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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
18.5章 永禄5年(1562年) 弘治8年(1562年)英傑への道
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178-1話 蟹寺城攻防戦 七里、武田、上杉、斎藤の四すくみ

178話は2部構成です。

178-1話からご覧下さい。

【越中国/上杉軍陣地 上杉軍】


「殿、陣地設営完了しました」


「うむ。ならば次だ。この陣地を中心に、周辺に砦を作るつもりで各所の防御を固めよ。……いや、いっそ正真正銘の砦にするか」


「更なる防御ですか!?」


 上杉政虎に報告した側近が、追加注文に驚く。

 追加注文自体が珍しい訳では無いが、砦規模となると、それなりの期間を必要とするし、目前の敵に隙をさらす場面も多くなるだろう。

 防御を固める事に反対ではないが、懸念も多いだけに即座に『承りました』とは言えなかった。


「お主の懸念は分かっておる。この防御は北からの一揆援軍を警戒する為ではあるが、基本的には北側からの敵援軍は猿倉城を守る大和守(直江景綱)らが対処する」


「そ、それでも防御を固めるのは猿倉城が抜かれると?」


「その可能性も否定はせぬ。だが、最大の目的は、蟹寺城から砦建設の妨害軍を誘い出すことだ。山岳の城はただでさえ堅牢だ。そんな所を攻める手間は省きたいからな」


 山岳の攻城戦ともなれば、道なき道を通るのも普通の戦術だが、それはもうとにかく疲れる移動を伴う。

 動きにくい甲冑フル装備に、武器や個人携帯の備品もある。

 攻撃拠点に辿り着いた時には、疲労困憊で兵士として使い物にならない場合もあるだろう。

 出来ればそんな場所を移動したくないのは人情というものだ。


 もちろん政虎は人情で判断している訳ではないのは上記の通りで、誘い出しの戦略故だ。


「成程。こんな所に拠点を築かれては敵も困りますから、無視はできますまい」


「それでも無視されたら、今度は砦から城に規模を拡大するかな。ハハハ。……まぁそうなる前に蟹寺城からの挟撃も考えたが、どうやら武田が間もなく蟹寺城に到着するらしい。しかし、七里頼周はハッキリと武田との共生を否定した」


 これは七里頼周と下間頼照の対面の場にいた武田信虎からの情報なのだから間違いはない。

 ただ、これは仮にあの場に信虎が居なかったとしても、武田軍と一向一揆は相容れるハズが無いとは思っていた事だ。

 その予測が、より強固に固められたに過ぎない。


「ならば蟹寺城は無理して奪う必要はない。今までは速度重視で進撃したが、ここまで食い込んだのならば、今度は速度は必要ない。蟹寺城の攻防で一向宗にしろ武田にしろ、勝った方に攻撃を仕掛ければ済む漁夫の利な話よ」


 これが別の考えであった。

 無理して戦う必要があるのは武田と一向宗であって、その結果の後で自分たちは甘い汁だけを吸えばいい。

 卑劣でも何でもない。

 戦う必要の高い順番に位置する者同士が戦い、3番目の上杉家は待てば良いだけだ。


「高みの見物と言う訳ではないが、これが一番損害少なく敵を倒す戦法となろう」


「なるほど。ならばその為にも我らの休息拠点としての砦の建設が急務ですな」


「うむ。幸い木材も石材も周囲に山ほど転がっておる。活用せぬ手はあるまい。では神通川沿いを制圧している大和守ら諸将に伝令だ。六郎(武田信友)の情報全てと、蟹寺城の戦略方針について伝えよ。さらに神通川を越えて勝興寺と瑞泉寺の一揆が援軍としてくるから備える様にとな」


「はッ!」


「もう一つ、今度は斎藤家へだ。先の六郎の情報とこちらの戦略に加え、斎藤は同盟の立場上蟹寺城を攻撃する武田に横槍を入れられぬ。何なら、武田に近づきすぎると協力を求められるかもしれぬから、進軍は様子を見る様にと。武田が敗れ撤退したら攻略の後を引き継げば良いが、それまでは自重をする様にと伝えよ」


