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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
19-2章 永禄6年(1563年) 弘治9年(1563年) 
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199-2話 興福寺の運命 シュレーディンガーの織田信長

199話は2部構成です。

199-1話からご覧ください。

【大和国/三好軍 三好実休本陣】


 実休は、使者全員の顔を一瞥して、間を取って答えた。

 悪魔の様な笑みはますます凶悪に変貌する。

 長慶にも迫る覇気が実休から溢れ出す。


「答えよう。兄上の事など関係ない」


「なっ……!?」


 実休の言葉に僧侶は絶句した。

 それが事実なら、三好の命令系統がどうなっているのか、と言うより、寺院への攻撃に激怒した長慶に対する反逆にも等しい行為だ。


「に、日本の副王の意思に逆らうのですか!?」


 僧侶が猛烈に抗議するが、怒りより絶望の絶叫だった。


「もう一度言う。逆らうも何も兄上は関係ない。これはワシの意思。ワシは自由裁量を与えられ行動しておる。故に兄上にワシを止める権利もない」


 もちろん大嘘である。

 自由裁量に近い権利は与えられているが、重大な行動は事前報告が義務付けられている。

 その上で、今回の大和侵攻は、元々長慶の命令である。

 長慶が松永久秀に命令し、抵抗が激しいので実休も投入したのが事実。

 つまり、実休は長慶に累が及ばない様に庇っているのである。


 長慶の真意を知る以上、己は捨て駒でも構わないと実休は思っている。

 例えば今回の戦いで、三好軍が敗れたとて、長慶は弟の暴走として処理するし、実休もそれで納得している。

 それは、今の極めて優勢な状況でも同じだ。

 長慶の悪評は極力抑えるべく、兄弟達が庇うのだ。

 そういう意味では、十河一存が死を偽装したのも同じ思い。

 全ては長慶の為。

 例え茶番に見えたとしても、長慶が断言すればそれは覆しようの無い事実となるのだ。

 それが日本の副王の力なのだ。


「10日与えよう。興福寺別当の尋円(じんえん)殿と良く相談せよ。相談すれば必ず最適の道が見つかるであろうよ」


 別当とは延暦寺で言う天台座主、本願寺で言う宗主。

 つまり興福寺の『住職』とも表現できる、法相宗興福寺の最高権力責任者だ。


「おっと、降伏を選ぶなら、畠山高政を連れて来るようにな。それが最低条件だ」


 実休が条件に付け加えた。

 先の戦いで畠山軍を打ち破ったは良いが、結局、畠山高政は発見できなかった。

 紀伊国は織田軍に占拠されたので帰還する場所は、共に戦った興福寺しかない。

 生きていれば、であるが。


「し、承知しました……!」


 交渉役の僧侶達は、報告の為に本陣を去り、信長はその背中を見つめつつ内心を吐露した。


《10日か。妥当な日数だが、素直な武装解除を願うばかりだ》


《え? 願証寺を破壊しておいて、今更臆しているのですか?》


《その通り、なのだろうな》


《えっ!?》


 信長の心変わりに驚くファラージャだが、そうではなかった。


《別に僧侶を殺し、寺院を攻撃する事に今更躊躇は無い。懸念なのは防御の話だ》


《防御?》


《2点懸念がある。例えば件の願証寺は河川による天然要害だけだったからな。だが懐に入ってしまえばどうとでもなった》


《そうでしたね》


 信長の言う通りで、願証寺は複雑に入り組んだ天然河川と島に等しい中州が侵入者を退けていた。

 だが、一旦上陸してしまえば、そこまでの防御ではなかった。(103-1話参照)

 河川による防御の過信と、あくまで本願寺の枝寺院の立場故に、防御が甘かったのもある。


 ファラージャは願証寺への攻撃よりも、飢餓地獄の惨状の方を思い出し、信長はそちらを懸念しているかと思ったが違った。


《しかし、延暦寺を見ただろう? ワシを通してな》


《あぁ。信長さんが頭を痛めた武装要塞……あっ!? 興福寺もですか?》


《そういう報告は聞いている。だが、その報告は、この時代の物にとって当たり前の報告で、別の歴史を知っているワシには見当違いかもしれん。ワシが見るまでどんな防御なのか見当もつかん》


《シュレーディンガーの興福寺って事ですか……》


《しゅれぇでん……最近思うのだが、ワザと未来知識を漏らしているのか? それならもっと有意義な……》


《えっ、あっ!? い、いや違います!? これは量子力学に関する思考実験でして……!?》


 シュレーディンガーの興福寺とは、『シュレーディンガーの猫』状態を例えた話で、結果を見るまで現象が確定しない事を端的に表現した事であり、どうしても自分の常識として口が滑るのは気を付けても直せない悩み。

