168-2話 武田再始動 武田信玄
168話は3部構成予定です。
168-1話からご覧下さい。
【摂津国/石山 本願寺】
「お初にお目にかかりまする。浄土真宗第11世宗主、顕如にございます。義兄上」
「甲斐武田19代当主の徳栄軒信玄にござる。昨年、導師岐秀元伯より法名を授かり、『信玄』と名乗っております」
『甲斐を空けては万が一に備えられん』
そう信繁に語った信玄は、所領を空け摂津は石山本願寺にいた。
現在の甲斐は弟の信廉が、信玄の影武者として振舞っている。
所領は空けたくないが、内に閉じこもっていては打開できないと判断したからだ。
敵を騙すにはまず味方から。
武田信廉は側近でも見抜けない程に信玄に似ている事から、戦でも政務でも度々入れ替わって『信玄』の存在に霧をかけているが、今回それを最大限活用した。
今回も信玄が大胆な出国を遂げる為に、信繁にコッソリ同行し、同じ尾張行きの船に同乗し、そのまま摂津行きの船に乗り換えたのだ。
『ッ!? えっ? お、御屋形様……ですか!?』
『いえ、刑部(信廉)に御座います。兄上の命にて行動しております。密命故に騒ぎ立てずご内密願います』
武田信廉に扮する信玄が説明する。
『そ、そうでありましたか。では他人の振りをするが吉ですな……!』
船上ではこんなやり取りもあった。
信玄をして『誰もがワシの眼となり耳となりうる人材』と言った精鋭派遣団も幾人かは信廉に扮する信玄を疑ったが、最終的には信玄ではありえないと結論付けた。
この大変な時期にまさか信玄外に出るとは思えなかったのだが、信玄は信玄で影武者策が効いている事を喜ぶべきか、家臣の眼を疑うべきか船の中でちょっと悩んだのは内緒の話だ。
とにかく、信玄は尾張まで派遣団に同行し、そのまま旅の僧侶として摂津に渡り石山本願寺へ向かったのだった。
「顕如僧正。ワシらは義兄弟。堅苦しい挨拶は無用に願いますぞ。ハハハ」
武田信玄の妻である三条の方の父は三条公頼だが、その長女が細川晴元、次女が武田信玄、三女が顕如にそれぞれ嫁いでいた。
細川晴元、武田信玄、顕如は三条家を介した親戚同士なのである。
「申し訳ありませぬ。拙僧も色々驚きが大きくて戸惑いが隠せませぬ。まさか単身石山に来られるとは、更には義兄上が出家なさるとは。僧の道に興味があったのですな。得度でしたら我が本願寺でも執り行いましたのに、逃がした魚は大きいとは正にこの事ですな」
「本願寺での得度も勿論考えたのですがな。しかし我が師の元伯は臨済宗。ワシも幼き頃よりの学問の師でもあれば、縁を無視した行為は神仏も眉を顰めましょう」
当然ながら建前である。
元伯との縁や付き合いも理由ではあるが、戦略としても元伯の下で得度する必要があった。
また『風林火陰山雷』の軍略を授けてくれた快川紹喜も臨済宗の僧侶であり、織田、斎藤家に詳しい快川とは関係を築いておきたい。
武田家は臨済宗との結びつきが強いのだ。
しかし本願寺で得度しては、臨済宗関係者を武田家から遠ざけ顕如を支える必要が出てくる。
武田の方針も宗教は管理下に置きたいのだから、各地の一向一揆の総本山たる本願寺がこれ以上増長するのは信玄としても看過できない。
宗教を制したい信玄として、どこかで得度する必要があったとしても、浄土真宗だけはありえない選択であった。
だが、義兄弟の関係性を捨て去るのも得策ではない。
だからこうして挨拶を交わしつつ、踏み込んだ関係性までは築かないのが信玄の方針である。
「さて、こうして石山まで参ったのには理由があります―――」
三好包囲網では将軍派だった武田信玄。
いくら包囲網が瓦解したとは言え、三好長慶に会いに行けば只では済まない立場だ。
信玄なら口車で乗り切る事も可能だろうが、その結果三好に使い潰されるのがオチなのも理解している。
だが中央も東国も目紛るしい情勢変化を見せる中、上杉も北条も今川も東国諸国は中央と接触しているのに武田だけ取り残されている現状は非常にマズイ。
