表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
4章 天文17年(1548年)修正の為の修正
37/439

29話 北伊勢決戦

【伊勢国/長野家 長野稙藤本陣】


 長野軍と織田軍がにらみ合いを続ける事一刻あまり。

 この膠着状態に長野稙藤は自軍の不利に気づき考えていた。


(織田軍は我らの兵数を誤認し対峙してくれておる……それは良い。しかし、実際には我らは少数で遥かに劣る故に容易に討って出る事が敵わぬ。こうして相対する事が精一杯じゃ。これでは北畠に恩を売る事も出来ぬ! 偽装旗を出すのは早計じゃったか!)


 長野軍の織田対策は『森に誘い込んで罠や少数襲撃によって各個撃破』『森から逃げた織田軍を北畠が追撃』の二段構えであった。

 しかし信長の危険察知能力によって、森に誘い込む事は不可能になった。

 そこで姿を現し数を偽装する事によって織田軍を釘付けにしたが、その後の戦略が続かなかった。


(少数だけ姿を見せるに留まらせておけば誘い込む事も出来たやも知れぬのに! 旗のお陰で警戒させてしまった! これでは北畠との同時挟撃しか打つ手が無い! ……しかしあの陣容、猛獣の開いた口に飛び込む様なもの! 如何すべきか!?)


 長野稙藤は『鶴翼陣』という名称は知らなかったが、その陣を見れば危険度は理解できた。

 森に兵を伏せさせたのは良かったが、織田軍が攻め寄せて来てくれれば森に誘い込めたのに、睨み合いの形になったのは誤算であった。

 もちろん信長は、兵数も挟撃策も見切った故の行動であるが当然知る由もなく、自身の拙策と織田の鶴翼陣形が稙藤を苦しめた。


 陣形の歴史自体は古くから存在し使用されている。

 ただ日本の戦国時代において良く聞く『魚鱗(ぎょりん)鶴翼(かくよく)偃月(えんげつ)鋒矢(ほうし)方円(ほうえん)長蛇(ちょうだ)衝軛(こうやく)雁行(がんこう)』の八陣は、武田信玄の配下である山本勘助が『諸葛孔明八陣図』を理解しやすいように体系化した物が始まりとされる。


 もちろん、八陣の名称を知らずとも各武将はその時々に応じて八陣に近い陣形を組み独自に運用しており、陣形に対して全く無知である訳では無い。

 むしろ、あらゆる陣が考案されては淘汰されていったのだろう。

 その中でも生き残った上杉謙信の車掛(くるまがかり)の陣は戦国時代に特化した破格の陣とも言える。


 そんな嫌な予感がする陣形に、稙藤は危険を理解しつつ覚悟を決めた。


(クソッ! 何もせねば北畠に何を言われるか分かった物ではない! 玉砕覚悟であの口に飛び込み信長を討つ他無い!)


