198-3話 任務完了 辛抱する三好実休&躍動する謎の孫六郎
198話は3部構成です。
198-1話からご覧ください。
【摂津国/堺 三好家(1558年)】
『あの武勇に優れた左衛門が落馬で死するなどあり得ぬ……! 弾正(松永久秀)! その方は直接見ていたのであろう? 刺客や不意打ちの類では無いのか……!?』
『はッ……。尼子の関与の可能性は低いと見ています。尼子が仕掛けたのなら、この期に乗じて進軍をしても良さそうですが全く動きがありません。奴らも左衛門様の事故は把握していないと思われます』
『それでは暗殺の類でもなく、本当に体調が悪かっただけなのか!? 馬鹿な!! ……いや、ワシが真意を明かしたが故に無理をしたのか……?』
『……左衛門様は殿との面談を経て真に兄弟なれたと喜んで居られました。某にも共に三好を盛り立てていこうと弾んだ声で仰られておりました……。残念です』
久秀は真っ青な顔色で報告を終えると、ふらつく足取りで広間から退出し、逃げる様に帰途についた。
【大和国/三好軍 三好実休陣】
「前方に決着の気配を感じる。織田が役割を果たすだろう。弾正(松永久秀)は大和諸勢力を抑え込め!」
「はッ! お任せを!」
三好実休の命令に対し松永久秀は返事をしたが、まだその場を動かなかった。
動けなかった。
隣に控える人物がどうなるか、気になって仕方が無かったからだ。
その隣に控える人物に、実休が怒声とも困惑とも判別出来ない、二度と再現できない声色で命じた。
「孫六郎! 貴様はワシと共に興福寺の対応だ! 厳罰と叱責と嫌味と奇異な目で見られる事と兄上の驚愕と多少の暴行と、えーとそれからそれから……ッ! えぇい! その他諸々覚悟してもらうぞッ!?」
実休が唾を飛ばしながら、名状し難い 良く分からない声色で叫んだ。
「勿論です! それより兄上、興福寺は軍を二分させる様です。……構いませんな?」
そんな実休の言葉に何ら臆する事無く、実休を『兄上』と呼ぶその人物は快活に言ってのけた。
「このッ!? うぬぬッ! 構わんッ! しかし死んだら許さんぞッ!? 戦いに勝つは当然、生き残って兄上に処罰されるまでが任務だッ!!」
「フフフ。お任せを!」
そう答えた孫六郎は『十河額』で整えられた頭髪を輝かせ、兜を被ると気合の籠った声を発した。
「者共! 待たせたな! この十河孫六郎一存の復帰戦だ! 続けぇッ!!」
「え、あ? お、オォッ!!」
三好実休陣にて突如の気炎が上がる。
しかし、多分に戸惑いを含んだ気炎であった。
当然であろう。
永禄元年(弘治4年)1558年に事故死したとされた、十河一存が復活したのだから。(132話参照)
【十河一存軍/某所寺(1558年)】
話は遡る。
これは、十河一存と松永久秀の、味方をも欺く策(?)だった。
ただし、病を押して出陣して本当に落馬し、一時的に意識不明となったのは事実である。
しかし、数日後に目を覚ました一存は事態を確認すると、久秀に一計を提案した。
『弾正。ワシはこのまま死んだ事にしたいのだか?』
一存は一命を取り留めたが、落馬して脳に異常を負ってしまったのか、妙な事を言い出した。
『……は? そ、それは一体どう言う意図でしょう?』
せっかく一存が目を覚ました喜びも、どこへやら?
