188-1話 悪意満載 役者集結
188話は4部構成です。
188-1話からご覧ください。
【越前国/今川軍】
「中々風情もあって良い場所なのだろうな。……普段なら」
農繁期に差し掛かる頃。
専門兵士を揃えている今川家の本体である今川義元軍が3000人で越前を訪れた。
熱くも寒くも無い行軍日和の中で、思わず感想が漏れ出た。
馴染みの無い日本海側の光景や空気感に、今では無い、平常時に訪れたい様な感想だった。
「ほう。こりゃまた大改革の最中と言った所かのう?」
今川義元は、国中で行われる法度の施行、つまり寺社勢力に対する、説明と混乱の収拾でごった返している様子を見て、そう思わずにはいられなかった。
「懐かしいですな。今川領でも納得させるのには苦労しましたからな」
同行する岡部元信が当時を思い出す様に辛かった記憶を思い出した。
「しかし、結果的に誰も損をしない法度でしたからな。一度利点が身に沁みれば後は何とかなりましょう。……今まさに一揆中の一向宗に聞く耳があるのかは疑問ですが」
同じく同行する松井宗信が、不安を口にする。
北陸一向一揆は宗教弾圧を跳ね返して、制御が利かぬ地域となった。
それを法度で制御が能うのか疑問で仕方がなかった。
「まぁ、織田殿も付いておるからな。流石に一向宗がどう出るか予測は付かんが、そう無残な結果にはならんじゃろう」
今川義元をして、北陸の情勢を知れば知る程、制御不能と感じざるを得ない。
「だが、何もせん訳にはいかん。一向宗を追い詰めつつ救う為でもある法度施行だ。最初の一歩は苦しいに決まっている。だが滑り出せば後は楽だ。それをどう滑らすか見モノよな。あの男も居るのだ心配あるまい。……多分」
義元は期待と若干の嫌な予感を感じつつ、一乗谷城に向かうのであった。
【越前国/一乗谷城 広間】
「遠路遥々、援軍忝い。本当ならば国挙げて歓迎したい所じゃが……」
「気持ちだけ貰っておきましょう。今は法度の施行で天手古舞ですしな」
天手古舞は比喩でも何でも無い。
越前国に入った時から感じていたが、一乗谷城に近付くにつれ、その太鼓は激しく叩かれるが如く、城下町全体で大騒乱であった。
法度の施行が原因なのは一目瞭然であった。
「返す言葉も無い。織田家も斎藤家も、それに今川家も施行済み、との事ですが『やめときゃ良かった』と思ったりは?」
「フッ! ハッハッハ! それが今の朝倉殿のお気持ちと言う訳ですな? よーく理解出来ますぞ? そのお気持ち」
今川家当主の訪問に朝倉延景が対応するも、今は法度施行の真っただ中。
今日は、今川軍応対として城に残っているが、何なら延景は、義元の応対で城に居られる事を、ラッキーとすら思っている位だ。
今川当主に互角の身分は己のみ。
ならば『己が城で対応するのが筋である!』と自分に言い聞かせ、休息を満喫している。
逆を言えば、それ程までに苦労しているのだ。
「今回の遠征で越前を見た限りでは、左程の混乱は起きておらぬ様子。ならば領民や寺社の法度受け入れも、そう時は掛かりますまい」
「こ、この混乱を見てそう仰るのですな!? 最初に施行した織田殿や今川殿はどんな抵抗や波乱が巻き起こったのやら……」
目まぐるしい制度改革で、本当に目の回りそうな延景だが『この程度なら楽な部類』と言う義元の言葉に唖然とするしかなかった。
だが実際、混乱は起きているが、確かに織田家、斎藤家、今川家程の混乱は無かった。
織田家は長島に隣接し、今川家も三河一向一揆を許した地域だ。
説明に武具持参が当たり前の状態だった。
だが越前は違った。
武器が必要な場面が無いでは無いが、ただただ、寺社の数が多くて面倒なだけなのだ。
浄土真宗以外の寺院は元々朝倉家が手厚く保護して居たので、殆どの寺は丁寧に言って聞かせれば納得してくれた。
