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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
18.5章 永禄5年(1562年) 弘治8年(1562年)英傑への道
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176-1話 堀江館攻略 場外野戦

176話は2部構成です。

176-1話からご覧下さい。

【越前国/堀江館北 斎藤軍】


「素通り……出来てしまったわね」


「そうですな。命を大事にするつもりなら、それで構いませぬが……」


「出てくるつもりだとしても、ちょっと機会を逃しすぎているわよね……」


 斎藤帰蝶が後方を振り返りながら、何も起きない事を確認した。

 遠藤直経が、やはり後方を振り返りながら、ピクリとも動く気配を見せない堀江館の様子に困惑した。


 斎藤軍の中でも最先頭を行く帰蝶隊。

 斎藤軍の殿は明智光秀であり、総大将が先頭を行く異様な陣形だが、これは堀江館からの背後からの急襲を警戒した陣形なので、いざ戦いになれば殿を務める光秀が斎藤軍の先陣を切る形となる特殊な陣だ。

 その光秀の更に後ろには朝倉延景率いる朝倉軍本体がある。

 背後からの攻撃を朝倉軍が受け止めたら、斎藤軍は回り込んで側面から急襲、堀江館南方に控えている朝倉景鏡軍と挟み込んで殲滅するのだ。


 するのだが―――


 この朝倉宗滴必殺の策が、完全に空振りに終わってしまった。

 どれだけ堀江館の防御を頑強にした所で、強制的に出撃させるのだから籠城も防備も無駄に終わらせるハズの策だった。

 それが空ぶったのだから、堀江館の民と兵は吉崎を見殺しにする事を選んだのだ。


「こんなの絶対あり得ないわよね?」


「そうですな。絶対にあり得ない事が起きてます……!」


 宗教が絶対の世界で、聖地を見殺しにする信者が居るハズが無いのにココに居た。

 こんなのは絶対にあり得ない。

 例え無駄死にだとしても、信仰の為に死ぬのが宗教が絶対の世界なのだ。


《ど、どう言う事だ……》


 5次元で事の行方を見守っていた朝倉宗滴も愕然とするしかなかった。


「仕方ないですね。朝倉殿から命令変更が来るまでは、このまま吉崎に向かいます。しかし、必ず堀江館から打って出て来ると断定するつもりで行軍しなさい!」


 堀江館は静まり返っている。

 だが、堀江館から醸し出される雰囲気は、敏感に帰蝶の肌に突き刺さっている。


(これは絶対に無抵抗や諦めの類では無いわ! 絶対に何か狙っている!)


 帰蝶は全軍に油断せぬ様に厳命し、吉崎に向かうのであった。



【越前国/堀江館北 朝倉軍】


「何故だ……!? 何故攻めてこないッ!?」


 帰蝶が困惑するのなら、全体の総指揮を執っている朝倉延景も困惑するより他ない思いだった。


「吉崎とはヤツらにとってそんなに軽い地だったのか? 我らが勝手に勘違いしておったのか!?」


 斎藤軍も朝倉軍も迎撃の態勢を取りながらの進軍なので、かなりのスローペースで吉崎御坊に向かっているのだが、それでも堀江館は遠ざかるばかり。


「クッ! 十中八九の残り一か二を引いたか!? ん……まさか!? 奴らは我らを堀江館の北側に回り込む動きだと勘違いしておるのか?」


 確かに別動隊の動きは、軍の配置を組み替えている動きに見えなくもない。

 そう勘違いしているなら無反応なのも頷けるが、そもそもがこの堀江館に籠る民と兵は、開戦当初から何も反応を示していない。

 焼き討ちから避難する民を収容した以外、何の反応も見せていない。

 交渉すら受け付けていない。

 こうなってくると極めて不気味である。


 本当は下間頼廉による不確定要素行動により、色々と思惑がすれ違った結果であるが、事情を知らない延景にとっては異様なまでに不気味過ぎる。


「だが、あの堀江館の気配は異常だ……! 大人しくしている者達の気配ではない! 絶対に何かある!」


 帰蝶が敏感に脅威を感じた様に、延景は延景で怪しい気配を察知していた。

 延景も上手く言えないが、館全体から立ち上る嫌な気配は尋常ではない。


 だが、そんな延景の懸念も間もなく晴れようとしていた―――


 とうとう堀江館から兵が出撃してきたのである。

 しかしその時、延景はそれどころではなかった。

 当然帰蝶もそれどころではなく、唯一後方待機していた朝倉景鏡が慌てふためいて進軍を開始した位である。


 堀江館を素通りしても一揆軍が出撃しなかったのは、命を惜しんだのでもなく、躊躇ったのでもなく、機を伺っていたに過ぎない。

 浄土真宗に殉じる覚悟は済んでいる。

 ただし、無駄に殉じては意味がない。

 堀江景忠は、意味がある殉死となる機を待ったのだ。


 即ち、七里頼周が吉崎から兵を率いて戻ってくる時を。


挿絵(By みてみん)


