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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
18.5章 永禄5年(1562年) 弘治8年(1562年)英傑への道
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183-1話 謀反征伐 上杉政虎

183話は4部構成です。

183-1話からご覧下さい。

【信濃国/山道 上杉政虎軍】


 木曽福島城で武田信玄、信繁兄弟を確保した上杉政虎軍。

 道中の武田の城への説得は武田信玄に説明させた。

 当然と言えば当然だが、武田信玄と弟信繁が揃っているのだから、説得力は抜群だ。


「お主等の疑問に答えよう。今の現状をな」


 信玄は説明した。

 今、何が起きていて、何故、自分達と上杉軍が同行しているのか、先発して行った武田軍は何だったのかを。


「越中での一向一揆とは話し合いで無事取り決めができた。騒乱は今暫く続くが本願寺が責任持って収めると約束した」


 本当は物別れに終わったが、そもそも説得自体は信玄を排除してまで引き受けた本願寺の役目なので、『約束』は果たされるまで本願寺には説得を要求するつもりだ。(170-5話参照)

 無事に生きて甲斐に戻ったならば、だが。


「だがワシは甲斐から離れるのを狙われておった様じゃ。その隙を待ち構えていた義信と信廉がここぞとばかりに謀反を起こした。お主等が見たこの城から出陣する『武田信玄』はワシの甲冑を着た信廉なのじゃ」


 これは本当にその通りで、義信はこの機会を狙っていた。

 ただし、越中説得が成功したならば未遂に終わる謀反であったが、説得失敗の報告が引き金だった。

 義信にはもう待てなかったのだ。


「その非道と騙し討ちの如き卑劣な家督簒奪を許してはおけぬと、越中で我らと対峙していた上杉殿が無償で助力を申し出てくれたのだ。互いに干戈を交える間柄ではあったが、こうして義に反する事を許さぬ越後殿には感謝しかない。今、武田と上杉は過去を忘れ手を取り合い真の地域の安寧に向けて動く」


 こうして、木曽福島城から()()された信玄と信繁兄弟は、義信軍を追う行軍路に位置する城で現状を説明していった。

 上杉軍の旗に交じって先頭を走る『風林火陰山雷』の旗印に、城代は困惑したが、信玄自らの上記説明に納得し、武田の危機を知った。


 信じられない状況。

 信じられない危機。

 信じられない戦況。


 信玄の説明は、聞く人が聞けば失笑モノの言い訳だったが、外ならぬ信玄と傍に控える信繁の姿に『否定』の選択は最初から無かった。

 もちろん余計な事を言ったら殺すと脅されているが、信玄は何か考えがあるのか、迫真の演技で『政虎とは最初から長年の友』とでも言うべき親密さで接するので、政虎すら気味悪がる何かの『悪あがき』が進行しているとは察した。

 だが結果として、信玄の言葉で数は少ないが城兵が加入し、戦闘無く素通りできる手間いらずなのだが、途中で信玄の悪あがきの一つを察し政虎は苦い顔をした。

 道中の城の破却が出来ないのだ。


『今謀反が起きていて、偽物が暗躍している。だからこの城は破却して偽物の征伐に向かう』


 これでは意味不明な命令になってしまう。

 木曽福島城は攻め落とした城だから破却できた。

 今、ある意味では信玄と信繁は上杉軍の仲間であって人質ではないので、武田の城を破壊する事は出来ない。


 信玄が協力的になった弊害とでも言うべきか、コレが出来なくなったのは政虎も痛かった。

 武田の内紛がどんな結果になっても、多数の防御拠点を使い物に出来なくしてしまえば、当分武田を静かにさせる所か、苦しい台所事情をさらに圧迫させる事もできる。


 物資や兵糧は運び出せるが、信玄が無意味に破却を命じては乱心を疑われる処か、こちらが偽物認定されてしまう。


 信玄と信繁の命を盾に破却を命じてしまう事もできるが、一応、信玄の弁舌で混乱なく各城を通過し僅かながらの武田兵も吸収できている。

 このメリットを捨てるべきか?


