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外伝1話 平手『大根』政秀

 この外伝は2章天文15年(1546年)の信長が元服直後に転生し、平手政秀の運命を変えた頃である。



 今日も那古屋城内でいつもの騒動が引き起こされていた。


「爺!! ワシには政治の講義など不要じゃ!!」


「若~! 何を~おっしゃる~の~ですかー!」


 それを見ていた城内の者がため息をつく。


「平手様も毎日大変じゃのう……」



 次の日も那古屋城内でいつもの騒動が引き起こされていた。


「爺! 今日は町に行く故に訓練は中止じゃ!」


「若~! お待ち~下さ~れ~!」


 それを見ていた城内の者が、いたたまれない気持ちになる。


「若様ももう少し自重なされないと平手様が可哀想じゃ……」



 さらに次の日も那古屋城内でいつもの騒動が引き起こされていた……が。


「爺、今日は調子が悪い!連歌会は中止じゃ」


「若~! 詩~を読んで~下され~!」


 それを見ていた城内の者が違和感を感じた。


「いつものこと……と思うておったが、平手様の顔を見ていると充実感を感じるのは気のせいかのう?」



 さらにさらに次の日も那古屋城内でいつもの騒動らしきものが引き起こされていた。


「……爺、気分が乗らぬから寝る……」


「若~! いつまで寝て~いるつもり~ですか~!」


 それを見ていた城内の者が首を傾げる。


「平手様は……何というか……若様と戯れていらっしゃるのだろうか? いや、そんなハズはあるまい? 真剣なのじゃろう。……たぶん」



 何日かこんなやり取りが続いた後、信長は自分の私室に平手政秀を呼んだ。

 どうしても確認したい事があったからだ。


「爺! もう勘弁してくれ!」


 厳重に人払いした私室で信長は吼えた。

 理由は政秀の説教についてであるが、説教が煩わしすぎての抗議ではない。

 政秀の『説教の棒読み』についてである。

 そう、信長は平手政秀と謀ってわざと怒られていたのだ。


 しかし―――


「若~! 何をおっしゃ~る……」


 またしても棒読みに程があるセリフを政秀は言う。


「それはもう良い! ……まさかとは思うがソレは正真正銘の全力演技なのか?」


「はっ! 中々の迫真の演技で自分の新たな才能が恐ろしいですわい!」


 政秀は子供の様な純真な目で語り、自分の新たな才能に喜んでいる。


「何たる事じゃ……」


 信長は立ち尽くしてしまった。


 何故わざと怒られているかと言えば、信長の『うつけ戦略』の一環である。(6話参照)

 信長は親衛隊の存在を隠す為に、後継者争いに勝つ為、今後敵となる者の見極める為、自分を侮る者の油断を誘う為、転生した事を隠す為に、表面上は『うつけ』を演じているのだった。

 その協力の為に平手政秀には転生以外の真実を打ち明けた上で説得し、周囲を欺く為に信長を転生前の様にいつも通り叱って貰う様に頼んでいたのだが―――


「特訓じゃ!」


 信長の叫びに、締め切った襖が反応してビリビリと震えた。


「特訓? 何をですか?」


 政秀は信長が何を言っているのか分からず困惑する。


「爺の演技をじゃ!」


 信長は目を剥いて政秀の肩を掴んで揺さぶった。


「演技? ははは! 何を仰るのですか?」


 揺さぶられながら政秀は笑っている。


「爺こそ何を仰っておるのじゃ! ……あぁ、そのすっとぼけた演技は完璧じゃぞ?」


 信長は政秀が()()演技でとぼけていると願わずにはいられなかった。

 それはそれで問題なのだが―――


「とぼける? 何をです?」


 あっさりその期待は裏切られた。

 政秀は自分の棒読み演技を少しも疑ってはいなかった。


「お、おぉ……何たる事じゃ……」


 転生前には全く気付かなかった政秀の弱点に信長は困り果てた。



【後日】


《ファラ。この爺の棒読みっぷりは歴史修正の弊害なのか?》


 信長は政秀のポンコツ演技が信じられず、歴史修正の力が働いたと思わずにはいられなかった。


《まさか! 転生したから棒読みになる何て無い……ハズです》


《ん? ハズとはなんじゃ? 歯切れが悪いな?》


《時間移動は確立されたばかりの技術ですので、変な不具合が絶対無い、とは言えませんが……でも多分、平手さんの場合は元々演技が下手だったんじゃないですかね?》


《演技が下手って……爺は外交も手掛けておるのじゃぞ? 海千山千の曲者共を相手にしておったのじゃぞ? 腹芸やとっさの機転はお手の物のはずじゃ。演技が下手って信じられぬわ》


