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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
16章 永禄3年(1560年) 弘治6年(1560年)契約の化かし合いと、完璧なる蠱毒計
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143話 近江北西侵攻戦

【近江国北/斎藤家京極領 織田軍】


《またあの地に向かうとはな。感慨深いと言うべきか、縁起が悪いと言うべきか》


 琵琶湖を北上し、京極領地に到達した織田軍。

 誰よりも先に船から降りた信長は、慌てて追随する諸将を他所に勝手知ったる他人の家の如く歩む。

 これから向かうは、かつて浅井長政の裏切りにより発生した、金ヶ崎の戦いに極めて関係が濃い地である朽木。


 史実では、逃走する信長を援護する為に、当時の木下秀吉や明智光秀が特大武勲を挙げた撤退戦。

 家臣達が決死の覚悟で信長を逃がす中、当の信長はこれから向かう朽木を逃走経路に選び脱出を果たした。


《あの時は逃走だったが、今回は侵攻か。人生本当に何があるか判らんなぁ?》


 信長は若干の皮肉を込めて、ファラージャに声を掛けた。

 今の人生も望んで行った訳では無い。

 正確には、自分の意思とは無関係に無理やり復活させられた後に、やり直しを望んだ。

 余りにも悲惨な未来を目にしての望みである。(3話参照)


 この世に生きる人間、親に望まれて生まれる人間が大多数―――だと信じたい。

 だが、生まれる側が望んで生まれる事は有り得ない。


 それを信長と帰蝶は、途中入場とは言え、この世に介入したいと望んで生まれた例外的存在である。


 この3回目の人生も嫌々遂行している訳では無いが、そんな関係地に降り立つ事には、皮肉の一つでも言いたくなる気持ちは抑えられなかった。


《そうですね! 是非とも良い思い出に塗り替えて下さい!》


 ファラージャは皮肉に気が付かず、満面の笑みであった。


《フッ。そうしよう》


 信長はファラージャの言葉に薄く笑う。


 史実の信長生涯の戦いでは、今川義元に滅亡寸前まで追い込まれた桶狭間の戦い、武田信玄を超える器を見せ始めた武田勝頼と激突した長篠の戦いなど、結果がどう転んでも不思議では無い戦もあった。

 だが、本当に最大級追い込まれたのは、窮地が窮地のまま、脱せず終わってしまった本能寺の変は別として、間違いなく金ケ崎からの退却がNo.1であろう。

 この退却、家臣は文字通り死ぬ程苦労したが、その頑張りの甲斐あって、信長は乱戦に巻き込まれたりもせず血の一滴も流さなかったが、人生最大の窮地であったのは間違いない。