 だが―――

 ここが長野稙藤の限界であった―――



【北畠家/北畠具教陣】


 北畠軍は長野と織田が睨みあう戦場が、まだ視認は出来ずとも駆けつければ僅かの位置まで接近していた。


 その数7000。


 長野と合わせれば互角の戦力の上に戦意も違う。

 北畠は侵略者の織田に対し、また、北伊勢の獲物を横から攫われる現状に憤慨し、この一戦で織田を追い払う腹積もりである。

 今は物見により戦場の様子を探って情報を集めていた。


「若、どうやら長野は伏兵に失敗したようですな」


 藤方慶由(ふじかたけいゆう)が未だ始まっていない合戦に、伏兵が失敗した事を悟った。


「まぁ、引き付けておるだけで良しとしよう。こうして挟撃の形は取れたのだからな」


 北畠具教(きたばたけとものり)が最低限の形にはなっている事に満足した。

 このまま進軍すれば、織田軍は長野に対して鶴翼陣を敷いている為に、北畠軍から見れば信長本陣が背中を見せて突出した形になる。


「これで信長本陣を叩けば終わりですか。呆気ないものですな」


 鳥屋尾満栄(とりやおみつひで)が、快進撃を続けた織田軍の終焉に拍子抜けした様に頷く。


「ある意味、織田に感謝せねばな。こうして長野が臣従し信長の奴が邪魔な北勢四十八家も駆逐してくれた。伊勢統一が現実味を帯びてきたわ!」


 公家としての力も持つ北畠具教は、京文化や武力を備えた日ノ本屈指の大名として、揺るぎない勝利を確信し未来の栄光を思い浮かべるのだった。



【伊勢国/織田信長本陣】


(今この危機を弱兵で切り抜けるには、北畠に後ろを取られる油断を演じねばならん!)


 信長の策は長野に気をとられて無警戒を演じる織田軍に突撃してくる北畠を、一網打尽にすることである。

 今の鶴翼陣は遠くから一見すれば、全軍長野陣に向かっているように見えるが、近づけばむしろ北畠こそを警戒しているのが解る陣になっている。


「殿! 物見より報告! 東に砂煙の巻き上がりを確認しました!」


「来たか……今暫くは気づかぬ振りをせよ! 鐘の合図を待て!!」


 信長が指令を飛ばす。

 親衛隊の大部分を長野に対応する部隊に回したので、北畠に対しては、練度不測の農兵と吸収した北伊勢兵である。

 顔見知りの長野軍に寝返られても困るので、信長達は少ない親衛隊との混成軍だ。


 しかも勝ち続けた代償に緩み切った弱兵となっている為、うかつな突撃や複雑な攻撃命令は簡単に破られる所か、それを切っ掛けに突き崩される恐れがある。


 特に敵本体を受け止める鶴翼の要は、厳重な防御態勢をとる必要がある上に、北畠に相対する信長軍は、長野軍の決着がつくまで時を稼ぐ必要がある。


「この弱兵でどれだけ持ちこたえられるか……! ワシの転生が問われる戦となるやも知れぬな!」


 信長は覚悟を決めた。



【織田軍/服部一忠陣】


「小平太大将! 三郎総大将の陣より伝令! まもなく北畠が現れる故に備えろとの事!」


「ふぅぅぅ! ヨッシャ! 弓兵は葵、茜隊の斉射に合わせて放つように伝えろ! 後は逆茂木と槍衾でひたすら耐える! ガキでも出来る任務だ! 失敗したら全員親衛隊訓練やり直しだ! いいな!」


 両手で顔を叩き気合を入れる小平太は任務を失敗した時の再訓練を宣告し、それを聞いた親衛隊は身震いをする。

 訓練は衣食住には困らなかったが、親衛隊の面々はその辛く厳しい訓練を思い出したのだ。


 小平太の脅しは親衛隊に緊張感を生んだ。



【北畠家/北畠具教陣】


「さぁ! これは奇襲じゃからな! 織田勢に我等の恐ろしさを見せつけよ! 全軍突撃!」


 具教の下知の下、北畠軍は織田と長野がにらみ合う戦場に雪崩れ込んで行く。

 具教軍の先鋒が信長軍を視界に捕らえると、信長本陣の位置を確認した。

 その時信長軍から鐘が鳴らされて戦場に響いた。


「フン! 中央か! 今更警戒とは遅すぎるわ! 鏑矢(かぶらや)準備! 放て!」


 合図と共に10本の鏑矢が甲高い音を縦ながら上空に飛んでいった。

 これは信長本陣発見の報告と、長野家への挟撃合図である。

 織田軍とは目と鼻の先まで近づいており、流石に察知されているだろうから、音を立てても構わない判断である。


「今更背後に気付いても、陣の建て直しは出来まい!」


 北畠先鋒の武将は馬を駆けながら、獲物の物色を始める。

 最優先は信長の首だが、名のある武将は他にも居ないか確認をする。


「さすがに最後尾には居ないか! まあいい! よし! 乗り崩すぞ!」


 武将は配下に下知を飛ばした。


挿絵(By みてみん)