 あと、未来の5次元空間にも関わる理論なのは余談中の余談だ。


 話を戻すと、興福寺は本願寺や延暦寺など、宗派の総本山の一角。

 願証寺とは格が違う。

 どの寺院も防御規模は、現在の戦国大名以上の規模を誇る。


 そして、今は以前の歴史とは違う歴史の世界。


 かつて史実で信長が松永久秀を配下にした時、大和国を視察した事がある。

 京の隣にして、宗教勢力の根強い地域。

 一時は都として平城京が築かれ、日ノ本の首都として繁栄した地域。

 松永久秀に敗れた後の興福寺も見たが、案の定と言うか、かなりの防御機構を備えた寺院だった。


 その上でこの歴史は延暦寺が超武装要塞として防御を固めていた。(140-2話参照)

 大和国の興福寺系寺院は総本山を残すのみとなったが、その防御機構は恐らく頭痛を発するレベルで堅牢になっているだろう。

 そういう意味では、信長だけは見なければ状況が確定せず、シュレーディンガーの興福寺状態とも言える、かも知れない。


《りょうしりきがく? しこうじっけん? 良かったな。ワシが全く理解できなくて》


《は、はい。ま、まぁ説明して理解させても、この時代ではどうにもならない事ではありますが……》


《その油断でバタフライエフェクトは起きるのではないのかな? ん?》


《そ、そうですね……。あっ、え、えっと!? もう一つの懸念点は!?》


 信長はファラージャの失言と強引な話の切り替えに呆れつつ説明する。


《お隣の東大寺が大人しくしてくれれば良いのだがな》


《あっ!? あの超巨大仏があると言う!?》


《ほう? 東大寺の記録は未来に残っておるのか》


 史実の東大寺は、松永軍の焼き討ち後、復興したのは信長死後で江戸時代の話である。

 信長の視点では、そのまま風化したと勘違いしてもおかしくない。

 ファラージャに確認するまで知らなかったので、未来知識でもあり、シュレーディンガーの東大寺である。


《えぇ。……確認ですけど、変形合体したりはしませんよね?》


《するか!! なんじゃその歴史は!?》


《そ、そう伝わっているんですよ!! ありえないのは分かってますよ!? 一応念の為です!》


 ファラージャも嘘の歴史と判断しつつも、変形合体大仏にロマンを感じており、聞きたい欲を抑えられずに聞いてしまった。


《そ、それで東大寺はどうなんですか?》


《東大寺は――》


 東大寺は、もはや説明不要の奈良の大仏として、日本の顔とも言える巨大仏像。

 建築時代と日本の技術レベルを考えればオーパーツレベルの仏像だ。

 そんな東大寺だが、過去には興福寺と仲良く強訴を行い、未来においては松永軍の攻撃か、または東大寺に立てこもった敵勢力の失火によって全焼する。


 だが、今はまだ東大寺は様子見を決め込んでいる。

 敵対しないが味方もしない、その上で興福寺とはお隣同士で良好な関係にもある。

 ならば約束など意味を成さない。

 つまり、趨勢次第で敵にも味方にもなるが、敵対する可能性の方が高いだろう。


《そうですよね!? おかしいと思ってました! ……あれ!? でも、信長さんは東大寺に対する乱暴狼藉を禁じていますよね? ……でも方針は管理であって……あれ? これは違います?》


 ファラージャの言う、信長の禁止令。

 1573年に信長が東大寺保護の命令を出している。

 その事実を思い出し尋ねた。


《アレか。合っているが前提が違うな。その命令は東大寺が焼けた後で、東大寺に限った話では無いが寺院にはウンザリしておったからな。売れる恩は売るに限る。だがそれ以前に為政者として犯罪放置はマズイじゃろう?》


《それは確かに》


 信長は大義名分を重んじて天下を取った。

 将軍を利用し天皇を利用し、民の支持を常にリサーチして絶大な力を付けた。

 それなのに、京の隣の大和国での乱暴狼藉を見逃すなど、織田政権としてありえない。 


《だが……》


《だが?》


 信長は何かに気が付いたのか、神妙な顔つきになった。


《今は状況が違う。あの時の東大寺は力が削ぎ落されているが今は違う。……そうか。そうなると、この歴史では東大寺焼き討ちはワシがやるかも知れんな?》


 信長は未来の選択の可能性に気が付き驚く。

 松永久秀の代わりに自分が燃やすとは夢にも思っていなかったが、状況を整理すれば、可能性は高いと判断せざるを得ない。


《これぞまさに歴史の修正力だな?》

 

《そ、そうかもしれませんが……私としては止めませんし、止める権利もありませんが……》


《まぁ戦略次第だな》


 信長は躊躇なく言った。

 つまり燃やす事になろうと遠慮はしない。

 信長はファラージャと話しつつ、実休の横で外面は尊大な態度を崩さぬまま、交渉の行方を見守るのであった。

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