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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
19-1章 永禄6年(1563年) 弘治9年(1563年) 
384/445

190-1話 屍山血河の上に立つ国 吉崎御坊攻防戦

190話は2部構成です。

190-1話からご覧ください。

挿絵(By みてみん)

【越前国/吉崎御坊 門】


「開門! 開門を願う!」


 吉崎御坊の大きな門越しに、胴間声が響く。

 吉崎御坊を守る、数少ない指揮官の侍大将とその護衛だ。

 また、信長の淫靡策も食らった一揆精鋭の一人である。


「如何なる用か!? 今は緊急事態なれば、不要な要件も開門も受け兼ねる! 何かあるならこの場で要件を述べよ!」


 侍大将には目視出来ないが、分厚い門の内側から返答が返って来た。


「朝倉軍がこちらに迫っているとの情報あり! 至急、七里様にお目通りし、危機を伝えなければならぬ!」


「問題無い! この吉崎御坊は降伏し、朝倉軍の管理の元、厳重に保護されると伝えたハズ! 朝倉軍には手出し無用にて、争いの元にならぬ様、吉崎御坊から離れ北部の拠点にて指示を待つか、武装解除し朝倉軍に投降せよ!」


 だが、侍大将の意気込みとは裏腹に、受け入れ難い返答が返って来る。


「降伏? 確かに聞いた! しかし、そんな話は受け入れられぬ! 何の為に北陸が戦って来たのか知らぬのか!? 門を開けよ! 七里殿に直訴する!」


 納得出来ない侍大将が、直訴を求めた。


「必用無い!」


 取り付く島も無い返事だ。

 ただ、侍大将もそんな事は想定済み。

 次の案に方針転換しようと思っていた所で、意外にもあっさり願いは叶えられた。


「某がその七里頼周(鏑木頼信)である!」


「何と!」


 直接の目視だけは叶わなかったが、応対していたのは七里頼周本人であった。


「不平不満があるのは重々承知。しかし、吉崎及び加賀は本願寺の意向に従い王法に従う事を決定したのだ!」


「それでは――」


 何とか食い下がろうとする侍大将に、少し声のトーンを落とした優し気な声が掛けられる。


「ただ、貴殿の苛立ちが分からぬでも無い。しかし、もうこれ以上、()()()()を流す分けにはいかんのだ。どうかそれを分かって欲しい!」


「……必要な血? (普通、『不要に血を』では無いのか?)」


 侍大将は、妙な言い回しに違和感を覚えたが、言い間違いか何かと思い戸惑う。

 その戸惑いを他所に、優し気な懇願する声から一転、元の厳しい声に戻り声が響く。


「その決に従いたく無くば、この吉崎御坊から退去せよ! 次、この門が開く時は、朝倉軍を迎え入れる時のみ! それまでは如何なる理由であっても開門は無い!」


 宣言、宣告とはこうだ!

 そう言わんばかりの声であった。 


「貴殿は本当にあの勇猛果敢な七里様なのか!? この決定は到底信じられぬ。その櫓門よりご尊顔を仰ぎたい!」


 だが侍大将はそれでも食い下がる。

 信じられぬのも本心だが、どうしても門を突破する理由があるのだ。

 それには手段を選んでいられない。


「……しばし待たれよ。顔を確認したら迅速に避難せよ! 良いな!?」


 扉の向こうでは、何かに上る足音や、木の軋む音が聞こえ、寺の頑丈な櫓門に七里頼周が現れた。

 同じく侍大将は、顔が見える位置まで階段を降り後退した。

 門に張り付いて喋っていたので、後ろに下がらねば門の屋根が邪魔で顔の確認が出来ないからだ。

 暫くして、櫓門上部に、七里頼周と護衛の兵2人の計3人が、頭上に姿を現した。


「これで満足か? 理解したなら――」


(……七里! いや、鏑木! 馬鹿め! 顔を出したが最後! 吉崎御坊はワシが守る!)


 侍大将は後ろに回した手で合図を送った。


「――即刻退避行動に移せ!」


 頼周の命令に侍大将は不敵に口角を上げたが、だんだんと素面に戻り、逆に焦りの感情が生まれる。


(……何故何も起きぬ?)


 本当は顔を見せたら問答無用で射殺する予定であって、頭上ではあるが、十分な射程距離圏内で、狙撃弓兵が控えていたが、何の反応も無い。

 今も一生懸命手を背中側で振っているが、動く気配も無い。

 たまらず侍大将が射手の居る方向を見ると、その射手が既に射抜かれ事切れていた。


(!?)


