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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
17章 永禄4年(1561年) 弘治7年(1561年)必然と偶然と断案
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159-2話 若狭湾決戦決着 卑劣の刀

159話は3部構成です。

159-1話からご覧下さい。

【若狭湾/若狭九鬼水軍 斎藤帰蝶】


 帰蝶達はあれから敵の移乗攻撃を退けつつ、逆に敵船を乗っ取りを成功させ、合計3隻の関船を奪い取った。


「3隻……!! 残り……関船2! 安宅が……1ッ!」


 肩で呼吸をしながら残りの数を数える帰蝶。

 疲労の度合いとしては、武田信繁と戦い飛騨まで撤退した時に匹敵する疲労を積み重ねていた。(122-2、125話参照)

 あの時とは違い、大軍や武田信繁と言った勇将を相手している訳ではないのにこの疲労。


 環境と兵士の違い、後は自らが選択した戦法が地味に帰蝶達の体力を削っていた。

 陸より不安定な為、常に足腰に緊張を強いられ、敵兵は環境に慣れた水軍兵。

 戦果は挙げ、尚且つ人的被害も軽微だが、決して犠牲は小さくなかった。


 目標まで、あとたった3隻なのか?

 それとも、まだ3隻あるのか?


 気持ちとしては『まだ』なのだろう。

 少ない戦力で押してはいる。

 だが、限界が近かった。


 そして悪手を打ってしまっていた。


 最初に敵の船を奪った。

 その船を活用しつつ、接舷する敵の船を迎え撃ち、次の2隻も()()()征圧した。


 即ち、少ない戦力を分散させてしまった。


 お陰で、単純に敵に接する面積が増え、攻撃を跳ね返せなくなり劣勢に追い込まれてしまっていた。

 ただ、この悪手には付き従う遠藤直経が即座に変更を進言する。


「濃姫様! 分散させてしまった戦力を元に戻すべきです! このままでは兵も将も負担が大きすぎます! 奪った船の接収は諦め、水夫を排除して航行不能にしてしまいましょう!」


 直経が押し寄せる敵を片っ端から突き殺し、海に叩き落しつつ撤退を促す。


「……そ、そうね! 水夫に船底を破壊させてから脱出させなさい!」


 帰蝶の命令により、おっかなびっくりの敵水夫は櫂を海に投げ捨てると、一部船底に穴を開け船から飛び降りさせた。

 元々木は浮くので即座に沈没する訳では無いが、櫂も、それを扱う水夫もいなければ航行は不可能。

 そうなれば放棄せざるを得ず、敵の戦力と設備を削るには違いないだろう。


(殺してしまった方が後々楽だが、この方は甘いな。いや、美徳と捕らえるべきか)


 直経は水夫も殺すべきと思っていた。

 水夫という貴重な資産も減らせるなら容赦なくそうするべきだと思っていた。


 源平合戦の頃なら非戦闘員の水夫の殺害は御法度だが、あれから戦は進化、非情化し、戦場に居るなら死は誰であろうと平等に降りかかる様になった。

 そもそも、たとえ女子供であろうとも、絶対に非戦闘員である確証など無いのだ。


 だが、帰蝶がソレを命じないなら、それはそれで異論は挟まない。

 これもある意味長所なのだろうと考え直す。

 少なくとも救出され助かる可能性を残す、帰蝶の優しさなのだと。

 それに甘かろうとも無抵抗の人間を殺すのは、直経であっても今更この乱世で躊躇わないが、気分が良い訳ではない。


「敵が水夫を救出している隙に我等の撤退も叶うハズ! 各自その隙を見逃さないで!」


(……あ、あれ!? 違ったか!?)