ならば三好とは関係が濃くも薄くもない本願寺が情勢を探る最適勢力だ。
義兄弟という縁もあるのだから利用しない手はない。
こうして信玄は顕如や坊官らと情勢を語り合い最新の情勢を手に入れた。
そんな話がひと段落した後、信玄にとってはもう一つの目的である話題を切り出した。
「時に、僧正は北陸の一向一揆をどう考えておられるか?」
「ッ!」
顕如は苦い顔をした。
飛騨まで拡大してしまった北陸の一向一揆。
発端は文明3年(1471年)に蓮如が延暦寺の迫害から逃れ越前吉崎に辿り着いた事から始まる。
吉崎の地に吉崎御坊を建立した蓮如だが、次第に周辺勢力や他宗派との争いに発展し苦慮する事になる。
蓮如は天才的布教家で瞬く間に信者を増やす事に成功したが、一向一揆を継続させたい訳ではなかった。
結局、力を持ちすぎた一揆は領主に疎まれ蓮如も吉崎を退去する事になる。
だが一向一揆は弾圧を跳ね返し、あろう事か弾圧者の領主を討ち取ってしまい内紛を経て百姓の持ちたる国へと移行する。
ここで終われば良かったのだが、この先の史実では、本願寺本家ですら制御不能に陥っており、織田、上杉、朝倉と敵対を繰り返し、最終的に信長に敗北するまで北陸一帯は荒れた。
今現時点のこの歴史では、本願寺は辛うじて手綱は握っているが、いつ暴走するか分からない、顕如としても頭の痛い問題でもあった。
「ふむ。この情報は掴んでおられるか? 先の情報の礼にお伝えしましょう。斎藤、朝倉、上杉の北陸周辺国が手を組んで一揆鎮圧に当たると間者が伝えてきておるのです」
この情報は越前一乗谷城で取り決められた情報だが、信玄は善徳寺での帰蝶との会談後に間者をフル稼働させて情報を統合し、北陸の一向一揆の危機を伝えた。
「……!」
今度は顔に出すのは堪えたが、それでも戸惑った。
だが戸惑う理由は凶報だったからではない。
いや、侵略行為だから凶報には違いないのだが、僅かに、怒るべきか喜ぶべきか迷ったのだ。
(ほう? そう捉えたか)
信玄はその感情を見逃さなかった。
(その可能性もあろうかとは思ったが、そりゃそうじゃろうな)
信玄は顕如の感情に理解を示す。
何故『喜び』の感情が起こり理解ができるのか?
それは、不本意だからだ。
本願寺としては天下を統一したい訳でも、誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けたい訳でもない。
顕如の基本方針は意外な事だが、『信仰の防衛』及び『王法為本』。
北陸の一向一揆で一時は中心人物に立ってしまった蓮如の理想である。
顕如は蓮如の苦慮を理解していた。
信仰を脅かす者には抵抗するが、世を乱すのは極めて不本意と感じる立場なのだ。
故に北陸の一向一揆は本願寺本家でも扱いに苦慮していた。
本願寺も北陸を制御するべく坊官を派遣するも、統治が上手くいっていなかったのだ。
最悪、制御できない一揆は本願寺に対する憎悪にも繋がりかねず、史実ではこの後、顕如でも制御不能に陥ってしまう。
そして今の歴史は、史実にない飛騨一向一揆もあって、史実よりも格段に早く制御不能に陥る瀬戸際でもあった。
顕如は信仰の庇護と本願寺としての成長を天秤に掛けるも、揺れ動く各種メリットとデメリットに悩まされていた。
制御できないのなら北陸の一揆は本願寺にとって病巣になり果てる。
病巣は治療しなければならない。
根気よく治療するか、思い切って切除するか。
その瀬戸際を信玄に告げられ、ならばいっその事、北陸の一揆過激派を周辺大名が排除してくれるならと一瞬考えてしまったのだ。
これが『喜び』の正体だった。
「顕如僧正。わかりますぞその気持ち。故に武田家が手を貸しましょう。ただその前に御気持ちを確認したい。北陸の一向一揆。最終的にどうなるのが僧正の理想と考えるか?」
