170-5話 シン・浄土真宗 証恵
170話は6部構成です。
170-1話からご覧下さい。
【美濃国東端、信濃国西端/岩魚村手前の地 真田軍】
極秘に武田本軍から離れ飛騨を目指す飛騨侵攻部隊の真田軍。
そこには密かに武田信玄、信繁の兄弟と、本願寺からの使者も同行している。
また、侵攻とは言っても率いる兵は僅かであり、斎藤軍が8250人で飛騨を目指している中、こちらは真田軍2000人である。
その理由は、斎藤の目的が説得侵略に対し、武田の目的は説得仲裁だからである。
基本的に武田は戦う理由はないのだ。
だから武田軍の大多数は、信濃に布陣し上杉に無言の圧力を掛けている。
そこから離脱した真田軍2000が飛騨説得仲裁部隊である。
斎藤家が全く伝手の無い状態で一揆勢を相手しなければならない中、武田家は本願寺という一向一揆の本家本元の援助を受けて進める以上、絶対的なアドバンテージがある。
恐らく飛騨でかち合う斎藤家とは戦う理由も襲われる心配もなく、兵は万が一を想定した護衛に過ぎないし、飛騨を抜けた北陸で上杉と戦う場合、その時は吸収した一揆勢が動く手はずだ。
「武田殿、もう間もなく村に差し掛かる頃でしょう」
そんな思惑で進軍する真田幸隆の本陣に下間頼廉がやってきて報告した。
幸隆本陣からは幸隆、頼廉と武田からの軍目付2人しか同席しておらず、余人は遠ざけられた。
この真田軍の中に信玄と信繁が居るのを知るのは幸隆しかおらず、この軍目付こそが信玄と信繁であった。
「そうか。あの信徒ら、本多、渡辺、蜂屋と言ったか。あの者らは随分と役に立っておるのう。知りがたき事を事前に仕入れるのは何においても基本よな」
本多正信ら頼廉の下に付けられた三河からの離脱武将達。
彼らが先行して一揆の影響下にある地域に侵入し、どの程度の村であるか、疲弊度や戦意を確認しての行動であった。
彼らは三河一向一揆以来、各地で一揆の為に草の根で情報を集めてきた。
長島にて壊滅した願証寺から行方を晦ませ、織田の用意した信徒の収容場所内で潜んでいた証恵を見つけ脱出し、本願寺に移送したのも彼らだ。(104-3話参照)
「武田殿。ここからは取り決め通り説得となります。顕如上人の直筆書状に名代となった証恵の説法にて村民を一揆からの離脱を促しますが、その……一つお願いがあります」
頼廉が苦渋の表情で信玄に願い出る。
あまり言いたくない事なのか、相当に困っていた。
「願い? 何かな?」
「ここから先、まずは拙僧らにおまかせを。一揆衆は武家を恨んております。そこに我らが武家を引き連れては無用な刺激を与えかねず、これでは纏まる交渉も纏まりませぬ」
北陸も飛騨も、武家が原因の一揆である。
そんな中で、この辺りは江馬家の支配と失政が響いた地である。
「成程。一理ある話よな」
「あぁ、確かに。兄上は僧形ですからともかく、某も弾正(真田幸隆)も歴とした武士ですからな」
「我らが同行しては、必要ない苦労を掛けるハメにはなるでしょうな。わかりました。某も待機しておりましょう」
信玄は当然、信繁も幸隆も頼廉の話に納得した。
武家に反発している一向一揆。
その一揆解体に本願寺本家が武家を引き連れてきては、最初の話し合いすらままならなくなってしまう。
武田信繁は歴戦の武士にして武田信玄の右腕とも言える存在。
真田幸隆は『攻め弾正』との異名を取る程の戦巧者にして謀略戦もお手の物の傑物。
威圧感も覇気も並みの武将では足元にも及ばない。
そんな武士中の武士を一向一揆の中に放り込んでは、何がおこるかは火を見るよりも明らかだ。
信繁と幸隆は頼廉の配慮を理解し、残る事を決めた。
「確かにお主らの相貌にはワシも怯む時があるからのう。ハハハ! 相分かった。典厩(武田信繁)と弾正はワシの帰りを待て」