【越前国/堀江館 最北部 一揆軍】


 七里頼周は軍勢を率いて戻ってきた。

 ただし、朝倉軍の策を察知したり、特別に策を用意してきた訳でも無い。

 何の事は無い。

 ただ単に、頼周は堀江館に居なかったのだ

 

 では頼周は堀江館を留守にして何をしていたのか?


『私は今から吉崎に戻り兵を率いて再度来る。その時まで堀江館は沈黙を保つのだ』


『はっ。と言う事は……』


『うむ。我らは堀江館を包囲する朝倉斎藤軍を背後から急襲する。その機会を見逃さず打って出るのだ』


 頼周は帰蝶と勢源と戦って堀江館に退却した後、即座に吉崎御坊へと向かった。

 朝倉軍や斎藤軍を手強いと見ての判断であった。

 一方延景は、斎藤軍の合流待ちも兼ねて、堀江館に対して降伏の猶予を与えてしまった。


 頼周の動きは速かった。

 吉崎御坊の兵力は当然、堀江館の北部の民も扇動し6000の兵を揃えたのだ。

 この地域は常に一揆臨戦態勢だとしても神速の如き行動であった。


 そうして堀江館に向かう頼周であったが、帰蝶や延景が堀江館の沈黙に驚いた様に、頼周も頼周で朝倉斎藤軍の行動に驚いていた。


「ッ!? 堀江館を包囲していない!?」


 それ故に、頼周も宗滴の策を見破った訳では無い。

 吉崎を見捨てた訳でもない。

 むしろ吉崎を守る為の行動を取ったに過ぎない。

 頼周も、朝倉斎藤軍がまさか堀江館を素通りするとは思ってなかったのだ。


 延景の策と、頼周の神速救援の行為が、それぞれにとって運が良いのか悪いのか。

 朝倉斎藤軍は堀江館を包囲せず吉崎に向かい、七里率いる救援軍はその吉崎への移動中の軍と正面衝突する事になった。


 色々な策と思惑が絡まりあった結果、発生したのは、両者想定外だった遭遇戦である。


「……そうか! 吉崎を狙ったか!! 何と嫌な事を思いつくのか! 朝倉宗滴を思い出したわ! 奴は死んだと聞くが、意思を継ぐ者が居ると言う事か!? 奴とは徹底的に嚙み合わず苦労させられたが、またこんな思いを抱くとはな! 忌々しい!」


