外伝52話 太原『信長教2』雪斎
この話は、外伝51話の続きとなります。
先に51話からお願いします。
【宇宙/研究室】
「ふう。あの警備の意味に納得しました。あれは絶対に見られてはならない。最初に発見した柴田派の長が、協定を破り占拠を決断したのも当然ですな」
安土神殿から肉体に帰還した雪斎は、大きく一息ついた。
「柴田派の長は偶然、真実が書かれた書物を見付けたんでしょう。これが世間に公表されたら、信長教と世界の終わりです。信じていた宗教が別物だったんですから」
既に既知のファラージャが、補足的に解説した。
神殿の最奥、信長の間。
そこには幾つかの書物が、データ化もされずに保管されていた。
一つは、太田牛一が書いた『信長公記』は、只の信長一代記。
但し、原本も複製もデジタルデータもとうの昔に消失している為、翻訳本等の焼失を免れた書物の寄せ集めによる修復、再構築本。
少々妙な事も書かれているが、まぁ概ね信長らしい『信長公記』だ。
もう一つは、『新約信長公記』と言うべき書物。
こちらは、戦国から約5000万年後に成立した新しい信長公記。
故に古い方は自動的に『旧約信長公記』――とはならない。
これらは雪斎視点の話で、この時代を生きる人は『信長公記』に新旧があるのを知らないのだ。
ちなみに、1億年後の世間に流布されている『経典 信長公記』は新旧どちらとも内容は一致しない。
流布版は、信長教が世界を支配する為の教義と、世界の支配に都合の良い偽りの信長の功績が書かれている。
「それにしても5000万年前、我らからすると5000万年後に至るまで、様々な紛争が勃発し、国の統一者はいても世界の統一者はとうとう現れなかったとは……」
戦国に生きた雪斎の常識では国を統一したら、必ず次の目標、即ち国外に向かうと思っていた。
事実、国内を統一したら、侵略の成功、失敗はともかく、諸外国に打って出るのが普通だ。
チンギス・カン、ナポレオン・ボナパルト、戦国時代にはオランダとポルトガルが外国に出た。
そこに正義も悪も、成功も失敗も関係ない。
統一したら出るのが普通だ。
日本でも豊臣秀吉が日本の外に進出を目論んだ。
他にも例は腐る程あるだろう。
その上で、昔は問答無用でも問題ないが、本当に必要なのは野望か欲望か政治的判断だけ。
仮に何か理由が必要なら後から幾らでも作れる上に、定番の理由は、蛮族へ正しい神の教えを説く事だ。
現在の世界情勢も、戦争寸前の極めて危険な兆候や、既に実力行使している国もある。
今現在では正当性をアピールするのが正しい侵略の手順(?)で、本気で国外に進出したい国を止める術は無い。
「第一次世界大戦、第二次世界大戦、第三次世界大戦……。定期的に世界中が一斉に陣営に分かれて戦争を繰り返した。だが被害の規模が、我々の時代とは比べるのもおこがましい……!」
兵士は当然、民間人にも被害が及ぶのは戦国も未来も同じだが、その桁が正に桁違いで、何なら民族浄化による根絶やしすら頻発している。
「雪斎さんからしたら約300年後に生まれた科学者が言いました。『第三次世界大戦がどんな内容になるかは分からないが、第四次世界大戦は石を投げあう戦争になる』と。でも実際は違います。まぁこれは第三次が発生したら文明が崩壊する事の皮肉でしたが、実際には5000万年の間に、崩壊しては復興し、復興したら戦争になり、定期的に5000万年の間繰り返されました」
「世界の統一とはそんなに難しいのですね」
(『世界平和が難しい』と言わないのが戦国時代の人らしいわね)
ファラージャが心の中で、価値観の違いを改めて感じた。
そんな事を思われているとは知らない雪斎。
雪斎も今は、当時の日本は狭い島国だったと理解している。
世界の広さには驚愕したが、結局、どんなに科学技術が発達しても、地球を統一した国家は現れない。
その原因は、主に政治思想と宗教的対立で、どちらが優勢でも押し切れる勢力は現れなかった。