 政秀の実績から考えれば、演技が下手などとは万に一つも考えられられなかった。


《うーん、それはそうなんですけど……。でも事実として演技が下手なんですよね? 『演技が下手な演技』をしてるわけでも無いですよね?》


《演技が下手な演技ってややこしいな! しかしワシの『うつけ戦略』を明かして全て把握した爺が下手な演技をするって、即ちワシの妨害をしている事になるぞ? 前々世の爺はワシの将来を思って切腹したのじゃぞ? そんな爺がワシを欺くとは信じられんぞ?》


《欺いていたら、抜群の演技者ってことですねー》


《それは確かに……。しかし……うーむ、わからん。しばらく様子を見るしかない様じゃな……。一体爺に何が起きておるのじゃ?》


 信長はとりあえず静観する事にして原因を探る事にした。



【さらに後日】


 親衛隊の訓練の為、信長は政秀を伴って訓練現場に向かった。


「爺よ、今日は親衛隊の間者候補の者達に外交の心得や、間者の注意点を教えてやって欲しいのじゃが」


「うーむ……外交の事はともかく、間者働きについては役に立てるかどうかは保証しかねますが……」


 政秀自身が間者として活動した事は、精々外交のついでに他国の街並みや繁栄を見聞きした程度で、本格的な諜報活動の経験はなかった。


「そうか。ならば爺が見聞きした、間者の特徴でもいいぞ?」


「そうですなぁ……ふむ、承りました。この爺がお役に立てるなら喜んで教えましょう!」


 政秀は快諾し、右手で左手の平を叩きやる気を見せた。


(思ったより乗り気じゃな)


 信長は政秀のやる気に助かると思いつつ一抹の不安も覚える。


 実は政秀が教えずとも外交や間者働きについては信長でも教える事は出来る。

 今回の目的は『政秀がどんな外交戦術や間者についての心得や、仕込みの技が聞けるか?』では無い。

 演技が下手な政秀が『演技が必要な事』について、何を語るか信長が知りたかった故に開いた偽装訓練である。


(あまりに酷い演技をしたら途中で割って入って助けねばなるまい……)


 政秀のメンツを潰さぬ様に心構えをしておく信長であった。

 やがて親衛隊の間者適正のある者が集められた場所ににたどり着いた。

 岩や切り株、ゴザなどが地面に敷かれ、思い思いの場所に親衛隊の面々が座っていたが、傍目にはうつけた服装も相まってゴロツキが談笑している様にしか見えない。


「皆の者、今日は織田家の外交を担う平手の爺より、外交の極意や間者について話してもらう。各々何か感じるものがあれば、今後の働きに活かしてほしい」


 信長がそう集まった者達に話し、政秀が前に出る。


(ほう、この目つき! 教え甲斐があるわい!)