 信長は、前々世の記憶を塗り替えるべく、気持ちを切り替えた。


「よし。早速軍議を始める」


 上陸部隊を待つ間、仮設本陣で諸将を集めた信長は軍議を始めた。

 乗船中にも確認はしているが、タダでさえ圧勝が確約されている侵攻戦であるからこそ、どこから油断が生じて綻ぶか分からない。


 因縁の地だからそうさせるのか、無意識の中でも警戒が強い信長であった。


「京極殿。これより貴殿の領地を通過する。道案内は任せる」


 斎藤家の家臣の立場の京極高吉を、敬称を付けて呼ぶ信長。

 信長の地位と京極家の家格もあるが、変な所でプライド故の行動を起こされても困る。


「はッ! 必ずや織田殿を南高島に送り届けます!」


 現在京極家は、この歴史において高島の北部1/3程を支配下に置き、その上で朽木領に隣接し、斎藤家の先鋒も担当する。

 将軍陣営を裏切って迄、御家復興掛けた大事な初戦である。

 正直な所、信長にとっては道案内して貰う程の物では無いが、メンツと戦意を利用しない手は無い。


「今、京極殿が言ったが、最初の目標は朽木の収入源である高島。ここを占領し朽木の収入源を断つ。陸と湖上からの2方面作戦じゃ」


 琵琶湖を北上した織田軍であるが、船は兵を降ろした後は再南下して佐久間信盛率いる援軍を乗船させた後、再度北上し、高島が見える琵琶湖沖で待機となる。

 信長達は京極領地からの進軍し、佐久間隊は敵地高島に上陸させ合流する予定だ。

 一度に全軍移動出来る船を延暦寺が所持していないが故の分割輸送であるが、船が足りぬならば、その状況も活用した2方面作戦である。


 信長達が高島を攻めつつ、佐久間率いる援軍の上陸を助ける。

 別に2面作戦を展開する程の相手では無いが、そこには理由があった。


 朽木を拠点とする将軍陣営は蠱毒計で衰弱しきっており、例え数が互角だったとしても兵は病人同然である。

 どんなに苦戦しても圧勝が確定している、普段ならあり得ない戦である。

 その上、近江南西の蹂躙も手伝って、むしろ危険な程に空気が弛緩している。

 だから敢えて難しい課題を設定し緊張感与えた。


 水際と言うのは、どうしても隙が大きくなる。

 足首程度が水に漬かったとしても俊敏性は失われる。

 膝まで漬かったら走るのはほぼ不可能。

 腰まで漬かったら、それはもう恰好の的であろう。

 だから狙われる。

 この様に渡河中、乗船下船中は身動きが封じられるが故に、絶好の襲撃機会である。

 逆にその状況を利用した『背水の陣』と言う強制的に覚悟を促す戦法もある程に、水際はとにかく危ないのである。


 佐久間隊を援護する行動は、この圧勝確定の緩んだ空気を多少なりとも引き締めるはずである。


「高島は坂本の様に城塞は築いておらぬ。だが、平地は坂本を優に超えておろう。軍勢がどこに潜んでいてもおかしく無い。油断はするなよ」


 別に、視界を遮る物が溢れている訳では無い。

 農地に民の住む家。

 平地に幾つかの拠点はあるが、今の朽木将軍陣営に防御の為に裂く人員は、無いとは言わないがタカが知れている。


 だから油断するなと釘を刺したのである。


「はッ!」


「よし。明日には佐久間隊も高島に到着するだろう。その後は斥候の情報を元に動く」


 信長は上陸直後、既に斥候を放っていた。

 琵琶湖北上中にも高島の町を見る事が出来たが、その最終確認をする為である。


「その上で、敵が待ち構えているなら町を焼き払いながら進む。まぁ、湖上から見た限り人の気配も殺気も感じられなかったから、その可能性は低そうだがな」


 延暦寺を琵琶湖から目視した時は、人の姿は米粒以下で視認が適わずとも、渦巻く殺気は織田軍を沈めそうな程のモノであった。

 それに比べたら、今の高島は無人も同然であろう。


「人の気配が無いなら町や城を占拠し、兵達の拠点としつつ次の目標に軍を進める。当然、刈田狼藉は禁ずる。いずれワシらの腹に入るのだからな」


 信長は地図上の城や砦を指揮棒で指す。


「平地を平らげたらば次は朽木城に進軍する。安曇(あど)川沿いに進めば楽に行けるが、谷間地形故に両側から挟まれたら壊滅する。だが、そこを避けて山を通ると、安曇川沿いの拠点を野放しにしてしまう。ここも軍を分けて進む事になろう。山間部には軍も通過出来る道がある。無論、挟撃は警戒しなければならぬ」


 信長は朽木城周辺の山岳地図を指しながらテキパキと指示を出す。


挿絵(By みてみん)