(何か思惑があるにせよ、無傷でここまで進めている利を捨てる?)


 政虎は休息で行軍停止中の本陣で馬上のまま思案する。

 今は奇襲を仕掛ける為の行軍中。

 大将が腰を下ろしては兵の気が緩む。

 兵が膝をついて休むのは構わないが、政虎は床几すら拒否した。

 お陰で武将級も下馬出来ず、痛む尻を姿勢を変えたり背伸びしながら誤魔化す。


(それは流石に愚かか。信玄の思惑が何であれ、ここまでは間違っていない。しかし……)


 一応、無理にでも破却は出来なくも無い。

 例えば、全軍で出発した暫く後で、不審火を起こして一部機能不全を狙っても良いが、流石に、道中通過した城全てで不審火が起きても怪しすぎる。

 もちろん、武田義信軍が近くなれば、不審火の煙を察知されかねないので、途中からは本当に素通りになるが、いくつかの城は潰しておきたかったのが本音だ。


 そんな政虎の思惑を、信玄は見抜いたのか別の思惑があるのか異常に協力的だ。

 流石は策謀が命の甲斐で育った武将の真骨頂であろう。


(こんな絶体絶命な立場で、しかも演技と口先だけで城を守るとは。腐っても武田信玄は健在か。このしぶとさは見習わねばならんし、足元を掬われかねんな。こんな立場に堕ちても油断ならんとは本当にたいしたモノよ)


 ただし、武田領地内の破壊は行きがけの駄賃である。


(まぁ本命は武田義信であって、破壊工作を封じられた所で痛くも痒くも―――いや、武田の地力を考えたら、少しは痛いし痒いか)


 この利を放棄するのは、少々後ろ髪を引かれる程度の利だ。

 しかも、その利を追って本末転倒な事態を引き起こしては死ぬだけだ。

 諦めなければならない物は、スパッと諦める。

 心中はともかくとして、周囲にはその決断力を見せてこその戦国大名だ。

 それに信玄自身による丁寧な現状説明は、素早く武田義信軍の背後を突くには最適解である。

 いちいち戦闘行為を発生させる事を考えたなら、破却出来ないのは高望みし過ぎであろう。


(まぁ良い。今暫く泳がしておくか。だが、ここから先、猪口才なマネができると思うなよ)


 政虎は周りを見て一人の人物で目を止めた。


「駿河守(宇佐美定満)、近江守(甘粕景持)」


「はッ」


「任務ですか?」


 呼ばれた定満と景持が馬を政虎に寄せる。

 信玄は当然、氏素性の怪しい者を全員遠ざけた上での密談だ。


「―――頼むぞ。キツツキ計は変更だ」


「無茶には慣れたモノですが、これはまた……何と言うか。しかし、理に適っていますな」


「分かりました引き受けましょう。もう、とうに殿を説得するのは無理と悟ってますからな。ハッハッハ!」


「うむ。頼もしい言葉……我はお主等に悟らせる程に普段から何かやらかしておるのか?」


「はい」


「えぇ」


「……そ、そうか」


 こうして着々と背後を突くべく進軍する上杉軍with信玄&信繁。

 信玄の渾身の悪足掻きが効いたお陰で、実にスムーズな進軍だが、それもここまでだった。

 信玄が木曽福島城で忍者に伝令を頼んだが、信玄の思惑通りにいかない部分がどうしても出てきてしまった。

 伝令を託した忍者は、基本的に望月千代女の配下であり義信派だ。

 あの時は武田家全体の緊急事態だったので信玄の命令に従い、夜陰に紛れて上杉軍を脱出し伝令を届けるべく別の忍者に合流し、義信本陣に緊急事態を伝える様に動いてしまっていた。