別に本当に怯んだ事など無いが、信玄は2人を茶化して笑うのであった。
「配慮、有難く……」
ただ、頼廉の顔はまだ暗い。
謝礼を述べるが歯切れは悪い。
「……他にも何かあるのか?」
頼廉は武士の同行という懸念を払拭する為に動き、それは認められたのに顔色は優れない。
まだ何かあると誰でも見抜ける表情であった。
「あの……その……誠に言い難いのですが、と、徳栄軒殿(信玄)の風貌も民に誤解を与えかねないのです! 申し訳ありませぬ!」
「ッ!!」
「グッ!!」
「ぶっ!?」
頼廉の衝撃の一言に2人は何とか言葉を発するのを堪え、1人は空気を噴出した。
空気を噴出したその1人が口を開く。
「……フッハッハ! ま、まぁ出家したとて武家としての経験を積んだワシじゃからな。仕方ない配慮よな! 何じゃ、そんな事を言い淀んでおったのか! 安心せよ、別に理由があるなら強引に同行する事などせぬわい! 我儘言って交渉が纏まらんのは最悪じゃからな……! 林の様に静かに構え山の如く留まっておろうて!?」
「ありがとうございます。では行って参ります。朗報をお待ちください」
頼廉はそう言うと逃げる様に本陣を後にした。
本陣に残された信玄は、動揺した口調で話しかけた。
「……わ、ワシって、そんなに……そんなに厳つい顔しとるのか?」
「えッ!? そ、その、舐められる風貌では無いと……存じますぞ!?」
信玄に謀略の才を認められた幸隆をもってしても適切な言葉が出てこなかった。
「……ま、まぁ、優しいと言うには……む、無理があるかも知れなくも無い様な気がしないでも無いですぞ?」
信玄の右腕とも評される信繁をしてし、しどろもどろに答えるしか言葉が無かった。
「ッ!!」
信玄はちょっぴりショックを受けた。
震える両の手で己の顔を触る。
感触は柔和な菩薩の如くとしか感じられない。
後世に伝わる信玄の肖像画の数々。
信玄ではなく別人説と疑われる画もあるが、風貌の評価はここでは控える。
「……まぁいい。とりあえずは待つ。だが、ただ待つのも時間の無駄じゃ。偵察を各地に放って情報を探らせろ。特に斎藤軍とは競争となろうからな。飛騨守の権威が通用する相手でもあるまいしな」
「はっ」
「うむ。……そんな……」
「? 何か仰いましたか?」
「何でもない」
こうして信玄は少し機嫌を悪くしつつ、村の手前で成果を待つのであった。
【岩魚村 村外】
「ふぅ。何とかなりました」
証恵ら本願寺一団が待機していた場所まで戻った頼廉は一息ついた。
「本当にご苦労であったな」
証恵も労う。
証恵は信徒の説得を担当するが、信玄の同行を制止するのも出来なくはない。
信徒の説得よりは遥かに簡単だ。
ただ、信玄に願い出たくはない。
誰が他人の、しかも権力者の容姿含めた身体を理由に同行を断るなど出来ようか?
「しかし、やらねばこの先の説得は無理ですからな。よくやった刑部(頼廉)よ」
「次は筑後殿(頼照)にお願いしますぞ!? 本当に!!」
「フッ」
頼照は親指を立てた。
もちろん『GJ』でも『任せろ』との意味でもない。
「虫拳で負けたらな」
虫拳、つまりジャンケンであり、親指を立てるは蛙を意味する。
証恵、頼照、頼廉は虫拳で対武田説得の役割を賭け、頼照は蛙で勝ち抜けたのだった。
「クッ……!! さぁ行きましょうぞ!!」
ともかく頼廉の、ある意味一揆説得より難易度の高い説得は無事成功した。
だが、どんなに難易度が高かろうとも絶対に同行させられない理由もちゃんとあった。
武田信玄の同行を断ったのは容貌も確かに理由の一つだが、それ以外の理由もあって何としても村の外で待機してもらわなければならない。
だが、仮に他の武将だったら別にここまで同行を拒絶しない。
誰なら同行は許されるのか?
