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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
17章 永禄4年(1561年) 弘治7年(1561年)必然と偶然と断案
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163話 若狭湾決戦後始末の顛末の結果の結末 斎藤家の当主

【美濃国/常在寺 5次元空間/時間樹】


「……!!」


 帰蝶が座して瞑想している。

 斎藤義龍の葬儀後に斎藤家継承を打診され、困惑の果てに泊まり込み瞑想を続けた。


 しかし座禅ではない。


 これは唱題行(しょうだいぎょう)と呼ばれるもので、座禅とは違う。

 唱題行とは日蓮宗における座禅に相当する修行で、座禅と違い肩を警策(きょうさく)で叩く事はしない。

 座して『南無妙法蓮華経』と唱える事こそが至上の修行とされる。


「……!!」


 常在寺は日蓮宗に連なる寺なので、唱題行を行うのに何の不都合も無い。


「そ、そんな馬鹿な……!?」


 一人の修行僧が膝から(くずお)れた。


 常在寺の僧侶にとって、唱題行は普段から己も行う見慣れたモノなのに、僧籍でもない帰蝶のあまりに鬼気迫る唱題行に、己の信心が揺らぐ。


「何たる凄まじい唱題行だ……!!」


「斎藤様は仏陀の化身か……!?」


「俗世に居ながら、しかも女性(にょしょう)の身で……!」


 だが、僧侶たちは気が付いていない。

 僧侶が目視できるのは帰蝶の背中だけなので仕方ないが、帰蝶は念仏を唱えていない。

 なので正確には唱題行ではなく座禅になってしまうが、しかし座禅とも違い、帰蝶は一切の精神統一している訳でも無い。


 何なら帰蝶の心は精神統一とは対極の、テレパシーを通じた喧々諤々(けんけんがくがく)の有様だ。

 ただし傍から見れば無言であるのには違いないので、熱心に神仏に祈る敬虔な信者に見えてしまう。


 テレパシー最中はどうしても無防備かつ、意識を現実から切り離す為に油断した姿を晒す事になるのだが、今の環境と唱題行の様な座禅が、上手い事カムフラージュしていた。


「斎藤様の御心には仏様がいらしているのだろう。お前たちも見習う様に」


 住職が帰蝶の姿に感銘を受け、修行僧にさらなる奮起を促した。


 住職も勘違いをしている。

 しかし正解の部分もある。

 確かに仏は来ているのだ。


 ただし仏は仏でも、お釈迦様ではなく、『死ねば皆仏』の定義によって仏となった、斎藤道三と斎藤義龍である。


《父上! 兄上!》


《わかっとる。来る頃だと思っておったわ》


《ワシが病を隠したばかりに、良かれと思っての策だったのだが苦労をかけるな。……いや、まさかこんな事になるとは流石に予想できんよ》


 帰蝶は5次元にいる父と兄ら家族と話した。

 3日に及ぶ議論にて何が話されたのかは別の話であるが、散々の議論の末、帰蝶はとうとう決断する。


「住職殿、世話になりました」


「決められたのですな?」


「はい!」


「あの見事な唱題行をなさる帰蝶様の事。どんな困難にも必ずや御仏の加護がありましょう」


 そう言って住職は手を合わす。


「……見事な? 良く分かりませんが、では!」


 唱題行に身に覚えのない帰蝶は住職の言葉に疑問を感じるが、エールだと思って素直に受け取った。

 そして稲葉山城に向かうのであった。


「無自覚とは恐れ入ったわ……。斎藤家は安泰と言う事かのう」


 住職は馬で颯爽と去る帰蝶の背に手を合わせ、『南無妙法蓮華経』と唱えるのであった。



【美濃国/稲葉山城 斎藤家】


「殿! どうしてここへ?」


「どうしてって、今日が約束の日であろう? ワシが不在では説明が二度手間になろうて。で、その様子、決心したのだな?」


 城門で待ち構えていた信長に、呼び止められた帰蝶は頷いて答えた。

 信長も帰蝶の顔を見て、何を決断したのか即座に察した。