 別方向の射手を見ると、同じ様に射抜かれていた。

 他の方向も、他の方向にも、用意し潜ませていた7名の射手全員が始末されていた。

 何れも弓矢による狙撃を受けている。


「どうした? 顔を確認したならば指示に従え!」


「えっ……あ、いや……」


「フン! その程度の浅知恵で某を、この七里頼周を討ち取れると思うてか!?」


 頼周の一喝により胴間声の侍大将が地面にへたり込んだ。

 侍大将の策は全てバレており、万全の態勢で懐に呼び込まれていたのだ。

 最初の狙撃は帰蝶、葵、茜、直子によるモノで、次の瞬間、侍大将の護衛2人が4本の矢で射殺された。

 残った侍大将は、七里頼周の護衛として矢倉に上っていた小平太(服部一忠)と新介(毛利良勝)による投槍が、へたり込んだ足を地面に縫い付け、もう一本の槍が首と命中し、そのまま貫通した槍が地面に刺さり侍大将を磔の如く絶命させる。


挿絵(By みてみん)


 彼女らは櫓や、樹木に身を隠し、早々に敵狙撃手を捕捉し狙っていたのだ。

 櫓門を狙う場所は限られている。

 建物が乱立しているので、下から上に向けて射撃するには屋根に登るか、射線を確保する為、体をある程度露わにしなければならない。

 だが、打ち下ろしの場合は高所に陣取れば、殆どの狙撃地点を目視出来る。

 その差が表れたのだ。


「フッ。気配が隠せて無いわねぇ」


 呆気無さ過ぎる結果に、帰蝶が思わず鼻で笑ってしまった。

 その鼻笑いが合図だったかの様に、侍大将と狙撃手をあっと言う間に処理され、突入予定だった兵が、バタバタと逃げ出した。


「……あらあら。油虫(ゴキブリ)みたいに大量に湧き出して来たわね」


 狙撃手を狙っていた時点で何人か身を潜める兵を見付けていたが、気配からして多くの兵が潜んでいるのは把握していた帰蝶達。

 帰蝶達は弓で狙いを定めると、次々に、身を隠している(つもりの)謀反兵を射抜いて行く。


 結局、侍大将とその護衛の2人、狙撃手7人の計10人+αを射殺して、もうこの内乱は、大勢に影響が及ばない所に落ち着いた。

 今の狙撃地点では、もう動く敵が見えなくなった所で狙撃を止め、撃ち漏らしが無いか確認しているが、遠方で僅かな声で悲鳴が聞こえた。

 僅かではあるが、確実に命が消える悲鳴だ。


「ん?」


 何事かと思っていると、立て続けに遠くで悲鳴が聞こえる。

 帰蝶達狙撃手が目視出来ない建物の陰で、何かが起きている。

 敵の悲鳴なので慌てる必要は無いが、警戒は最大級にまで引き上げた。


「何かしら? 逃げる途中で将棋倒しって訳でも無さそうね? 改めて姿を見せた敵を討っておきますか」


 とりあえず、逃げる兵に向けて矢を射る6人。

 雪崩れ込む予定だった兵は逃げ出すが、謎の襲撃者と鉢合わせした彼らは、立ち向かっても、逃げても運命は一緒で、例外無く殺された。


 こうして、起きるべくして起きた最初の内乱は、たった6人と謎の援軍で100人近くに勝った。


「籠城戦ってこんなに楽だったかしら?」


 こんな感想がでるのも仕方ない話だ。


 吉崎御坊は北潟湖に囲まれた小高い山に築かれている。

 つまり寺と称しながら、実態は山城同然だ。

 湖側は切り立っており、登るのも不可能では無いが、絶好の狙い撃ちになるので危険過ぎる。

 故に、侍大将は訪問を装った正面からの暗殺奇襲を目論んだが、あっさりとその野望は絶たれた。


「道が畝よりも細いってのは攻め寄せる側にとっては残酷ね。こちらは常に捕捉している者を相手にしていれば敵の足を止められる。でも敵側の後方の人間は何の援護も出来ない。蓮如聖人は築城の才があったのかしら?」


 才能があったかどうかは不明だが、様々に迫害されて流れ着いた吉崎である。

 蓮如が過去の反省を踏まえ、万が一を考えたとて何ら不思議では無いだろう。


「それに捕捉出来ない敵を仕留めてくれた謎の援軍……」


 目視不能の敵を弓で命中させるには、天空に向けて矢を放ち、落下位置をもコントロールする神技が必要だ。

 流石に帰蝶には出来ない技術である。(なお、葵と茜は6割、涼春は3割の命中率でその妙技を習得している)