「えぇ。人には譲れない信念があります。しかし、破壊と復興を繰り返した戦国から5000万年後の年代は、最も人類の科学力が発展した時代でした。今の地球よりも科学力は遥かに勝っています。しかし当然の如く第何百次世界大戦が起きますが、1人の科学者がこの世界に嫌気が差し、ある人間を作り出しました」
ファラージャが思わせぶりな説明をする。
「それは、例の5000万年後の信長公ですね?」
「そうです」
雪斎も今の時代なら人を繁殖行動以外にも、人工的に作り出せるのは知っている。
そもそも自分も人工的に作り出された存在だ。
ファラージャは言葉を続けた。
「こんな言葉があるんです。戦国時代三英傑の人気度による世相判断です」
その言葉を要約するとこうなる。
・信長が1位=改革、不満を世間が感じており、現状の徹底的破壊を強く願っている。
・秀吉が1位=創造、発展を世間が感じており、現状からの修正工夫を強く願っている。
・家康が1位=維持、安寧を世間が感じており、現状に対する満足休息強く願っている。
「となると、この時代では信長殿が人気で偽信長殿が生まれたと?」
「そうです。偽信長です。但し、信長さんのクローンではありません。当時の最先端の技術でも遺伝子の失われた人間を復活させる技術はありません。なので徹底した遺伝子改造から、サイコセラピーや信長さんの人生を追体験させて作った人工の大天才織田信長なのです」
これこそが、絶対バレてはいけない、信長教の急所の一つ。
信長が大人気の時代に信長が再誕したのに『実は偽物でした』では何の意味もない。
奇跡的に残っていた遺伝子からの誕生、と言う事になっている。
これは復活した偽信長も知らない事実。
「『復活した信長』と言うのも良い宣伝効果でした」
「宣伝?」
復活はともかく、折角の死からの復活を宣伝とは、少々不謹慎に感じる雪斎であった。
「例えばキリスト教のイエスも『神の子』と称し、処刑後も復活を果たして完全な神性が認められました。無念の内に死んだ者が蘇り行動を起こす。怨霊を信じていた雪斎さんなら理解出来るんじゃないですか?」
「た、確かに」
不謹慎ではあるが、死んだからこそ効果的であり、復活するからこその怨霊や神への昇格だ。
雪斎は宗教が絶対の世界に生き、しかも仏教に携わっていたのだから、誰よりもその手の法則は理解できてしまう。
「その上で史実の信長さんは本能寺で死んだ訳ですが、それがとんでもなく都合が良かったのです」
「死んでいたら都合が良い? 『死んで復活』と言うのが神性を得るのは理解出来ますが、死んだのが『都合が良い』とは一体?」
これは雪斎もずっと疑問に思っていた事。
「何故、失敗した人間が都合良いのです?」
死なれて都合が良い場合も勿論ある。
敵対者が運良く死んでくれればラッキーだ。
だが、今は信長が死んだ事が原因での荒廃した世界の話なのに『信長が死んだから都合が良い』とは意味が分からない。
「例えば、秀吉さんや家康さんは寿命で死にました。やりたい事、目指すべき統治の方向性を示した上での大往生です。一方、信長さんは、それらが謎のまま死んだのです。これ即ち、後世の支配者や権力ある学者が、信長さんの意思は『○○だった』と簡単に設定出来ちゃうんですよ」
「ッ! な、成程。そうなると言った者勝ちですな」
再誕を焦がれて蘇った信長は偽物。
サイコセラピーでの暗示で、信長の意思を自由に設定出来る。
その上で世界統一が成されたなど、現在の信長教の急所も急所、致命傷に至る急所だろう。
神も意思も偽物で、その偽物の下で各派閥が争っているのだから、茶番にも程がある。
「当時の信長は『是正の神』として復活しました。当時の世界的混乱を是正する信長。戦国時代の信長さんと照らし合わせても、その目的はそんなに間違っていませんよね?」
「そうですな……」
現在、Take3で頑張っている信長は、日本の在り方を理想の姿を目指し必死に戦っている。