地味に織田軍の滞在も効いていたし、隣で一向宗が大暴れしている現実も、偶然だが不幸中の幸いだった。
何せ、一向宗が影響範囲を伸ばして越前を掌握したら、本当に最悪の事態。
朝倉の庇護無くしては、越前で寺社運営は出来ぬのだ。
『今こそ国を一つにまとめあげ、北陸に安寧をもたらすのだ!』
延景のその檄が、民衆や寺社の危機感を刺激し支持を得た。
寺領没収に代わる生活と宗教の保証。
7代目英林孝景の行動を分析反省した、賢く立ち回った結果と言えよう。
一方で過去の織田家と言うより、信長と帰蝶は、最初から寺院の関所を破壊して動き出した。
従って、織田家は最初から寺社と対立していたのだから、義元の目から見ればまさに雲泥の差だ。
但し、苦労はともかく、実利は強烈だった。
無駄な上に私設関所、寺社領の没収と、商売の自由がもたらす爆発力。
今思えば、桶狭間の戦いは、織田の経済力に負けた様な気もする位だ。
「この苦労は必ず実を結ぶでしょう。延暦寺系と興福寺系は反発も強いでしょうが、ここに集結している駐留軍の存在を考えれば、堕落した僧が命を賭けた特攻などやりますまい。命あってのこの世の極楽を満喫しているのですからな。受け入れざるを得ませんでしょう。ならば後は一向宗だけに目を向けられましょうな」
「そうですな。丁度良いと言っては何ですが、近々、一向宗の七里頼周と本願寺本家の下間頼廉を交えた会談を行う事になっております。今川殿も是非出席して頂きたい」
「おお。それは是非に。噂の七里頼周を見せて貰いましょう」
義元も書状で知ったが、複数人の『七里頼周』が大暴れしていると知った。
今川家にも、豪傑から智将まで多数取り揃えて、人材に不足は無いが、同姓同名の人間が複数居る策には驚くより不気味さを感じざるを得ない。
宗教が絶対の世界に生きる人間にとって、そんな奇跡が起きていても何ら不思議では無い。
神仏に足枷を付ける織田家と賛同者にとっては、極めて面倒な相手に違いない。
だから興味が尽きない所の話では無いのが、義元の正直な感想であった。
「ええ。織田殿が会談の場を整えてくれております。場所は、かつて朝倉家陣営で一向宗に城毎寝返った堀江館になります。この館を改修し会談に臨む訳ですが、こちらの参加者は、某、織田殿、斎藤殿、浅井殿、それに今川殿。後は護衛となりますが、武具の類は一切持ち込み禁止。護衛も無手を条件に100人まで。お互いの軍は堀江館から半里(歩いて約30分の距離)離れて待機となる手筈です」
「無手……100人? 半里は決裂すれば即戦も有り得るがそれは良いとして、護衛は最大100人? 武具持ち込み禁止は分かるが、叫びながら意見交換でもるすのかね? まさか途中襲撃も有りとか? いや、まさかな。ハハハ。……まさかな」
義元が、余りに聞き馴染みの無いルールに妙な光景を想像した。
護衛を『各陣営〇人ずつ』と言う取り決めは良くあるが、最大100人は聞いた事が無い。
多過ぎだ。
100対100の無手の決戦を望んでいるのかと勘違いしそうになる。
一体どんな形態の会談なのか理解出来ず、バトルロイヤルの様な会談風景を義元は想像してしまった。
織田信長ならやりかねない不安と、その中で、嬉々として暴れまわる斎藤帰蝶。
そんな光景が容易に想像出来てしまう。
「い、いえ、そう言う事では無く『本当なら無制限にしたいが場所が限られるから最大100人だ』と織田殿は言っておりますな。『その為に広めに場所を確保する。こちらはキッチリ揃えるとして、相手側も来れば来る程、大助かりじゃ』とも言っておりました」
「大助かり? 一体何を考えておるのやら……」
信長とは、長年に渡って偽装主君として仕えて来た。
あくまで偽装なので常に側に居る訳では無いが、信長がやり遂げた結果を分析すれば、無茶をやって来た事など容易に察せられる。
