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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
3章 天文16年(1547年)勝ち取る力
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21話 末森城決戦

【信広軍、信長軍】


 寛貞をとらえた後の信長軍の動きは速かった。


 楽田城を兄の信広に任せ、援軍の斎藤義龍軍を引き連れて真っすぐに末森城へ向かった。

 もはや謀反の全容が知れた以上、最優先ですべき事は寛貞の尋問ではなく、末森城の決着をつけることである。

 楽田城も残存兵力はたかが知れており、信広軍だけで十分対応可能だった。

 信広もその案に特に異存なく、二手に分かれる事となった。


 信広は捕縛した寛貞を連行し楽田城に向かい、元々残存兵力の殆ど無い楽田城は、全く抵抗なく降伏開城されたのだった。


 牢に入れられた家臣を救出し、信広と捕らわれていた家臣は現状のすり合わせを行った。

 信行が丸め込まれ敵対した事、柴田勝家が移送された事、今川が今回の謀反に関与している事、斎藤家が援軍に来ている事、信長が援軍と共に末森城に向かった事。


「あの、うつ……三郎様が向かわれたのですか!?」


 家臣は信長が向かった事に危険を感じ、今すぐ向かうべきと主張したが、今回の企ての全てを信長が見破った事を告げると半信半疑ながら従った。

 信長はまだイマイチ信用ならないが、斎藤家含む援軍を引き連れていけば、あとは信秀が何とかしてくれるとの判断であった。



【尾張国/末森城 織田信秀】


 その末森城ではにらみ合いの膠着状態が続けられていた。

 一度、竹千代奪還を目論む松平軍が攻め寄せたが、帰蝶率いる親衛隊が矢の猛射を浴びせ撃退している。

 異様に的確な射撃は隊を指揮する指揮官を(ことごと)く射抜き敵軍を混乱させ、その後、城から打って出た信秀軍が松平軍を追い払い、以後は膠着状態であった。


 どちらの軍も尾張北部からの援軍の到着待ちである為、決定打が打ち込める援軍を待ち続けていた。


《暇だわ……! 恐ろしく暇だわ! 野盗討伐はどんなに敵が弱くとも慌ただしいけど、本物の戦って暇なのね!》


 帰蝶は暇を持て余していた。

 一応、何かあれば直ぐに動けるようにしてあるが、敵も味方も援軍待ちとなってからは、特にするべき事が無く有り余る力を持て余していた。

 帰蝶にとっても正式な初陣ではあるが、野盗討伐と48+5+1年分の人生経験から普通の少女とは程遠い為、しかも膠着状態の籠城戦で、前世での信長の実績を知っておりダメ押しに斎藤家の援軍が来るので、万が一にも信長が負けて援軍に来ないなんて事は心配しておらず、本来感じるべき緊張感を持てずにいた。


《ファラちゃん~!》


《なんですか?》


《何か面白い事ない?》


《……馬が埋まった》


《じゃなくて!》


《私も忙しい訳では無いので話し相手には喜んでなりますけど、無茶振りは対応できかねます!》


 帰蝶の無茶な要求にファラージャは抗議した。


《わ、悪かったわよ、冗談よ、もう! ……あ、そうだ! 暇だから現状の確認をしたいんだけど》


《暇だから……。戦の現状ですか?》


《それは心配してないわ。現状ってのは転生した今の現状よ。今の殿は13歳でしょ? この戦いで尾張が統一されたとすると、実際の歴史より18年も前倒しされている事になるわ。それって歴史的影響は強いのかしら?》


 史実の信長は31歳で尾張統一を果たしている。


《そうですね……強いと思いますよ。お忘れですか? 帰蝶さんが健康になっただけで斎藤家は一致団結しました。本来の歴史とは大違いです。18年も前倒ししたなら影響は予想もつきません》


《そうよね……》


 あの歴史的仲直りを見て、良い事なのに顔が曇る帰蝶。


《だた、歴史の修正力は必ず起きると思います。本来お父上が引っ掛かった正徳寺の会見も、今回はお兄さんが引っ掛かってますしね》


 言われて帰蝶は、義龍の大立ち回りを思い出す。


《あれは酷かったわ……。でも修正力って何なのかしらね? 確かに正徳寺では父上の代わりに兄上が引っ掛かった。これって誰かが引っ掛かったから修正力が働いたと私達は感じるのよね? あれ? って事は、今は一致団結した斎藤家もいずれ分裂するのかしら? 今の父上と兄上の様子からすると信じられないわ……》