【織田家/織田信長陣】


 北畠軍から鏑矢が飛ばされる直前、物見が信長に報告した。


「北畠軍視認できました! 目標は中央の我々です!」


「よし! 鐘を鳴らせ! 鶴翼陣を取る! 柵を盾にし槍衾用意! 弓隊は引き付けて放て! 左右が挟み込むまで耐えよ!」


 北畠軍から鏑矢が放たれる。


「見つかった……いや、長野への合図か! 動じるな! 背後は万全じゃ!」


 背中を見せているようで、実は迎撃準備は完了している信長軍は行動を始める。

 しかし、寄せ集めの弱兵故にどこまで耐えられるか解らないので、信長も努めて冷静に振舞ってはいるが、緊張感は手足がに現れて汗ばんでいる。

 鏑矢の音で農兵も若干浮き足立っている様に見える。


(何か打てる手は無いか!? こんな農兵ばかりで……むっ! ……試してみるか?)


 策を思いついた信長は、効果があるか分からないが大音声で告げた。


「ここを凌いだら来年の年貢は四公六民じゃ! 食いきれぬ分は織田家で買い取る! 奮起せよ!」


「おぉ!? うおぉ!!」


 農兵から歓喜の声が挙がる。

 思ったより効果があった様で信長は胸をなでおろす。


「無反応じゃったらどうしようかと思ったわ……。多少は士気も上がったし、あとは踏ん張るのみじゃ!」



【長野家/長野稙藤陣】


 前方から鏑矢と鐘の音が響き、稙藤は覚悟を決めた。

 いや、決めたと言うよりは、退路を断たれたと言った方が良いだろう。


(このまま睨み合いが続いて、織田軍が兵糧切れで撤退してくれればと思ったが、北畠が来てしまったか……!)


 勝っても負けても大損害が間違いない長野家としては、このまま織田軍が撤退してくれるのが最良の結果であったが、残念ながらあり得ない妄想である。


(……仕方ない。挟撃策が成っただけでも良しとしなければ!)


 長野稙藤は伏兵は見破られたが、挟撃の策は成功したと確信した。


「全軍、正面の信長に突撃する! 左右の敵には目もくれるな! 信長本陣を突き破って北畠に合流する! 生き残るには正面突破しかない! そう心得よ! 突撃!」


 森の入り口に布陣していた部隊と、森に待機していた部隊が一斉に動き出した。

 長野稙藤一世一代の博打が始まったのである。



【織田家/服部一忠陣】


 長野軍の突撃を確認した小平太は弓隊に下知を飛ばす。


「弓隊構え! 左右の弓精兵隊の射撃を待て!」


 しばらくして左右の陣から女の声で下知が聞えてきた。


「放て!!」


 左右同時にその声が聞えてきた。

 離れているのに意思疎通でも出来るのか、完全同時斉射であった。

 その離れ業に小平太は舌を巻きつつ下知を飛ばす。


「待たせたな! 放て!!」


 3方向からの一斉射撃に長野軍はバタバタと倒れていく。

 1方向からの射撃なら木盾で何とかなるが、3方向では防ぎようが無い。

 盾が無理なら鎧兜で弾くしかないが、数本の矢ならともかく、一斉射撃の矢の雨では運の良し悪しではどうにもならず、雑兵も騎馬武者も関係なく倒されていく。

 長野軍の先鋒はあっという間に壊滅状態になった。



【長野家/長野稙藤本隊】


「ひ、怯むな! 本陣まであとわずかじゃ! 踏ん張りどころぞ!」


 稙藤は懸命に叫んで部隊を鼓舞するが、矢の猛射に先鋒は瓦解寸前である。


(なんじゃあの矢の雨は!? というか、奴らは挟撃を喰らっているのではないのか!? 全軍我等に攻撃しておるのか!?)