これ即ち是正であろう。
偽信長も世界の是正の為に戦い、ついに世界を統一した。
故に5000万年前に成立したもう一つの『新約信長公記』は、信長を『是正の神』とした世界統一の一代記。
その是正を要約すれば、世界の民族紛争の介入及び根絶と、法の下の統一宗教を宣言する世界の政治の方針。
細かい事も多数記されているが、重要なのは、その方針が浸透し、世代交代が進み恨みや憎しみが忘れられるまで、信長が世界の支配を続けた事だ。
「復活した信長は、神としてこの世界を統一しました。仏教含めた様々な宗教もこの時代に至るまで形を変え色々分裂したり統合したり、様々な世界大戦で滅びたり新興宗教が立ち上がったりしましたが、この時点で根絶やしになり、従わない者は思想教育と称してサイコセラピーで意識改革させられました」
「そんなお手軽説法が可能だとは……」
雪斎は強引な勧誘こそしていないが、説法を通じて臨済宗を広めた事もある。
臨済宗の力と知識にて今川家で立場を得た。
その為には自身も壮絶な勉強と修行を果たしたのに、未来で信心を得るには大した手間は掛からない様子だ。
「当時の技術でも思想チェックが出来てしまったのです。踏み絵よりも確実ですね」
「徳川武家政権の政策ですな。あの人質の子供が最後の勝者と言うのも驚くやら感慨深いやら」
今川が滅び、その今川の人質が最終勝者となる歴史。
まさに事実は小説より奇なりであろう。
「ただ、それも絶対ではありません。人によってはチェックをすり抜けたりして時間を要しました」
5000万年前の技術は、地球歴史の中でも史上最高峰の科学技術を誇った時代。(ファラージャの技術を除く)
それでも、脳を完全支配し、記憶を操作するのは完璧には行かなかった。
「ではチェックをすり抜けた者は、当然、扇動活動をしたのでしょう? それらを虱潰しに対処し、偽信長殿の世界の統一と争いの撲滅に成功したと?」
「ちょっと違いますね。偽物でも大天才に生まれ変わった信長です。自ら手を下す必要はないと判断し、本当に何もしませんでした。その結果起きたのは、ある種の自浄作用。信長教徒に追い詰められて異端者は滅んでいきました。僅かに残った抵抗派、異端者はあっと言う間に地球人の敵認定ですからね」
「そうか。成程。集団心理ですな?」
2人の意見が違えば対立の割合は50%だが、この数の比率が傾けば傾く程、加速度的に意見は集団心理で纏まる。
ましてや当時は地球全体が纏まった時期。
多少、サイコセラピーを潜り抜けた者が居たとて構わない。
数の差は絶望的だ。
そうなれば、あとは勝手に自浄作用が働き、抵抗派、異端者は骨も残らず消え去った。
「とにかく、そんな世間に待ち望まれた偽信長が、信長さんの思想に染まって世界統一と争いの根絶に成功しました。ある意味、真の信長教の誕生の瞬間です」
「しかし、安土神殿に保管されていた偽信長殿の思想は、それ程素っ頓狂でも、滅茶苦茶でもない、まぁ理解出来る内容。偽物とは言え、立派に役目を果たしたと思いますが、それが何でこんな状態に……?」
統一後に定められた法は、戦国の世に生きた雪斎には無駄に思える法もあったが、概ね、理解出来る内容であった。
だが、そんな法が今は全く守られていない所か、誰も本当の法を知らぬ様子だ。
「それは、この偽信長が不老不死ではないからです」
「しかし、長い間統治を続けたのですよね? この時代の寿命は我々の想像を絶すると?」
5000万年前の技術であっても地球統一には時間がかかるだろう。
1年で終わるとも思えないし、その後の統治もある。
一代記の内容からしても、雪斎はこの信長が不老不死だと思っていたが、どうやら違う様だ。
「そうではありません。普通の人で最長記録は205歳とあります」
「200!?」
人間50年の時代で、50を超えれば奇跡の時代。