 直経の思惑は外れた。

 帰蝶の甘さや優しさによって水夫が逃がされた訳ではなかった。


(……なるほど。敵が救出に手を回せば、それだけ手数が減る。こんな乱戦でも最低限の冷静な判断は失っておらぬか)


 果たして本当に攻撃を中断してまで救出に手を回すかどうかは不明だが、どの船も全く見向きもしないと言うのも無いだろう。

 貴重な操船技術を有する水夫なのだ。

 ならばどこかの船の手数は必ず減る。


「……ッ! 圧力が減った!! 今よ!!」


 その計算が実ったのか、敵の攻勢が弱まり、帰蝶の号令と共に一旦撤退を図る。


「無賃乗船は困りますな、お客人?」


 だが、その引き留める声が殺気と共に放たれ帰蝶の足を止める。


「ッ!!」


 帰蝶は両肩を捕まれ振り向かされた―――かの様に錯覚した。

 それ程の圧力と殺気を纏った声であった。


「どうしてもと言うなら撤退しても構わんが、その代わり船賃として首を置いていって貰おうか?」


 現れたのは吉川元春とその精鋭であった。

 特別大きな声ではないのに、思わず足を止め振り向かせる迫力を纏った声に帰蝶らは撤退する機を逸する。


「……!! さっきの槍は貴方ね? (援護射撃が無い!? と言う事は万が一にも味方の誤射があってはならない人物! これは相当の大物が来たってことね……!)」


 帰蝶は覚えのある圧力に、眼前の相手が先ほどの投擲者であると察した。


「……ん!? その声!? お、女か!? あの殺気を纏う者が!? コレは驚いた……!! 斎藤軍にはこの奇襲を読まれた時から驚きっぱなしよ。(何者だ!? いや、どこかで聞いた事があるぞ? そうだ。東では女の妖怪が猛威を振るうと。確か……)」


