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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
19-2章 永禄6年(1563年) 弘治9年(1563年) 
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192-1話 ターニングポイント 信長大返し

192話は2部構成です。

192-1話からご覧ください。

【近江国/琵琶湖 湖上】


 信長は吉崎御坊会談での余裕と優雅さとは裏腹に、数人の護衛だけを連れ、大急ぎで越前国を抜けると、近江国琵琶湖を小早船で南下していた。


 漕ぎ手は気合を入れて懸命に漕ぐ。

 信長の焦りが漕ぎ手にも伝わったのか、言われる迄も無く腕が捥げそうな勢いで漕ぐ。


 漕ぎ手の直感通り、信長は相当に焦っていた。

 実は、先の吉崎御坊の戦いでも、会談でも、平静を取り繕っていたが、内心の焦りを敵にも味方にも悟られぬ様に演じきった。


 しかし、焦っていた割に、北陸ではのんびりした策で何か月も掛けて戦った。

 本来なら三好対応も急ぎたいのは山々だ。


 だが信長は、一揆相手には、何が何でも『急がば回れ』戦略を徹底した。

 これが良かったのか悪かったのかは、再転生でもして、戦略を変えて戦ってみて確認するしか無いが、人的被害ゼロで吉崎を落としたのは、最良の判断だったと思っている。

 そもそも別の可能性を確認するには死ぬ程痛い思いをして死ななければならない。


 当然、転生しての確認など却下も却下だし、急げば大火傷をするのは転生経験で知る以上、三好対応が遅れるのは想定内。


 その上で、緊急伝令として三好から書状が届いていたのは、会談の場で話した通り。

 優先順位も越前が一番だったのも嘘では無い。

 未来も今も宗教問題を何とかすべく動く中、大手宗教問題たる北陸一向一揆を、誰かに任せきりには出来ない。


 故に、三好対策は二の次だった。

 但し、三好は限り無く1番に近い2番目だ。 


 今は違っても今後必ず、三好は宗教問題に絡むどころか、今まさに興福寺へ攻撃を仕掛けているが、別に興福寺への攻撃は良い。

 信長も報告を受けていた周知の事実だったから、派手にやるべきだとも思っている。

 何なら『興福寺を引き受けてくれてありがとう!』とさえ思う。

 だが、そんな都合の良い思惑は、得てして崩れるのが『マーフィーの法則』とよばれる『あるある』現象だ。


 その現象を裏付ける第一報として、三好から書状が届いた。


『織田に援軍を頼みたい。理由は――。 三好長慶、三好実休、松永久秀』


 半ば、確定した現象として届いたとしか思えぬ、三好長慶、実休兄弟と松永久秀の連名で書かれたその内容に仰天した信長は、どうすべきか迷った。

 越前も三好の状況も、絶対に無視出来ない状況である。

 しかし信長の体は一つ。

 どちらかを選択をしなければならない状況で、越前を優先したのは知っての通りである。


《クソッ! これは転生故の不利だな! 今思えば、越前の様子は誰か代理を行かして報告で済ませただろうが、それは結果を知ったから言える事! それに新たな歴史である以上、しかも宗教が絡む以上、見届けられる歴史変化を見届けぬ訳にはいかん!》


《見ない事が勘違いを生むかも知れませんしね~。延暦寺の様に》


 ファラージャが、この歴史の延暦寺を思い出し例えた。

 延暦寺はこの歴史でも腐敗していたが、史実と腐敗の方向性が違い、この歴史に生きる人には常識的腐敗だったが、別の歴史を知る信長にとっては、とんでも無い歴史変化が起きていた。

 信長はその嗅覚で『何かおかしい』との疑問が晴れず、結局足を運んでまで『見た』のが契機だった。

 見なければ、あの『超武装要塞延暦寺』を知らぬまま、腐敗の方向性を勘違いしたままだったかも知れない。(140-2話参照)


 今回の越前も、それに相当する何かが起き兼ね無い歴史変化に挑んでいた。

 無論、同じ転生者である帰蝶に任せるのも手だったが、帰蝶は実質この歴史がTake1も同然の世界。

 越前一向一揆は、2回目を経験した信長こそが見なければならない現場なのだ。

 見た結果は『想定内だった』だが、それは結果論に過ぎず、転生者にとっては、どうしても見過ごせない。


《そうだ。あの武装要塞も見たからこそ対処出来た。今回の件は報告だけでも良かったが、やはり結果論だ。それに報告だけでは正確な北陸一向一揆を把握出来なかったかも知れぬ。『本物の七里はもっと厄介』との情報は、報告では省略されていたかも知れぬ》