そんな察知能力が『今回の会談が無事に終わるハズが無い』と警告音をかき鳴らす。
「その会談にはワシは武将として参加する、と。間違い無く織田殿の思惑に巻きこまれるな……」
激しい嫌な予感を肯定するが如く、延景がとある要請をした。
「はい。後は今川殿が今回連れて来た親衛隊から――」
延景は苦しそうにお願いした。
それを聞いた義元は、絶句し呟いた。
「一体何の為に……あっ! まさか全軍から!? それが織田殿の策か!? あ、悪質過ぎる……ッ!! 一向宗も可哀想にのう……。しかし、それを朝倉殿は了承したと!?」
「……しました。してしまいました……! 3ヵ国も有する未曽有の一揆相手ですからな! これ位はやらねば……!」
そう、決意を述べる延景は、苦渋とも後悔とも、でも楽しみ、とも取れる複雑な表情をした。
だが信長を良く知り、実際に戦った義元に理解出来たのは、副作用の強過ぎる特効薬が如き、悪質な策。
だが、それでも効果は絶大だと即理解も出来るし、『何でこんな策を思い付くのだ!?』と感心するやら呆れるやら、中空には邪悪に笑う信長の顔を思い浮かべた。
「織田殿は会談の成功はどちらでも良いと言っておりますな。まぁ成功するに越した事は無いですが、一向宗を会談の場に引きずり出したら勝ったも同然だと言っておりました。『見極め、振り分ける』とも」
「でしょうな……。一向宗が会談の場に付いた時点で勝負ありかも知れませぬな。只でさえ越前は豊かな文化を誇っておる。効き目が強過ぎて毒同然よな……! そうか! これこそが長島の再現と言う訳か!?」
「正にその御つもりです。織田殿も言っておりました。『越前の特性を活かした策だ』と」
「一揆の本場ですからな……。その悪夢と経緯を活かし切った策となりましょう……!」
2人とも長島の惨劇を直接見た訳では無いが、義元は氏真から、延景は伝わって来る噂と偵察である程度把握はしていたが、やはりどれだけ想像を働かせても、生で見た者には及ばない。
だから『想像を絶する何か』が起きると思う事にした。
「以前、宗滴公が『吉崎御坊を利用した堀江館無視作戦』を立案した時も驚いて感心したモノですが、今回は正直、感心するより気が引ける策です。思いついても策として組み立てるなど微塵も想定出来ません。今川殿は織田殿と戦って引き分けでしたな? あんな悪質な策を思い付く御仁と、良く互角の勝負をな為さいましたなぁ」
延景は本気で義元の桶狭間の戦いを褒めていた。
事情を知らぬ者には仕方ないが、義元は苦笑いで返事をするしかなかった。
「本当に、本ッ当に運が良かったと思っておりますよ」
義元は後頭部をさすりながら言った。
かつて帰蝶に薙刀の柄でブン殴られ意識不明にさせられた場所だ。
本来ならそこで首と胴を切り離されてもおかしく無いのに、本当は負けたのに、引き分けにしてくれた。
しかも、引き分けの損害を差し引いても有り余る発展の後押しがあった。
強大な三好長慶と歩みつつ争う、時代の脇役では無い立場となった。
ついでに、史実とは雲泥の待遇の差である。
本当に運が良かったのは間違い無いだろう。
「会談の日程は、一向宗側の返答次第です。それまではお寛ぎ下さい」
「フフフ。この混乱の中、今川軍だけがノンビリする訳にも行きますまい。何か出来る事があれば、遠慮無く申して下され」
『休んで下さい』『遠慮無く申して下さい』
これは一種の儀礼的挨拶。
ここで本当に休ませる主も、休む客も居ない。
今から働く事は、ある意味戦でもあるのだ。
ならば動き働くに決まっている。
「ありがたい。では、昨年戦場となった堀江館周辺の整地や修復をお願いしたい」
「承りましょう」
こうして今川軍も越前での活動に入り、一向宗側からの返事待ちとなった。
一方、吉崎御坊では、七里頼周と下間頼廉が話し合いを行っていた。
座敷牢で――