 一方元春も、あの殺気の主がまさか女であるとは見抜けず、素直に称賛する。


 こうしてお互い挨拶が終わると、獲物を構えながら間合いを図りつつ、隙と好機と位置取り探るべくジリジリと動く。


「……奇襲を読んだのは、我が殿である織田弾正忠様と、斎藤家の次期当主にしてこの戦の総大将たる斎藤龍興殿よ。私はその読みに従い動いているに過ぎないわ」


「織田弾正忠に斎藤の次期当主? 総大将だと? 義龍は来ていないのか?」


「……この程度、己が出るまでも無いってとこね」


「そうか。そこ迄看破されておってはこの状況も納得よ。申し遅れたが、ワシは尼子家臣の吉川元春。この場の支柱と思しき女傑の名を聞いておこうか」


「吉川!!」


 大物だろうとは思っていたが、帰蝶にとっては予想外の大物の名が告げられ驚く。


「そう言えば毛利は尼子の傘下に入ったんだったわね。私は……斎藤帰蝶よ」


「……ほう? 貴様があの! ワシを前にしてその胆力。噂は真であったか」


「……。どんな噂なのかしら?」


「何の事は無い。斎藤道三の娘は妖怪だとな」


「それはどうも。貴方を倒せば妖怪としての格もますます上がりそうね」


「フッ。言ってくれる。倒せれば三国一の大妖怪に違いないわ」


 お互い腹を探りつつ名乗ったが、喋る内容はもはやどうでも良い。

 喋った側から、何を喋ったか忘れそうになるほど、今はソレ所ではない。

 まるで感情が入っていない棒読みのセリフが口から適当にこぼれていく。

 緊張感と殺気と、何より少しでも有利な状況を手繰り寄せるのに忙しいのだ。

 もう戦いは始まっている。


 そんな一色触発を切り裂くが如く、斬撃が元春に襲い掛かる。


 前田利益と毛利良勝、服部一忠であった。

 戦場でペラペラと喋る隙を晒す元春を見逃すほど甘い彼らではない。


「フン!!」


 だが、元春もその側近も、その打ち込みを許す程に甘くない。

 側近達が、良勝、一忠の攻撃を受け止め、元春は利益の船を破壊しそうな斬撃を己の長巻で弾き返した。


「なっ……おわッ!?」


 飛び掛かって斬りかかった利益を、野球のボールの如く扱う元春。

 利益がボールだったらホームラン間違いなしの鋭い元春の斬撃は、辛うじて利益の長巻の柄や手甲で受け止るが、衝撃は逃がせず吹き飛ばされ船の縁に着地する。


「クッ! この……ッ!?」


 細い足場でバランスが崩れた体勢を何とか立て直そうとするが、その行為は敵の攻撃に対し何ら備えられない特大の隙を晒すに等しい。

 それを見逃す元春ではない。


「じゃあな。そのまま海の藻屑となるがいい」


 元春はそう言いつつ、縁でバランスを崩していた利益の胸を突く。


「グッ!? の、濃姫様……!! 申し訳―――」


「慶次郎君!」


 バランスを欠いた体勢では元春の突きを交わす事も出来ず、利益はそのまま海に落下した。


 衝撃の光景であった。

 こと戦闘力に限っては織田家トップクラスの利益が、何もさせて貰えず一撃で戦場から退場した。


「岡部殿達を呼び戻して! この船が()()するまでが勝負よ!!」


「沈……な、なに……ッ!?」


 帰蝶の『沈没』と言う言葉に反応して、一瞬の動揺を見せるか否かのタイミングで帰蝶は斬りかかり、直経ら残りの精鋭や従う兵が、元春の率いてきた一団に襲い掛かる。


 その付き従う精鋭は服部一忠、毛利良勝、遠藤直経、佐々成政、前田利家、松井宗信、今川氏真。

 別の船に岡部元信、朝比奈泰朝、松平元康、稲葉良通、斎藤利三、丹羽長秀。


 従う兵は精鋭が少ない岡部の方に比重が置かれ、今、帰蝶達は単純に手数が足りない。


 だから『沈没』と言うワードを帰蝶は口にした。

 ここは海上。

 沈没などと言われては、誰であろうと無反応ではいられない。

 機先を制するのにはコレしかないという判断だが、やはり帰蝶はその辺の機微を掴むのが抜群に上手かった。


 こうして最後の乱戦が始まった。


「濃姫様は脇の兵を! 某が吉川を引き受けます!!」


 直経が帰蝶に続き、元春の相手を申し出る。

 帰蝶も並の武人では無いが、船2隻を奪うのに死力を尽くしており、既に疲労困憊だ。

 その上、猛将吉川元春を相手するのは流石に厳しい。


「……お願いするわ!」


 帰蝶は聞き分け良く了承する。

 元春と戦いたい欲望はあるが、この海域の勝利より優先させて良い訳がないのは流石に弁えている。

 一太刀だけ浴びせさっさと引っ込む帰蝶であった。


「むッ! 待て……」


「いかせるか!」


 一方、噂の妖怪女であり、この場所の大将たる帰蝶を逃がす理由もない元春は当然追うが、直経に行く手を阻まれる。

 両者の長巻が鍔迫り合いとなり、お互い左手で柄を握りつつ、右腕で棟(峰)を押し込み相手の首筋を狙う。


「濃姫様と戦いたいならワシを倒してからにするんだなッ!」


「クッ!? 沈没とはなんだッ!?」


「何と!? そんなありふれた言葉を知らぬとは!? 地方の民はそこまで無学か!! 沈没とは―――」


「馬鹿を言うな!! 言葉の意味を聞いているのではないッ!! この船が沈むとはどういう事だと聞いておるのだ!!」


「フフフ……!! 揶揄(からか)ったまでよ! だがまぁ、沈むは沈む以外に説明しようがない! 先ほど、この船の船底に穴を開けさせた! 沈むのは時間の問題じゃろう! 若狭の藻屑になりたくなければさっさと引き上げるのだな!」


「クソッ!」


「それと揶揄ったのは他に理由もある! こうして引き付ける為だッ!!」


「引き付け……ッ!?」


 急に元春に圧し掛かっていた直経の体重と圧力が消え失せた。

 直経が一歩引いて元春のバランスを崩したのだ。

 だが、これで終わりではなかった。


 何と直経の背後に隠れていた帰蝶が、元春に躍りかかった。

 別に帰蝶は逃げた訳ではなかった。

 逃げた振りをして機を伺っていたのである。


 その帰蝶の左足が床板を蹴る―――

 右足が床板を掴む―――

 左手で元春の腕を掴み―――

 腰を回し肩を落とし―――

 直経が引き寄せた力を利用し―――

 己の体を全て使った渾身の当身を繰り出す―――


 帰蝶は直経と入れ替わり、元春の長巻を逸らしつつ、肩を利用した当身を食らわせる。


「グッ!」


 完全に体勢を崩されつんのめった所を、帰蝶によって弾き飛ばされ船の縁に叩きつけられる元春。


 体重が劣る帰蝶では大の男を手足だけで怯ませるのは難しい。(外伝48話参照)