 大した苦労が無くとも、吉崎御坊陥落は特大の歴史変化なのだから、報告では無く、己が目で確認しなければ今後が対処出来ないと信長は判断していた。

 偽七里の鏑木頼信や下間頼廉、朝倉延景に不安感が無いのも、確認せねばならなかったが故の越前優先だったが、その懸念が払拭され今川義元と帰蝶、最古参の親衛隊もいるなら、最低でも最悪は無いと判断し、大急ぎで次の目標に向け急いだ。


 これ以上の引き延ばしは不可能だし、以後の北陸は、今度こそ報告で我慢しなければならないだろう。

 そうしなければ、中央への対処が間に合わず、三好か織田か、最悪、日本が終る可能性がある。


 本来なら三好は同盟者とは言え、いずれは雌雄を決しなければならない相手。

 それが勝手に滅ぶなら楽で良いのだか、三好の方針を天皇弑逆と知った以上、その暴挙は止めなければならない。

 天皇家は宗教問題の一種どころか、最王手中の王手、日本宗教の根幹である。


 但し、天皇弑逆は、三好が文句なく日本一の勢力になった後だと睨んでいる。

 誰も文句を付けられない状態での話のはずだ。


 しかし、そんな大それた事を考える三好が、大和国、紀伊国程度を同時に相手して対処不能なら『その程度を跳ね返せぬなら死ね』と、もう見捨てるしか無い。


 見捨てるしか無いのだが――


 普通なら『三好はそれまでだった』と考えるのが『当たり前』だが、転生者信長はその『当たり前』が許されない。

 延暦寺や吉崎御坊と似た様な理由で、それが非常にマズイと考えている。

 先述の通り、三好は天皇家と言う日本最古の宗教問題に必ず絡み、取り返しの付かぬ事をする。


 それだけは避けなければならない。

 その阻止は、転生者信長の使命の一つと言っても過言では無い。

 つまり、北陸同様、三好に対しても信長が関わらない訳には行かなかった。

 ただし、三好による天皇弑逆にはまだ時間的余裕はある。


 その猶予を最大限活用し、信長は越前移動中に色々と手を打っていた。


 まず、明智光秀に要請を出した。

 斎藤と織田の二重家臣だから呼ぶ事が出来た明智光秀だが、やはり中央の争いに関わらせる意味は能力的にも歴史的にも必須との判断である。

 朽木と高島の守備の領地を任されている光秀だが、朽木の地形を考えれば少数の兵でも十分防御出来る。

 ただ、万が一もあるので兵500だけ先に出陣して貰い、兵は伊勢湾で待機している頃だろう。

 光秀は別行動で、琵琶湖北岸で信長を待ち、先ほど合流した。

 500人で良いのは、光秀は居るだけでも構わぬとの判断である。


 その上で三好救援対策だ。

 尾張兵の大半は飛騨と越前に送ったが、兄の織田信広に、尾張の残り少ない兵を準備させた。

 治安兵までは徴兵出来ないので、緊急用の2000の尾張兵を絞り出した。

 これで尾張は空っぽだが、今川家を滅ぼさなかったから出来る芸当だ。

 