《ただ、修正力も絶対ではないと思うのですよ。絶対ならどうあがいても会見で引っ掛かったのはお父上のはずです。信長さんも本能寺で2回とも明智光秀に討たれたはずです。今、目の前に時間樹がありますけど、しっかり枝分かれがあります。と言う事は変化が起きたはずなのです》


《うーん? でも修正力はある……。今のところ、結果さえ同じなら過程はどうでもいいのかしら? いや、結果も厳密には違うのよね……?》


《そもそも修正力と言うのも便宜上そう言っているだけで、私も目の当たりにしたのは2回目の本能寺が初めてなんです。だれもその現象を解明していないのです。暴論ですが結局行動に対する結果は神のみぞ知る、と言うしかありませんね》


《ファラちゃんのところの神は殿よね? 神様本人が結果に逆らおうとしてるんだけど……》


 そんな事を話しながら待機している帰蝶であった。

 そんな一見瞑想している様に見える帰蝶を見て信秀は『さすがは斎藤家の姫鬼神』と感心していた。


 なお、なぜ『姫鬼神』などと称されているのか判明するのは、後の話である。


 そんな空気は徐々に伝わり、周囲も落ち着きだしていた。

 親衛隊も信長の前世は知らないが、実力は神懸かっている事は理解しているので、帰蝶に習い落ち着いて決戦に備えている。


 信秀も似たようなもので、帰蝶や親衛隊と談笑し始めた。


 他の信秀軍は北部決戦の結果によって勝敗が決まる為、気が気でないのだが、信秀はもとより援軍や女子の帰蝶までリラックスしているので慌てる己が恥ずかしくなり、内心はともかく表面上は落ち着いている。