久秀は聞き返しながら、嫌な事が起きそうな気配を察知した。
額から汗が一筋流れたが、その予感は的中した。
『気を失う間際に閃いたのだ。『あっ。マズイ……! しかしこれは!?』とな。結局そのまま意識を失ったが、あの時の閃きを覚えていて良かったわ』
『は、はぁ……え?』
久秀は、何が良かったのか理解できず、間抜けな返事しかできなかったが、そう返事をするのが正解なのは間違いない位、突拍子もない発言だった。
『三好家は絶頂期を迎えておる。これは良いのだが、一方で油断に繋がる恐れもある。そうは思わんか?』
『そ、それはまぁ、仰る意味は分かりますが……』
何事にも思わぬ落とし穴があるのは常である。
それが、大きく勢いある勢力だと、転んだ時の破滅具合も悲惨極まりない。
史実の織田家の様に。
その予防をしたいと言うのは理解できる話だ。
『じゃろう? 故にワシはこのまま死んで三好家を引き締めつつ、姿を消して、先駆けとしてお主の配下として戦う。その上で機を見てワシの復活を大々的に宣伝すれば、総仕上げとして敵は大いに怯むであろう?』
『ッ!? そ、それはそうでしょうが、あの、確かに『敵を騙すには味方から』とも言いますが、味方も騙され過ぎて同じ位に怯む気がしますが!?』
久秀は、この後に続く言葉が予想できて、精一杯の抵抗を試みたし(何て余計な事を閃くのだ!?)と内心毒づいた。
これを認める事は、主の長慶に嘘を、しかも日本の副王たる絶大な実力と観察力を持つ主君に、兄弟の偽装死を告げねばならないのは、絶対に嫌なのは誰もが思う感情だろう。
本当に死んでいても報告は気が滅入るのに、敬愛する主君を騙すのだから嫌過ぎるのにも程がある。
実際、長慶は怯んだ。
怯んだお陰で長慶の能力が神懸ったのは偶然で、一存の策と呼ぶには無茶が過ぎる策が、三好家を引き締めたのは事実。
『言いたい事は分かる。だがお主も兄上の面談を突破したのだろう? しかし、我々は兄上の意思におんぶに抱っこで良いのか?』
『うっ……』
命令だけを聞いているだけでは駄目だ、と一存は言っているのだ。
その考えは立派である。
ただ、危険極まりない案には違いない。
『頼むぞ? では改めて少し眠る。済まぬが戦は中止としてくれ』
青い顔と大量の脂汗なのにニッコリ笑顔で、一存は改めて床に就いた。
笑顔だが本当に重い病だったのだろう。
しかも、まだ意識が回復した直後なのだ。
体調不良で落馬したのは事実なのだ。
まだ不調で完全では無いのだから眠るのは当然だ。
『お、お休みなさいませ』
一存は病で数日寝込んだ。
その間、久秀は一存の閃きを、意識回復した直後の世迷言と処理したが、数日後寝込んで改めて起きた一存に念を押され、観念して長慶に報告に行く事になった。
ご丁寧にも、一存は頭を丸め『ほれ。これが遺髪だ』と久秀に持たせた。
せっかくの『十河額』も目立たぬ頭になって、笑顔で預けた。
その後、戦々恐々、長慶に対し一世一代の大嘘を付いた久秀は、一存を猛烈に恨むと共に、自軍の先駆けとして起用し松永軍の強化に利用した。
久秀の弟である長頼は指揮采配に優れ、武勇も文句ないが、久秀はどちらかと言うと内政向きであったが、この頃から戦でも結果を出し始めた。
それは一存の存在があってこそだ。
なお松永軍に在籍していた時は、総髪で無精髭と無骨な武者として振舞った。
遺髪も指示通り長慶への報告時に届けられ利用されたが、もし死んでしまったら本当に遺髪になった訳だが、嘘も本当になり久秀としては助かった状況になる訳で、内心『使い潰すか……?』と悩みつつ、忠誠心故に約束を守り抜いた。
史実では久秀と一存は不仲だったとある。
しかしこの歴史ではバタフライエフェクトが働いたのか、恨む理由が変わり一存も生き残った。
唯一の懸念は、正体がバレる事だった。
だが、一存といえば特徴的な『十河額』と称される月代故に、誰も気が付かなかったし、死を偽装する意味も、真相を話さねば理解は得られないが、それ故に話せない。
久秀は仕方なく、スカウトしてきた謎の武将として自軍に置き、一存は謎の武将として存分に活躍し、久秀軍の底上げを果たした。
その上で今である。
蠱毒計の総仕上げ。