 更に、近江西に拠点を構える柴田勝家を総大将に、森可成、塙直政、後藤賢豊、進藤賢盛、蒲生賢秀らの京への侵攻に見せ掛けた圧力。

 但し、信長の臣下が、勝手に京に侵入など不可能なので、近衛前久に上洛要請を頼み、現将軍足利義冬の高齢問題での、次代将軍についてのお題目で動ける様にしてもらった。

 史実の義冬は天正元年(1573年)に没するので『54歳とは言え、まだ10年の猶予がある』と見てはならない。


 騒乱の中心地たる京で、無事寿命を迎えられる可能性は低いのだ。

 戦だけでは無く、心労も蓄積されているだろう。

 史実では叶わなかった将軍に就任している事実が、幸不幸どう転ぶか分からない。

 その為に、義昭を15代にする為の下準備の為の偽装上洛要請で、柴田勝家と森可成には六角を攪乱してもらう。 


 そうすれば、必ず六角の足を止められる。

 六角義賢は京を手放したら死ぬしかない、現天下人(?)。

 上手く立ち回れば、京を通過しつつ、大和国を伺う事も可能だ。

 それに木下秀吉が森家の中でも頭角を現し、重用されている。

 Take2の犯人である秀吉にも関わってもらうのが今後の為だろう。


 最後に九鬼定隆、北畠具教の各国責任者と、佐久間信盛、金森長近の伊勢北部を任された2人に出撃命令を下している。


 この伊勢志摩戦力を主戦力として、三好の救援に向かう。

 だが、目標は大和国では無く紀伊北端の明神山城周辺攻略だ。

 そこを拠点に端から順に城を攻め落とし、畠山に異変を教え、背後に注意を払う様に謀る。

 それだけで、畠山が異変を察知し、三好に対する圧力が分散されるだろう。


 また、今は農繁期であり、その農繁期の中でも最盛期の時期に差し掛かる。

 紀伊国畠山家が、この時期で三好に仕掛けた以上、大した兵は残っていない。

 だから北畠具教が総大将として動いている。

 何せ身をもって専門兵のカラクリを良く知る北畠具教なのだから、嘗ての北勢四十八家攻略の如く、次々城を落とせるだろう。(27、28話参照)

 今頃は幾つかの城を落とし、西進しているはずだ。


 この西と南からの圧力で、三好に対する攻撃を分散させるのが狙いであり、その攻略戦の途中で、信長と光秀が合流する手筈である。


 織田信長、織田信広、九鬼定隆、北畠具教、明智光秀、佐久間信盛、金森長近が各軍の代表者として15500人が今回の三好要請に対応する全軍となる。


 越前をどうしても見届けなければならないが故の、苦肉の策だった。


 いずれにしても、現在の情勢として、中央戦況の変化と共に膠着状態であるのが最新状況と掴んでいる今、越前から大急ぎで琵琶湖まで到達し、光秀と合流し小早に飛び乗ると、全速で南下する。


「辛うじて間に合うか!?」


「詳細な状況を把握出来ておりませぬが、これで間に合わねば、仕方ないと割り切らねばなりますまい」


 光秀が、この歴史の常識として、正しい答えを言う。


「……そうだな。そうなのだが……」


 光秀の意見に対し、信長の歯切れが悪い。

 信長が散々三好について悩み考えているのは、三好による天皇弑逆だけを危惧しているからでは無い。

 他にも大問題があるのだ。


(違うのだ! 絶対に割り切れんのだ!)


 実は三好長慶による天皇弑逆以外にも、非常にマズイ事が起き掛けているのだ。


 今回、信長にとって不幸だったのは、ターニングポイントが重なってしまった事か。

 越前は最初から分かっていたターニングポイント。

 しかし、三好の要求は突如現れたターニングポイントなのだ。


 吉崎御坊の会議の場で信長は『そこまで大問題では無い感』を出して退出したが、今、戻れるのは運が良いのか悪いのか。

 越前と三好で、歴史のターニングポイントが2つも発生してしまった以上、仕方ないのだが、越前が予想以上に呆気無く片付き戻れただけ幸運だろう。


 最初は三好の危機を聞いて『三好終わりの始まりか?』と歴史的事実で感想を持ちつつ、越前に向かった。

 だが、途中で気が付いてしまったのだ。

 書状に連名で書かれた『三好実休』の名とその意味に。


 信長は、暫く『三好実休』の名が意味する所を忘れていた。

 転生者信長と言えど、全ての出来事を記憶している訳では無い。

 自分に直接関わった事ならともかく、関係無い所で発生した事件や戦など全てを知っている訳でも無い。

 今回で言えば、『三好実休』の名を聞いて、越前に向かう途中で思い出した位だ。


(三好実休か。……三好実休? ん? 実休だと!? マズイッ!!)


 これは信長だけが感じている懸念で、光秀も帰蝶も誰も想像すら出来ない懸念点。

 だから光秀は、比較的冷静に尋ねる。


「一体、今、どうなっているのですか?」


「そうだな。船上で走っても意味が無いし話しておこう――」


 信長は今起きている事を掻い摘んで話した。


「大和の興福寺はともかく、紀伊の畠山!? 根来や雑賀も援護ですと!?」


 緊急事態であると知っていた光秀が、それでも事情を説明され驚いた。


「うむ。三好の蠱毒計に大和興福寺を巻き込ませようとした大和攻略戦は、紀伊半島全域まで戦火が広がり、松永久秀だけでは手に負えぬ……らしい。それ故の援軍要請だ。ただワシは先の約束である越前を優先したのだ。長慶の弟である実休も対処に当たったから、形勢不利でも持つだろうと踏んだのだ」


