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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
4章 天文17年(1548年)修正の為の修正
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25話 今川義元

【尾張国/那古野城 織田家】


 那古野城で信長は平手政秀と丹羽長秀からの報告を受けていた。


「―――通商関連については、基本的には殿が仰った計画で実施されます。一点だけ、濃尾街道の終点ですが、稲葉山城を終点とせず、稲葉山城を経由して大垣城まで伸ばすそうです。京方面の将来への備えになります」


「うむ、特に問題ない故、山城守殿(斎藤利政)と連携して当たれ。こちらも三河や伊勢方面への将来の備えをする故な」


「はっ。あと、その山城守殿ですが、近いうちに家督を新九郎殿(斎藤義龍)に譲られる可能性があります」


 実は偶然入手した情報なのだが、政秀は役目の一つとして報告した。


「何じゃと!?」


「は!? はい! ただ、完全隠居ではなく、この濃尾通商計画に集中的に携わる為と思われます」


 政秀は斎藤家の当主交代に信長が驚いたと感じているが、それはある意味正解ではあるが、本当は別の意味でも驚いていた。


「解った。ご苦労だったな。十兵衛と話を詰めておくが良い」


「はっ!」


 二人が退出したあと信長はファラージャと話し始めた。


《元商人の血が騒いだのかのう? ファラ。歴史が変わったぞ。ワシの家督継承も早まったが、斎藤家もかなり前倒しされるな》


《その様ですね。ところで、斎藤家の親子関係が改善された今回は、美濃侵攻は出来ませんよね?》


 斎藤家では帰蝶が奇跡的に病気から快復した結果、親子関係が修復され、親子で争う『長良川の戦い』は勃発する雰囲気はなかった。


《そうじゃな。それは帰蝶の話を聞いて諦めた。ただ、土地は手に入らずとも強固な同盟を結んで通商を結べたのは大きい。この時期に尾張以外に銭で関われるのは、むしろ前世よりも良い傾向じゃ。難点は稲葉山を岐阜と改名できない事じゃな。最悪別の地域の名前を変えるかもしれん》


《それはそんなに大事な事なのですか?》


《当然じゃ! 天下布武の決意表明と同じくらい重要な事じゃ! まぁいずれ話してやるわ。美濃に関しては修正力が働いて思わぬ形で手に入るやも知れぬしな》


 信長はかつて美濃を制圧し稲葉山を岐阜と改めた。

 それは古代中国の『岐山』『曲阜』にあやかり、また、()()()()を秘めてつけた名前だった。


《じゃあ、やはり当面の問題はいずれ尾張に侵攻する今川ですかね?》


 北が安泰な以上、脅威は東側であった。


《そうじゃな。その時までは全力で尾張を栄えさせる事に全力を注ぐ。ついでじゃから今川義元について聞いておこうか》


 信長は桶狭間を思い出し気合を入れなおすつもりで、今川義元について尋ねてみた。


《はーい。今川義元は駿河、遠江、三河を支配した大大名ですね。海道一の弓取りと呼ばれたらしいです。武田信玄、北条氏康と土下座外交で三国同盟を結び、その後、観光と称して尾張に侵攻しますが、愚図でノロマで優柔不断なのに己の力を過信し、桶狭間の戦いで信長さんに木っ端微塵に粉砕された敗将として有名で、どの時代でも超不人気です。信長教でも破壊神の使徒ですしね。圧倒的に有利な情勢から信長さんを侮って、誰がどう考えても絶対不利な地形の桶狭間で、雨だからと進軍を止めて前祝と称して酒宴を行い、戦国大名にあるまじき油断を、コレでもかと重ねて討ち取られました。他にも子供の頃に落馬したり、胴長短足で太っており輿にしか乗れなかったらしいです。顔には白粉をして公家趣味に没頭し、蹴鞠や和歌を好み武芸を軽んじ、どの時代でも格好悪い戦国大名殿堂入りを果たしてますね。未来で信長さん関連の舞台や催しがある時、今川義元が不人気過ぎて誰も演じたがらない程不人気です》