 信玄の『不徳』故の、当然の結果なのだろう。



【信濃国/上田城 武田義信軍】


「上杉が飛騨から信濃に入り木曽福島城を落とした!?」


 義信率いる解放軍。

 決して、反乱軍、謀反軍の類ではない。

 自分達こそが正当武田家なのだ。

 今回の決起に賛同する諸将が集まる武田義信本陣で、信玄からの伝令を受け継いだ忍者が義信本陣に危急の報を届けた。

 これは信玄にとって出来れば報告して欲しくない内容。

 ただ、さすがに虫が良すぎるとも思っていたので、バレるのはある意味想定内だ。


「伝令は親父殿からの命令を受けて来たと言う。曰く、上杉軍が親父殿(信玄)叔父上(信繁)を救出し、背後に迫っているという事だ」


 これは信玄が伝えて欲しかった内容とは違う。

 伝令の忍者が見たままを報告しただけだ。

 信玄は幸運を願って伝令を託したが、そんな簡単に願いが聞き届けられる謀反ではない以上、さすがに幸運を願うにしても無理があり過ぎた。


「まさか、親父殿の退却路を利用するとは。親父殿を救出したなら、道中の城は機能せぬな。進軍路も色々考えられる」


 背後から来ると言っても、完全に自分達が通ってきた道を辿ってくる保証は何もない。

 近づけば近づく程、進軍路は色々考えられる。

 上杉の恐ろしさは義信も知っている。

 どれだけ万全であっても必ず裏を掻くのが上杉政虎だと知っている。


「だが親父殿の考えは甘すぎたと言わざるを得ない。何もしないよりはマシであろうが、流石にその伝令が我等に伝わらぬハズがないわ。それが分からぬ親父殿でもあるまいに。……いや、親父殿も十分理解しているが故の揺さぶりか」


 謀反を起こしたのは信玄を見限ったからだが、決して実力を侮っている訳でもない。


「我らが背後を気にすればする程、未だ我らの謀反、いや解放を知らぬ諸将に疑われるやもしれぬ。殆ど自由を奪われている中で上杉を懐柔したのか出し抜いたのか知らぬが、この悪足掻き。我が父ながら何とも驚嘆すべき執念深さよな」


 信玄と信繁が脱出し、あまつさえ上杉軍に同行しているのは非常に厄介だ。

 まだ、このクーデターは武田家全員に周知されていない。

 武田全体でも大多数の賛同者を経てのクーデターで、例えば飯富虎昌等の多数の実力者には賛同を受けているが、弟の飯富昌景、秋山信友、真田幸隆、馬場信春等、越中に向かった将は、クーデターが進行中である事すら知らない。


