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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
18.5章 永禄5年(1562年) 弘治8年(1562年)英傑への道
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181-1話 七里越中守頼周 飛騨制圧

181話は3部構成です。

181-1話からご覧下さい。

【飛騨国/山童(やまがろ)村 斎藤軍、織田軍本陣】


 山童村には思った以上に民が籠城していた。

 近隣の寺院や、斎藤、織田軍の説得に応じず、あるいは、笹久根貞直こと武田信虎による越中への逃避行も同行せず独自に逃げに逃げて山童村にまでたどり着いた、最後の最後まで信じる者に準じた信者の鏡とでも言うべき者達。


 言い換えるならば、長島願証寺と同じ運命を辿らせるしかない者達。

 幸運なのは餓えずに済んだ事だろうか?

 別に餓えさせても良いのだが、今回は時間が無いので兵糧攻めが出来ないだけだ。

 故に、降伏をする暇が与えられず、ちゃんと迅速確実に阿弥陀如来に殉じられる幸運な者達である(?)


 だから、迅速に攻略すると決めた山童村の運命は決まったも同然だった。

 斎藤、織田軍の猛攻で灰燼と化すだけだ。


 この籠城する民の多さが思ったより多かったのが誤算だったが、加藤段蔵と帰蝶から得た怒涛の驚愕の報告に比べたら誤算と呼ぶにも烏滸(おこ)がましい誤差の範囲。


「そこの―――空いた場所―――向かうわよ―――ねッ!」


 茜は無人の空いた空間に矢を放つ。

 その空間に、指揮官の坊主が誘い込まれる様に立ち入り、こめかみを貫かれて絶命した。

 完璧な偏差射撃であった。

 育児の暇を見つけては、懸命に身に着けた特技だ。

 ただ、元々この程度の偏差射撃は最初からできる。

 今のは戦の流れと戦意や環境、熱気と状況から予測した、采配に十分応用できる射撃であった。


 茜が産休明けなのにも関わらず衰えぬ射撃で、次々と好戦的な坊主を射殺し、直子が信長隊の攻撃をサポートし、信長隊は攻略を任された東側から一気に防御を突き破って内部に乱入する。


「殿の攻撃後―――左方後方に打って出る! そこに隙を作らせてはならないわ!」


 直子のサポートも完璧だった。

 元々指揮に長けるも、武芸はイマイチな直子であったが、イマイチだからわかるモノもある。

 信長本体の強力な一撃が加われば、その破壊力から弾き出されるが、そういった場所から再反撃を許さず、丁寧に刈り取るのを役目と心得て一人も逃がさない。

 読みも優れているとは言え、やはり、戦意の流れが見えている采配であった。

 なおイマイチな武芸も、しっかりと兄の塙直政に鍛えられており、舐めてかかると痛い目を見る位には強い。


 一方、既に内部にまで斬り込んだ一忠と良勝が、槍を振るって抵抗を試みる民を無慈悲に刺し貫く。


「この感覚懐かしいな!」


「あぁ、そうだなっ、と!」


 2人とも三好家では一軍の将として指揮采配を取る立場で活躍してきた。

 その采配は、長慶も十分に戦力として認め、人数こそ少ないが遊撃軍として自由にやらせた。

 独自に専門兵士まで導入し、維持の為に正直借金まみれだが、戦績が信頼に繋がり追加融資には困らない。

 そんな2人が、信長の下で槍を振るう事だけに集中して働いている。

 懐かしすぎて、少々戸惑うが、三好家での経験は得難い物であったのだろう。

 信長が対処したいと思っている目標に、この2人は既に飛び込んでいる事が多い。

 指揮采配を学んだお陰で、今どうするのが適切なのか、自然と考え行動に移せる様になっていた。


「……。こりゃ、ワシは何も言う必要は無いな」


 信長は途中から余計な指示を出すのを止めた。

 この分なら、戦闘停止命令以外は何も必要ないだろうし、何なら多少の失敗があった所で、ソレを経験させた方が余程財産になる。


 一方で斎藤軍は、西の竹中重治隊、正面南の稲葉良通隊も織田軍と然程変わらぬ攻略速度で、次々と村の防壁を突破し突き崩していった。


 総攻撃で粉砕すると決めて、二刻も掛かっただろうか?