 ファラージャは一気に義元の情報を語った。


《……。うん? すまん。何を言っているのか聞き取れなかった。特に武田、北条のあたりから》


 しかし信長は、ファラージャが何を言っているのか理解できずもう一度尋ねた。


《ほとんど最初からじゃないですか? テレパシーの感度が悪いのかしら? では改めて。武田信玄、北条氏康と土下座外交で……》


《わかった! もういい!》


 信長はファラージャが言っている事は分かったが、事実と異なり全く知らないどころか意味不明な事が語られている故に、理解が追い付かないのだと気づいた。


《念の為に聞くが、今言った今川義元の評価はファラの評価ではなく、お主等の時代に伝わる一般的な評価なのだな?》


 信長は『そうであってくれ』と強く願いを込めて聞いた。


《は、はい……?》


《そうか。それは良かった! では、お主の評価ではどうじゃ?》


《……? ……あ! そう言うことですか。この評価は絶対変ですよね!? 読んでいて変だとおもってました! 武田、北条と互角に争って、何でこんな残念な評価になったのか全くわかりません。信長教の影響もあるかと思いますが、それにしても酷い評価だと思います》


《安心したぞ! 心から! それにしても酷い! 酷過ぎる! 何でこんな事になっておるのじゃ!?》


 信長はテレパシーで大声を出し、意味は無いのにファラージャは耳を塞いだ。


《い、今川義元に限った話じゃないのですが、正直に言いますと私が知る歴史も、『歴史的資料や言い伝えが混ざり合った』『後世の人が面白おかしく改竄した』『時代を支配する為政者にとって都合の良いように改竄された』『核心に迫る資料が未発見、紛失』『当時の人にとって後世に残す必要が感じられない程周知の事実だったりして結局後世に伝わらなかった』『資料が無いからそんな事実は無いと言い張る学者』『権力のある歴史学者が馬鹿な説を押し通した』『同じく学者が歴史的資料を鵜呑みにして嘘を嘘と見抜けない』等、学問の一種でもあるのに後世に伝わる歴史は真偽不明の物が多いです》


 ファラージャが歴史の後世に対する伝わり方と、杜撰さを並びたてた。


《さらには1億年を経過するまでも無く、数千年も経てば新たな発見は全く無いので、想像が想像を作り上げて信長さんからしたらメチャクチャな場合はあると思います。特にこちらは信長さんが絶対神であり正義なので……敵対した人は不当に評価が低い場合があります》


《よ、義元……。なんと憐れな……。ファラ、お主の感想は正しい!》


 目頭を押さえつつ信長はファラージャを褒めた。


《そ、そうですか? 信長さんに褒められるとは……えへへ……》


 しかし照れるファラージャを他所に、信長は熱く語りだした。


《お主の言う通り、武田、北条と互角に争って無能大名でした! って後世の歴史家はどこまで『たわけ』なのじゃ! いや、本当に『たわけ』の人に申し訳ないわい! 義元は、いや、義元公はワシが目標に、参考にした敵ながら偉大な人じゃ! さっきも言ったが、武田一国でも相手するのは嫌なのに、北条まで相手にするのがどれ程大変か! あの完璧な『今川仮名目録』に更に21条も追加できた『仮名目録追加21条』など最早芸術品と言って良いほどじゃ! どれだけワシの政治の参考になった事か! 桶狭間でも勝てたのが不思議な位じゃ!》


《の、信長さん……?》


《許されるのなら、竹千代の代わりにワシが人質として今川に入りたいぐらいじゃ! 本当は竹千代が羨ましすぎて憎いわい! そもそも『海道一の弓取り』の異名を舐め過ぎじゃ! 異名で呼ばれる事の偉大さがッ……!!》