「そう言う事でしたか……」


 越前の一向一揆が楽勝であっても、それは結果論であって、必ずそうなる保証は無かった。

 張り巡らした策に一揆衆が嵌り、ニセ七里頼周と下間頼廉も話の通じる相手だったが、少なくとも転生者として、見届けぬ選択は無かった。


 その上で急いでいるが、越前が簡単に片付いた反動なのか、紀伊が予想以上に混沌としていたのだ。


 そんな話を聞いて、光秀は『これは一大事』と納得した。

 勿論、信長の思う危機の半分にも満たぬ危機意識だが、転生者では無い以上、仕方ない意識感覚だ。


「越前が片付き、改めて急いでおるが、あれからの状況が変化無しなら良いが、都合の良い考えは捨てる。苦労があると想定しておくべきであろう」


 信長は『苦労』と濁したが、これは最悪もあり得る一大事である。

 紀伊国や興福寺、根来、雑賀、天皇家含めた宗教勢力だけが一大事ではない。

 歴史的にも一大事なのだ。


 越前のターニングポイントが越前統一と吉崎御坊の保護なら、三好のターニングポイントは今から発生する可能性が極めて高い。


 それは三好一族の問題である。

 信長は、越前に向かう道中で『三好実休』について落雷に打たれるが如く思い出し、三好が今以上にパワーアップを果たす可能性に辿り着いてしまった。


 三好長慶の弟、三好実休は史実の1562年、つまり昨年戦死した。

 しかし、この歴史では生きている。

 これは歴史改変による結果だろうが、三好実休の生死は、間違い無くターニングポイントになりうる。


 史実では、1553年に末弟の野口冬長が戦死する。

 これは戦国時代故に、どこの家でも避けられぬ、よくある人的被害だ。

 これは時代故に割り切らねばならぬ事。


 だが三好家の不幸は1561年からが本番だった。

 1561年に十河一存事故死を皮切りに、長慶の覇業を支えて来た弟達や子が次々と死んで行く。

 1562年に弟の三好実休が戦死。

 1563年には嫡子義興が病死。

 1564年には弟の安宅冬康を自ら誅殺する。(一存、義興については松永久秀の陰謀説もあり)


 この頃から、明確に三好長慶の精神異変が表れる事から、三好家にとっての崩壊の始まりを1561年と言う人もいる。

 何せ先の通り、毎年親族の死が起こり、幾ら日本の副王とて精神が無事で済むとは思え無いのが普通だ。

 だが信長は、長慶の精神疾患は、ある意味最初からと見ている。

 長慶は、父を謀殺した相手同士の和睦を取り持った時から、既に壊れていたのだと。


 だがこの歴史は違う、と言うか、ある意味、信長の知る歴史と同じとも言える。

 幼少期の経験は信長転生前だから同じで、転生後に歴史変化が働いたのか、末弟の野口冬長が1554年と1年遅くに、下から2番目の十河一存が1558年に3年早く事故死したが、他は特に問題無い。

 死した年は史実と違えど、死んだ順番は一緒で、ある意味史実をなぞった。


 だが、先述の通り信長は、長慶の精神は兄弟達の死の前より、既に精神を病んでいる可能性が高いと見ている。

 織田家にとっては、これで三好が没落するなら好機だったのだが、何故かこの歴史の長慶は、史実以上に智謀の切れ味を発揮し、全てを見透かし、まさに日本の副王として実力を遺憾無く発揮している。


 これを信長は、長慶の精神病が原因と見ている。


 病や怪我で、普段の実力を出せなくなるのは当然の流れ。

 だが、稀に居るのだ。

 病や怪我で覚醒する者が。

 この歴史の三好長慶の様に。


 その上で『三好実休』の名が入った救援依頼だ。

 この救援依頼と戦局次第では、史実で既に死している者や、もうすぐ死ぬ者が前倒しに死ぬかも知れない。

 それに気が付いた切欠が、書状に書かれた、この歴史ではまだ生きている『三好実休』の名であり、史実の三好家の惨状を信長に思い出させた。


 その上で最悪なのは、誰か親しい者が死ぬ度に長慶が成長を遂げると、もう手が付けられなくなる事を信長は懸念している。

 現在、三好長慶は天皇家の弑逆を目論んでおり、信長はそれが間違いで失敗すると確信している。


 この先の未来がどうなるか分からないが、信長はこの時点で三好長慶の限界を見極めたはずだった。(167-3、4話参照)


 転生もしていない三好長慶が、ここまでの力を発揮し、前々世の信長同様天皇弑逆に考え至ったのは大したものだが、そこで、その実力の底も見切ったはずだった。


 だが、また成長したら、己の過ちに気づくかも知れない。


 気付いて、天皇弑逆もより効果的な手を打ったら、信長でも勝てぬ相手となるし、或いは逆に、今度こそ狂って、死なば諸共と天皇弑逆を推進してしまい、誰も対処不可能な『大戦国時代』の始まりになる可能性も懸念している。