「……。民には信じる教えに殉じられる環境を作り出すのが本望ですが、それが争いに繋がるのは本来は不本意。戦いなど無いに越した事はないのですから。ただ、世が世なだけに戦わねば守れぬのも真理。大谷、吉崎、山科の二の舞は避けねばなりませぬ」
「なるほど」
現在、本願寺は摂津国の石山に本拠地を構えているが、本来は山城国は山科に存在していた。
この山科本願寺は蓮如が築いたと言われるが、後年、この山科本願寺は細川晴元と手を組んだ法華一揆によって陥落してしまった。
もっと遡ると、最初は浄土真宗開祖親鸞の墓所でもある山城国の大谷廟堂・大谷本願寺が本願寺の本拠地であったが、こちらは延暦寺の襲撃によって破壊されている。
時系列としては、大谷から吉崎へ、吉崎から山科へ、山科から石山と、石山にたどり着くまで本願寺は受難が続いた。
だから武力放棄などはあり得ない。
自衛力なくして守りたいものは守れない。
余談だが、山科本願寺が陥落後、今度は延暦寺と日蓮宗が争う天文法華の乱となり、京の大半は廃墟となり、応仁の乱を上回る人的被害も生み出した。
この様に、宗教が絶対の時代、宗教宗派は信仰を守る為に争うのが常識であり、その流れのまま戦国時代に突入し今に至る。
「では混乱を収めた後は如何しますか? 具体的には統治の方向性です」
「!」
顕如は『正しい規律と方針を持って統治する』とは言えなかった。
信玄の言いたい事が分かったからだ。
『大小一揆で致命的な内部崩壊をしておいて『今度は上手くやる』とは言わんだろうな?』
信玄は暗にそう言ったのだ。
今は毎日が非常事態の戦国時代。
一度の失敗も許されない場合も当然ある。
(本願寺は信頼を失いすぎた……と言う事か……)
「王法為本」
「!」
「良い言葉ですな。仏法の世界は僧侶が守護すべき。そこに異論はありませぬ。ならば現世は我ら武士にお任せを」
仏法を守護するプロが僧侶なら、現世を守護するプロが武士である。
「それを認めて下さるなら、臨済宗の信玄ではなく、戦国武将の武田として北陸の地を統治してみせましょう。その上で浄土真宗の門徒を束ねればよろしい」
「浄土真宗と臨済宗で共存を図ると?」
「ワシは臨済宗の信徒でありますが、だからと言って浄土真宗を滅しようとは思いませぬ」
信玄には自信があった。
その自身の根拠は『信仰の住み分け』である。
なぜなら、臨済宗は鎌倉から室町、そして今に至るまで国教に近い立場を得ている。
臨済宗は支配者のブレーンとして地位が安泰であった。
今川義元には太原雪斎。
織田信長には沢彦宗恩、策彦周良。
毛利元就には安国寺恵瓊。
伊達政宗には虎哉宗乙。
徳川家康には金地院崇伝。
そして武田信玄には岐秀元伯と快川紹喜。
この様に、強力な武家の陰には臨済宗の影があった。
臨済宗の僧侶は時には軍師に、時には知恵を権力者に授け、その庇護を受けていた。
もちろん、臨済宗以外にもブレーンとして活躍した僧侶はおり、北条家には板部岡江雪斎(真言宗)、徳川家には崇伝の他に南光坊天海(天台宗)がいる。
一方で浄土真宗出身者が大名のブレーンとなって活躍したとの記録は見当たらなかった。
浄土真宗は救いに至る手段のお手軽さも相まって、どちらかと言うと庶民や下級武士の宗教。
一方、臨済宗は支配者側に近い立場であり、基本的には信者の奪い合いは起き辛い。
庶民が多い故に支配者に対抗する浄土真宗に対し、支配者の庇護を受けいている臨済宗。
故に住み分けができているのだ。
「釈迦の教えの解釈を巡って分裂したのが現在の宗派でありますが、各宗派の考え方は面白いと思うております。何百何千年の重みと歴史は実に興味深い。しかし、その積み重ねた解釈と研究が力によって無に帰すのは歴史の否定でもありましょう」
「仰る事はわかります。……義兄上は何を狙っているのですか?」
「理想は各宗派の再統合」
「ッ! そ、それは……!?」
「分かっております。こんな事が即座に出来ていれば今日まで続く争いなど無いでしょう。他宗派の考えを受け入れられないから分派しておるのですから。だが、誰かが始めねばならぬ事も道理のはず。この後も何千年に渡って宗派が争い続けては、その最初期の人間は何をやっていたんだと誹りを受けるは必定。しかし、この乱世こそ好機にして最後の機会なのです」