 それ程の破壊力を見せる斎藤、織田軍に『今まで本当に手心を加えてくれていたのだ』と逃げ続けてきた民は後悔したが最早後の祭り。

 内心、降伏したくても、山童村の人間が阿弥陀如来に殉じると狂信的であり、とても『降伏したい』などと言い出せる雰囲気では無くなっていた。

 

 そんな山童村は、それでも逃げると決断した少数の子連れ親子が保護を求めた程度で、9割の民が命を落とす結果となった。



【飛騨国/山童村内広場 斎藤軍、織田軍本陣】


「さて、ここから蟹寺城まで我らを阻む障壁は無くなったな。あったとしても、山林に隠された見張り櫓や簡素な襲撃設備だけであろう」


 まだ血の匂いが濃く充満する山童村の開けた場所に本陣を構えた斎藤、織田軍。

 長島を経験したのがこの中では、信長、服部一忠、毛利良勝しかいないので、この3人以外は、少々居心地の悪さを感じていたが、何とか平静を保っていた。


《も、もうちょっと落ち着いた場所でも良かったのでは無いですか?》


《腐敗臭や生きた死体同然の民が居ないだけ随分と極楽だと思うがな?》


《ま、まぁそうです……かねー……?》


 ファラージャも信長を通してあの飢餓地獄を見ただけに、信長の感想も分からないでは無いが、『そう言う事ではないのでは?』と突っ込みかけて止めた。


「よし。小平太、新助、茜は隠形に長けた者を選抜し、先回りして拠点を割り出しておけ。襲撃や破壊の必要は無いが、危険物は把握しておかねばな。……おっといかん! 稲葉殿、それでよろしいか? 今回は山岳戦が多いので、我ら織田はその手の技能に長けた者を多く連れてきています」


 つい、前々世の癖で立場の枠を飛び越えて命令を下しそうになってしまった信長。

 だが、良通も信長の気遣いには感謝しつつ、主君の妻にして同盟者でもあり、さらに実力者信長を相手する精神的負担と面倒臭さは半端ではなく『もう総指揮を変わってくれないかな?』と言いたくなる泣き言を歯を食いしばって耐えていた。


「そうですな。流石の慧眼です。確かに疎かにして良い部分ではありませぬな。ではお言葉に甘えて、やれる事をやっておきましょう」


「はッ!」


 良通の正式な許可を経て、一忠、良勝、茜は勇ましく返事をする。

 彼らの少年少女時代は、尾張の山賊や盗賊を相手に実戦経験を積んできた。

 どんな場所に、どんな規模で、どんな輩が待ち構えているかなど、遠目から見ても一目瞭然で把握できる。


「了解です。お任せを!」


「半日以内に全て割り出して来ましょう!」


 一忠と良勝が得意気に返事をする。

 きっと三好配下時代でも同じ事をしてきたのだろう。

 自信に溢れていた。 


「段蔵が一直線に駆け抜けてきた山岳森林地帯じゃ。大規模な拠点は無いだろう……などとお主らには釈迦に説法であったな」


「久々ですが、これが私たちの原点ですしね。行ってまいります!」


 茜も産休明けではあるが、リハビリが万全なのは山童村を滅ぼした時の弓での活躍を見ても明らかだ。

 三人とも別に忍者では無いが、それに匹敵する健脚であっという間に走り去り偵察を開始し始めた。


「さて、偵察はこれで良いとして、その上でまずは交渉ですな?」


 精神的疲労の色濃い良通に代わり、重治が助け舟をだした。


「例えば『上杉軍の撤退を見逃すなら、今年一杯越中には侵攻しないと約束する』とでも伝えるのが上策かと」


「休戦協定か!? 蟹寺城への攻撃は如何するのだ? それに、そんな約束を守る輩か?」


 良通が、加藤段蔵の要請の趣旨からして戦は避けられぬと思っていただけに、重治の大胆すぎる言葉に驚いた。

 だが、この重治の提案を信長は後押しした。


「確かに。別に蟹寺城を落とせとは言われておらんしな。ワシらが約束したのは『少々無理してでも蟹寺城にいる『七里頼周』の情報を集め、あわよくば倒す』だしな」


 上杉政虎も、事今に至っては、攻略を不可能と判断したのだろう。

 だから『攻略』ではなく『撤退の援護』と要請したのだ。(180-2話参照)