 信秀の家臣も、主君や帰蝶の胆力に舌を巻いて『上に立つ者はかくあるべし』と陰で絶賛した。


 お陰で末森城は籠城戦とは思えない程、余裕のある自然体となっていた。



【尾張国/斯波軍本陣 斯波義統】


 一方、斯波義統は非常に苛立っていた。


 楽に落とせると思っていた末森城に援軍が入ってしまい互角の戦力となった為、格段に手強くなった事。

 その援軍が竹千代を連れているらしく、松平広忠が苛立ちを隠そうともしない事。

 その広忠も独断で末森城に攻めかかり、それなのに成果が全く上げられなかった事。

 援軍が来ない限り手が出せない事。

 攻めているこちらが焦り、末森城からは落ち着いた気配が漂う事。

 少々肌寒い事。

 飯もマズイ事。

 体の臭いが気になる事。

 鎧が重い事。

 腰が痛い事。

 目が痒い事。

 鼻がむず痒い事。


 全てが悪い方向に向かっていた。

 斯波義統は叫んだ。


「援軍はまだ到着せぬか!?」


「はっ! いまだ報告はありません!」


 答えた兵士は『何度目だよ』と心で思いつつ定型文を返した。


 上に立つ者がこんな状態の為、斯波軍、松平軍は険悪な雰囲気に包まれていた。


 こうして方や鋭気を養い、方や無駄に消耗し昼を回った所で、とうとう戦場に変化が起きた。

 北の方角から、振動が響き、砂煙が巻き起こってきたのだ。


 両軍とも待ちわびた援軍の到着である。



【尾張国/末森城 織田信秀】


「来たか。受け入れ態勢を取るのと同時にでるぞ。備えろ」


 信秀は背伸びをしつつ指示を出した。



【尾張国/斯波軍本陣 斯波義統】


「来たか! 信清と寛貞をここに呼べ!」


 義統は痛む腰のせいで体勢を崩し、家臣に支えて貰いながら叫んだ。

 しかし、様子がおかしい事に気づく。

 援軍がまったく速度を緩める気配が無い事。

 援軍の中に見慣れぬ旗印がある事に。

 そう思った時には全て手遅れであった。


 駆け付けた信長軍が勢いそのままに斯波軍に襲い掛かった。


「斯波義統、織田信友を討ち取れ!」


 信長が吼えた。

 同時に末森城の全城門が開き一斉に信秀軍が雪崩れ込んで来た。


 斯波軍は前後左右から揉みくちゃにされて、あっと言う間に潰走してしまった。

 もともと戦闘指揮経験が豊富とは言い難い義統には体勢を立て直す事は不可能であった。


「信友! 信友はおらぬか!?」


 実働部隊の織田信友を呼ぶが、乱戦になったお陰で対応できる家臣が居ない。


「信友殿は逃げた様ですな。お、松平殿も退却なさるご様子」


 不意に頭上から声がして義統は叫んだ。


「誰じゃ!?」


「誰じゃとは……寂しい事を仰られる。今まで散々御家の為に尽くした忠臣をお忘れか?」


 騎馬の武者は頬面を外しながら質問に答える。


「織田弾正忠(信秀)に御座りまする」


「だ、弾正忠……!」


 そう言って尻餅をつき後ずさる義統の手に生暖かい感触があった。

 倒れた側近の流れる血であった。

 慌てて周囲を見るが、すでに信秀の部隊に囲まれて逃げる場所など無かった。


「だ、弾正忠! ワシは騙されたのじゃ! 今気づいた! お主の忠節を疑った己が恥ずかしい!」


「騙された? 忠節を疑った? 成程……ならば仕方ありませんな」


「そう、そうなのじゃ! だから……」


 斯波義統がその先のセリフを言う事は無かった。

 信秀の槍が正確に義統の喉を貫いたのだった。


(義統殿。そう貴方は騙されたのです。忠節を疑って正しいのです。すべては()()()()()()()のですから。貴方はこの乱世に相応しくない。ならば相応しい者に継いで頂くのが道理でありましょう)


 そう心の中でつぶやき、かつての主君に手を合わせた。


「斯波義統討ち取ったり! 斯波軍よ! 武器を捨てて投降せよ! 元は同じ尾張の民! 悪いようにはせぬ!」


 信秀の大音声が響き渡る。

 それを合図に一斉に信秀軍が斯波義統の討死を周囲に広げる。

 あとはもう、戦と言うより投降する兵の武装解除をする作業と、それでもなお戦う忠臣の殲滅作業をするだけとなった。


 こうして犬山城、楽田城から始まる謀反劇は、7日程で鎮圧され、尾張は名実共に織田弾正忠家の支配する地とり、史実よりも18年早い下剋上が完成した瞬間であった。


 末森城での戦後処理にて報告が行われる。

 その中には信秀が驚く事が幾つかあった。

 柴田勝家が捕縛された事はもちろんであるが、息子の信行が寝返ってしまった事は少なからずショックを受けた。


「勘十郎……」


 信行付の家臣が謝罪する。


「大殿! 勘十郎様の寝返りは、我らの教育が歪だった事が原因です! もっと世の中の現実を……」


「良い。それを言うならワシの失敗じゃ。あ奴を大人と認め元服させたのはワシであるからな。……まだ教育途中の子供であったわ。お主らの責任を問うつもりは無い。今後も励んでくれれば良い」


 一瞬だけ寂しい顔をした信秀は、すぐに元の顔に戻り、家臣を前に立ち上がった。


「聞け! 残念ながら斯波義統殿も織田信友殿も尾張を統治する器では無かった! ならば誰が尾張の民を守るのか? それは織田弾正忠家である! 明日より尾張全域を掌握する為に、斯波家の領地をすべて平らげる! 各々今日は休んで明日の指示を待て。この7日間大儀であった!」


 この宣言をもって尾張の支配者が交代となった。

 終わってみれば織田弾正忠家の圧勝であるが、歴史を知るものが見れば大事件とも言える出来事となったのである。


 最後に各軍の動きと城の位置関係を下記にまとめる。

挿絵(By みてみん)

 ①信長、信広軍犬山城へ

 ②信行軍楽田城へ

 ③斯波軍末森城包囲

 ④犬山城、楽田城中間地点で信長、信行軍が斎藤家援軍と合流後、信行、寛貞、松平軍と交戦

 ⑤末森城にて援軍を得た信秀軍と斯波軍が交戦

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