「ならば参ろうか。頂上に向かう道すがら織田家、と言うよりはワシの方針を話しておこう」


「はい!」


 根回しとは違うが、信長も帰蝶が悩んでいる間に決めておいた事を話す。


「ありがとうございます!」


 その至れり尽くせりでもあり、より一層の覚悟を決めさせられる内容に、帰蝶は織田信長と言う英雄の優しさと厳しさを知る。


「後は……。いや、これ以上は必要あるまい」


「そうですか? ……ふう! 到着! ……これから、事ある毎にここを登るのね……!!」


《ワシが岐阜を拠点にしていた頃は、毎日の様に歩いておったぞ? 体力作りと考えるのだな》


《そ、そうですね……!》


 信長と、若干覚悟が鈍りかけた帰蝶が頂上の屋敷に辿り着くと、さっそく関係者が集められた。


 龍興が主の席である広間中央に座り、その対面に帰蝶。

 脇の側面最上座に信長が控え、家臣団が帰蝶の背後に離れて勢ぞろいで並ぶ。


「早速ですが叔母上、聞かせていただけますか?」


「はい。私が斎藤家を継ぎます!」


 龍興や家臣達にとって半ば予想していた答えであったが、それでも、その宣言には驚きと歓迎と興奮が入り混じる騒めきが起こる。


「ありがとうございます。某が不甲斐ないばかりに迷惑をかけますが、それでもこれが斎藤家と民にとって最善である事には違いありませぬ。これからは戦国大名斎藤家の主として、存分にその腕を振るって下さいませ」


 龍興は主君の座から立つと、帰蝶にその場を譲り、今まで帰蝶が居た場所に移動する。

 同時に帰蝶も立つと当主の座へ向かう。

 華やかなだが、本来なら場違いの拳法着が、何故か相応しい様に家臣たちには映る。


《……。ほんの何歩か動くだけなのに、この緊張と圧力……!》


 一歩一歩踏みしめる度に、父や兄の顔が浮かぶ。

 悩み、苦しみ、怒り、悲しみ、そして喜んだであろう顔が。


《これが当主の重責って奴なのね。今なら龍興殿がリタイアした気持ちも分からなくは無いわね》


《リタイアしますか?》


《まさか! どんな冗談よ!?》


《聞いてみただけです。緊張が解れるかと思って》


《……ありがと》


 帰蝶とファラージャが数瞬の冗談を言い合う頃には、当主の座の正面まで辿り着いた。


《父上と兄上が君臨した場所に私が座る……! この歴史改変を絶対成功させるわよ!》


 帰蝶は当主の座に座った。

 家臣達からは歓声の声が上がり、5次元空間からは拍手の音が聞こえた。


「改めて名乗ります。美濃斎藤家当主、斎藤帰蝶です。私が当主になったからには……などと言うつもりはありません。別に何か制限をかけたり極端な方針転換はしません。これまで通り織田家と同盟を結んだまま天下を目指します!」


 帰蝶の口から、改めて天下への道が明言された。

 家臣達も、言われるまでもなく方針として受け入れてきたが、改めて身を引き締める。


「今日まで斎藤家は難所や窮地に陥った事はあれど、全て跳ね返してきました」


 帰蝶が転生した当初は、道三と義龍は緊張感で繋がる親子だった。

 そこから歴史が変わった。(7話参照)


 正徳寺の会談では、婚姻が破断しかけた。(8話参照)


 桶狭間の戦いは10年前倒しになり、織田と力を合わせ今川義元と戦った。

 道三は織田信行の乱心により窮地に立たされ、義龍も北条綱成の猛攻に命を摺り減らした。

 帰蝶は信長の秘策として勝負を託された。(6章参照)


 朝倉宗滴との戦いでは、帰蝶も翻弄され、義龍は命が助かったのが奇跡の負傷を受けた。(7~8章参照)

 義龍の飛翔を賭けた近江攻めも三好の思惑に翻弄されケチがついた。(84話参照)


 暫くは順調に勢力として成長するも、武田との戦いでは帰蝶は右目を失い、隣国飛騨の一向一揆勃発により道三が戦死する。(13章参照)


 それでも義龍率いる斎藤家は成長を続け、北近江のほぼ全域と若狭を支配するまで成長し、これからという矢先に義龍の死病が発症する。(150話参照)

 その死病すら策に盛り込んでの龍興率いる朽木攻略は、偶然に偶然が重なり、大成功かつ大失敗となった。(161~162話参照)