 稙藤の耳には遥か前方でも争いの騒音が聞える。

 間違い無く、北畠と織田が争っているはずなのに、今、自分達と相対する織田軍は、背後の争いなどお構い無しである。

 稙藤はそう思わざるを得ない程の攻撃を受け勘違いをした。

 まさか軍を前後二分しているとは思いもよらない故に、仕方の無い勘違いであった。


「落ちている盾を拾え! 鎧でも兜でも矢を防げる物なら何でもいい! 突撃せよ!」


 もはや矢の雨を切り抜けて、本陣に突撃し到達する事しか頭に無い。

 左右背後に忍び寄る鶴の翼に気付かないまま―――



【織田家/服部一忠陣】


「よし! 太鼓を鳴らして葵、茜部隊に三郎総大将の援護に向かうように伝えろ! あとは俺達でやるぞ!」


 太鼓の音が鳴ると、左右の矢の雨が止んだ。

 それと同時に弓精鋭部隊は反転し、信長と小平太の間に陣取る。

 その後は信長軍の遊撃部隊として、弓の援護をするはずである。


「とは言っても包囲が完成するまでは、ひたすら耐えるだけだがな。とりあえず弓隊は味方に誤射しない程度に撃て。もうそろそろ投石も届くか? よし! 手の開いている者は投石で怯ませろ!」