武田信繁は完全にアウトだ。
だが、仮に北条氏康や今川義元なら歴戦の武将であっても同行はOKだ。
むしろ来て欲しいとさえ思う。
嘘も方便―――
沢彦が感じた新浄土真宗は嘘も方便だったが、頼廉は沢彦の説法を知らなくとも、善意の嘘をもってして対応する事に決めたのだ。
【岩魚村 村長宅】
「初めまして。本願寺本家より参りました。下間頼照にございます」
「え、あっ!? 岩魚村長の権左にございます……!!」
威圧的で横柄な一揆の総本山、本家本元の来訪とは思えない丁寧な口調に驚き、村長の権左は慌てて平伏した。
頼照の態度は、虫拳で頼廉に勝ち誇った態度とはえらい違いである。
「あ……その、召集のご命令ですか……!」
額をこすり付ける権左。
雪解けの時期、北陸でまた一揆活動が活性化するのだろう。
短い冬休みであったと権左は悲観に暮れる。
「違います。まったくの逆です。面を上げて下さい。これでは話し合いもままなりません」
「そ、そうですか……!」
頼照の優しい言葉に権左はおっかなびっくり面をあげるが、面を上げれば頼照の柔和で威光を感じる尊顔に、やっぱり平伏させて欲しいと思ったのは内緒の話だ。
それに『話し合い』との言葉には一安心だ。
しかも『まったくの逆』と来た。
問答無用で招集される心配は無さそうである。
春先とは言えまだ雪が残る季節なので、過剰な緊張から開放され汗が引いた今、若干の寒気を感じていた。
「まず、こちらを見て頂きたい」
頼照は懐から書状を取り出した。
一目でわかる上質な紙だ。
「これは本願寺第11世宗主顕如上人の直筆書状。ここにはこう書かれています。『其方らの怒りは理解しますが、今の飛騨北陸は王法為本より外れています。戦いを止め武器を置き、地域の支配者の法に従いなさい』と。誰か読める者はおりますか?」
「そ、それならばこの爺が……。……へぇ、これなら何とか読めると思いますじゃ」
村で唯一文字を認識できる古老が進み出て書状に目を通す。
顕如の書状は平仮名がふんだんに使われており、識字率が低い乱世でも顕如の意思が伝わる様に配慮されていた。
それでもスラスラ読める訳では無いので時間が掛ったが、頼照ら一団はイラつく事もなく待った。
特に長島の地獄を耐え抜いた証恵には、この程度など『待つ』の範疇にカスりもしないのだ。
「た、確かに、下間様の仰る通りの事が書かれておりました」
「それは上々。しかし、この先をどうするかです。現時点より一揆に参加する必要はありません。顕如上人の意思を無視して一揆に加担するは、自ら地獄に行く行為と知りなさい」
「!!」
権左の心配などお見通しと言わんばかりの、頼照の鋭い言葉に体が反応する。
同伴している証恵や頼廉が、思わず同情しそうになる程に。
「本願寺は一揆解体に動きます。その過程において尚も参加をする者は全て排除し地獄に行くと宣告します」
「そ、そうですか……!」
「ただ……気持ちは分かります。大勢の仲間が今もこれからも戦っているのでしょう。教えからズレている行為とは言え、その思いは我ら浄土真宗の教えを思えばこそ。それを違うと断じ見捨てる事は拙僧らとしても不本意。ですがこの先も加担した場合、必ずや命を無駄に散らす事になる。斎藤、朝倉、上杉が一斉に一揆撃滅を目論んでいるのです」
「え!?」
「拙僧は長島で織田の弾圧を受け真の地獄を知りました」
頼照の後を継いで証恵が口を開いた。
その顔は苦痛に満ち満ちていた。
「あの地獄は誰にも味合わせたくない。しかも今度は織田家だけではない三家の合同弾圧。長島とは比較にならない惨劇が待ち受けるは必定。本願寺の意向とは違う戦でそれを味合わせるは不条理にも程がある! だからまずは武器を置きなさい。地獄への危機を回避するにはそれが一番です。我らは其方らを救いに来たのです」
「し、しかし今も信じ戦う仲間を見捨てては……」