「その為に少々無理してでの交渉であり、何なら破談決裂も織り込み済みとの事だな? と言うより、元々越中は上杉の管轄という取り決めだったか。ワシらが本来侵略不可能な蟹寺城の保証など何の意味もない約束、という事であるな? 半兵衛殿(重治)」


「はい。意味の無い約束です。条件として提示しても何の問題もありますまい。決裂の場合であっても、その時は、上杉公認での攻撃になりますしな。しかし倒すのは『殺れたら殺る』程度の意気込みでよろしいかと。こちらが色々と想定しているのに、向こうが何の準備もせず応じるとは思えませぬ」


「……あっ。成程な。そもそも上杉家に誠心誠意援護などしてやる義理も無いか」


 同盟国上杉家と言えど、信頼と不信の間で揺れ動く勢力だ。

 今は、表に出して非難していないが、そもそも斎藤道三の戦死、帰蝶の右目失明、飛騨一向一揆の直接原因では無いが、間違いなく遠因に絡んでいるのが上杉政虎だったのだ。

 そこまでしてやる義理もないのが正直な本心だ。

 ただ、上杉政虎が一向一揆に討たれるのは、斎藤家としても困るので手助けするだけだ。

 無論、信濃に逃がした先で死なれても困るが、死んだら死んだで対応するだけだ。

 信長と重治の言葉に、ほんの少し肩の荷が下りた良通であった。


「そもそも我ら単独では蟹寺城を落とすなど、こうなった以上はまぁ無理じゃろうな。それにどれだけ頑張っても領地にならん土地で無理する必要も無かろう。その上で上杉を信濃に逃がすだけなら、蟹寺城から見える位置に我らが進軍するだけで済む話。謀略に富む七里が我らを背にして上杉を追うなどマヌケな戦略はとるまいて」


 仮に、上杉を追ってくれたならばラッキーも良い所だ。

 その時は容赦なく約定違反として背後から襲い掛かるだけである。


 ただ、三人ともソレは無いと踏んでおり、ハナから除外した可能性だ。

 謀略で武田も上杉も追い払う七里頼周が、そんな悪手を取るハズが無いと信頼すらしている。


「確かにそれならお互い流血は避けられましょうが、某が懸念するのは、本当に越中を荒らしまわった上杉を見逃すでしょうか? 七里頼周はまぁ理性が働く人物と見て良いでしょうが、問題は率いる民の暴走です。七里が承諾しても民が従うのか予測がつきませぬ」


 良通が僅かな懸念を口にする。

 武装勢力として考えるなら、越中を荒らしまわった上杉家を無傷で見逃すなど、沽券に関わる愚行だ。

 さらに常識の通用しない一向宗が相手である。

 愚かな行動と理解していても動くかもしれない。


「うむ。その可能性は十分ある。七里が幾ら傑物である意味信頼しても、末端まで完璧に統率が及んでいるのかは疑問だ。その時は粛々と上杉の援護に動く事に切り替えるだけだ。……と言うのは建前」


 信長が妙な事を言い出した。

 この作戦が『建前』とは如何なる事なのか?