三好長慶も織田信長も、帰蝶でさえも、戦国乱世が全てを是正する好機ととらえているが、それは信玄も同じである。
ただ、手段だけが違った。
「ま、ずは臨済宗と手を組めと?」
「そうです。その為に北陸一向一揆を本願寺と我ら主導で収束させる必要があります。手を組むと言って裏切るのが当然の今の世で、そうはならぬと示せねば絵に描いた餅も同然でありましょう。そして時も無い」
「成程。そこで斎藤、朝倉、上杉が関わってくるのですね?」
「奴らが一向一揆を収束させては本願寺に自浄能力無しと断じられる恐れもある。そうなっては手遅れです」
「……義兄上は本願寺に何を望みますか?」
「まず、人材派遣を。先も言った通り武田単独で収束させても意味がない。本願寺にも関わって貰わねば本末転倒。そして支援物資を都合して頂きたい」
信玄はこの訪問で最大の目的を言った。
現在、日本屈指の経済力を誇る本願寺。
いつの時代も人口の大多数は庶民だ。
そして庶民に人気の浄土真宗。
数は力だ。
そこらの弱小大名など足元にも及ばぬ経済力を本願寺は持っている。
この支援を元に武田家は苦境を打ち破る。
宗派の統合も建前に過ぎない。
必要だと思ってはいるが、信玄の優先度としては最優先ではない。
それを馬鹿正直に言う必要は無いし、見抜かれるとも思っているし、顕如もそんな事は即座に見抜いた。
(ソレが目的か……! 宗派の統合など馬鹿げた絵空事だが……。確かに制御を失いつつある北陸を周辺国に平定されれば本願寺に力無しと喧伝するも同然!)
信玄は、宗派の統合を理想に、北陸の情勢を人質にして本願寺に援助を頼んだのだ。
甲斐は貧しい。
ならば有る所から引き出せばいいのだ。
武田が民を守護し世を平定するには、もうこれしか打つ手はない。
「……」
信玄の喉が上下する。
信玄がこの場を支配していも、顕如が了承せねば武田は終わる。
今は武田にとっても瀬戸際なのだ。
「……良いでしょう。他ならぬ義兄上の要請です。拙僧の名代として証恵を、他に武官として筑後法橋、刑部卿を派遣しましょう」
証恵は信長に滅ぼされた長島願証寺の責任者だった男だ。
長島を脱出した後、石山本願寺で保護されていた。
ただし、保護といっても冷や飯を食うも同然の待遇であり、挽回の機会を伺っている。
織田には歯も砕ける程の強い恨みを持つが、その縁戚たる斎藤にも恨みの矛先は向くだろう。
筑後法橋とは下間頼照。
史実では越前の一向一揆総大将ともされ、守護代とも言われる程の影響力を発揮した。
織田とは徹底抗戦を繰り広げ討ち取られるまで戦い抜いた武官である。
刑部卿とは下間頼廉。
史実では顕如の右腕とも評される人物で、戦に内政に八面六臂の活躍をし、信長の宿敵本願寺の武における中心人物だ。
その名は絶大で、信長死後も豊臣秀吉や徳川家康にも優遇、あるいは、警戒され、本願寺の顔と言っても過言ではない存在であった。
「あとは支援物資ですが、甲斐は内陸部。運び入れるのは中々に困難です。何か伝手はありますか?」
「駿河今川とは同盟を結んでおりますので話は通しておきましょう」
「なるほど。この後の動きにおいて何も遮る物は無い、と言う事ですな。分かりました。ではその様に手配しておきましょう」
こうして武田信玄と顕如の会談は終わった。
信玄退出後の本堂―――
「法橋(頼照)、刑部(頼廉)。其方らに甲斐武田に赴いてもらう事になりました。私の名代として証恵に一団を率いてもらいますが、実権は其方らになります」
もはや証恵には何の権力も無いが地位だけはある。
何かあった時の責任を取ってもらう責任者としては最適だ。
「中央の情勢も予断は許しませぬが、幸い本願寺は三好との関係は悪くない。三好が覇者の今の時期ならば、いや、今の時期だからこそ周辺諸国の情勢を其方らに見てもらう意義があると言うもの」
