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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
16章 永禄3年(1560年) 弘治6年(1560年)契約の化かし合いと、完璧なる蠱毒計
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145話 六つの関門

【近江国/太山寺城 山間道 足利義輝軍】


『先程の伝令の内容を変更する必要はありません。新九郎が先陣を切るのもそのままで結構。違うのは―――』


 織田信長を討ち取る為に、安曇川砦に向けて駆け抜ける足利義輝率いる騎馬隊。

 義輝は細く整備の行き届いていない山道を駆け抜けながら、細川晴元が出陣直前に提案した策を思い起こして居た。


「よくもこんな危険な策を提案出来たモノよ! ワシの身の安全などお構い無しか!」


 その策は極めてギャンブル性が高い策。

 何故なら、義輝陣営のアクシデントは当然だが、織田軍への予測が間違っていても討死が待っている。

 本来なら即却下の策であるが『ここまでしないと信長は討ち取れ無い』と全員が共通認識として持っているが故に採用された策であった。


「流石は管領、と言った所か。ワシと共にした流浪の日々は、奴にとっても実りある日々だったのだな。今は身の安全を考えていては何の成果も挙げられぬ! まさに『虎穴に入らずんば虎児を得ず』の故事通りよな!」


 失敗したら討死。成功しても討死。

 失敗は言うまでもなく、成功したとて刃交え矢玉が飛び交う戦場では、死ぬ時はあっけなく死ぬのが定め。

 大活躍を果たしても、運が悪くければ討死。

 人事を尽くして天命を待っても、己ではどうにもならない所で運が悪くても死ぬ。

 その運の悪さとは流れ矢等も含まれるが、今回の望ましく無い運の悪さとは、そう言う次元の話では無い。


 この虎穴は虎一家の親戚一同が潜んでいそうな位に危険な虎穴だが、その死を潜り抜けた先に光明がある―――


『先程の伝令の内容を変更する必要はありません。新九郎が先陣を切るのもそのままで結構。違うのは、中将様(義輝)が太山寺城を経由した迂回を行い、背後側面から奇襲を掛ける事です。但し多数の懸念が懸念のまま終わる事が条件となりましょう』