《の、信……帰蝶さん! 助けて!》


《え? ピンチ? 何かマズイ状況なの!?》


《信長さんの所まで! 急いで!》


《わかったわ!!》


 その後、信長は一日中ファラージャと帰蝶に今川義元について語り尽したのだが、駆けつけた帰蝶は後世の評価の杜撰さに驚きつつ、自分を巻き込んだファラージャを恨んだ。



【駿河国/駿府城 今川家】


「はくしょん! ぶわっくしょん!! ぶぇっくしょーい!!!」


 今川義元が特大のクシャミを3連発して鼻をすすった。


「誰ぞワシの噂でもしとるのかのう?」


 それを聞いた太原雪斎が、頭の奥底に眠る知識を引っ張り出してきた。


「ふむ、こんな話を聞いた事があります。くしゃみには『一に称賛、二に悪評、三に恋慕、四に風邪』と。殿は誰ぞに惚れられたようですな。ハッハッハッ!」


「フフフ。見目麗しい姫君なら良いがな」


 残念ながら見目麗しい姫ではなく、うつけを極めた男である事を義元が知る事は無かった。


「さて、ようやく竹千代を取り戻し、三河侵攻の大義名分が揃った。だが、織田とはまだ講和を結んだばかりで、破棄するのは体裁が悪い。とりあえず、松平広忠と織田の影響が混ざり合う、東三河の織田色を抜きつつ、広忠を傀儡にして今川の力を盤石にするか。どうじゃ?」


「そうですな。基本的には良いかと思います。ただ難点があるとすれば傀儡にするには、岡崎三郎殿(広忠)は意思も強く凡愚でもありません。この辺りはどうされますか?」


「考えてはあるが……まぁ、しばらくはこのままで良い。松平は三河の英雄じゃ。奴が出た方が話が早い場合もあろう。それにあくまでも松平は同盟相手だしな。あまり今川家が表に出てもやり難い。出るなら時期が必要じゃ」


「それは……つまり……」


「松平が同盟から臣従に切り替えてくれれば一番良い。駄目なら……乱世とは言え、気分の良い話ではないが仕方ないな。ワシも広忠が嫌いではない故、使いたくない手段ではあるが」


「心中お察ししますが、ですが必要なら仕方ありますまい。何よりも領国の安定が優先される世なのですから」


「まぁ、今すぐどうこうの話ではないしな。機を待ちつつ行動を考えれば良い」


 義元と雪斎は広忠を惜しみはしても、乱世に生きる人として必要な時には必要な決意をするつもりでいた。


「よし、この話はこれで仕舞いじゃ。肝心の竹千代はどうしておる?」


「今は我らの見張りと龍王丸様(後の今川氏真)と共に駿府城下町を探索しております」


「子供は活発なのが一番じゃ。好きにさせてやると良い」


 二人は竹千代が駿府城に来た時の事を思い出した。



【竹千代奪還後 駿河国/駿府城 今川家】


 義元と雪斎は竹千代が奪還された後に接見した。

 義元は、竹千代に自分の判断ミスで要らぬ苦労をさせてしまった事を悔い、相手が幼児とは言え、自分が絶対的な領主とは言え、謝罪はしなければならぬと思っていた。

 かつて仏門に居たからこそ出来る気遣いであった。


『竹千代殿。奪還まで時が掛かった事、誠に申し訳ない。聞けば織田家では大変な目にあっていたとの事。苦労を掛けてしまったがもう安心じゃ』


 義元は事前に竹千代の状態を聞いており、すり傷だらけの体に粗末な衣服、特に手の平に酷い傷を負っていると聞いて、織田家での待遇の悪さに驚いた。


 人質の存在意義は現代のそれと違い、健康に存在してこそ意味がある。


 もちろん、贅沢などは望めないが、かと言って虐げられる事も無い。

 見張りは居れど、教育は受けられるし、元服して必要なら戦場にもでる。

 それなのに、聞いた限りを纏めると、織田家の扱いは全く逆であったのだ。


(織田家は家全体でうつけておるのか?)


 義元がそう思うのも仕方の無い事であった。

 しかし、義元の謝罪を受けた当の竹千代が緊張しつつ、幼児らしからぬ丁寧な口調で答えた。


『え? 大変な目? 苦労……ですか? 確かに大変でしたが、某には得難い体験をさせて頂いておりましたが……』


 そう言って竹千代は困惑した表情を義元と雪斎に向ける。

 その表情をみて逆に義元と雪斎が困惑した。


(……ん? 和尚、何か聞いていた事と違うぞ?)


(その様ですな? 少し探りを入れてみましょうか)


『竹千代殿、織田家ではどの様に過ごされていたのですかな?』


 黒衣の宰相と呼ばれる雪斎は、戦場で内政で活躍する故に、年季が入った容貌は威圧感十分だ。

 雪斎はその威圧感を故意に醸し出しつつ竹千代に尋ねた。


『織田領を駆け回り、街をみて田畑をみて山林で鹿を狩り、また武芸にも勤しんでおりました』


 緊張感はあるが威圧感を意に介さずに竹千代は答えた。


(ほう、和尚の睨みを受け流すとは。余程の愚鈍……ではないな。目が違うわ。和尚はどう思う?)