「はっ! 仰せのままに! 地方の信徒の危機は回りまわって本家の危機にも繋がろうと言うもの。他勢力に丸投げでは示しが付きますまい」
頼照が力強く答える。
「それにしても武田ですか。その武力は申し分無いのでしょうが、良い噂は聞きませぬな」
頼廉が顔を顰める。
あまり本願寺本家を離れたくない様であった。
「そこです。義兄上は耳触りの良い事を仰っていました。宗派の統一も目的には違いないのでしょう。しかし真に実行できるのかと言えば私は疑っています。だからこそ其方達です。武田の実力と統一にかける真意を見極めてきなさい」
「戦になった時は如何様に?」
「今回の派遣で其方らを失うのは最悪の痛手です。どの道、本願寺と武田の共同作戦とは言え戦いの主役は武田。武田の進む先々で降伏した信徒を率いるのが其方らの役目ですが、戦での手柄を立てる必要など無し。義兄上の本陣にて行方を見守っていれば良いでしょう。何故なら我らが関わったと言うのが武田にとって重要なのですから。それに領土の獲得が我らの目的ではありません。ですから己の命を最優先に行動しなさい」
「ではその様に」
「本多、渡辺、蜂屋を其方らに付けます。彼らは有能です。外の情勢に限って言えば本願寺で一番詳しいでしょう。うまく活用しなさい」
本多正信、渡辺守綱、蜂屋貞次は三河松平家から離脱した本願寺の門徒である。
各地で情報収集に飛び回り、浅井久政の要請を受け近江で一向一揆を起こす算段をしていたのは彼らだ。(165-2話参照)
「僧正としてはどの様な結果が望みですか?」
「義兄上が仰った事に本当になるのならソレに越した事はない。本願寺としても本腰を入れるべき相手と認識出来ましょう。仮に失敗してもその時は本願寺が改めて北陸を鎮静化せるだけです。それを義兄上がやってくれるなら手間が省けて助かるというもの。さて。義兄上の手腕を拝見しましょう」
【甲斐国/躑躅ヶ崎館 武田家】
武田兄弟はそれぞれ摂津と近江から帰還し成果を確認していた。
「兄上、首尾は如何でしたか?」
「うむ。これで海への道が開ける可能性が生まれた。この閉塞感を打破する切っ掛けとなろうぞ!」
信玄の真の目的は宗派の統一でもなく、北陸一向一揆の鎮静化でもなく海であった。
かつて斎藤義龍が海を欲した様に、武田信玄も北陸の海を欲した。
何もかもが貧しい甲斐で、一発逆転を図るには外に出るしかない。
東西南北全て蓋をされているのが現状であるが、飛騨を北上して抜けてしまえば、待望の海が手に入る。
顕如の前で述べた理想も嘘ではないが、最優先は海だ。
飛騨や北陸の山々を通過する決して利便性の高いルートとは言えないが、海に通じる道が有ると無いでは天地の差がある。
その為には一向一揆の蔓延る地を通過しなければならないが、その為の許可は手に入れた。
あとは時期を見て進軍するだけである。
信玄はそれが甲斐を劇的に変化させると信じて疑わなかった。
「それにしても宗派の統合ですか……」
「そう簡単に行かんだろう。だが臨済宗の我らが行く必要は絶対にある。どこかの宗派、今回の北陸で言えば一向宗(浄土真宗)一強なのが諸悪の根源なのだ。何事も均衡を保ってこそ理性も生まれようて」
建前の目的である統合だが、その手前である均衡でも信玄の目的には沿う。
戦えばお互い無傷では済まない。
その事実が重要であり、現代まで続く軍事抑止力の理論。
「均衡……。なるほど。力の差があるから争いは生まれるは真理でありましょう。ですが戦国大名はそうは行きますまい」
「均衡しているから戦えないではジリ貧だからな。雪解けを待って動く。その為に臨時徴税を行い軍の準備をせよ!」
「はッ!」
こうして武田家は信玄として動き出した。
信長の歴史改編の結果、史実に無い動きが生まれたのであった。
今回の投稿はここまでとなります。
前の話から連続でこの様な事態となり申し訳ありません。