「承りました!」


「七里頼周の用意周到さと、この場を主戦場と看破した戦略眼は見事だが、これで詰みか。あっけない」


 蟹寺城はもう既に孤立した城だ。

 地形の影響もあり周囲に味方は誰もいない。

 神通川沿いの全拠点は制圧され、援軍を送るにしても、川沿いの上杉軍全てを撃破しなければならない。

 そんな上杉精鋭部隊を万が一倒したとして、その援軍が無傷はありえない。

 良くて瀕死だろう。

 そんな状態で蟹寺城にたどりついても何の役にも立たない。


「……いや『絶対に都合の悪い事態が発生すると思って動け!』と言ったのは我であったな。見落としがあるかも知れぬ。山狩りに夜間偵察、やるべき事は全てやらねばな」


 今回の三国合同一揆解体の発案者は政虎だ。

 その政虎が、油断や見落としで他の国に迷惑をかけ、一揆解体軍が瓦解するなどあってはならない。

 仮に他の地域で不都合が起きたとしても、上杉だけは盤石でなければならない。


 だが―――


 政虎はとんでもない見落としに気が付いていなかった。

 いや、正確には見落としていないし、気が付いているし、対策も怠っていない。

 大名としてやるべき事はちゃんとやっている。


 規模の予測を間違ってしまっただけだ―――

 あとは因果応報の法則を忘れていたとでも言うべきか―――


 その事実に気が付くのはまだ後の話である。



【越中国/蟹寺城 武田軍】


「甲斐を出て、信濃を通過し、飛騨を縦断してとうとう越中まできたか」


 武田信玄が感慨深く言った。

 信玄個人であるならば摂津国の本願寺まで単独で足を運んだ事もあるが(168-2話参照)、軍勢を率いた遠征で、ここまで遠くに辿り着いた事はない。

 しかも、かなりのスピードでの進軍を成し遂げたのだ。

 感慨深いのも仕方ない。

 そして、感慨深い割に充足感が無いのも仕方ない。


「『疾きこと風の如し』と言うが、この速さは実に良くない」


 武田軍の掲げる『風林火陰山雷』の『風』は進軍スピードの重要さを謳っている。


 単独個人なら、自分の都合でいくらでも速度は出せるが、行軍となると全体の統率もあるので、単独個人との移動スピードで勝てるハズがない。

 今回の遠征も、もちろん単独個人に勝てるスピードで進軍できた訳ではないが、罠の解除と安全確保に手間取っただけで、ほとんど戦闘は発生していないので5000人の軍にあるまじきスピードでの蟹寺城到着であった。


 ならば万々歳だが、そうも言っていられない事情が大きすぎた。


「今までの村や寺は、良くも悪くも……いや、何も良くは無いですな。説得すべき民がおりませんでしたからな。ただただ悪いばかりでしたな」


 武田軍は土地を支配したい訳ではない。

 土地と民をセットで支配したいのだ。

 どちらか片方では意味がない。


「そうだな。じゃが流石に城は誰かおるじゃろう」


「そうですな。……いきなり攻撃仕掛けられてこないかだけは警戒が必要ですが」


 道中の村では稀に襲撃も受けた。

 大した実害は受けていないが、歓迎されていないのは間違いない。


「そうだな。だからと言っていきなり攻めかかる事は出来ぬ。使者を立てて面会を申し出ねばな」


 村や寺で、使者が問答無用の襲撃を受けた事もあるので、使者役も選出されるのがイヤなのか、側近達は信玄に対し顔を背けたり目を合わせない。


「……典厩(信繁)、行ってくれるか。流石に城を拠点とする者が、武田の重鎮をいきなり攻撃する程に見境が無いとも思えん」


「仕方ありますまい。主の弟だと素早く名乗れば、攻撃も思いとどまってくれるやも知れませぬな」


「だが用心はしていけ。歩盾(てだて)を両手で持っていけ」


「歩盾両手持ち……。聞いた事のない武装(?)ですな」


 歩盾とはいわゆる手持ちの盾である。

 日本の合戦は盾を地面に突き立て並べ、鉄砲や矢を防ぐ防壁として利用するのが主で、西洋の様に戦闘中に盾を使う事は殆どない。

 甲冑で受け弾くのが防御の基本だが、手持ち盾が皆無と言う訳も無かった。


 そんな盾を両手に構え城に近づく姿は、見方によれば不審者だが、攻撃されたくないし、したくない意思も見せねばならぬ武田の辛い立場を現した、ある意味適切な姿だった。


 その涙ぐましい行為が功を奏したのか、蟹寺城の城門が開くと一人の武将が信繁を迎えた。


「ようこそ蟹寺城へ。拙者、七里頼周と申す者。御名前を伺ってよろしいか?」


「し、七里!? ……殿であらせられるか!?」


 武田軍も本当に数少ない情報から七里頼周の存在は捉えていた。

 適切な情報が手に入らないのでほぼ予測になるが、そんな穴あき情報を組み合わせて補完して浮かび上がる七里頼周は、どう考えても異常な能力を発揮していると断定するしかなかった。

 その七里頼周が眼前にいいる。

 信繁が驚くのも無理からぬ事であろう。


「せ、拙者は武田家主、武田信玄からの使者役を務める実弟の信繁にござる。色々と事情は察しているかもしれぬが、我らの言葉を聞いて頂けぬか?」


「良いでしょう。城内は飛騨から逃げてきた民も数多く、武田殿にとっては居心地が悪かろうと存じます、武田殿がここまで歩いてきた道中に開けた場があったのはご存じですかな?」