 その倒せぬ敵を倒してくれた何者かが居る。

 誰だ――と正体を探るまでも無く、謎の人物の声が聞こえて来た。


「斎藤様! 富田勢源にござる! 今から姿を現す故、誤って射ぬ様に願います!」


「冨田殿!? 謎の襲撃者は富田殿でしたか! 皆! 朝倉殿の家臣です! 撃ち方終了! 出迎えます! 七里殿、開門をお願いします!」


「承知した」


「富田殿! どうぞ! っと、そうでした! 私が迎えに行きます!」


 帰蝶は言いながら、太い木の枝から飛び降りると、駆け出して行った。

 すっかり忘れていたが、勢源は全盲だ。

 戦いの場では音響反応を利用して自在に戦うが、戦闘が収まれば、反響も消え、逆に動きにくい。

 音の反射で建物の位置は把握出来るが、小さな石や、反響してなお、地形が読みにくい場所では、足取りも覚束ない。


 開門された櫓門から帰蝶が飛び出して行った。


「三ヶ国半(美濃、飛騨、若狭、北近江)の大大名が、使いっ走りの様な事を……。フッ。味方がこんなに頼もしいと思ったのは初めてです」


 そんな帰蝶を見ながら、今回の結果に、頼周は素直な感想が口から思わず零れ落ちた。


「ありがとうございます。被害無く済ませられて何よりです」


「我らは、この手の任務に幼い頃から従事しておりました。本格的な戦より得意かも知れませぬ」


 小平太と新介が、何の労力も感じていないかの様に言う。

 実際、本当に労力など感じていないだろう。

 統率の取れていない、丸見えの敵を討っただけなのだから。


 だが、頼周率いる一揆軍にはそれが、果てしなく難しい。

 頼周はコントロールの難しい農民兵の、失策すら計算に入れて指揮し戦い抜いて来た。

 不測の事態の更に最悪を想定しても統率が効かない時もある。

 頭をフル回転させて、辛うじて敵と互角に戦って来た。


 だが、今回は何もしていない。

 する必要も無かった。

 誠に残念な事に、何もかもが怖い位に思い通り。

 死ぬべき顔見知りが予定通り死んで行った。 


「朝倉軍本体合流まで、完璧に守り切って見せましょう」


 この程度は何でもない。

 そんな力強さを感じる言葉で小平太と新介が頼もしく返答する。

 実際、楽勝なのは間違い無く、地形の理と敵の不利や策を見破れば、この程度朝飯前なのが彼ら親衛隊最古参の実力だ。


「不要な血は流し、必要な血は一滴も流れなかった。文句の付け様がありませぬ」


 侍大将が違和感を持った『必要な血』。

 本来なら『不要()血を流す分けにはいかんのだ』となるが、あえて『必要な血』と言った。

 最後の勧告であった訳である。


『お主は、もう間もなく『不要な血』と判定されるぞ』と――


 従って『不要な血』とは、今回の決定に従えずしかも、吉崎に攻め寄せる輩や淫靡策に狂わされた者を指す言葉。

 逆に『必要な血』は保護し守っている者や、投降なり無事に逃げた者。


 北陸は血を流し過ぎたのは誰もが持つ共通知識だが、だからと言って『これ以上流してはならない』とは信長は思わない。

 流すべき血はキッチリ流し、隠れた病巣を駆逐する。

 そこまでやって、北陸は安定を取り戻すのだ。


「最後の最後に道を誤った愚かな奴らであったが、今までの貢献は忘れぬ。せめて無間地獄では無く浅い地獄で眠れ。……いや眠っている暇など無いか」


 結局、暗殺は未遂に終わったので、彼らの行先は無間地獄では無く、5番目に重い大叫喚地獄で済んだ。

 この地獄は主に『嘘』に纏わる地獄で、今回の件で該当する刑は受苦無有数量処じゅくむうすうりょうしょが適当な刑で、これから6821兆1200億年間の拷問を受ける。

 その内容は、鞭打たれた傷口に雑草を埋め込まれ、十分に根を張り育った所で肉体から雑草を引き抜く、そよ風の如く優しい拷問だ。

 もし頼周の暗殺に成功していたら、最低最悪に厳しい無間地獄だったのだから感謝して欲しい処遇とも言える。


「所で、奥方の残り2人は何処へ?」


 頼周は、ここに居ない吉乃と狐蕾について尋ねると同時に、帰蝶が勢源の手を取りこちらに向かって来る様を見ながら、『以前はこうやって堀江館に紛れ込んだのだろうな』などと思いつつ聞いてみた。(174-3話参照)


「あの2人、残念ながら武芸はイマイチでしてな。その代わり地形把握や、地形の急所を見付けるのが得意としております。故に吉崎御坊を見回って、今後の対策を立てる為に動いています」


 当然ながら嘘である。


 狐蕾は風魔小太郎の手解きを受け、近接術には長けている。

 ただ、忍者にとって戦いは最終緊急手段であるし、吉乃一人にする訳にも行かない故の配置だ。


 一方、吉乃に関しては、本当に武芸はイマイチ所か本当に無様な有様なのだが、その代わり天然最強の隠形術の使い手として、潜入はお手の物だ。

 3児(信忠、信雄、五徳)の母としての側面もあるが、この歴史では、殊更、外の世界を望んでいるのか、この様な軍務に関わる事もある。

 なお、今回は久しぶりの、育児からの復帰戦でもあった。


 そんな吉乃と風魔忍者の狐蕾は、見回りと称して歎異抄の在処を探っている。

 勿論、見回りも真剣だ。

 たった8人で守らねばならないのだから、弱点地形や、忍者ならではの意見も出して全力で防衛するつもりである。

 そのついでに、たまたま謎の書物(歎異抄)を見付けてしまい、仕方ないので持ち帰るだけである。

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