即ち三好家による、真の意味での天下再奪取の総仕上げ。
一存が復活する舞台は、ここを置いて他に無い。
興福寺を追い詰め、大和を掌握する秘密兵器――と言うか、勝手に秘密になって、勝手に兵器として帰ってきて十河一存。
その一団が、軍を分け畠山の援護に回った興福寺別動隊の背後を狙った。
【大和国/三好軍 三好実休陣】
「あ、あの、我らは如何いたしましょう?」
「敵の圧力が分散した今なら、押し返すのも可能かと思いますが……?」
実休の陣に参陣していた、池田恒興と北条氏照が、青筋を隠しもしない実休に恐る恐る尋ねた。
「……!! あ、あぁ。ワシとした事がみっともない姿を見せてしまったな」
実休は心底恥じていたが、恒興と氏照は『そりゃそうだ』と同情する。
天下の三好家の兄弟が、勝手に死を偽装したなど前代未聞である。
十河一存の勇猛な戦いぶりは聞いていたが、2人とも直接会う事は無く、精々『松永軍に猛将が表れた』程度の情報しか知らなかった――と言うか、一歩間違えれば重罪に問われる勝手な行動――と言うか、まだ長慶は知らないので、一存の今後の処遇がどうなるか全くもって不明だ。
「あ奴め! 三好家の恥さらしよ! 全く……ッ!」
実休は毒突くが、嬉しいのか怒っているのか、判断に困る表情と声色だった。
「よし! 切り替えるぞ!」
「は、はい」
2人は声を揃えて同意した。
「奴の復帰は想定外だが、我らの戦略も敵の動きも想定内! そのまま中央に源三(北条氏照)、その左翼に勝三郎(池田恒興)で、右翼のワシが翼を閉じ、興福寺と我らの位置を入れ替える様に動く。敵が逃げても追撃は必要ないが興福寺本拠地には撤退させぬ様に動く事が肝要だ。逃がし先は京。敵が散り散りになり決着がついたら、改めて興福寺攻略に移る!」
「承知しました!」
恒興と氏照は、何とも居心地の悪い実休陣から逃げる様に自分の部隊へ戻った。
「伝令!」
「はッ」
「織田殿に合図を送り、興福寺への道を塞ぐ様に要請だ。これで予定通りの結果となろう。興福寺が落ちれば大和諸勢力は戦う理由も従う理由も無くなる。……はぁ」
実休は大きな溜息をついた。
「……弾正?」
最後まで残っていた久秀に実休が声をかけた。
世が世なら、背後から『弾正君?』と肩を揉む、恐ろしい社長の一声の様な声だった。
「は、はい! 如何様な処分でも受ける所存です!!」
久秀は地面に額をこすり付け覚悟を述べた。
「……言ったな? 今、『如何様な処分でも』と言ったな?」
「あっ……!? は、はい……」
言質を取られたが、もうどうにもならない。
そうでなくても、どうにもならないが。
「では命ずる。戦の後に兄上に報告する言い訳を一緒に考えてくれ」
「ッ!? しょ、承知しました……!!」
久秀は許されたと悟り、顔色が爆発的に良くなった。
「お主は孫六郎に逆らえなかった事にする。問題はあ奴だ。敵を騙すには味方からって、限度があるだろうに! ……だが、あんなのでも死なせたくはないからな」
命令違反にも等しい行為だが、本当に倒れたのも事実。
その策も三好家を思っての行動なのは理解した。
だが、それを有り余っての問題行動だが、処分するには兄弟としても戦力としても惜しい。
「し、承知しました。全力で言い訳を考えます! 命に代えても! 言い訳こそ拙者の最も得意とする分野ですから!!」
今日の今日まで一存の存在を隠し、誰にも漏れないように配慮し、一存含め、三好家をある意味コントロールしてきた松永久秀である。
その役目から解放された今なら、どんな言葉でも簡単に紡ぎ出されるだろう。
「苦労したのだな。あ奴の兄として、心から詫びる」
「そ、そんな勿体ないお言葉! で、では、持ち場に戻ります……!」
軽やかに陣を退出する久秀を見届けた実休。
「それにしても孫六郎め。あんなに羨ましい性格をしておったのか? うつけにも程があるだろうに。 まるで……まるで信長の様だ、と言ったら褒め言葉になるのか? なりそうだな……」
実休は一人で納得しつつ、動揺して暴れていた心臓をなだめると、己の役割を果たすべく、こちらに向かってくる興福寺軍に対処するのであった。
【三好軍/十河一存陣】
復活?
復帰?