そんな中でも90台、あるいは100を超える幸運を持つ者も居たが、200は想像を超えすぎている。
「それに比べ偽信長の統治は凡そ3000年間と言われていますが、その統治の手法は、老いれば己のクローンを作り続け、サイコセラピーで意志を受け継がせ、支配を永続させましたが、ある時を境にその支配が終わります。先に言った三英傑世相が破壊から創造へと時代が変化したのです。もう『信長は必要ない』時代へと」
「では偽信長はどうなったので? 誰かに暗殺されたと?」
「自害と伝わっています。偽信長は大天才故に、己が不要だと判断したのでしょう。支配を信頼出来る者に託したと伝わっています」
「天才過ぎるのも困りモノですな。いや、己がそう判断したのであれば世界は安定した証拠だったのでしょうな」
「そうですね。史上唯一の統一国家ならぬ統一惑星です。そこから暫くは上手く政治は行われていました。宗教争いも民族紛争も遠い過去の忘れ去られた時代になったのですから、問題が起きたとしても、国家レベルの問題など起きません。精々、家庭レベルか、大問題でもイレギュラーで発生する終末思想持ち主によるテロ等で、支持者も居ない個人による政府に対する反抗です。ですがこれは兆しでもありました」
「兆し?」
偽信長による地球統一時代には一切発生しなかったテロである。
どんな些細で馬鹿な理由であっても、今まで発生しなかったテロが起きたのだ。
兆しであったのは間違いないだろう。
「完璧な人間による独裁が終わり、合議制となりその時々に必要な法を制定し改変しますが、途中まで上手くいきます。ですが、10年経てば思想は変化し、100年経てば思想は間違い対立する。少しずつ、本当に少しずつ、ひび割れていきました。それでも当時は今ほど過激ではありません。『どの派閥の意見が、信長の遺志に沿っているか?』の説明合戦です。まだまだ健全な政治形態でした」
「まだ辛うじて合議制の体を保っていたと?」
「そうです。ですがその合議制も、より素早く政策を通す為に、裏工作が蔓延る様になるのに時間は掛かりませんでした。どうですか雪斎さん。時代が違うので良し悪しはともかく、戦国時代でも有り得た話では?」
「耳が痛いですな。殿を今川当主に付けるとき、敵対陣営の切り崩し工作を仕掛けたモノです」
雪斎は軍師でもあり、工作の達人でもある。
雪斎は花倉の乱での合戦から裏工作まで全てに携わったMVPだ。
正攻法で殴り合っても良いが、より素早く、よりスマートに、より被害少なく勝つには裏工作に限る。
「ここから先は雪斎さんの予想通りだと思います」
「絶対神信長の下の宗派争いですか」
「そうです。5000万年前までの民族争いや宗教争いは撲滅されて長いですから、今は政治宗派同士が戦う時代になったのです。誰が正しい教えを実践しているかと言う実に下らない事です」
「戦国時代でもありましたな。本能寺の変こそが最たるモノ。信長殿政治に対する明智殿と羽柴殿による反抗。成程。歴史は形を変えて繰り返されたと」
「まさにその通りで、偽信長自害から今に至るまで、様々な宗派が隆盛を誇り衰退し、信長教の真実を見付けてしまった柴田派が強硬手段に出たのが今の世界です。秀吉思想の創造、発展。家康思想の維持、安寧は、ほんの一瞬の時代で終わり、今また信長思想の破壊、不満が蔓延っている訳です」
「歴史に学び、歴史を繰り返し……。歴史とは何なのか訳が分からなくなってきましたな……。しかしとにかく偽信長であっても大天才。やはり完璧な独裁には敵わないと?」
「結果論ですが、そうなりますね。今までの話は偽信長自害から100年もしない内の話ですからね。一神教だった信長教も、いつのまにか聖女や聖人や破壊神明智派が設定され、生活の為の法と教義の認定を政府が担い、武力衝突で争う様になるのに時は掛かりませんでした」
「成程……。人は争わないと気が済まない生き物と言う事ですか」
雪斎はある種の悟りに辿り着いた。