 信廉が化けた信玄を疑うなど、頭の片隅にも過らなかった。

 これは彼らの眼が節穴、と言うよりは、信廉の変装が達人過ぎた。


 普段から入れ替わって家臣の目を胡麻化してきた影武者策が効いているのでまだ大丈夫だが、同じ人間が2人現れたら流石に異常事態である事は隠し切れない。


「発覚を前提で動かねばならぬな。千代女、手配は済んでおるな?」


「はい。今回の計画を知らぬ諸将の家族の居場所は全て押さえてあります」


 義信の最終手段確認に千代女が肯定した。

 あまり実行したくないが実に簡単な最終手段。


『従わねば家族を殺す』


 出来れば使いたくない手段で、クーデターが発覚したとしても、信玄の治世の汚点を説明すれば理解は得られると思っているが、従わぬなら強硬手段も辞さない。

 武田の内紛など百害あって一利無し。

 逆に他国にとっては武田の内紛は利益しかないので、優秀な家臣を失いたくはないが、慈悲をかける余裕もない。


「これは天が武田次期当主を選ぶ戦いだ。可能性は全て潰す! 親父の悪あがきなど全て粉砕してくれる! その為にも、親父のもう一つの策はありがたく使わせてもらう!」


 こうして、信玄の伝令は願い空しく義信に伝わり、上杉の進行に対し万全の態勢を取られる。

 義信軍に通じる道全てに、防御の為の柵や罠を仕掛け、どこに現れても急行できる様に準備を整える。


 こうして信玄の当ては外れた―――かと言えばそれも違った。

 実は最初に信玄に伝令を伝えられた忍者は、信玄の思惑内の『もう一つの策』の命令に対する行動もちゃんと行った。


 武田家を守ると言う一点においては、至極まともな命令だったからだ。

 ただし、それが信玄を守るのか、義信を守るのか、あるいは別の想定外の行動を取るかは誰にも予測ができなかった。


 これこそが信玄本命の策であるが、当然、それも義信側に漏れるに決まっている。

 だが信玄も漏れるのは当然想定済み。

 この生き残りに賭けて必死な行動は、お釈迦様が垂らす蜘蛛の糸以上に細く頼りない糸だが、この糸は確かにまだ繋がっている。



【信濃国/山岳路 上杉政虎隊】


 山岳路を騎馬のみの編成で駆け抜ける政虎。

 そこに居心地悪くとも逃げる事叶わず追従する信玄は苦い顔をしている。


(ワシの思惑に気づいてはいない? だが、間違いなく何かあると察してはいる? この動きは一挙に信濃から武田を叩き出す腹積もりか?)


 信玄は政虎の動きから上杉軍が何を企んでいるか察知したが、残念ながらソレを伝えるべき、一応身内の忍者はいない。

 今までは政虎も何かを察しつつ泳がせていたが『それもココまでだ』と言わんばかりに、武田関係者とは切り離されてしまい、今やただ一人で政虎の行軍についていく身。

 唯一同行する関係者の信繁が、やや後方に離れるも表情は暗い、


(典厩(信繁)とは話す機会も与えられん。これでは奴も動くに動けまい。ワシが何か仕掛けた事ぐらいは気づいて居ろうが……ここまで粘って天に祈り(すが)るしかないのか!?)

 

 道を逸れても、遅れても、腰縄が切れても殺すと念押しされている信玄。

 しかし、そんな事を言われずとも死ぬつもりなど全くないので、懸命に馬を操って追従するのであった。



【信濃国/上田陣地 武田義信軍】


「佐久か上田かどちらかと張ったが、やはり上田か! ならば佐久の飯富兄弟に伝令を出せ! 佐久は引き上げ上田の防衛に集中するとな!」


 上杉政虎は越後に帰還せず、飛騨から信濃に入り横腹を突く作戦を取った。

 それが漏れた以上、北信濃を伺う地で構える武田義信を狙うのは当たり前。

 その襲撃路は主に二択で、真田幸隆が治める地の上田か、飯富虎昌が治める佐久しかない。

 上田は上杉方の村上義清軍の地にも近いので、今の状況では本陣を構えたくないが、距離を取って佐久に本陣を置くのは常識的判断過ぎて、政虎相手ではそれこそ格好の的となる可能性が捨てきれない。


 信玄に従軍し己も上杉とは何度も戦った身だ。

 政虎の戦術、戦略は天才の部類。

 父信玄も政治はともかく戦は強いのに、その父を軽く手玉に取ってしまう政虎は正真正銘の戦神だ。

 その意表を突くには、自らを激戦区に置くという、常識を外した陣容にしなければ勝てないと理解している。


「奴との戦は考えれば考える程、ドツボにハマる。あの親父殿が頭を捻って考えた努力を何度も一瞬で無にしてきた難敵だ。だから考えに考え基本に立ち返るのが、対上杉政虎の正しい攻略法なのだろう」


 だからこそ逆に領地最前線の上田に本陣を置き、政虎の出鼻を挫いてしまうのだ。

 深志盆地からの山岳路を出た先で待ち構え撃滅するのは戦術の基本。

 万が一に備え佐久にも兵は配置したが、その心配が消えた以上、佐久の飯富兵を後詰とし、上杉軍に隙を与えない。

 順当に戦っていては謀反も同時進行中なのだから、戦に負ければ何もかも失うだろう。

 この戦、負けは当然、何の収穫も無しも許されない。

 信玄の悪辣さを理由にするのは当然、強さも証明して初めてクーデターは成功するのだ。


「父が一度も勝てなかった相手に勝つ! これ程に分かりやすい謀反の成立はあるまい! 数日以内には必ず来る! それまでに防御陣をより強固にせよ!」

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