「えっ? た、建前とはッ!? 約定を取り決めた上で、こちらから破ると言う事ですかッ!?」


「そ、それは幾ら何でも……! せめて相手が破った後であるべきではッ!?」


 良通と重治が目をひん剥いて驚く。

 今までの流れを『建前』と言うからには、『違う事をする』と言う事だ。


「ハハハ。違う違う。勘違いするでないぞ?」


 破顔一笑。

 良通と重治の余りの慌て具合に信長は笑って疑問に答えた。


「ワシの本当の目的をここで言おう。おっと、誤解の無い様に念押ししておくが、交渉はもちろん本気の提案ではあるし、攻撃の必要な状況になったら躊躇なく行う。今まで話し合った事全てが嘘ではない。ちゃんと実行する。それらは決定した上での話じゃ」


 信長の良く分からない提案に、良通も重治もひん剥いた目は元に戻るも、顔には困惑の表情がありありと浮かんでいた。


(何言ってんだコイツ)


 相手が信長だから絶対に言えないが、格下の武将相手だったら、きっと痛罵しただろう。

 だが、その感情も、次の信長の一言で、即座に考えが変わった。

 好意的にだ。


「その前に、お主ら一度七里頼周という武将を見ておきたくないか? ワシは俄然興味が尽きぬ」


「た、確かに。これまでの功績は稀代の傑物としか言い様がありませぬな」


「興味が無いとは嘘でも言えませぬな」


 信長の提案は、確かに興味を(そそ)られる。

 七里頼周があと何人居るのか不明だが同一人物が複数存在し、とりあえず判明している2人は何れも傑物だ。

 武を誇り、謀に優れ、前例の無い方法で支配を盤石にしつつある。


「正直、前世……じゃなくて、奴のやり方は、生まれて今まで全く聞いた事がなく、明や南蛮にも存在せぬであろう手法の支配を七里頼周は行っておる、と見ておる。ワシも新たな天下の差配方法を考案したつもりではあるが、七里はソレ以外の方法を採っておる。越中にいる七里頼周が考案したか、他の七里なのかどうかは分らぬが興味は尽きぬ。だから首脳陣全員で、一度越中の七里頼周とやらを見ておこうではないか」


「『敵を知り己を知れば百戦危うからず』という奴ですね」


「その通り。まぁそれでも、普通知ろうとしても知れぬ事が多いのが当たり前だが、七里に関しては知らな過ぎる。これだけは何とか知れる機会を作っておきたい」


 武力での支配。

 権威での支配。

 これが常識の世界だ。


 一方、七里頼周は仏法を基本としつつ、何か違うエッセンスをを加えている様に信長には感じられる。

 それが何なのか聞けるモノなら聞いてみたい。

 これは要するに、新しいモノに目がない信長の悪癖であり柔軟性による行動なのだ。


「慶次郎(前田利益)、お主はワシ等の護衛と共に、決裂した場合の先駆けとして地形を把握しろ。あるいは交渉の場で刃傷沙汰になったなら、そのまま七里を討て」


「はッ! 今までは民ばかりで退屈でしたからな。越前の濃姫様と互角に戦った七里頼周と同じ位の実力を持っていると嬉しいですなぁ!」


 非常に扱いにくい性格に難ありの前田利益は、強敵を求めていた。

 命令だから一揆解体に同行しているが、七里の話を聞いてからは、打って変わってやる気を出していた。

 特に利益も知る盲目の達人たる富田勢源と、帰蝶を同時に相手して互角だった話には心躍らされずにはいられない。

 今からでも越前に馳せ参じたい所だが、越中の七里頼周も期待大であるからして、今から楽しみで仕方なかった。


「よし。上杉には伝令で蟹寺城方面から狼煙が見えたら信濃に向う様にと伝令を出せ。狼煙1本で交渉成立、2本で不成立。不成立の時には援護するから一目散に駆け抜けろ、とな……おっとイカンな! 稲葉殿、これで宜しいですかな?」


「はい! もう全くもって異論はありません! では蟹寺城にも使者を向かわせましょう!」


 良通は半ばヤケクソで信長の提案を了承し、蟹寺城へ使者を向かわせる。


 蟹寺城の返事は早かった。

 交渉に乗ってきたのである。

 七里頼周本人が蟹寺城と山童村の中間地点まで来るとの、願ってもないシチュエーションだ。


「まさか二つ返事とはな。……向こうも、こちらの様子を知りたいのだろうな」


 フットワークの軽い、いまだ顔も知れぬ七里頼周の姿を想像しながら、全くもって油断ならぬ相手と再認識するのであった。

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