「そうなのかも知れませんね。所でこれは調べましたか? 史実の信長さんは天皇家に無茶な要求をしつつも御殿を建設し、儀式に必要な費用を提供し、徹底的に京の治安を守った勤皇家として伝わった時代がありました」
「の、信長殿が勤皇家!?」
雪斎には今の信長がそんな風に見えないし、野望も知ってしまっている。
間違っても今の信長は勤王家に見えないし、そう見えたとしても、それは擬態だ。
「まさか勤皇家の姿のまま本能寺で死んだから、勤皇家として評価が固定したと!?」
事実、戦前の歴史教育は、信長は勤王家として教えられている。
第二次世界大戦当時、そう教えるのが都合良かったのは言うまでも無いだろう。
国家全員を勤王家として育て上げる為に。
「まぁ、その辺りは時代時代で色々論争が繰り返されてきましたが、歴史的事実がそうだったので、結局そう判断している者が大多数です。生き残った先にどうしていたかを考えたとしても、妄想に過ぎません」
「しかし真実を知る我々は知ってしまった。信長殿は勤皇家のフリをしただけだと」
信長が史実で生き残った場合の『もしも』はもう分からない。
しかし、今の『Take3』ならば何がしたいのかは判明している。
三好長慶と同じく、天皇家は間違いなく潰す対象だ。
ただ、手段が長慶と違い、その全貌はまだ信長の胸の内にある。
「そう言う事です。話は戻りますが、そこから、柴田派、滝川派、丹羽派など史実の家臣の名で派閥が分裂するのに時間は掛からなかった。しかし、安土神殿だけは信長の偉業の場として、紛争禁止地帯とし、各宗派の会合の場となりました。柴田派の長が、真実を見付けるまでは」
雪斎は、こんな搔い摘んだだけの話なのに、ドッと疲れが押し寄せるが、それら不快な感情は即座に治療され元に戻った。
そんな雪斎を見てファラージャは話題を変えた。
「所で、一つ疑問がありますよね。偽信長を作り出したのは誰か? です」
「誰って……あっ、確かに。偽信長殿を生み出す時に、遺伝子操作やサイコセラピーを用いた誰かが居たハズ!」
「そう。その人物こそが『斎藤帰蝶』のクローンです」
「えっ!?」
「つまり私と同じ様な存在なのですが、雪斎さんの時代から数千年後に、帰蝶さんの遺髪が見付かります。本能寺に行く前に死期を悟っていたのでしょう」
「この人物も遺伝子操作の末に大天才として生まれました。その大天才が、様々な科学技術を独自に発達させ、偽信長を作り出したのです。でもこの当時の斎藤帰蝶は世界を統一しても乱世に戻る可能性も考えていました。歴史は繰り返すと思ったのでしょう」
「成程……って、ではその帰蝶殿を作ったのは誰だったのです?」
「明智光秀のクローンと記録に残っています」
「!」
「まだ破壊神明智派など存在しない時代でした。明智氏の子孫が遺髪を代々受け継いでいて、奇跡的に帰蝶さんと同じく、幾度の世界大戦でも失われず、データとして残ったのです」
「何と!」
「その当時の帰蝶さんは、将来の元の木阿弥の可能性も考え、自分の遺伝子を宇宙に逃がしました。自分は残って、偽信長さんを裏から操らないといけません。宇宙に逃がした後の管理は明智光秀さんに任せ、光秀さんは様々な技術を宇宙で開発し亡くなりました。その後の引継ぎは光秀さんが作り出した人工知能フーティエが行い、科学技術を独自開発しアップデートを繰り返し、約1600万年前、完全不老不死の技術を生み出した所で私が生まれました」
「え!? で、では胡蝶殿の年齢は……!?」
「フーティエ、私何歳だっけ?」
『1582万1569歳です』
「万!?」
「途中で数えるのが面倒になりましてね。宇宙にいると日付の概念が薄れるので、フーティエに管理してもらっていました。とにかく私は5000万年前の地球史上最大に発達した科学技術と、一応養父になる光秀さんが開発した技術、更にフーティエが引き継いだ技術を持った状態で誕生しました」
「成程……」