 義輝軍は幾つかクリアしなければならない、運の関門が待ち構えている。


 一つ目は、信長が安曇川砦に来る事で、兵は少なければ少ない程望ましい。

 二つ目は、義輝軍が到着する前に安曇川砦が陥落しない事で、可能な限り粘って持ち堪える事。

 三つ目は、織田軍の太山寺城の攻略が後回しになっている事。

 四つ目は、挟撃の形になる事。

 五つ目は、挟撃を成功させる為、山間部を駆け抜ける際、脱落者が可能な限り少ない事。

 六つ目は、挟撃の形になる為に、細川晴元軍が信長を引き付けられる事。


 どれか一つでも運の関門が突破出来なければ、途端に勝てる可能性はガタ落ちになる。


「全部叶えば最高じゃが、それは流石に望み過ぎかも知れぬ! だが、この程度の運を引き寄せられぬで将軍家再興など夢のまた夢! 義教公よ……!!」


 朽木城でも願った足利義教。

 連続で6回も当たりを引く程の剛腕的強運を願う相手は、籤で将軍に選ばれた強運を持つ足利義教しか居ないであろう。


 義輝は、山間部の悪路を猛スピードで駆け抜けるのであった。



【近江国/安曇川砦 織田信長軍】


「兵数の割りに堅いな。朽木の玄関ともなれば、流石に今迄の通りとはいかんか」


 信長の命令により攻略が開始された安曇川砦。

 山を背後に堀と土壁、櫓に柵とオーソドックスな拠点である。

 人員が確保されていれば厄介であっただろうが、砦からの弓矢、投石は散発で、とても砦に寄せ付けぬ攻撃は不可能だった。

 その貧相な砦に、四方八方から織田兵が取り付き、破壊工作に掛かる。


 所が、これで勝負ありかと思った矢先、織田兵が急にまとめて倒された。

 先程の抵抗とは打って変わって激しい攻撃が加えられる。


「ほう? まともな指揮官が残っておったか。妙に硬いのはその指揮采配のお陰か」


 どうやら、引き付けた上で、一斉に力を解放した様である。

 信長は攻略中の安曇川砦を見ながら堅い理由を考えた。


「北部で戦った兵が集結しているのかも知れぬな」


 今まで攻略した拠点は殆どの兵が玉砕したが、中には逃げた兵も居ただろう。

 拠点外に居た兵が帰還を諦め安曇川砦に集結し、今までの拠点とは違う防御を構築したのかも知れない。


「それに逃げた農民が兵として存在しておる様じゃな。親衛隊が居るから農民は山にでも逃げたと思っておったが違ったか」


 農兵の存在も厄介であった。

 防御に回った農兵は強い。

 土地に根付き守るべき物がある。

 更に織田軍としても、農兵は討ち取りたく無い。

 今後の地域の発展が遅れるのは避けたい。


「そりゃそうか。完全専門兵士はこの領地では難しい。……少々手こずるかも知れん。まぁタカが知れている範囲ではあるが」


 敵の兵力が10倍に膨れ上がったならともかく、500にも届かぬ程度の増強である。

 いくら城攻めには3倍の兵力が必要だとしても、周囲の状況含めて完全に機能してこその安曇川砦。

 ならば陥落は時間の問題である。


「無理なら退いて十兵衛らの合流を待っても良いが……。この程度で退いていてはワシの能力が疑われるか」


 信長は力を示し続けなければならない。

 多少の計算違いはあったとしても、全て跳ね返し捻じ伏せなければならない。

 弱い人間には誰も従わない。

 しかも今は将軍家に対する攻撃であるのに、その初っ端で躓いたとなれば致命的な綻びが生じかね無い。


「よし。本腰を入れるか! 丹羽隊を砦裏手に進軍させよ!」


 信長は援軍の丹羽隊の投入を決めた。


 信長のその決断をもって―――

 足利義輝がクリアしなければならない運の関門の幾つかが開いた―――


 今、高島に居る織田軍は分散速攻戦術の為に編成を変更しているが、信長軍は3000人で丹羽長秀と斎藤利三が従っている。

 明智光秀と京極高吉は、それぞれ2000人で南西の拠点を攻略している。

 佐久間信盛は、率いた援軍を分散させており残り1000人で各武将と拠点の援護を行っている。


 言い換えれば―――

 信長が単独で安曇川砦に誘い出され、他の軍勢は別拠点を攻略中である。


 更に、安曇川砦は粘って持ちこたえている。

 太山寺城は未攻略。


 六つの関門の内、半数が開けたのであった。


「申し上げます!!」


 その時、信長の元に伝令兵が報告に来た。



【近江国/安曇川沿い 細川晴元軍】


 細川晴元は息を切らせながらも、一歩一歩力強く歩いた。


「潜伏先で、尾張で、京で、静原城で駆け回って足腰鍛えていなければ、辿り着く前に脱落したかも知れんな」


 細川晴元軍は全員(かち)武者である。

 軍を率いる晴元までもが徒である。

 一騎たりとも騎馬武者は存在しない、徒武者100%部隊である。


 では騎馬武者はどこに行ったのか?

 答えは全員、義輝と共にしている。


 その内訳は、騎馬が義輝も含めおよそ100人。

 この騎馬隊は従者も馬の管理をする雑兵すら居ない、正真正銘100%の完全騎馬隊である。

 この義輝率いる100の騎馬隊が太山寺城を経由して迂回し、信長の背後を突くのが晴元の提示した戦略であった。


 馬で背後から乗り崩した後、馬を乗り捨てて本陣を混乱に陥れる。

 後はその混乱の中で信長を討ち取るのである。


 これだけが将軍陣営の勝機であった。


 仮に全員で安曇川上流から行儀良く信長軍に迫っても、勝てる保証は全く無い、と言うか不可能であろう。

 何せ相手は、斯波氏の家臣の家臣の次男の身から、あっと言う間に周辺地域を従えた傑物。

 敗戦に次ぐ敗戦の武将たる足利義輝や細川晴元がどんなに頑張った所で、武将としての能力は勝負にならない。

 正面から挑んで勝てる相手では無い。


 ならば、勝つ為には運任せであろうとも、迂回する必要があったのだ。


「それにしても完全騎馬隊か。我ながら突拍子もない発案じゃったが意外と良いかも知れぬな」


 かつて武田晴信が運用を思案した騎馬100%部隊。(94-2話参照)