 従ってこれは、単なる救援では無い。

 三好家の損害と、三好実休の死の因果を取り除く必要があると同時に、長慶の成長を阻止。

 それでいて、信長の天下布武が瀬戸際でもあるターニングポイントなのだ。


「だからこそ、これは好機でもある!」


「えっ!? 危機は好機と言う奴ですか?」


「うむ。興福寺だけでは無い。どうせなら畠山も蠱毒壺に放り込んでしまえば良いのだ。これでとりあえず畠山の圧力を散らせば、三好の思惑を維持出来る上に蠱毒計は織田にとっても有益な策だからな。それに紀伊は喉に刺さった魚の小骨だ。我らからすれば京を支配するのに紀伊は直接立ちはだかる勢力では無いが、野放しにも出来ん」


 これは、雑賀や根来ら力ある勢力から、筒井家等の小勢力も含めた勢力が、興福寺を筆頭に横槍が入られる危険もある。

 史実でも信長は雑賀を支配下に置き、続く豊臣秀吉に攻められ大和国から紀伊国は屈服したが、信長と秀吉が2代に渡って戦ってようやく平定した、延暦寺に匹敵する面倒な勢力と地域だ。


「琵琶湖南岸に着いたら直ぐに伊勢湾に行く! そこから志摩国に行き、九鬼水軍の案内で紀伊国の戦場に向かう! 幸い紀伊半島はその殆どが山中かつ熊野の寺社で、畠山の影響力が強いのは沿岸地域だけ! 必ず紀伊国のどこかで合流は出来よう!」


「はッ!」


 そこまで言って、信長はふと琵琶湖の南西の遠くに薄っすらと見える延暦寺を方面を見た。

 比叡山延暦寺本堂のある場所こそ見えないが、北方に伸びた延暦寺領土の超武装要塞の威圧感が薄く見えるだけでも感じ取れる。


「奴らも動いているハズだな? 十兵衛?(明智光秀)」


 北陸の宗教問題が一段落付きそうな今、亜流では無い、本家本元の宗教争いに殴り込みに行かなくてはならない可能性もある。


「はッ! 一時的に還俗させた僧兵が出陣しているのは掴んでおります」


 今、複数の船団で琵琶湖を南下しているが、信長と伝令の他に、明智勢が少数従っている。

 朽木からは京に進軍出来ない代わりに、防御は万全にしてある。


 その間に紀伊半島を何とかするのが、信長達の役目だ。


 三好を助け、長慶致命の一手を防ぎ、紀伊半島を鎮め、長慶兄弟や子の戦死を防ぐ。

 前三つだけでも達成は至難の業なのに、長慶の血筋まで心配しなくてはならないのが、転生者の辛い所だ。

 歴史を知らなければ、こんな事で悩む必要は無かったのだから。


《クソ! 転生する時、記憶を消してもらえば良かったと思うわ! どうせ出来るんだろう!?》


《出来るか? と言われれば出来ますが、そうすると、史実通り本能寺に行くだけだと思いますが……》


 ファラージャに毒付いた信長だが、至極真っ当な答えが空しく帰って来た。


《……それもそうか。歴史を知っているからこの位置に居る訳で、この位置に居たいなら記憶を消すなど言語道断か。転生者はこの先の苦労を飲み込まねばならんのだな。歴史を知っているのに、この可能性を即座に看破出来ず、先手を打ち損なうとは何たる不覚!》


 信長は悔しがるが、全ての記録を正確に覚えている訳でも無いので仕方ない話。

 油断だと切り捨てるのも惨い話であろう。


 そもそも三好は順調だったのだ。


 それでいて北陸一向一揆と言う、最大級の宗教一揆に歴史変化を与える特大の成果を残したばかりだ。

 これは新しい歴史なのだから、ある程度は仕方ない。


 ただ、長慶が成長している事実を知っているのに、更なる成長の可能性を無意識に考えから外してしまった。

 長慶の限界を知り、自分が上回っていると確信した。

 これが油断に繋がったと信長は反省しているが、油断と断じるのは厳しいのか、まだ足りぬのか?


 いずれにしても紀伊半島を何とかした後に、結果は見えるだろう。 


「辿り着いた時には全滅とかは勘弁してくれよ……?」


 信長は祈った。

 特に祈る対象は居なかったが、やはり信長教の(おのれ)に無意識に祈ったのかも知れない。

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