「私が生まれた8418万0030年の時点で、もう地球は悲惨な状態でした。そこから先、フーティエと協力しながら5次元空に辿り着いた訳です。これは、歴史改変を目指す為の技術開発ではなく、宇宙も何れ終焉を迎えますので、そこから避難する為の行動でした。まぁ宇宙の終焉は何百億年も先の話ですが、地球人類の原因と全く別の可能性で周囲が汚染され絶滅する場合もあります。例えば惑星級隕石や極超新星爆発によるガンマ線バーストとか直撃したら、生物は全滅です」
「がんません……。後で調べておきます」
「それでまぁ、当時の帰蝶さんには悪いですが、地球にはもう何の可能性も見いだせないので、いずれ必ず来る終焉から逃げる為に取り掛かった作業でしたが、5次元空間の性質が、歴史改変の可能性に気がついて今回の行動を起こした訳です」
「な、成程。それで今の所は順調、なのですな?」
「多分。間違ってないと思いますが、本当に結果が分かるのは、信長さんが亡くなった後ですね。どうあがいても5000万年後には同じ歴史かも知れないし、違うかも知れない。信長さんも気を使って対策を打っていますが、こればかりは結果を見るまで何とも言えません」
「確かに……」
「ここに、当時の私の遺言があります。フーティエ」
『はい。斎藤帰蝶の遺言を再生します』
フーティエの言葉と共に、どこかの一室に座る帰蝶が映し出された。
今のTake3を行く帰蝶とも、ファラージャとも似ている様でどこか違う。
世界を裏から操って来た風格の成せる業なのか、信長や三好長慶をも凌駕する覇気を携えている。
『このメッセージを聞く者よ。恐らく新たな私であろうが、世界が紛争を繰り返すなら、今一度、立ち上がって欲しい。その為の技術を後世の為に残す。今の所は順調でも油断は出来ぬ。最悪の可能性を考慮し、私の遺伝子を明智殿に預け宇宙に避難させる。もしもの時は地球の危機を救うのだ』
強い意志と決意が感じられる言葉であった。
懸命に世を正そうとしたのだろう。
そんな遺言と様々な事実が遺言データ上の帰蝶から語られた。
「この様な遺志でしたが、この遺言は安土神殿にあった書物にも書かれていない真実が語られていました」
「ど、道理で! 所々直接見た拙僧が把握していない話題が出たのは、真の真実がここにあったからでしたか!!」
安土神殿の書物は、見られても、見た者が再封印すれば済む話。
だが、5000万年前の帰蝶は、それも危惧し、自分の遺言と遺伝子を宇宙に逃がしていたのだ。
「ここに記録されていた世界の成り立ちを聞き、裏付けを調べて、私は立ち上がる事は諦めました。あれだけ苦労して統一してこんな未来では人は何度でも間違います。私の技術ならば、地球の統一など一人で出来ます。その上で永遠に管理支配すれば未来は安定するでしょうが、私もそんな拘束された人生は嫌ですし、一切の争いを封じた完全管理となると、もうそれは人間のした形の何かにしかなりません。なので当時の帰蝶さんには悪いですし、想像も付かなかったでしょうが、別の手段を取らせてもらった訳です」
「それが歴史改変ですか」
「そうです。改変後でも、ここまで辿り着くのに全て正しい選択が行われるとは限らないでしょうが、それでも間違いながらも最善を目指す人類であって欲しい。それを思った時、5次元で私の遺伝子を使って帰蝶さんに語り掛けました。帰蝶さんには仏のお告げとでも思った様ですが。本能寺で自害した時、帰蝶さんの魂には信長さんも一緒に張り付いていました。私のコピーはいつでも作れますが、魂からの肉体再現は少々苦労しましたが、何とか再現可能にし、2人をこの世界に蘇らせ、それぞれ人生をやり直してもらっています」
「……。我らが存在していた戦国時代は、誤解を恐れずに言えば、力を持つべき者が力を失った時代であると同時に、力を本来もってはならぬ者が過剰な力を持つに至った時代でした」
雪斎の言う力を持つべき者とは支配者だ。
では支配者とは誰か?