 朝倉宗滴に対して恨み辛みを吐く頼周は(わら)っていた。


 朝倉宗滴と七里頼周は何度も争った間柄だが、お互い決定打を叩き込めた事は無かった。

 言ってしまえば、これはお互いの相性がとにかく悪かったのが原因だ。

 武士の戦術を極めた朝倉宗滴と、正しい戦術など学ぶ機会も無く、何もかもが自己流の七里頼周。

 故に、お互い何とか優位に立とうと動き、空振りしたり、あるいは思わぬ所でバッティングしてしまう。


 憎い相手には違いないが、ある意味、己を成長させてくれたのも宗滴だ。

 結局宗滴には死に逃げられたが、宗滴を継ぐ者がいるならその者を討ち、今までの留飲を下げ、感謝を伝えるのも悪くない。


「恐れ多くも吉崎を狙おうとは見事な戦略よ! だが、そうはさせぬ! 全軍突撃!」


 こうして想定外の事が起きている事を察知した頼周は、吉崎方面の先鋒、即ち斎藤軍へと雪崩れ込むのであった。



【越前国/堀江館 最北部 斎藤軍】


「ん? ……何? ……ッ!?」


 先頭を進む帰蝶は遠く前方に蠢くモノを見た。

 砂煙も確認できる。

 旗指物らしき物の揺らめきも見えるが、吉崎方面から来る味方部隊の予定はない。

 海を渡って小松地方の制圧を目指す朝倉軍別動隊かとも思ったが、作戦を放棄してまでココにくる意味が分からない。

 これは異常事態だ。

 少なくとも味方ではありえないと帰蝶は判断した。


「全軍戦闘準備! 朝倉殿に敵襲と伝令! 明智は本陣の背後、安藤、氏家には本陣の両翼に回り魚鱗陣の位置に着くように伝令!!」


 万が一何らかの勘違いだったら後で謝れば良い。

 この予定にない謎の集団の排除は最優先事項だ。


「そうか……! これは挟撃ね!? 素通り出来た理由はこの機会を待っていたから!?」


 もちろん、本当は違う。

 偶然そうなってしまっただけだが、事実としては挟撃には違いない。


「逆茂木……いえ、障害物になりそうな物をありったけ並べなさい!」


 今は行軍中であり、防御の為の備えは何もない。

 様々な資材を運んではいるが、とても逆茂木や柵の建設に合う距離感ではない。

 斎藤軍は、運んでいる木材を前方の地面に乱雑に投げ捨て、荷車を横倒しに立て、簡易的な障害物を建築するのが精一杯であった。


「槍隊前へ! 弓隊、鉄砲隊迎撃準備! 騎馬隊! 突撃準備! 丁寧に陣形を組みなおしている暇は無いわ! 臨機応変に動きなさい!」


 帰蝶は進軍している状態のまま迎撃の指示を飛ばす。

 今は言うなれば長蛇陣だが、移動の為に長蛇陣になってるのであって戦うための陣ではない。

 後ろを進む明智、安藤、氏家には陣形を組ませる余裕はまだあるが、帰蝶隊には時間がない。


「明智、安藤、氏家らが間に合うまで私達で受け止める! 弓隊構え! 合図と共に上空より矢の雨を降らしなさい! 鉄砲隊! 全員で敵の先頭を狙いなさい! 鉄砲の一撃で敵の突進力を削ぐわ!」


 とにかく先頭を倒す。

 倒れた人間が障害物となって敵の勢いが落ちる。

 倒れた人間など踏み越えて来るだろうが、無いよりマシだ。


「新九郎殿(浅井長政)! 喜右衛門(遠藤直経)! 私を含めた豪傑を集め騎馬隊と共に打って出る! 激戦区に飛び込むわよ!」


「えっ!? い、いえ分かりました! 善右衛門(海北綱親)! 孫三郎(赤尾清綱)! 善兵衛(磯野員昌)! 左衛門(三田村国定)! 浅井の存在感を示すは今ぞ!」


 浅井兵は総勢500と少ない。

 しかしこれでも勢力の規模を考えればかなり無理をしているが、その代わり、この500人は全員親衛隊の専門兵士。

 長政選りすぐりの精鋭だ。


「フフフ。仕方ないですな。お供しましょう!」


 長政は驚きつつも了承し、直経はいつもの事と笑って承知した。


「与兵衛(河尻秀隆)! 貴方は今より全体の指揮を執りなさい! 異論反対は聞きません! いいわね!?」


「はッ!! お任せを!」


 議論の時間も惜しい。

 秀隆も危険は重々承知、できれば帰蝶には控えていて欲しいが、その思いを飲み込んで承服した。


「ここからではよく見えないけど、朝倉殿が堀江館からの対応を取るとなると、我らが突破を許せば朝倉殿が背後から討たれる可能性もある! 命を惜しんでは北陸統一が遠のく!」


 帰蝶は騎馬隊と共に最大戦力として出る。

 総大将だとか何だとは言っていられない。

 斎藤勢が壊滅すれば今度は朝倉軍にまで被害が及ぶ。

 最悪越前全体まで一向一揆の治める国になりかねない。


「よし! まずは鬨の声を挙げよ! 奇襲ではあるが案ずるな。必ず我らは勝つ!」


 帰蝶から指揮を受け継いだ秀隆が、戦況を見極め指示を飛ばす。

 2500人の兵とは思えぬ地鳴りの様な鬨の声が戦場に響き渡る。

 声の大きさも立派な戦術だ。


「弓隊構え! 最初の一射は先頭集団を狙い、二射目からは最後方を狙え! ……良し! 放て! 鉄砲隊! 撃ったら最後尾まで下がり明智隊に合流し指揮下に入れ! ……撃て!」