(そうですな。幼児らしからぬ風格は感じます)


(ふむ。しかしちと固いな……)


 義元は一計を案じ話し始めた。


『ほう! 鹿狩りか。確かに鹿は美味い。ワシも還俗して初めて食った時、あまりの美味さに感動したわ。和尚は鹿の味を知っておるか?』


『殿、僧侶にそれを聞かれますか? ……実は若き修行僧時代に何度か。食うに困って。未熟でしたな。乱世においては、比叡山でも戒律を破って肉色欲に興じておる様子。おそらく他の寺院も大差ないでしょうが、今となっては良い経験でした。しかし殿! 肉の味を忘れるのに大変な苦労をしたのに、また思い出してしまったではありませんか!?』


 意図を察した雪斎が、自信の恥を交えつつ白状し抗議した。

 その話を聞いた義元が、普段の雪斎からは想像できぬ姿に笑いだした。


『フフフ! 珍しく和尚が言い訳がましい事を。ハハハ! 竹千代殿! お主は家中の者でも見た事の無い和尚の失態を見たぞ! 運が良かったな! ハハハ!』


『む! これは一本取られましたな? ハハハ!』


 雪斎はそり上げた頭をペシンと叩き笑った。

 そんな今川主従をみて、竹千代は信長と帰蝶や親衛隊の面々を思い出し、声こそ出さなかったが、良い笑顔をしていた。


(ふむ、やっと子供らしい一面を見ることが出来たな)


(そうですな。ではもう少し踏み込んで聞いてみますか)


(よし……)


 その後、義元、雪斎、竹千代は話しに花を咲かせ語りつくした。

 度々竹千代が語る情報は、知りようが無い政治的な機密は流石に無理だったが、推察するに信長がけっして『うつけ』では無い事、商いに熱心な事、武芸、軍略に明るい事を存分に察する事ができた。


『うむ。中々面白い話であった。部屋を用意してあるから休むがよい』


『はい!』


 竹千代が退出して、雪斎と二人きりになると義元が話し始めた。


『織田家を決して侮っている訳では無いが、以前よりも手強いと見るべきであるな。それに輪を掛けて信長は油断できる相手では無さそうじゃ』


『女が部隊指揮を取る事もあるとは……。しかも竹千代殿の手の平の怪我や粗末な衣服は、刀や槍の稽古を直前までしていたとの事』


『その相手と原因が、信長の妻の斎藤帰蝶とは恐れ入ったわ……』


『殿。竹千代殿は、今川家に必要不可欠な存在になるやも知れませぬ。手厚い保護と教育を施すべきでしょうな』


『そうじゃな。和尚。今後、龍王丸の教育には竹千代を同席させる。信長が竹千代を鍛えた気持ちがよう解るわ。二人には良い関係を築いてもらい将来の盟友とさせよう』


『はっ! これは腕が鳴りますな』


『あと濃尾街道と言っておったな。他国を街道で繋げるとは大胆な事をしよる。仮に武田や北条と同盟を結んでも、奴らに繋がる道を作れる程信用できぬ。そんな事したら、これ幸いとばかりに我が領地に攻め入るであろう。ワシだってそうする。織田と斎藤は余程馬があうのかのう?』


『そうなのでしょうな。ただ、全部は無理でも一部分は実行できまする。領地内だけですが、三河、駿河、遠江の三国を繋げる街道は作っても良いと思います。尾張を併呑したら、その街道をつなげれば一大商圏が築けましょう』


『ずいぶん先の話ではあるが夢のある話じゃ。その夢を叶える為にも、まずは三河を何とかするか!』


『そうですな。ところで先程の武田と北条と結ぶと言う話は、中々面白い発想でしたな』


『あれか? もし可能であれば織田侵攻の後顧の憂いが減るな。……いや、良策かも知れぬ。動いてみるか……』


 そう語る義元は、後世に語られる様な愚鈍なバカ殿の雰囲気は一切無い、王者の風格を備えた戦国大名の眼差しであった。

 信長の歴史修正は敵国の今川家も巻き込み着実に変化をもたらしていたのだった。

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