198-2話 任務完了 省察する足立長輝&説伏せる細川晴元
198話は3部構成です。
198-1話からご覧ください。
【大和国/織田軍 織田信長陣】
「よし! 畠山軍の先鋒は粗方潰した! これより計画通り膠着状態に持ち込む! 我らに攻撃してくる畠山を適度に追い払え! 総仕上げは三好がやってくれる! その時に備えよ!」
現在の信長陣は、織田軍全体の中衛の位置に居る。
これは後退した訳ではなく、最初からこの場所で戦いつつ、後続の陣が次々と畠山を切り崩し、現在は北畠具教率いる中衛が先陣位置に、織田信広の後衛陣が信長陣の右翼に構え北畠を援護し、最後尾の細川晴元と足立長輝(足利義輝)は背後を警戒している。
これは畠山の背後を取った織田軍の、更に背後を狙う畠山軍を警戒しての偃月陣からの変形方円陣である。
なお更なる追撃や総仕上げを織田軍がやらないのは、三好への配慮もあるが、単純にこれ以上の戦闘継続が難しい点もある。
畠山の思惑を見破って半分程度を蹴散らしたが、残りの畠山軍と、まだ興福寺の僧兵と、大和国連合軍が残っている。
残存勢力では依然として敵は織田軍を上回っており、三好との合計兵力でもまだ敵が上回る。
今まで三好実休は不利な戦局を采配で互角を演じていたのであるが、それを織田軍が畠山を半壊させても、まだ兵数的には不利。
織田軍だけでは対処出来ないのが正直な判断である。
それに後々を見越して、やらねばならぬ仕事もあった。
それが『その時への備え』である。
【織田軍/細川晴元、足立長輝陣】
「良いか! 敵の狼煙が登ったからには、必ずどこかから奇襲があるはずだ!」
戦が始まる前、畠山軍から狼煙が登るのは目撃している。
何らかの合図を送ったのは明白で、その合図が高確率で奇襲なのは予測がつく。
あれ程までに露骨な空城計ならば、油断を誘っているのは明白だ。
「それはそれとして、畠山高政めはここまで戦が下手だったのか?」
足立長輝が、隣に控える細川晴元に尋ねた。
まだ狼煙による戦場の変化は起きていないが、もう既に何が来ても対応出来る陣形を組んだ織田軍である。
畠山は何か仕掛けるなら、方円陣が完成する前に仕掛けるべきであったが、間に合っていない。
長輝が、高政を『戦下手』と断ずるのも仕方ない話。
「拙者は畠山が下手、と言うよりは、織田の大殿の嗅覚が優れているのだと思いますぞ。何せ狼煙云々どころか、戦場に到着する前から最終形をこの陣形に決めていたのです。最初から読んでいたのでしょう。しかし畠山のここまで思い切った戦略は中々出来るモノでもありません。もし朽木にいた頃の我らなら、敵の空城計を見て正面の畠山だけに集中したでしょう」
「フフフ。間違いない。ワシも同じ立場なら今頃『織田が罠に掛かった!』と喜び勇んだだろう。間抜面でな」
2人はお互い謙遜するが、最初に信長の作戦を聞いた時、一切反対もしなかったし『その通り』だと納得した。
疑問を挟む余地も無く『畠山が空城計だけで終わるはずがない』と全員が断定した。
この警戒が外れても構わないが、警戒すら思いつかないでは話にならない。
そんな意味では、朽木で敗れ織田家に下った足立長輝と細川晴元は確実に成長している。
朽木での敗北以来、織田家の傘下に入って初めて軍を率いるが、その間は学び直しとして織田家の諸将の下を回って戦い歩き、戦を学んだ。
「そう油断した所に九鬼殿による蜂の一刺しです。敵が全面対決の姿勢と断定していたら、背後からの奇襲でやられていたでしょうな」
「うむ。奴は好機ほど怪しむからな。我らが朽木で敗れるのも仕方なかった話よな」
長輝は勘違いしているが、朽木での信長は本当にピンチだった。
家臣らの機転がなければ、信長Take4に移行していた可能性が高い。
「そうですな。(我らも惜しかったのは、黙っておくのが今後の成長の為になろう)」
晴元は、長輝の話を肯定のみに止めた。
「さて、今頃は九鬼殿が今か今かと潜んでおろう。挟み撃ちにて完封するとしようか!」
「はい。では拙者も持ち場に戻ります」
九鬼定隆がこの織田軍に入っていないのは、大坂湾に係留している軍船の管理もあったが、空城計からの虚を突いた奇襲に対する後詰の役割もあった。
今も送迎山城近辺で出撃の機会を狙っている。
もう間もなく奇襲を更なる奇襲で潰す事になるだろう。
その時に備え、晴元も自陣に戻り準備に入るのであった。