 政秀は服装だけは酷いが意思の宿った目つきに、かつて穀潰しと断じた己を改めて恥じた。

 政秀も用意された場所に座り名乗った。


「改めて名乗ろう平手中務丞政秀……いやこの場は五郎左衛門と名乗ろう。よろしく頼む」


 政秀はこの場が『うつけ』の集まりであるのを思い出し、やがて上半身も片側だけ脱いで可能な限り精一杯場に溶け込もうとした。

 名乗りも官位付きの正式な名乗りより通称にしたのは、積極的に場に馴染もうとした判断による為である。


 そんな政秀をみて信長は思った。


《これがあの酷い演技をする爺の行動か? 文句の付けようがない行動ではないか!》


《そうですねー。この配慮や行動は見ていて気持ちが良いですねー。気さくなお爺ちゃんって感じです》


 信長もファラージャも政秀の所作に感心する。

 そんな二人の感嘆した視線に気づかず政秀は自身の経験を語り始める。


「さて何から話したものかな? うむ、まずは外交活動にしようか。おっと、その前に聞いておこうかのう。お主らが思う外交のコツとはなんじゃと思う?」


 政秀が集まった者達に質問をする。


「強気な態度じゃないっすか?」


「相手の弱点を探る?」


「いやぁ、本心を見せない事が重要だろ?」


 いくつかの意見が出てきて政秀は満足気にうなずく。


「ほう! 皆良い意見を言うな! フフフ良いぞ! 皆の答えは正解でもあり間違いでもある、と言うのがワシの考えじゃ」


「え!? なんスかそれ!?」


 若干抗議気味に文句を言う親衛隊の面々。

 そんな若い者をみて政秀はニヤリと笑う。


「まぁ気持ちは解る。ワシも若い頃はお主らと変わらぬ考えじゃった。しかし長年弾正忠家の外交を担当して気付いたことは、別に『コレが正解』と言った『絶対的な答えは無い』と言う事じゃな」


 ここで政秀は一旦、間を空けた。

 その抜群の間の空け方は、参加者の注意と興味を引く、信長でさえ引き込まれる完璧な間であった。


「何故かと言うとじゃな、人と言うのは十人十色。思想、時世、立場など千差万別じゃ。片方には通じても片方には全く通じないと言う事はよくある話じゃ。そういう意味では、究極の外交術とは『臨機応変』と言っても過言では無いと思う。じゃから普段の気配りや雰囲気を察知する能力、あるいは市井の人々の人間観察をして己の人生経験を鍛える事が重要じゃとワシは思う」


「でも俺達はまだ五郎左衛門さんの様に経験豊富じゃないし……」


 政秀の隣にいた親衛隊の若者が口を尖らせる。


「もちろんそうじゃろう。ワシの助言を聞いて直ぐにワシと同等の成果を挙げたら、ワシの立つ瀬が無いわい! ガハハ!」


 と笑って隣の親衛隊の背中をバシンと叩いた。


「お主名前は?」


「丹羽五郎左衛門(丹羽長秀)!」


 ムッとしつつ若者は答えた。


「ほう、丹羽殿の倅か。五郎左衛門よ、よく覚えておくと良い。お主も、お主らも若に才能を見出された者達じゃ。今からさっき言った事を心がけておれば、必ず今のワシより若い時に、今のワシの境地に達するであろう。楽な道などない。しかしいつか必ずコツに気づくはずじゃ。お主らなら最速でワシを追い抜くと期待しておるぞ! 特にお主はワシと同じ通称じゃしな!」


 そういってもう一度隣の五郎左衛門の背中を叩いて笑った。

 五郎左衛門は叩かれてむせたが嫌な顔はしていない。

 むしろ、やる気に満ちた顔をしていた。


 そんなやり取りをみて信長とファラージャは政秀の見事な手際に驚いていた。


《見たかファラ? たったあれしきの会話で親衛隊の面々の心を掴んだわ。年の差、身分の差など爺には全く関係が無いわい!》


《鮮やかな手際ですねー……。あんな惚れ惚れする手腕を発揮する人が、なぜあんな大根役者なのでしょう?》


《そうじゃな。今の話でも若い奴らに混ざるための演技をしておったはずじゃ。どこが演技か解らないほど極めて自然な振る舞いじゃった。……なぜワシとの演技はダメなのかさっぱりわからん! ……ところで大根役者ってなんじゃ?》


《いろんな説がありますが、演技が下手な人を大根役者と言うのです。大根の様に何でもできるけど主役にはなれない人、素人演技なので素人の『シロ』を大根の色『シロ』にかけた説などいろいろあります》