 上空からの矢の雨と、水平方向に飛ぶ赤熱した弾丸に、一揆軍の少なくない人数が倒される。

 その倒れた人間に躓き、あるいは引っ掛かり転倒する者が、狙い通り多数出る。

 だが、殆ど大多数は、仲間の体を踏み越えて突撃を止めない。

 一揆軍はもう目と鼻の先まで来ていた。


「槍衾用意! 叩き伏せよ!」


 帰蝶隊の長槍部隊の穂先の揃った槍が、一斉に上空から地面に向けて振り下ろされ、直撃を食らった一揆軍の兵は地面に叩き伏せられると共に、水平の状態になっている槍に勢い余って突っ込んでいく一揆軍。

 その槍を引き抜いて、再度号令に合わせ槍を振り下ろす。

 長槍部隊の真骨頂であり、基本であり、最も合理的な戦法である。

 刺し殺すよりも殴り倒す事を重点に置いた、とにかく敵の勢いを殺す為の戦法だ。


 槍衾が効果を発揮し、一揆軍の突撃が止められ、一部綻びが見えた。

 それを見逃す秀隆と帰蝶ではない。


「騎馬隊! 乗り崩せ! 濃姫様! 今ですぞ!!」


「えぇ! いくわよ!!」


 秀隆の号令に、帰蝶率いる部隊最強の猛者集団が、一揆軍に飛び込んでいった。

 帰蝶、遠藤直経、浅井長政率いる豪傑部隊が躍りかかり、一揆軍の一部が爆散したかの如く兵が吹き飛ばされる。


「七里頼周! 思い通りにさせてなるものですか!!」

 


【越前国/堀江館 最北部 朝倉軍】


 帰蝶からの伝令を受け取った延景も、この頃には異常事態を把握していた。

 堀江館から猛然と兵が出撃してきたのである。

 その上で帰蝶からの伝令となれば、挟撃であるのは誰でも理解の及ぶところ。


「マズいな。堀江館から出てきた兵数はタカが知れておるが、斎藤殿が相対している敵の規模がわからん……! クッ……最悪を想定せねばならんのだったな爺よ!」


 焦る延景の脳裏に、在りし日の朝倉宗滴が思い浮かぶ。


『これも戦よの。想像通りに進む事など何一つ有りはせん』


 遺言ともなってしまった、信濃で武田と戦った時の宗滴の感想だ。(126-2話参照)

 戦場で育ち、戦場で数えきれない武功を挙げ、その名前だけで戦場を支配できる武威と智謀と采配を誇る、あの怪物朝倉宗滴をもってしても予想外の事は起きてしまうのだ。


 延景はその時の言葉を思い出し、気持ちを切り替える。


「治部左衛門(富田景政)と十郎左衛門(真柄直隆)に伝令! それぞれ1000率いて斎藤殿の救援に当たる様に伝えよ! こちらはワシと式部(景鏡)で何とかする!」


 延景軍の総勢は4000。

 その半分を斎藤軍の救出に回す。

 堀江館には多く見積もって2000なのだから、景鏡軍の4000と合わせれば文字通り圧殺できる。

 そうすれば、反転して朝倉軍全体で斎藤軍の救援に迎える様になれる。


「右兵衛(朝倉景隆)、孫三郎(朝倉景健)には、それぞれ本陣の両翼に鶴翼陣で迎え撃たせろ!」


 延景が焦る心を精神力で強引に抑えつけ、勝つ為の指揮を執る。

 残り2000の兵を更に割り、延景隊1000、景隆隊500、景健隊500による防御陣形鶴翼陣。


「さすれば式部(朝倉景鏡)が背後から敵を突いて殲滅も叶おう!」


 今、景鏡隊は大急ぎで救援に向かっている。

 あまり、陣形を気にした突撃は出来ないだろうから、良くて偃月陣か鋒矢陣、最悪移動を優先し長蛇陣もあり得るが、この際贅沢は言っていられない。

 どんな形であれ、背後を突ければ勝負あり。

 延景隊は、景鏡隊が到着するまで粘れば勝ちだ。


「全軍に伝える! 堀江館の軍勢とは勝って当然だ! だが、のんびりしていては勝っても負ける! 斎藤軍の壊滅は当然、討ち取られても負けだ! これは時間との勝負なのだ! そのつもりで可能な限り急いで堀江館からの襲撃軍を全滅させよ!! 絶対に我らを通過させるなよ!」


 こうして、予定外の堀江館場外遭遇戦が始まるのであった。

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