【織田軍/細川晴元陣】
晴元が自陣に戻ると、馬廻衆の一人が進み出た。
「殿!」
「ん? 何か別命か?」
「いえ。織田の大殿の陣より、また捕虜が送られて来ました!」
伝令は何事か察している様で、興奮していた。
「ほう。あちらの戦局は激しい様だな。それで? 今度はどなたかね?」
つい先程、畠山尚誠が護送されてきたばかりで、また次である。
馬廻衆の興奮からして、また重要人物であるのは簡単に予想がつく。
だがその名前は予想外であった。
「はッ! 斯波家の方にございます!」
馬廻衆が晴元の予測を上回る家名を出した。
「シバ……斯波!? 尾張の斯波家か!? 斯波家は今は亡き桃巌様に滅ぼされたハズじゃが……? ならば残党か?」
「その様です。斯波孫三郎様(義銀)と伺っております」
「ほう! やはりか。フフフ!」
晴元は思わず笑ってしまった。
畠山尚誠が護送されて来た時は、己の役割を即座に察知した。
総大将の長輝ではなく、自分の陣に送られる意味。
『説得を頼む』
そう信長は言っているのだ。
他の誰でもない。
直近での管領経験者でなければ、細川家でなければ、管領排出家の畠山を説得などできない。
その意図を察し、尚誠が護送された時、軽く接触し己が行方不明扱いであろう細川晴元である事を明かし時間を置いた。
そこに斯波家の残党までが護送されてきたのだから、もう信長の意思は明白だ。
細川晴元に、畠山尚誠、斯波義銀。
つまり三管領家コンプリートであり、やはり晴元による説得を望んでいるのだ。
(だが畠山家はともかく、斯波家がここで確保されるとは何たる剛運! これが天下人の資質か!?)
畠山に戦を仕掛けているのだから、畠山の誰かが来るのは想像に難くないが、斯波家の人間が転がり込んで来るのは信長としても予想外のはず。
まさか畠山家に保護されているのは、流石に予想出来ないだろう。
これはもう、何かの意思が働いているとしか思えない強運だ。
信長の実力は良く知っているつもりの晴元だが、斯波家の登場は天を味方に付けたとしか思えない。
ついでに、己の不運も納得してしまった。
晴元としても、朽木の戦いまでの人生を不運で片付ける程に悪い戦略を取った訳でも無いが、やはり天運に見放されたとしか思えない細川家の転落ぶりは、日の出の勢いの信長や長慶と比べると比較にもならない。
なお本当は、信長は前の歴史で義銀が畠山家に流れ着く足取りを知っているが、この歴史でも居るとは思っておらず、その意味でもやはり強運だ。
「では次郎殿(畠山尚誠)と同じ所に。丁重にな。間もなく畠山の奇襲隊が来るだろうが馬廻衆全員で今一度、柵と逆茂木の確認をし、足立殿と歩調を合わせ準備をせよ。ワシは一旦孫三郎殿に合うがすぐ戻る」
「はッ! 承知しました!」
馬廻衆に当面の対処を命じると晴元は、すぐ隣の捕虜の待機場に向かった。
【捕虜待機場】
尚誠と義銀は床几に座らされているが、武装解除され互いの手足と腰を一緒に結ばれ動きを封じられていた。
但し、後ろ手にされていない格好から、配慮ある捕虜として扱われている。
それでも脱出するなら、最低でも全ての縄を無手で外し、かつ、見張りの兵を制圧し、周囲に織田軍しかいないこの場からの逃走を成功させなければならない。
信長以上の運が必要であり、そんな事が可能なら、最初から捕虜になどなっていないだろう。
「次郎殿、お加減変わりないですかな?」
「あぁ。いや、体の各所が痛むが縄目の身分では贅沢は言わぬよ」
晴元が気さくに尋ね、尚誠は縛られて不自由なまま皮肉交じりに答えた。
「それは良かった。孫三郎殿にはここが誰の陣なのか伝えましたか?」
「あぁ。マズかったかな?」
「いえ。説明が省けて助かります。孫三郎殿。某が細川右京大夫晴元にございます。初対面ではありますが、同じ三管領家の血筋としてお見知りおきを」
晴元が義銀に対し頭を下げ自己紹介をする。
「貴殿があの細川右京殿であるか……。行方不明と聞いていたのですがな?」
義銀も皮肉気に質問を返した。
「今は特別行方を晦ましている訳でも無いのですが、表に復帰したのを喧伝している訳でも無いので、まぁ行方不明同然でしょうな」
晴元は動じる事もなく淡々と答える。
「分らんのは、何故織田家に下る? 朽木の戦い後、取り込まれたのか?」