「開けた場所……あそこか」


 信繁の記憶に引っかかる場所があったのだろう。

 最近まで何か建築物があったのか、その建物周辺は木は切り倒され確かに開けた場所であり、誰か潜ませるにしてもお互い人数を揃えては狙う事も難しい位置関係となる絶妙な場所だ。


「あそこに簡単な席を設けます。その間に、信玄殿も呼ばれるが良かろう。お互い護衛は10人程で。それ以上は窮屈で、落ち着いて話しもできませぬからな」


「どの村も、七里殿程の理解力があると助かるのだが……。いや、今となっては過ぎた事よな」


「まぁ、そちらの仰る通り色々事情は察しておりますが、片方だけの言い分を聞いて行動を決めるなど愚かな事。今こそ武田家の主張を聞かせてもらいましょう」


「では、しばらく後に……。(手強い!)」


 七里頼周は武田の重鎮に臆する事無く、堂々と言い切った。

 それだけでも並の武将では無い事を十分察せられる振る舞いであった。



【越中国/蟹寺城道中 広場】


「お初にお目にかかる。武田徳栄軒信玄と申す。臨済宗の僧籍ではあるが、此度において臨済宗は一切関係ない立場で臨んでおる。即ち、武田家と民の関係性こそを重要と考えここまで参った次第だ」


 武田側の出席者は、信玄以下、信繁、真田幸隆、真田信綱、真田昌幸、秋山信友、山本晴幸、馬場信春、高坂昌信、内藤昌豊、飯富昌景(山県昌景)。

 真田軍関係者と史実における二期四天王と智謀に信頼を寄せる秋山と山本の10人で臨んでいる。


「七里越中守頼周と申します。まず最初に申しておきますが、我らは武士の支配を望んでおりませぬ。我らは我らの法で国と民を守る所存。それは理解しておりますな? それを理解してなお関係を持とうと試みる。その心を聞かせて頂きたい」


 一方、七里側は頼周以下、氏素性も良く分からぬ、一応武士の風体はしているが、腕っぷしの強い人間を上から10人選んだのだろう。

 そんな品格の無さが伺える人選だった。


「それに答える前に、こちらも少々手違いや、予期せぬ問題に煩わされておってな。まず現状把握をさせて欲しい。この蟹寺城に、本願寺からの使者、具体的には下間頼照、下間頼廉、証恵と従者が2人程、先にこちらに到着してはおらぬか?」


 頼廉と本多正信は斎藤軍の侵攻方面に行った事は知っているが、今となっては何がどうなっているのかわからない。

 何か動きがあってここにいる可能性もあるので聞いてみた。


「頼照殿、証恵殿とその従者一人は参りましたな。笹久根某とか言う元武田の飛騨在住の武士が連れてきました」


「笹久根! 奴も今ここに!?」


 飛騨の民を率いて、頼照らまで浚ってまんまと武田信玄の追撃から逃げ切って見せた憎い笹久根の存在に歯ぎしりする。


「はい。今は対上杉の為に動いてもらっている最中でしてな。しかし頼廉殿とその従者は知りませぬ。こちらに来ていたのですか?」


「来ていたのですか……と質問を返すか。わからんよ。その2人は最早行方不明よ」


 行方がわからぬ者を今必死に探しても仕方ない。

 それよりも今は居る者が重要だ。

 

「それより笹久根はともかく、頼照、証恵とその従者が来たのなら、本願寺本家の要請は聞いたのですな?」


「聞きました。書状も本物と確認しました。ですが、その命令は聞けぬと拒否しました」


「そうか。拒否を……拒否しただとッ!?」


 余りにも簡単に衝撃発言する頼周に、想定外過ぎる回答を得た信玄は仰け反った。

 その驚き方は後世にも伝わった程だ。


「お、お主は本願寺の者なのだろう!?」


「えぇそうです。顕如上人が本願寺を継いだ時に、拾い上げてもらい今の身分にいるのがこの私。ですが、聞けぬモノは聞けません。今、その命令に従えば、北陸の混乱はさらなる混沌に陥りましょう。それでも良ければ命令に従っても良いですが、武田殿はその後の廃墟と化すであろう北陸の地を治めたいのですか? 武田殿が歩いてきた飛騨同様のそんな土地を」


 よく『〇〇が通った後にはぺんぺん草も生えない』等と比喩される。

 隙間にさえ生える生命力の強いぺんぺん草さえ無い事から転じて、何もかも根こそぎ奪われた事を指す言葉でもある。


 これはまさに信玄が飛騨で歩んだ光景だ。

 もちろん草も木もぺんぺん草も生えていた。

 ただ、この場合におけるぺんぺん草に相当する民が根こそぎいない。

 

 信玄は信玄で、己の統治で混乱を鎮める自信があったが、今までの遠征の歩みから見えた現実と、自分の知らない事情を知る頼周の言葉の説得力に怯んでしまった。

 さらには本願寺本家への正面からの命令拒否である。

 もう滅茶苦茶だとしか思えなかった。

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