「証恵上人も仰られていますが、それは我らの仕事です。必ずや救って見せます。ですが、それには其方らの正直な思いを拙僧は聞きたい。今までも色んな説法に従ってきたのでしょう? まずはそれを聞かねば始まりません」
「そ、それは……」
権左は困った。
色んな柵で現在の状況になっているが、もう誰を信じて良いのか分からない。
説明できるほどに明確な意思をもって戦っているわけでもない。
頼照の言葉は耳障りは良いが、それは北陸でも最初はそうだったのだ。
だが飛騨や北陸では、昨日聞いた説法が、今日には違っている事もある。
今は何もかもが矛盾でもあり、しかし、仏に対する畏怖から従わざるを得ない状況でもあり、自らの意思ではどうにもならない現状に苦悩していた。
「答えによって何かを咎めたりはしませんので正直に答えてください。一揆に与するは、信仰心ですか?」
「……」
権左は悩む。
信仰心には違いないが、最初の切っ掛けは圧政への反発だった。
その怒りの反発はあっという間に達成された。
飛騨に駐留していた織田、斎藤、朝倉軍が武田軍追撃の隙に乗じた電光石火の反乱劇だった。
驚くほど呆気ない反乱の成功であり、地獄への転落の序章でもあった。
その後に駆り出されたるは浄土真宗という縁こそあるものの、基本的には関わりのない、飛騨国外で外国の地の北陸。
今の事情は何も把握していない。
そもそもが大本の北陸一揆の勃発は自分も生まれる前。
長い間の混乱の末の今なのだ。
一揆内でも教義を巡って対立する有様で、一揆内一揆も日常茶飯事だ。
更に米の生産や寺の普請と休む間もなく無償で働かされた。
疲労困憊の体に鞭打って『南無阿弥陀仏』と唱えて一揆に参加した。
苦しい現実が終わる事を信じて。
だが、飛騨の領主を倒しても何も変わっていない所か、今は飛騨どころか隣国越中の身内争いに駆り出される始末。
むしろ越中での争いこそが飛騨一揆の目的だった様にも感じられる。
何の為に戦っているのか分からない地に、何で駆り出されたのか分からない自分たち。
問われても何も言えない問であった。
「質問を変えましょう。まずは聞いた説法を我らに教えなさい。恐らくその中には間違いが散りばめられているはず。そうでなければ説明がつかない惨状ですからね。その上で改めて間違いを指摘して其方らを解放して差し上げましょう」
「……ッ!?」
権左は驚くが、質問に驚いたのではなく、そんな言葉を掛けてくれる僧など北陸にも飛騨にも居なかった事に驚いたのだ。
「せ、説法は難しくて理解できませんでした。難しすぎて理解が追いつかず、でも周囲は理解したのか熱狂の嵐で質問するのも気が引けて……」
「成程。恐らくは、難しい説法を難しいまま説いて煙に巻いたのでしょう」
宗教が絶対の世界において、宗教は最高難度の学問同然である。
僧侶がそれら修めた学問を披露する時には、必ず噛み砕いて要点を絞って伝える。
意味が伝わらなければ信者が増えないし、間違って伝わる恐れもある。
そもそもが法然や蓮如は丁寧に教えたのに曲解されるのだから、本来は難しいまま伝えるメリットは無い。
だが、一定条件ではメリットもある。
丁寧に教えると矛盾が露呈するので、煙に巻いてしまう為だ。
今回の飛騨北陸一揆が収拾がつかないのは、都合よく動かす為に、難しい事を難しいまま伝えたのだ。
最高難度の宗教を学んで修めた僧侶の威光と、逆らえば地獄に落ちるかもしれない恐怖。
現代でさえ手練手管で言いくるめられ、必要も無いものを買ってしまう人がいる。
この時代では真実である、死後の行き先を握っている僧侶の弁舌だ。
しかも一揆と言う非常事態の中の説法は、僧侶の鬼気迫る檄と、恐れを煽る怒声だったのだろう。
質問は当然、反論など出来るわけもない。
「或いは、精鋭を作り出す為だったかも知れませぬな」
もう一つはもう充分に浸透したので、改めて懇切丁寧に伝える手間など省いても構わない。
敢えて難しい方が権威が増すのだ。