それは天皇に他ならない。
一方、本来は力を持ってはならない者とは、武家や各種宗教団体。
仏教の伝来によって宗教が力を持ち、平清盛により武家が力を持ったが、そもそも朝廷や天皇がキチンと力を管理し世を治めていれば、強者が乱立する世にはなっていない。
日本の最高行政機関である朝廷と、最高権力者の天皇。
それに付随して、最高戦力を保有し、しかも天皇に忠実でいなければ意味が無い将軍。
だが軍権を握った者が国を支配するなど古今東西ありふれた話。
力の管理を怠ったのが、そもそもの間違いだと雪斎は結論付けた。
また、その原因の最初の根本は藤原氏。
藤原氏が天皇家に寄生し、No.2としてNo.1を操る習慣が成立した。
「ある意味、5000万年前の帰蝶さんも組織のNo.2としてNo.1の偽信長を操っていましたね。まさに歴史は繰り返しです」
「繰り返し……。確かに。一時的に平和な時代が訪れ様とも、それは日本だけ、或いは別の国だけで、世界中のどこかで必ず宗教が原因の戦争が起こっている。しかも平和だと思っていた国でさえ、水面下では宗教被害が溢れている有様。悪意を持って始めたカルト宗教はともかく、当初は良かれと思って成立した普通の宗教で人が死ぬ始末。この5000万年間。完全に宗教被害が無い瞬間は生まれなかったのですね……ん?」
「どうしました?」
「この未来を託した帰蝶殿はどうなったので? 今までの話からすると、永遠にNo.2として偽信長殿を操り続けた訳でもなさそうですね? 不老不死は確立されていない以上、偽信長殿と同じく、新しい肉体を作り続けたのですか?」
「そこは分かりませんが、どこかのタイミングでクローンニングを辞めて死んだか、殺されて復活もさせられなかったかのどちらかだと思います。偽信長であれ大天才なので託しても大丈夫と思ったか、偽信長に疎まれたか。どちらかでしょうね」
「そうですか。何となくですが、消された可能性が高い様な気がします。大天才が2人もいては偽信長もやりにくいでしょうしね」
「私もそんな気がしますね」
別人の同一人物の話を冷静に分析し判断するのは、雪斎もモヤモヤするモノがあったが、当のファラージャが全く動じていないので、余計な心配をするのは辞めた。
「とにもかくにも、5000万年前の信長教。今では諸悪の根源ですが、それにしてもまさか、当時の理念は、諸悪の根源を断つ為の強硬手段だったとは。その断った行為がまた諸悪に戻る、と」
「そうです。5000万年前までは雪斎さんご存じの仏教も宗派は数限りなく分裂し、その他のメジャーな宗教は当然、カルトから新興宗教まで、様々な宗教が勃興しました。当初信長教もその内の一つに過ぎませんでした。様々な宗教が神や偉人を崇める中、信長教だけは『神』たる信長を作りこそすれ、宗教ではなく思想でした。ちょうど浄土教と似た感じですね」
浄土教は宗教ではなく思想である。(170-1話参照)
極楽浄土に行くには天台宗、真言宗を正しく学びましょう、と言う思想で、そこから浄土宗、浄土真宗、時宗が生まれて宗教としての側面が強く表れ始める。
「信長教も同じく思想であり、信長の如く、政治や生活、人権に酷い影響を及ぼす宗教の根絶が最初の思想でした」
「しかし、今では偽信長を通じて、戦国時代の信長殿崇める始末ですか……。血で血を洗いながら。Take3を頑張っている織田殿の努力が実ると良いですな……」