 石はどこにでも落ちている有効な武器である。

 この場で待機を始めた時から、周辺の石を拾い集めて武器として準備していた。


「さぁ! じきに包囲完成だ!」


 懸命に前進する長野軍に止めを刺すべく、一忠は間合いを見極めるべく前に出たのだった。



【長野家/長野稙藤本隊】


「矢が止んだ……?」


 稙藤は急に止んだ矢の雨に違和感を持つ。

 あのまま猛射に晒されていれば、信長本陣にたどり着く前に壊滅していた可能性は、充分ありえたのにである。

 その時、急に自軍の左右から悲鳴と歓声が挙がり、稙藤は急いで周囲の確認を行った。

 今の今まで矢の雨に晒され、首をすくめて顔を隠して進んでいたので、左右の状況確認が出来ていなかったのであるが、ようやく絶望的な状況に気付く。


「なんたる事じゃ……」


 いつのまにか稙藤は3方向から攻め立てられており、一言つぶやくのが精一杯であった。

 しかし稙藤に致命的な落ち度があった訳ではない。

 強いて言うなら偽装旗を掲げた事ぐらいだが、どの道少ない戦力である以上、勝つには挟撃も一点突破も定石であるし、迂回するにも限度がある。

 稙藤は取るべき戦略を取ったに過ぎない。


 ただ、精鋭部隊が展開する鶴翼陣を突破する攻撃力が無かっただけであり、長野軍は散々に蹂躙され、稙藤本人も乱戦に飲み込まれていった。

 稙藤が最後に見た光景は、真正面から繰り出される槍の穂先であり、異常にスローモーションで見える光景であった。


「これが死に際に見る光景……」


「長野稙藤討ち取ったり!」


 その時、親衛隊の誰かが敵大将の討ち死にを宣言した。

 その後の長野軍は戦意喪失し武器を捨てて降伏する者、逃げ場を求めて右往左往する者が殆どで、戦おうとする者は皆無であった。

 その様子を見ていた一忠は長野軍に告げる。


「武器を地面に捨てて伏せろ! その者の命は保障する! それ以外の者は全員討ち取る!」


 慌てて長野軍は武装解除を始めて行った。

 運よく包囲から脱出できた者以外は、降伏するか討ち死にするかに仕分けられた。


「新助と勝三郎に伝令! 三郎総大将の援軍に向かえと!」


 その伝令を聞いた2軍は、当初の取り決め通り信長軍の背後に着く為に移動を始める。


「よし! 我等は投降兵を回収する! 伏せている長野兵は両手を挙げて立て! 起き上がれない者は周りが助けろ! 介錯が必要な者はそのまま伏せていろ!」


 一忠軍は信長軍の背後の安全を確保する為に、投降兵の回収と武装解除、伏せたままのの兵の死亡確認と介錯、死んだフリをした兵は容赦なく討ち取っていった。


「後は三郎総大将の方だな……」


 未だ激戦が続くであろう背後を見つつ一忠は呟いた。



【織田家/織田信長陣】


 信長は苦戦していた。

 練度の低い兵である為、予想できた苦戦と、北畠の用兵による予想外の苦戦であった。


 当初、北畠は信長軍に一直線に向かってきた。


 それならば鶴翼の両翼を閉じて包囲して終わりであったが、北畠は途中で軍を3つに分けて、勝家軍、可成軍に向けて進軍してきた。

 お陰で翼が閉じられず、辛うじて鶴翼陣とは呼べるが、翼が広がったままであった。


 こうなると、個々の兵の質が如実に現れる。

 元気一杯の北畠軍と弱兵の混成信長軍では、開戦当初から押され気味であったが、それでも突破だけは許していない。

 事前に準備した逆茂木と柵、少ないながら信長軍にいる親衛隊の的確なフォロー故であった。


「どうやら権六(柴田勝家)も三左衛門(森可成)も似た様な状況じゃな……。耐えよ! 直に援軍が来る! その時まで耐えられれば4公6民の年貢に加えて褒美も取らす!」


 信長は背後に目をやった。

 兵に遮られて見えないが、背後では長野軍と友軍が争っているはずである。

 信長の勝ち筋は、数が少ない長野を確実に壊滅させて、壊滅させた軍を援軍として使う。


 それまでは耐えるのみである。


 弱い方でも放置しては思わぬ痛手を被るので、親衛隊の精鋭で確実に葬り、その代わり、こちらは弱兵で好機を待つ。


(今の現状で取れる最善を選んだはず! この程度の苦戦で負ける様では、天下布武など夢のまた夢よ!)