これはカルト宗教に入り込んでしまった人を、更に縛り付ける手法だとも言われる。
最初は丁寧で親切で分かりやすい説明だが、のめり込んでしまった金ヅルを真の金ヅルへと育てるべく、バカはお断りだと選民し競争意識を煽り教化を過熱させる。
基本的に誰もバカだとバレたく無い。
故に理解してなくても理解したフリをさせる、そんな心理を突いたやり口だ。
飛騨北陸一揆は中心に近づく程に狂乱の信徒が渦巻いている。
長い間一揆に身を置くものは当然、生まれた時から一揆と過ごし育った者も数多い。
一揆エリートの彼らは積極的に僧に救いを求めたのだ。
「いえ、もはやその教えを説いた僧も、前後不覚になったが如く己の言葉に妄信しているのでしょう」
カルト宗教には高学歴の者も珍しくない。
かの地下で劇薬毒物をバラまいた組織の幹部は極めて高学歴の者が揃う。
しかも宗教とは対極の化学や物理に精通する聡明なハズの人間が、誰がどう考えても狂っているとしか思えない思想に染まる。
飛騨北陸一揆でもより確実に極楽へ至る為に積極的に民を扇動しているが、扇動する僧侶すら教化に教化を重ね、自らの言葉に酔い破滅に突き進んでしまっている狂信者。
沢彦が表現した通り、もはや雪玉が坂道を転がるが如くだ。
「ふむ。ならば、聞き方を変えましょう。戦って信仰心は満たされましたか?」
「……」
心は乱れている。
日々の食い扶持は減りこそすれ決して増えてはいない。
全部軍備として納めているからだ。
信仰心は満たそうと思い込むが、欠けた茶碗から水が漏れ落ちるが如く信仰心は注いでも注いでも失うばかり。
「どうですか?」
柔和な頼照の瞳に吸い込まれそうな感覚に、権左は抗えず素直に、しかし絞り出す様に話す。
「ワシらは……教えに従った……。それなのに何もかも満たされない……。食べ物も平穏も……村人すら減るばかり……信仰心はわかりませぬ……。江馬の殿様には何と申し開きをするべきなのか……!」
「なるほど。十分です。どんな高尚な説法であっても信仰心を満たせずして意味は無い。これはやはり間違いを正すのが一番の近道ですね。証恵上人。お願いします」
「はい」
証恵は長島の生き残りにして僧としての地位も高い。
責任者と適任者として証恵以外に相応しい人間はいない。
「本願寺院家の証恵にございます。先ほどは名乗る前に口を開き失礼しました。ただ、どうしても放ってはおけなかったのです。しかし、ここまでの話で粗方の事情は察しました。其方らが何に苦しんでいるかも。その苦しみをの根本はやはり誤解。これは断言しましょう」
「誤解……」
「その誤解について説明する前に、其方らは正しい浄土真宗をご存じですかな?」
「正しい? い、いえ、それは分かりません……」
知ってたらこんなに苦しんではいないと権左は思ったが黙っていた。
「ただ、何となくは分かっているとも思います。団結です。我らは弱い。弱い者が生きていくには個人では不可能。ならば協力しあって生きなければ。開祖親鸞は言いました。『念仏を唱え信頼すれば極楽への道は開かれる。だが、弱き民の今を救わずして何が僧侶か』と」
(……仕方ないとは言え、辛い立場だな)
(……そうですな。仕方ありますまい)
間違いを正す証恵の、間違った浄土真宗の解釈。
しかし頼照と頼廉は間違いを知りつつ訂正もしない。
仕方ないのだ。
頼照と頼廉は真実が書かれた『歎異抄』を読む事を許された顕如の側近。
しかし、証恵は違う。
証恵には真実を告げられる程に信頼が置けない、という訳ではない。
長島を耐えた証恵に歎異抄を見せるなど鬼畜の所業だ。
それに間違った内容だが間違っているとも思えない。
今を苦しむ民を救うには間違っている今の浄土真宗が適しているのだ。
説得作業で嘘がバレるのは致命的。
ならば嘘だと知らなければ良い。
しかし、幾ら何でも現状は間違っている。
蓮如が親鸞の思想を曲げ、さらに曲がりくねった果ての今の一揆を、せめて蓮如の時点まで戻すのだ。