 その失敗を跳ね返す為に帰蝶が立つ。


「―――そうして兄上の死。まさに喜怒哀楽。様々な事がありました」


 帰蝶の話に、家臣達は当時を思い出し懐かしみ、或いは涙を浮かべた。


「これからも斎藤家には荒波同然の試練が訪れよう! 更に私を女と侮る勢力は多かろう!」


 最初は女らしさを感じる言葉使いだったのが、だんだん、当主らしい覇気溢れる言葉に変貌する。


「しかしその荒波は更なる波で粉砕する! 父が考案し兄が引き継いだ立波紋の様に!」


 帰蝶は背後に掲げられている斎藤家の家紋を、前を向いたまま手で示す。


「その為に皆力を貸してほしい!」


 史実では斎藤道三が使った立波紋を義龍は使わなかった。

 親子の争いが原因であろう。

 しかし今の歴史は違う。

 立波紋は道三、義龍と受け継がれ、今、帰蝶に引き継がれた。


 帰蝶の所信表明は、先代、先々代の魂に誓った、勇猛で頼もしい決意となった。

 その覇気はこの場にいる全員を貫いた。

 そんな帰蝶に対し、家臣達は一斉に頭を下げ、今までと変わらぬ忠誠を誓った。


《ほう?》


《どうしました?》


 信長が何かに気が付き、ファラージャが尋ねた。


《人が成長し立場に相応しくなるのが普通だとは思うが、やはり、立場が人を成長させる事も無きにしも非ずか》


《というと?》


《先ほどの覇気。誰にでも纏えるモノでは無いと言う事だ》


《覇気ってこの時代なら誰しもある物では?》


《フッ。ファラの思う覇気とワシの思う覇気に齟齬がある様だな》


《?》


 帰蝶の覇気は、信長には到底及ばない。

 しかし、纏えぬ者は永遠に纏えぬ覇気。


 武を極めようが、政に長けようが、智に恵まれようが、殺気を自由自在に扱えようが関係ない。


 資格を持てぬ者、そして覚悟無き者には永遠に縁が無い()()()の覇気。


「見事な言葉であった。帰蝶殿……いや、最早、美濃守殿と言うべきでしたな。そして新九郎殿の人を見る目は実に侮りがたい。当主を退くのはやはり惜しいと思わざるを得んが、今は辞めておきましょう」


 信長が場の空気を見極め口を開く。


「さて、当主が変わったとて織田家として変わらぬ同盟を約束致しましょう。……と言いつつも、実際には様々な諸問題が湧いてきましょう。何せ、歴史上初の大名同士の夫婦となったのですから」


 夫婦として親しい中ではあるが、こうして同格の大名となった以上、帰蝶に対する口調を改めた信長。

 前例が無いので、礼儀として正しいのか不明だが、公式の場としては相応しいハズと思い丁寧に話す。


「そ、そうですね」


 帰蝶も斎藤家臣団も、若干の不自然さと気持ち悪さを感じつつ、信長の懸念を当然の疑問として認識している。


「故に織田家として約束し、家臣団の抱える不安の一つを払拭致します。ワシが夫の立場を利用して美濃守殿を動かす事は絶対にしませぬ。大名同士対等の立場とは言え、実際問題夫婦であるのだから、その立場を利用しようと思ったら出来てしまいます。斎藤家を陰ながら操り美濃守殿の方針に異を唱える事を。これをワシは強く自制しましょう」


 信長は黙っておけば有利に利用できる事を、自ら暴露し封印した。


「美濃守殿にするのは織田家としての要請のみ。それは道三殿の時代から何ら変わらぬ事。そして美濃守殿はワシの要請を断る権利がある。同格の大名としてそれは当然の事」


 史実にて、徳川家は織田家の家臣同然の従順さで信長と付き合ったが、それでも大名同士の同等同盟なので、信長の命令を拒否する事は可能だった。

 例えば、徳川信康切腹事件について、信長の命令で家康は信康の腹を斬らせたとも伝わるが、これに関し信長は一切命令していない。

 同格の大名だからこそ要請はしても、命令する立場に無いからだ。


「当然逆もあります。私が妻の立場を利用して織田殿を操る事はしません。早い話が公私混同の禁止です」


 帰蝶が逆のパターンの例を示し、同じく禁じた。

 先ほどの覇気あふれる口調とは違い、幾分柔らかく変化した。

 稲葉山城の門前から屋形までの道にて、2人が決めたのはこの事であった。


「現在、斎藤家、織田家はほぼ同じ法度を掲げ、同じ天下を目指す勢力として付き合いがあります。しかも家臣同士が交流し、一部ニ君に仕える者もいます」


 明智光秀、丹羽長秀が該当しお互いの家を行き来し仕事を行っている。

 他にも池田恒興、服部一忠、毛利良勝は宇喜多直家との交換で、信長と三好長慶のニ君に仕えたりもしている。


「領地を遮る関所もなく、精神的にも物理的にも大名家の境目はかなり曖昧になっているのは否めませぬが、それでも織田殿と私の公私混同は避けねばなりません。片方が一方的に血を流し苦労し、その旨味をもう片方が奪ったら誰だって怒りが湧くでしょう?」


「故にここに血判として明記し誓約する」


 神仏への信仰を無くした信長に、血の誓約に何の意味があるのか?