「そうです。今は刻が無いので詳細を説明する暇が無いのですが、この戦が片付いたら説明しましょう。もう間もなく、畠山の奇襲部隊が来るでしょうからな」
「そこまで読んでいたのか!」
その言葉に尚誠が驚き、改めて勝ち目が無いし脱出も不可能と諦めた。
「こちらの要望を伝えます。次郎殿、孫三郎殿共に織田家に下って頂きたい。それだけです」
「何だと!?」
既に尚誠から聞いていたが、それでも義銀は驚いた。
それと同時に怒りも湧いてくる。
「怒りは最も。しかし今は、それを鎮める刻もありませぬ。次郎殿と話し合って今後の去就を決めてくだされ。では」
晴元はそれだけ告げると本陣に戻っていった。
「勝手な事を! ……まさか次郎殿は決断を?」
「いえ。決めかねていますが、真剣に考える方が宜しかろうと思います。ただ……」
「ただ?」
「断れる類の要望ではありますまい。しかし、織田は管領家の血筋を欲するも、別に居ないなら居ないで構わぬとも思っている節があります。断れど殺される可能性は低いと見てますが、あの男に対し、その場しのぎの恭順は通用しますまい」
「そうですか……そうですな……」
2人とも信長に倒された身としては、恐ろしさも骨身に染みて理解している。
まだ考える猶予はあるが、時間がある様で残り少ない事を感じ取っていた。
【織田軍/足立長輝陣】
「遠くに砂塵が見えるな。予測通りに来たか! よし! 柵に逆茂木の準備は出来ておるな? 弓隊準備! 槍衾隊は盾に隠れて指示を待て。敵の数は多くない。大部分は大和援護に向かっているからな。九鬼殿が背後を突けば、我らとの挟み撃ちで霧散する!」
長輝はそう指示をだすと、己も弓を準備する。
弓隊と長槍隊で足止めし、背後を攻めたと勘違いした畠山奇襲部隊を、更なる背後奇襲で撃破する。
防御に優れた方円陣に畠山奇襲部隊を挟む九鬼遊撃隊。
後方の安全確保は確実である。
「さて、後は織田軍が持ちこたえる間に、三好の攻勢を待つだけか。……まさか三好に期待する立場になるとは。人生分からぬモノだなぁ……」
12代将軍の嫡男にして13代将軍となり、家臣の細川晴元に利用され、さらに晴元の家臣の三好長慶に骨の髄まで利用され、晴元と共に京を追放され、幾度の反抗の後に、今度は織田に敗れ、何のバックボーンも無い足立藤次郎長輝として再出発を果たしている足利義輝。
戦国時代故に複雑怪奇な人生を送る者が多い時代だが、義輝は史実でもその筆頭とも言えるが、歴史改変でさらに複雑になったと知らない人生を思い返すのであった。
そうこうして、長輝が弓を放ちつつ、背後の九鬼隊が急襲し、畠山奇襲部隊はあっというまに風前の灯となった。
畠山必殺の奇襲は、奇襲を読み切った信長の指示と、足立、細川、九鬼の攻撃で粉砕されたのであった。
「よし、攻撃止めい! 畠山兵よ! 勝負は決した! 投降せよ!」
長輝のその言葉が最後の止めとなったのか、誰かが武器を落としたのを契機に、残りの畠山兵は一斉にそれに倣った。
精魂尽き果てたのだろう。
もう一歩も動けぬ様子であった。
膝を突いている兵が大多数だ。
「それでいい! 無駄に命を捨てる事は無い。村に帰っても今年の年貢は完全免除されるであろう!」
畠山兵は基本的には半農兵。
今の農繁期に出兵している以上、本当に全てを投げうった博打だったのだろう。
そんな勢力を相手にする場合の織田家の方針は、抵抗しなければ総赦免。
つまり無罪。
生産も担う兵士を殺しても、基本的に無駄なだけ。
領地を占拠しても人が居なければ意味はない。
ただ、こうして他領地に攻め入る以上、半農兵の被害無しは難しい。
その為の、年貢免除である。
無理して年貢を取り立てても、結局復興が長引くだけ。
土地が回復するまでは、年貢の免除あるいは減免し、必要なら資材を投入し、最大最高のスピードで復興させるのが織田家の方針である。
だが、そんな壊滅した部隊にあって、ほんの数人の兵と武者が、長輝本陣手前の逆茂木までたどり着いた。
だが、そこから先へ行くには、柵や逆茂木を避けて大回りしなければならない。
そんな現実を察した兵が膝からくずおれた。
もう体力も精神も限界であった。
だが、その集団を率いていた武将は違った。
所々、甲冑に矢が突きささり血が滴り落ちるも、致命傷には至っておらず、闘志も衰えていない。
「まだだ! ワシ一人となっても一矢報いてみせるッ!!」
憎悪なのか、無念なのか、誇りなのか?