 それが、この歴史の戦国時代において、偶然史上初の誕生となった。

 晴信の様に馬の兵糧や他、多数の問題点に気が付いている訳では無いが、本当に偶然に、今、この奇襲挟撃戦法だけに限って言えば、問題点は殆ど無視出来る。

 馬は乗り捨てで、放置した馬が信長本陣で暴れれば暴れる程、義輝陣営は有利である。

 兵糧も短期間の乗り捨てなら関係ない。

 この部隊は騎馬の攻撃力よりは、騎馬の移動力と武者の体力温存を重視した部隊なのだから。


「後はワシ等が織田を正面から引き付けられれば……」


 実はこれも成功する可能性が高い。

 仮に砦が陥落していても問題無い。

 何せ細川晴元は、戦に強く無いのだから。

 だから引き付けられる。


 今、晴元が率いている戦闘可能な兵は3000程だが、信長と戦力的には互角でも、武将としての格は違い過ぎる。

 だから引き付けられる。


 浮足立った敵を仕留めるなど信長には造作も無い。

 だから引き付けられる。


「……そうか」


 その時、晴元はふと気が付いた。


「ワシはあ奴に正面から勝負を挑むのか」


 信長に挑む現実に。


「そうかそうか。そんな事を失念しておったか」


 自分が囮になる作戦なので、必然的にそうなるのが当たり前だが、何せ急遽決まった急襲挟撃作戦。

 自分で提案しておきながら、どこか現実感が無かったとでも言うべきか。


 勿論、正確には、最初から信長と衝突する事を想定している。

 それは知っている。

 相手が信長だからこそ考えた、渾身の急襲挟撃作戦である。


「グッ……!」


 晴元が本当に失念してたのは覚悟である。

 自分で提案しておきながら、急遽決まったとは言え、あの信長に己が挑む覚悟をしていなかった事を。

 急に今、尾張で出会った時、思わず平伏しそうになる位に眩しかった信長に挑む現実を、思い出したのである。


 晴元はその事実に気が付き体が震えた。

 急に現実感が無くなって来る。

 脳に錯覚が襲う。

 今、自分の足が歩んでいるのか、そもそもちゃんと動いているか不安になり足下を確認する。


「動いているか……。武者震いであってくれれば良いがな」


 もう自分でも、この体の反応が何なのか判断がつかなかった。

 北畠を従属させ、今川を退け、朝倉と渡り合い、武田を跳ね返した信長に挑む。

 官位や身分では圧倒しているが、そんな物は信長の前に何の安心材料にもならない。


「そもそも、あの怪物三好長慶が東の要と認めた信長を、奴に負けて追放されたワシが挑むのか……ハハハ!」


 敵の巨大さと己の実績の差に、もう笑うしか無い晴元であった。


「安曇川砦が見えました!」


 その時、先頭を行く兵の声が上がった。

 砦からは煙が立ち昇り、どんなに都合の良い想定をしても、甚大な被害を受けているのは感じ取れる。


 間違いなく織田軍が砦に取り付いている状況も感じ取れた。


「間に合ったか!」


 この策で一番マズイのは、信長が砦を落として態勢を立て直す事だった。

 織田の後続軍と合流されたら勝ち目は無い。

 悪くても砦は陥落して良いが、晴元軍が間に合わぬ展開だけは避けたかったが、何とか間に合った。

 しかも砦は瀕死ながら持ち堪えている。

 従って、懸念である六つの関門の内、一つ目と二つ目が突破と成った。

 一応、正確に言うなら一つ目は未確定である。

 信長本人の所在確認がまだ済んでいないので、シュレーディンガーの猫ならぬシュレーディンガーの信長状態だ。

 ただ晴元は居ると信じて疑わないし、事実居るので問題は無い。


「良し!」


 晴元から見て、右手側の太山寺城がある辺りでは争う様子も無い。

 攻略はされていないであろう。

 三つ目の関門も突破出来た。


 ならば義輝軍が迂回して背後を突く可能性は極めて高い。


「策の半分は成った!! 何たる強運!」


 かなり分の悪い賭けであったが、一番難しいと思っていた一つ目から、三つ目までの関門を突破していた事に驚愕する晴元。


 だが――― 

 事はそれ所では無かった―――


 晴元が知らぬのは無理も無いが、何とこの時点で、懸念した六つの関門は全て突破されて居たのである。

 義輝はこの時、山間部を抜け、密かに安曇川を渡河し、もう間もなく信長軍の背後を付ける場所まで迫る。

 これで四つ目の関門が突破出来た。


 悪路走破故に多少の脱落者も居たが、奇襲に耐えられる人数は揃っている。

 これで五つ目の関門も潜り抜けた。


「後は、ワシがワシらしく、雑魚は雑魚らしく普段の如く懸命に采配すれば勝つ可能性が高まる……!!」


 これは晴元の弱さもあって、六つ目の関門は有る様で無い。

 程よく弱ければ、それだけ敵を引き付けられる。


 いつの世も行動する者に運命は味方するのだろう。

 足利義輝は義教の加護を受けたとしか思えない、六回連続で当たり籤を引く事に成功したのであった。


「あの……あの信長に勝てる!? 弓隊準備! 射程圏内まで接近する!」


 晴元は今すぐに全軍突撃を敢行したい欲を辛うじて抑え、冷静に弓兵を準備させた。


「よし……。敵兵も気が付いているな!?」


 この頃には、織田軍も急遽現れた謎の軍を把握して居た。

 現れるハズの無い軍勢に戸惑っているのが、己を凡将と自覚する晴元でも感じ取れる。


「長槍隊! 射撃号令と同時に突撃する! 弓兵以外の後衛は投石を準備せよ! なるべく天高く投擲し、相手の頭上から攻撃する!」


 ここは安曇川沿いである。

 石など、掃いて捨てても捨てきれない程に転がっている。


「……ッ!?」


 晴元は不意に尾張での雪合戦が頭に(よぎ)った。(75話参照)

 その他にも、信長の下で義輝と共に励んで居た時の記憶が、次々と現れては消える。

 親衛隊に紛れ込んで共に鍋を囲った懐かしい記憶も、帰蝶に鍛えられた血と汗と土に塗れ苦しかった記憶も、子供達と身分を忘れて過ごし楽しかった記憶も、全て記憶の奥底へ封じ込められたと同時に、体が震え全身に血流が駆け巡る。


「フフフ……! これぞ戦国武将よな!」


 先程、信長と相対する覚悟をした時は、武者震いと己を胡麻化した震えが襲って来たが、今の震えは正真正銘の武者震いであった。


 晴元は号令を下す。


「弓隊! ……放てぇッ!」


 晴元は左手に槍、右手で手ごろな石を拾い号令と共に駆け出すのであった。

挿絵(By みてみん)

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