 もちろん大アリである。

 己の信念こそがある意味信仰だからだ。

 従ってこの血の誓約は、相手が破らぬ限り絶対に約束は守る信長の、最大級に重い誓いなのである。

 

「今後、何か要請を行ない一方だけが成果に見合わぬ損害を被ったり、期せずして一方的な苦労をさせてしまった場合、必ず何らかの形で補填を行い、報いる事を約束する。今までも要請に対する返礼は当然の行為として行ってきた事ではあるが、織田、斎藤家の間では、(ビタ)一文に至るまでキッチリ請求し、補填を遠慮したり断る事は許さぬ間柄とする」


 戦も政治も水物なので、絶対に均一な成果や損害はありえない。

 しかしそこは補填で相殺できるはずである。


「夫婦とはいえ、いや、夫婦だからこそ線引きはしなければなりません。何せ前代未聞の夫婦なのに大名同士。他勢力による付け入る隙は可能な限り潰さねばなりません」


 他勢力にとって帰蝶の斎藤家継承は、絶好の揺さぶり事案であろう。


『斎藤家は織田家の言いなりになって良いのか?』


『織田家は女の尻に敷かれた腑抜けか?』


 火を見るより明らかな懸念事項である。

 史実の徳川家も『徳川は織田の走狗(そうく)か? 煮られて食われるのを待つのか?』と散々言われてきた。

 信長もその歴史を知っている。

 当時の織田と徳川では実力に違いがあり過ぎたが、今の織田と斎藤は実力が均衡しているからこそ隙を晒す事があってはならない。


「申し訳ござらぬ! そ、某、そこまでの気が回らず、そんな重大な事を懸念材料として把握せず叔母上に家督を譲ってしまったとは!」


 龍興が慌てて頭を下げた。

 龍興はやはりまだ未熟であり、この点には思い至っていなかった。

 人の善性を信じてしまう龍興の弱点であり、やはり家督は譲って正解だったのだと龍興含め家臣も思うのであった。


「良いのですよ。貴方はその心を忘れぬ様にした方が良いかもしれません。正直私も常在寺での瞑想で気が付いた位ですから」


 やはり史上初の大名同士の婚姻。

 前例が無さ過ぎて、何があるか行き先は不透明なのであろう。


「まだ私達が気が付いていない懸念材料はあるでしょう。しかし何事も有利不利は表裏一体。必ず利点はあるはずです! それを胸に刻み、新生斎藤家として邁進いたしましょう!」


「はッ!!」


「……あと一応、一つだけ。夫婦である事には違いないので、夫婦の時間を設ける事には意義を唱えないでね? やるべき事はちゃんとやりますので」


 さっきまでの迫力ある態度は何処へやら。

 小さな声で帰蝶は許しを請い、家臣らは笑っていいのか神妙に答えるべきなのか迷い、ぎこちなく了承した。


 こうして帰蝶の家督継承は無事終わった―――


 今回の家督移譲は後世でも紛糾と創作の種だ。


 歴史学者の間では、この前代未聞の家督継承は『龍興の戦死が原因』だと根強く支持されている。

 この後、龍興が歴史から忽然と姿を消してしまうからだ。


 帰蝶は信長の傀儡であった―――

 と言うのは当たり前の説過ぎてカビが生えているが、その他にも様々な珍説、奇説が飛び交う。


 帰蝶の男説―――

 常識外れの武勲が根拠の大半である。


 帰蝶という名の別人説―――

 これも常識外れの武勲故に。


 ただ、何れにしても共通しているのは、疑惑の多い斎藤家関連の書状において、妙にしっかりと帰蝶の斎藤家当主就任が記述され、家臣発給の書状にも同じ様に記述があり、帰蝶の家督継承は真実である証拠は山ほどある―――が故に、逆に怪しいと激論が繰り広げられている。


 極々一部の主張で『帰蝶は人生2回目なのだ!』と、失笑モノの荒唐無稽な妄想話が囁かれたが、当然闇に葬られた。

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