既に足軽の槍衾に囲まれ絶体絶命だが、その武将の放つ気配は尋常ではなかった。
「ほう? 紀伊の奥地で俗世から切り離され、温々と家ごと隠居していた畠山とは思えぬ闘志よな?」
「否定はせぬよ。だが我らは待ったのだ! この好機をな!」
「好機? とっくに逃したとしかみえぬが?」
「我らは捲土重来を果たす!! 貴公を倒してなぁッ!!」
「ワシを倒しても織田軍は揺るがんがな? まぁ心意気だけは買おうではないか」
長輝は一歩前に進み出て、他の兵を下がらせた。
「殿! 無茶を……まぁ良いでしょう」
将軍の一騎撃ちなど前代未聞だが、今は足立長輝である以上、そして、織田軍の中で頭角を現すには、これ位やって丁度良い。
勿論、推奨されはしないだろうが、帰蝶が散々暴れ、知らない間に信長も先ほど一騎討ち2連戦を行ったばかり。
負ければ叱責モノだが、勝つ分には問題ない風潮が織田軍にはあった。
「細川右京か! ならば、やはり公方様であるな!? まさか生きて居られたとは!」
「ッ!? ワシを知っておるのか!?」
将軍足利義輝は名前だけなら日本一の知名度だが、その顔を知っているとなると、かなり限られる。
しかも、義輝は朽木で戦死した噂が支配的なのにである。
「知らいでか! ならばワシが弑してしまえば織田の思惑を砕ける!」
「何者だ? ワシを元将軍と知って刃を向けるなら名乗るがいい」
「安見美作守宗房! 行くぞ!」
安見宗房は、史実にて畠山家内で実力を誇った一族であるが、それは宗房の努力で勝ち取った地位であり、時には三好長慶と手を組み、時には争い、手腕を発揮した傑物。
しかしこの歴史では、家中で発言力を増すも、畠山家全体で蚊帳の外の状態で安見宗房の名はイマイチだ。
だが、イマイチな立場でも、生来の実力は発揮されている。
何なら、この屈辱の歴史の中では、一層の牙を研いでいる。
そんな宗房の一撃が長輝を襲う――長輝が振り下ろしの一撃を避け――間合いを詰められた宗房は横薙ぎに槍を払い――長輝は槍を突き立て槍の迫り合い――宗房が槍を捨て抜刀し――長輝が突如消えた槍の抵抗感につんのめり――横一文字の抜刀が長輝の顔があった場所を通過し――長輝が宗房の膝を土台にして――両手で兜を掴み――顔面に膝蹴りを食らわせた――
スローモションで宗房がその場に倒れた。
「ふぅぅぅッ! 安見美作守討ち取ったり!」
そう言いながら長輝は注意深く宗房の武装を解除し、完全に無力化した。
かつて帰蝶に教え込まれた、残心を残しつつの文句無しの勝利であった。
「殿! 正直冷や汗モノでしたぞ!」
「勝ったのだから良いでは無いか。織田の殿は濃姫様の戦いを容認しているのだ。ワシら男がコレぐらい出来ずしてどうする?」
かつて帰蝶にKOされた身である長輝は、いつかこんな機会に巡り合える事を期待し、ついに念願果たしたのだ。
「この安見宗房も中々の使い手でしたな? 紙一重だったのでは?」
「せっかく勝ったのにつまらぬ事を。……まぁ薄氷だった事は認めよう。今頃震えが来よったわ。考えた末に考えを放棄したのが功を奏したな」
長輝が震える手を抑えるべく両手を組んだ。
生還が生を実感させ、アドレナリンと恐怖、喜びと死のぶつかり合いが体を震わせる。
「考えを放棄!? 直感ですか!? ま、まぁ今は良いでしょう。後方の安全はほぼ確保出来たとして、後は総仕上げに向けて準備しましょう」
「そうだな。後は三好次第だ。ワシらを叩き出した三好一族の重鎮の腕前。見せてもらうとしようか」
長輝と晴元は前線の三好家の動きに注視するのであった。