《ふむ、未来の人は面白い表現をするのう? 初めて聞いたわ》


《えっ、昔からある言葉では?》


《……お主からすれば、こちらの世界は昔なのじゃろうが、ワシからすれば未来の発想じゃぞ?》


 そんな信長とファラージャのやり取りなどつゆ知らず政秀は話し続ける。


「次に間者についてじゃが……ワシは間者働きをした事が無いので教えるのは難しいが、かつて出会った間者について話そうかの。っとその前に、また聞いておこうか。優れた間者とはどんな間者だと思う?」


「身のこなしが良い!」


「変装の達人!」


「気配を消せる!」


 政秀との心の距離が縮んだのか、その後も先程の質問よりも多くの意見が出てきて場が活性化した。

 皆、何とか正解を答えようと必死であった。


「よしよし。そこまでじゃ。切りが無いわい。今出てきた意見は出来ないに越した事は無いが優れた間者の絶対条件では無いとワシは思う。先ほど言ったワシが出会った間者は凄く気配りのできる下男での。必要な時に必要な事を完璧にこなしてくれる素晴らしい人材じゃった。ワシも随分目を掛けたものよ」


 懐かしそうに当時を思い出す政秀は、また間を空けて注意を引く小技を繰り出す。


「ワシがそ奴を間者と見破ったのは全くの偶然じゃ。外交を担うワシの身辺を洗う事によって情報を得ようとしていたのじゃろうな。真に優秀な間者は相手にとって必要な人材であり、諜報中は潜入先の役割を演じると言うよりは、間者と言う事を忘れて対象の為に全力を尽くす事じゃろうな。そうすれば胡乱な気配を出したり、不自然な事をせずに済むじゃろう? ほんの僅かだけ主家の為に忠誠を忘れなければ間者と見破るのは難しいじゃろう。例えば目立たず活動するのも手ではある。それが必要な時もあろう。じゃが、価値のある情報を手に入れたいなら逆に目立つぐらい優秀でも良いのじゃ。ま、外交の話と被るが『臨機応変』が優れた間者じゃな」


 親衛隊の面々は政秀の話術に引き込まれ真剣に聞いている。

 その後も平手政秀は自分の経験をあらゆる例を挙げながら身振り手振りを交え、時には演じながら丁寧に真剣に教えていった。

 信長もついつい当初の目的を忘れ聞き入ってしまう程見事な外交、間者プレゼンテーションであった。


《今更ワシが言うのも何じゃが、爺は凄かったのじゃな……》


《そうですね。演技も交えて話してましたけど完璧でしたよ》


《もう少し様子を見たいな……》


 平手政秀の外交間者講習は大盛況の内に終わった。




【後日】


「若~! 今日と~言う今日は~逃がしませぬぞ~!」


 相変わらず政秀の棒読みが木霊(こだま)する。


「な ん で じゃ よ !?」


「な、なんでとは……?」


 政秀は信長に突っ込まれて困惑した。


「先日の講義は素晴らしかった! 経験に基づいた実に有意義な時間じゃった! ワシも聞き惚れておったわ! あの演技を交えた逸話など絶品じゃった! なのに何でまた! そうなるのじゃ!? 外交も間者も臨機応変じゃろう!? なら今も爺なら臨機応変にやれるのではないか!?」