「そうですね。一応、本当に一応、先代帰蝶さんの遺志を尊重し、今の人類が過ちに気づいて自然浄化の可能性を残す為に、危険な隕石や有害な放射線を排除したりはして地球を守っていますけどね……。ですがガンマ線バーストや惑星級の隕石は流石に被害ゼロにするのは難しいので、それまでに自浄してくれると、素晴らしい歴史が2本出来上がるんですけど、無駄な努力で終わりそうなのが現状です」
2人は研究室に映し出されている時間樹を見ながら呟いた。
時間樹は何があろうと宇宙が消滅するまで途絶える事は無い。
そんな2人の胸中など関係なしに、すくすくと改変された枝が伸び続けるのであった。
「そうならない事を祈りましょうか。滅んだ臨済宗の念仏で申し訳ないですが」
雪斎は手を合わせ、戦国時代の信長達に向け念仏を唱えるのであった。
――と、その念仏か不意に止まった。
「……ん? 所で話は少し戻りますが、本物の信長殿を復活させた時、何なら明智殿も復活させられたのでは?」
明智光秀は帰蝶の命令で宇宙に退避し、そこで果てた。
遺伝子データも残っているのだから、信長と共に復活させ、なぜ本能寺を襲ったのか、誤解や行き違いなどがあったなら最初から解いて、密かな野望を秘めていたなら、今の世界の惨状を見せて諦めさせてから転生させても良かったハズだ。
「あー……。それは実は復活は試みてみたんです。肉体を復元し、5次元空間で明智光秀の魂をサーチしましたが、肉体にリンクしませんでした。つまり、明智家が保管していた遺髪は別の誰かだった事になります。一応、自分が明智光秀のクローンだと思っていた魂は呼び寄せる事も可能ですが、別人では戦国時代に送り込めませんし、真実を知っても残酷なので、平和な時間軸を作り出した時、改めて復活させ、真実と孤独だったであろう苦労に報いたいと思っています」
資料が間違っている事など歴史には幾らでもある。
遺髪もそういった類のモノだったのだろう。
明智家の縁者か、全くの別人かは分からないが、いずれにしても影の功労者であるのは間違いない。
「そうですな。それが良いと思います」
自分が偽光秀だと知ったショックは大きいだろう。
ただ、それでも苦労には報いなければならない。
いつかその時が来るまでは安らかに眠らせておこうとファラージャは決めていた。
その話を聞き届けた雪斎は、改めて念仏を再開するのであった。
これが第1章から省いた話の再構築版です。
コミカライズのタイミングで、物語のバックボーンを強化明確にしたかったので丁度良いタイミングでの外伝でした。
これを1章から省いた事の良し悪しは今でも分かりませんが、仮に全て表現すると、小説内大長編小説になってしまうので省きました。
何故本能寺で死んだ信長が神になったのか?
戦国時代から5000万年後に何があったのか?
そこから先の5000万年間に何があったのか?
これが、かいつまんだ答えの一部です。
こんな歴史を辿った末の1億年後です。
この未来の話は、必要な時があればより詳しく差し込みますし、もう書く事は無いかもしれません。
「未来で光秀として振舞った誰かは誰!?」ぐらいは最終回で書こうかなと思ってます。
今回、書いてて思ったのは、信長Take3は第三次世界大戦が発生した世界線なのかも……?
言霊が発動しない事を本当に祈ります。




