが織田の狙いか?)


 下手な噓など通じぬ場と理解した上で、僧は断言したのだ。

 最低でも高政の居所を知っていなければ断言できない言葉だ。


 だが、信長は別の事を考えていた。

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