 諸将はそんな信長の説明を聞いて思う。


 詳しいのですね―――と。


 勿論、思ってはいても口には出さずに言葉を飲み込む。

 ただ『それにしても』とは思ってしまう。


 今迄も、異常な手際の良さで相手を封じ込めた事はあったが、今回はこの説明の段階で群を抜いて詳し過ぎた。

 昨年の大偵察も朽木方面には足を伸ばさなかったし、それ以前に関わった事も無いのにである。

 不思議に思うのも無理からぬ事であった。


 だが信長にとっては不思議でも何でも無い。

 この世界の信長は見た事も無い場所だが、前々世で必死に逃走した経路であるから覚えているのも当然である。

 朽木元綱に対しては然程興味も無かったのか記憶も曖昧だが、かつて命懸けで通った道だからこそ記憶に刻まれていた。

 その知識アドバンテージを使った今回の近江北西攻略戦。

 信長は誰よりも油断と懸念を潰し、過剰な迄に万全な行動を選んだ。


 不幸だったのは―――


 蠱毒計が完璧過ぎて敵が一致団結してしまった事。

 更に、それを未だ気がついていない事であろうか。



【山城国/静原城 足利義輝軍】


 足利義輝が大声で配下をせっついていた。


「急げ! 刻一刻と好機が失われるのだ! この機会を失えば、また以前に逆戻りぞ!」


 山城国での将軍陣営拠点である静原城。

 今迄は、この城から常に南を伺っていたが、今は違う。

 今は朽木に戻る事を最優先に準備を行っている。

 和睦が成立し、南への警戒が必要無くなった為だ。


 無くなった上で、六角領の南近江の守備はもう間に合わない。

 更に北西近江が危険なのも情報入手済みである。

 更に更に、織田軍は将軍と六角の和睦を知らない上に、織田軍は、これから相手にするのは将軍陣営だけだと思っている。


 そこに将軍と六角、興福寺、延暦寺還俗兵が雪崩れ込めば、織田軍を蹴散らす事も可能である。

 そこに織田の重臣級を討ち取れば僥倖、信長の性格を考えれば信長を討ち取る可能性もある。


「新九郎! 貴様はワシと共に第一陣で朽木に駆け込む! 準備は万全だな!?」


「はっ! この槍で織田兵を木っ端微塵にしてみせましょう!」


 義輝は新九郎と呼んだ若者に声を掛ける。

 この若者は浅井久政の嫡男、浅井輝政である。

 幼名は猿夜叉丸。

 史実にて浅井長政と呼ばれた男である。

 昨年、元服を果たし、義輝は『輝』の字を授け、輝政と名乗らせた。


 義輝はこの若者を可愛がった。

 15歳にして身長170cmを超える大男。

 体格は絶対正義である。

 その体格から繰り出される武芸は圧倒的であった。

 六角との和睦前には、この輝政が先駆けを務めて競り合いを制した事も多々ある。


 また、輝政自身、この頃には自身が織田と因縁ある立場である事は自覚していた。

 幼き頃に誘拐され、織田である程度の教育を受けたりもした。(71話参照)

 当時は幼過ぎて状況も良く判っていなかったが、義輝と再会した折に全てが明かされ理解した。(86話参照)


 朝倉家の命令で将軍家に派遣された身であるが、過酷な小姓時代の経験が輝政を成長させた。

 もう、軍を率いさせても問題無い風格させ漂っている。


 そんな頼もしい輝政を、義輝と細川晴元が感慨深げに見た。


「右京(細川晴元)」


「はっ」


「ようやく約束を果たせそうだな?」


「そうですな」


 かつて進退窮まった足利義輝は現状の打開を目指し、お忍びで尾張に行き何の因果か信長の下で身分を偽り活動し学んだ。(73話参照)

 それは信長が義輝を不憫に思ったが故の配慮、などと言う事では無く、多発歴史改編を狙ったが故の策略である。

 しかし義輝自身も、復権への道を探る為には必要な遠回りであった。

 そこで数ヶ月に及び、ある程度の道筋を見付けた義輝は、尾張を発つ時に、信長との戦いを約束し、爽やかに叩き潰す宣言をした。(74話参照)