どれも正しくて間違っている様な、突如発生した十河一存の再デビュー戦。
その活躍は、後世に語り継がれる程の『鬼十河』ぶりであった。
それはそうだろう。
松永久秀の下で思う存分、前線で槍を振るって暴れていたのだから、リハビリ明けとは訳が違う。
何なら、死を偽装した時よりも、数倍は強くなって帰還した。
史実では生年が不明な為、没年齢は不明だが、恐らくは30前後で没した一存。
死因は病死と言われるが、その短い人生の中で『十河額』と『鬼十河』と称えられる、強烈な存在感と戦果を残して逝った。
しかし歴史改変のバタフライエフェクトは、病気は発症するも、落馬が致命傷にはならなかった。
織田家が東側で急成長し、三好長慶が信長の存在を利用した策を実行したが故の、バタフライエフェクトだ。
「ハッハーッ! 鬼十河、地獄より蘇ったりッ! 興福寺の坊主共! ワシが地獄に案内してくれようぞッ!!」
一存が興福寺の一団に飛び込むと、爆弾でも爆発したかの様に、僧兵が飛び散った。
別次元の歴史など知る由も無いが、まるで前世の無念を晴らすかの様な暴れっぷりであった。
信長や帰蝶、朝倉宗滴や斎藤義龍、武田信繁、吉川元春、北条綱成、七里頼周に匹敵する、或いは凌駕する部分もある大暴れっぷりで、興福寺の後方から食い荒らしていった。
当然、興福寺側としてはたまった物ではないだろう。
没したと信じた人間が突如現れたのだ。
しかもこの時代の宗教団体なのだから、驚愕の光景だ。
「鬼十河が生き返っただと!? 馬鹿な!! あり得ない! あり得ない……?」
また、少し信仰心の低い高僧は冷静に判断するも、それはそれで驚愕の事実だった。
「三好はこの時の為に、奴の存在を隠したのか!? 5年間も!? こんなに完璧に存在を隠せるのか!?」
その驚きも同然だ。
ついさっきまで、兄の実休すらその存在を知らず、当然家長の長慶も知らない事実。
一存の存在を他勢力が暴く余地など無いのだ。
だが、そんな考察も無意味に終わった。
後方で大暴れする一存と、前方に立ち塞がる織田軍に退路を塞がれ、散り散りに京方面へ逃げるしかなかった。
結局は三好家の思惑通り。
興福寺が総崩れとなると、大和諸勢力も降伏した。
終わってみれば三好家も織田家も満足の行く結果であった。
十河一存の復活という、三好家にとっても驚愕の想定外が発生したが。
また一存は『鬼十河』から『閻羅人十河』と異名がランクアップした。
元の異名『鬼十河』は『鬼の様に強い』との意味である。
だが、地獄から舞い戻ってきたからには、もうこの世の人間とは別格の存在。
故に地獄の獄卒鬼『閻羅人』として『鬼の様に』ではなく『鬼!』と断定される事になった。
【織田家/織田信長陣】
野戦が決着し、池田恒興が三好の使者としてやってきた。
「久しぶりだな。勝三郎。変わりないか?」
久しぶりに見る恒興は立派に成長しており、三好の下で相当に鍛えられていた様子であった。
「はッ! 拙者は変わりありませんが、あの、その……三好家はかなりの様変わりを果たしました……」
織田家からの出張中である池田恒興。
三好実休の陣に居たのだから知っている。
十河一存の生存を。
今は三好の家臣だが、織田の家臣でもあるのだから報告しないわけにはいかない。
「ん? 歯切れが悪いな? 懸念でもあるのか?」
「懸念というか祝い事と言うべきか、その、十河孫六郎様が復活なさいました……!」
「は? 復活? 十河孫六郎って……十河一存……?」
「はい」
「なんだとッ!?」
信長の驚愕は後世にも伝わる程の驚きっぷりであった――
また歴史学者の中でも一存の空白の5年間には論争が尽きず『復活説』『偽装説』『復活したが偽物説』『誰かと混同している説』等、様々な議論が飛び交う事になる――
それ程までに、一存の復活は想定外で、ハタ迷惑で、三好が強化され、織田にとって不都合な、歴史学者にとっては絶好の研究材料として、語り継がれる事となった――
「わ、分かった。下がって良い。野戦での任務は終わったが、まだこれから興福寺本拠地と枝寺院を片付ける任務があるからな。祝い(?)の挨拶はまた後ほど伺うと伝えてくれ」
「承知しました」
恒興の退出後、信長は即座にファラージャに確認をとった。
《ファラ!? 死人が復活って反則じゃろう!?》
信長が、己も復活した分際で問い質す。
《い、いや、私が関与した訳じゃ無いんですけど!?》
未来でファラージャに匹敵する科学力を持つ者は居ないはずなので当たり前だが、ファラージャも驚きの展開だったので念の為に時間樹を確認した。
もちろん異常は無かった。
ただ、それにしたって十河一存の復帰は鮮やか過ぎた。
《そ、そりゃそうか。歴史改変で死ぬハズだった者が生きていたのか? それにしては長慶の動揺と成長は本物だぞ?》
《そうですね……》
弟たちの死が、長慶成長の一因であったのに、生きていたでは辻褄が合わない。
本気で『死んだ』と思ったからこその、成長と精神病であるはずだ。
それがまさか、一存個人の策による『偽装死』だと思わないので、誰も真実に辿り着けない。
《ならば、長慶の成長そのままに、十河一存が再加入するのか?》
《希望的観測をするのであれば、長慶さんが元に戻るかもしれませんが……》
《本当に希望的観測だな……》
信長は、全く事情を知らないので仕方ないが、織田家にとっては都合が悪い事態に頭を抱えるのであった。