 かつて直経と立ち会った時も腕だけでは倒せなかった反省から編み出した、体当たりによる怯ませである。


 吹き飛んだ元春を更なる追撃で大上段から切りかかる帰蝶と直経だが、元春も屈みこんでその太刀を躱す。

 2人の太刀は船の縁に阻まれ元春には到達しなかった。

 だが、これが船でなく平地だったら、間違いなく一刀両断で3枚に下ろされていただろう。


「卑怯とは―――」


「言いませんよねぇ?」


 2人は刀を縁から引き抜くと正眼に構えて傲岸にも言い放った。

 男を、女が武力で倒すのは至難の業。

 それなのに、ある程度の実力者すら圧倒する帰蝶の武が異常なのだが、稀に現れる豪傑級の武将を単独で倒すのは難しい。

 その対策としての一つの答えがコレだ。

 1人で倒せないなら2人で倒してしまえば良いのだ。

 戦場にルールなど無い。


「グッ! 小賢しい!」


 さらなる追撃を直経と共に行う帰蝶。

 何とか2人の攻撃を凌ぐ元春。


 2対1が卑怯と言うのは、卑怯だと相手を罵って脱出する手段として言ったとしても、本気で卑怯と非難する兵士は居ない。

 運よく卑怯との言葉に動揺してくれれば儲けもの程度の認識だ。


「治部様!?」


 側近達が慌てて援護に入ろうとするが、元春は言葉で制した。


「こっちは良い! ソレよりも増援が呼ばれている上に沈没の恐れもある! 数が有利な内に仕留めるぞ!」


「は、はいッ!」


「増援を呼ばないというの!?」


「舐めた事を!!」


 帰蝶達としては確かに増援を呼ばれるのは困るが、呼ばれないのも、ソレはソレとして腹が立つ。


「ククク! 舐めてなどおらぬ! 十分なのだッ!!」


 元春は長巻を一閃させ、距離を取ると、刀を抜いて二刀で構えた。


「さっきは面食らってしまったが、適切な判断と言ってもらおう! 我らの船を2隻、隣も含め3隻奪取したのは見事。じゃが、その代償は軽くなかった様だな? 鍔迫りと当身の接触で全て把握したぞ? その汗、呼吸に疲労で震える下半身。そんな体でよく戦っていると誉めてやろう。だがッ!」


 元春は右手の長巻で直経を、左手の刀で帰蝶に斬りかかる。

 力に任せた振り回しだが、一撃でも貰えば命に係わる危険な斬撃が襲い掛かった。


「貴様らが脅威なのは手数だけ。しかしそれ以外は雑兵と変わらぬ! 誤魔化せてはおらぬぞ? そんな疲労困憊の身でワシを倒せると思うてか? 対してワシは元気一杯の万全な状態。貴様らは先ほど唯一の勝機を失ったのだ! ……フフフ。卑怯とは言ってくれるなよッ!?」


 さらなる斬撃を繰り出す元春。

 切り裂いた空気が焦げた臭いを発する―――

 そんなハズは無いのだが、そう感じるに足る迫力と殺意の乗った斬撃であった。


「誰が言うものです……かッ!!」


「ぬッ!? むおッ!?」


 疲労など無い元春は、斬撃で体が流される事なく、素早い斬り返しを次々繰り出していく。


 帰蝶と直経はあっという間に防戦一方に持ち込まれた。

 元春の言う通り、帰蝶は限界に近い。

 疲労で膝の力が抜けそうになるのを懸命に堪える。

 直経も帰蝶ほどでは無いが、体力の消耗は著しい。


「さっきの当身! あの後に畳みかけられなかった体力の無さが運の尽きと心得てあの世へ行け!!」


 元春はそう言って足で床板を踏みつけた。

 床板が粉砕されそうな音に、思わず怯み視線を足元に落とす帰蝶と直経―――の顔めがけて元春は長巻と刀を両方突き出した。

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