 この時、義輝としては、日本を二分する様な最終決戦で雌雄を決するドラマティックな戦いを思い描いていた。

 ともすればスポーツマンシップ溢れる戦いを望んだが、そんな夢物語は訪れず、あっと言う間に三好長慶に絡め取られてしまい、その後は悲惨を極めた。(98話参照)


 三好長慶に追放された時も屈辱的な思いをしたが、朽木で再起を果たした時は本当に晴れやかな気分であった。

 織田で学んだ親衛隊システムは、着実に義輝に力を与えた。


 それが、まさかこんな大規模な策に嵌まり、将軍を舐め腐り極めた包囲を受けるとは思わなかった。

 まるで長慶に『ワシに挑むなど百年早い。身の程を知れ』とでも言われている様であった、と言うよりは実際その通りな所が更に屈辱だった。

 コレなら朽木で燻っている方がマシだと思う程であった。


 かつての鎌倉を含めた歴代将軍でも、これ程迄にコケにされた人物はいないだろう。

 三好に追放され、捕らえられ、反抗作戦を企てれば完全に読み切られ、良い様に弄ばれたのである。


『殺す! 必ず殺してやる……ッ!』


 殺したい相手№1三好長慶に怒り、夜も眠れぬ日が続いた。

 だが、その殺意も蠱毒計によって無かった事になりそうな程に、義輝陣営は追い込まれてしまった。


 5年も過ぎた頃、六角と争っているのを理解しているのに、何故か忘れそうになる位に追い込まれた時、救いの手が現れた。

 延暦寺である。

 渡りに船、願ったり叶ったり、捨てる神あれば拾う神あり。


 絶対に頭を下げられ無い将軍陣営、六角陣営に代わって頭を下げてくれる大勢力によって、密かに講和が纏められた。


 そうなると忘れかけた殺意が蘇る。

 この苦境に陥れたのは誰だ?

 三好長慶と織田信長である。

 その信長が南近江に進軍し、北近江にも魔の手を伸ばす事が確実視された今、その強烈な殺意は信長に向けられた。

 かつての恩など忘れた。

 受けた恩を軽く上回る憎しみが義輝を支配していた。


 信長は京の正しい情勢を知ら無い。

 だが、これで義輝の軍だけで朽木に向かえば、多少の困惑は得られたとしても冷静に対処され簡単に倒されるだけであろう。

 しかし義輝軍に加え、六角軍、興福寺軍、延暦寺還俗兵の総勢15000人がいる現在、必ず信長に辿り着けるはずである。

 憎しみなど無かったとしても、絶好の隙であるからには、戦うのが戦国武将である。


「南近江に留まる兵と北近江に侵攻する兵。ここで織田兵は延暦寺と琵琶湖によって分断される。これが千載一遇の好機となろう。ここで信長を打ち取れば、近江全域を取り返せる! 或いは、尾張まで反撃可能になるやも知れぬ!」


「懸念があるとすれば、信長が北近江に現れるかどうかですな」


 晴元が一応の懸念を述べた。

 血気盛んな主に代わる、ブレーキ役を自覚するが故の釘刺しである。


「必ず来る! 将軍家と敵対する宣言をワシの前で宣った奴じゃ! その最初の戦に出て来ないハズが無い!」


「まぁ、それもそうですな。あの野心溢れる男がこの場に来ないなど考えに難いですな」


 晴元も当時を思い出し、馬鹿な事を言ったモノだと考え直す。


「将軍様、第一陣の出発準備が整いました」


 小姓が義輝に準備完了を告げた。


「よし! 出陣!」


 尾張で信長と関わって9年目。

 蠱毒計を受けて5年目。

 落語、時代劇でも聞く事がある『ここであったが百年目』、では無いが、溜まりに溜まった憎しみを爆発させる絶好の機会であろう。


 足利義輝軍は、かつて史実で信長が京都に退却した経路を逆走する形で、朽木に向かって進軍するのであった。

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