「はい、仰る通りですが……」


 そこに那古屋に来ていた信秀が通りかかった。


「何の騒ぎじゃ?」


「親父殿!」


「大殿……」


「実は―――」


 信長は経緯を説明して、非常に困っている事を訴えた。

 精神年齢的には父信秀よりも年上なのだが、信長にはどうする事も出来ずに父に頼った。


「まぁ、一度見せてみろと……と言って見せられるモノでも無かろう。仕方ない。ワシが調べる故お主らは普段通りにしておれ」


 そう言って、信秀はどこかに立ち去って行った。


「若、ワシの演技はそれほどまでに酷いのですか……?」


「……うむ。献身的にやってくれておる爺には言いにくいのじゃが酷すぎる……。爺が今もし間者なら悪目立ちし過ぎて直ぐにお縄になっておるじゃろうて……」


「そ、そんな……まさか……」


 迫真の演技をしているつもりの政秀には、想像を絶する宣告であった。

 数刻して信秀が信長と政秀を呼んだ。


「中務丞。言いにくいが三郎の言うた事は事実じゃ」


 信秀は申し訳なさそうに言った。


「周りの者もよう見ておるわ。三郎が『うつけ』なのは周知の事実じゃから良いとして、お主まで『うつけ』となって一緒に戯れておる、と見られておるぞ」


「そ、そんな馬鹿な!?」


 足元が瓦解するような感覚が政秀を襲った。


「話を聞いた限りでの推測じゃが中務丞。お主、三郎の正体を知って嬉しいじゃろう?」


「は、はい、それはもちろん……。才能あふれる優秀な若と一緒に織田家を盛り上げるのは望外の幸せ!」


「それじゃ。その幸せが隠しきれておらぬのじゃ。お主の性格もあるのじゃろうが、怒り続けると言うのは案外難しいとワシは思う。相手に非があるならともかく、これは演技じゃ。どうしても怒っている演技が表に出てしまい、チグハグな事になっておるのじゃろう」


 信秀は客観的に判断したが、それは正確に問題点を捕らえていた。


「お主ら、例えば世間話をするじゃろう? その世間話を人前で演技でやれ、といわれて仮に上手い演技が出来たとしよう。しかしそれは見ている者にとっては『うまい演技』と認識できても『本物の世間話では無い』とも言えないか?」


「解る様な解らない様な……」


「つまり演技である以上、真実にはならず、それ故に絶対に完璧にはならないのじゃ。必ずどこかに不自然さが出てしまう。中務丞は三郎を叱る時、『迫真に()()()怒っている』のであって、『真剣に怒っている訳では無い』のじゃ。解るか?」


「な、なるほど……。理屈は解りました。しかし、では今後どの様にしたら……。これでは絶対に周囲を欺けません……」


 信秀の説明通りなら対処不可能である。


「そうじゃな……。毎日毎日しつこ過ぎるとどうしても噓臭さが出てしまうだろう。だから、基本的に三郎の事を諦めた体で行くのはどうじゃ? それで、二人で打ち合わせする時は必ず周囲の人払いをしろ。何をやっているのか解らなければ周囲は自ずと想像を膨らませ三郎を捕まえて説教をしてると勘違いするのでは無いか? 三郎も周囲に愚痴を言えば尚良しじゃ」


 信秀は逆転の発想を提示した。

 見せる事が出来なければ見せなければ良いのである。

 あとは周囲が勝手に勘違いしてくれるハズである。


「まだ那古屋の者は全て二人の関係を疑っている訳では無い。つまり今が方針転換の最後の機会でもある訳じゃ」


「……なるほど、流石は親父殿。よし爺よ。今よりその様に行動しよう」


 この信秀の案を実行した所、次第に政秀に対する違和感の気配は消えて行き、信秀の言う通り二人が部屋に籠っている時は、触らぬ神に祟りなしの風潮が出来上がっていった。


 後日、信長と政秀は隔離された一室で話し合っていた。


「ふぅ、一時はどうなるかと思ったが、何とか周囲を欺ける様になったな」


「甚だ心外……と言いたいですが、効果覿面なのを見るとワシの演技が怪し過ぎたのでしょうな……」


 がっくり肩を落とし、しょんぼりする政秀であった。


「まぁ今となっては爺の意外な一面が見れて愉快であったわ。人間一つぐらい弱点があって親近感が湧くモノよ」


 かつて信長は完璧すぎて人を遠ざけすぎてしまった自覚があった。

 ただそれは必要だった故の行動だが、本能寺の原因の一つとも言えそうなので、今回はもう少し家臣に歩み寄って溝を埋めようと思っていた。

 だからこそ政秀の醜態(?)はいい教訓ともいえた。


「そう言うモノでしょうか?」


「そう言うモノじゃ!」


 かつて明智光秀と羽柴秀吉に裏切られた身なので説得力のある言葉であった。


「わ、解りました……?」


 説得力の根拠を知らぬ政秀は疑問に思いつつ納得する事にした。



 こうして那古屋では『信長がうつけて政秀が困り果てている』と言う噂話は無事に絶える事無く続いていくのであった。

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