【織田家/柴田勝家陣】


「柴田様! 我が軍は苦戦続きで、突破されるのも時間の問題です!」


 若い親衛隊が勝家に苦戦を告げた。

 鶴翼の翼を閉じる役目があるので、逆茂木や柵は設置していないので、北畠の攻撃力を直接受ける事になっていた。


「クッ! 素直に三郎様の所に行けば一網打尽に出来たものを! ワシが出る! 親衛隊の豪傑共! ここが我等の存在意義の見せ所よ! かかれぇっ!!」


 後の代名詞『かかれ柴田』よろしく、大音声で突撃命令を下す。

 勝家は自分の槍を掴みつつ前に出て行った。

 勝家に従う親衛隊は個々の力に優れた豪傑揃いであった。


 その勝家率いる親衛隊が激戦区に飛び込むと、爆弾が破裂したかの如く、敵兵が弾き飛ばされた。


 北畠兵がいかに元気があっても、所詮は農兵の集まりであり、少数とは言え鍛え抜かれた親衛隊の中でも、豪傑揃いの猛者に個人では太刀打ち出来ない。

 怯んだ北畠兵に向かってさらに突撃を繰り出し戦線を押し戻す。


「者共! ここが正念場ぞ! かかれぇっ!!」


 勝家達が開いた活路を押し広げるべく、農兵達も後に続いて行った。



【織田家/森可成陣】


 こちらも柴田勝家陣同様押され気味であった。


「森様! このままでは……」


「分かっておる。まずは落ち着け」


「しかし……」


「ワシの槍を持て。親衛隊! 出るぞ!」


 可成は戦場を見渡し、一番敵の攻勢が弱い場所を的確に見抜き、親衛隊を率いて躍り出た。

 勝家とは違う『槍の三左衛門』に相応しい的確な槍捌きで、瞬く間に一帯の敵兵を突き伏せる。

 可成に従う親衛隊も槍を器用に扱う者が多く、スマートに粛々と農兵を助ける。


「次はあそこだな!」


 同じ様に攻勢の緩みを的確に見抜き、槍を振るって戦線を押し上げていく。

 勝家と可成はそれぞれ最善の方法で、懸命に戦線を維持していた。



【北畠家/北畠具教陣】


 具教は信長の陣に突撃し到達する前に、信長軍が背後を見せているのではなく、待ち構えている事に気が付いた。

 幾らなんでも織田軍が気付かなさ過ぎる、と違和感を感じたのが切っ掛けである。


 急遽伝令を飛ばし、両翼に対し攻撃を仕掛けるように命令したが、この命令が功を奏し、鶴翼陣の翼が閉じるのを防ぐ事に成功していた。

 ただ、信長の本陣に攻め入る兵が減ってしまった上に、信長は防御体制で待ち構えていた為に攻めあぐねていた。


「チッ! 流石に北伊勢を制圧するだけの事はある! 足軽は逆茂木と柵を引き倒せ! 弓兵は足軽を援護しろ!」


 しかし、逆茂木も柵も織田軍にとっては生命線である為に抵抗が激しい。

 中々突破は難しいのは具教も感じ取る事が出来た。

 自分たちが無理なら左右の軍の戦況を物見に報告させたが、一進一退の攻防を繰り広げているとの報告であった。

 そうなると背後を突く長野が頼りになるのだが、ここで信長軍が背後を全く気にしていない事に気付いた。


「……まさか! 両軍同時に相手しておるのか!?」


 準備万端で自分たちを迎え撃っているのにも、コレで説明が付く。


(そうなると……長野の奴らが信長軍を打ち破って来るのは可能性が低い!?)


 奇襲が奇襲になっていない以上、この戦の勝利はどう転ぶか全く分からない。

 そうこう考えている内に、矢が射掛けられた。

 信長軍の両脇から絶え間なく矢が降り注ぎ、逆茂木と柵で進軍が止まっている具教軍は良い的だった。


「クッ! 盾構え! 持ちこたえろ!」


 そう指示した所、その指示が嘲笑われるかの様に矢の雨が止んだ。

 いや、正確には信長軍の両翼に陣取っていた弓隊は、鶴翼の翼の陣に援護射撃を始めていた。


「よし! 今じゃ……」


 そう言いかけた所で、いつの間にか信長軍が二つに割れており、中央に通り道が出来ていた。

 矢の斉射に怯んだ隙に、通り道の柵が倒され逆茂木も取り払われており、勢い良く部隊が飛び込んできた。


 長野軍を封殺した毛利軍と池田軍の突撃である。

 長野相手では大した事をしていないので、フラストレーションが溜まっていた。


「ようし! お前ら! 北畠を押し返せ!」


 ここでこの戦の流れが完全に決まった。

 具教は長野が破れた事を悟り、撤退の合図を出す。

 粘れば信長を討ち取る事も出来たかもしれないが、策が意味を成していなかった事もあり、撤退の決断は早かった。


 南伊勢の雄である北畠の撤退は迅速であった。

 撤退戦は激戦区になる事も珍しくは無いが、信長軍も過剰な追い討ちは禁止していたので戦いにはならなかった。

 ただ仮に信長が追い討ちを推奨していたとしても、信長軍も農兵がボロボロになっており、これ以上の継戦は不可能であった。


「……北伊勢を掌握した事で良しとせねばなるまい」


 そう呟くと、勝ち鬨を挙げさせて勝利の余韻に浸った。


(長野城も圧力をかけて開城を迫ればいい。味方となる他の北勢四十八家は既に滅ぼしたのだから)


《ファラ! 今日の苦戦も正確に記録せよ! 神と祀り上げるにしては、油断も苦戦もする人間である事をしっかり示しておかねばな!》


《了解です! お疲れ様でした!》


《うむ!》


 そう返事して、信長は残り1年と少しで北畠を屈服させる事を考え出した。


(基本は農繁期に攻め入る事であるが、北畠は北勢四十八家の様に小粒勢力の集合体では無い。農閑期は進軍よりも防御と北伊勢の掌握と調略に全力を注ぐべきであろう)


 そう決断した信長は兜を外し帰途につくのであった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