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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
3章 天文16年(1547年)勝ち取る力
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19話 末森城攻防戦

【織田家/末森城 織田信秀】 


 織田信秀は末森城で篭城しつつ斯波義統、織田信友の攻勢に耐えていた。


(この連携の手際の良さ! 本当に奴らなのか!?)


 信秀には現状がどうしても信じられなかった。

 その理由に敵の手際の良さもあるが、兵数が異常と感じていた。

 斯波義統、織田信友の動員できる兵など1000あれば良い方であるが、今信秀を攻める軍勢は2000は下らない。

 支配地域の農民を根こそぎ動員しなければ、そんな数は不可能である。


(……援軍か?)


 考えられる可能性はそれしかない。


(では一体どこじゃ? ……決まっておる! 今川しかありえぬ!)



【斯波軍/本陣 斯波義統】


 斯波義統、織田信友の陣には3人の男が床机に座っていた。


「これで信秀は封じたも同然ですな」


 斯波義統、織田信友に比べて遥かに風格のある男が口を開いた。


「ホホホ。岡崎三郎殿(松平広忠(まつだいらひろただ))には感謝してもし切れぬ」


 扇子で口元を覆いながら上品に笑う斯波義統。


「ハハハ。全くですな! しかしこれで、ようやく憎き信秀めを討ち滅ぼせると言うもの!」


 笑いが自然と溢れてしまう織田信友。


「ホホホ、信秀討伐が成功した時は、竹千代殿を必ず奪還する事を約束しますぞ!」


「くれぐれもお頼み申す!」


 目力凄まじい広忠は睨みつける様に頭を下げる。


「う、うむ! ご安心召されよ!」


 その気迫に二人は気圧されてしまったが、それは無理からぬ事でもあった。

 竹千代は松平家唯一の男子で大切な跡継なのに、それが同盟関係にある相手の人質ではなく、敵対国の人質になっている現状は我慢ならない。


 出来るならば自分で尾張に乗り込んで竹千代を奪還したいが、今川に従属する身では勝手な振る舞いは出来ない。


 忸怩(じくじ)たる思いでいた所に、今川から竹千代奪還作戦が提示されたのは渡りに舟であった。

 憎き織田を殲滅し、竹千代を奪還し、今川に三河松平の存在を見せ付ける事もできる。


 まさに今の自分の為にあるかの様な作戦で、救出できたら今川に臣従しても良い、そう思ってしまう程に焦る広忠であった。

 もちろん全ては今川義元と太原雪斎の手のひらの上なのだが、それは知る由も無かった。


(待っておれよ竹千代!)



【尾張国/那古野城 斎藤帰蝶】


 一方、那古野城で帰蝶は困っていた。

 信秀からの伝令は那古野城だけには届いていたので、今の窮地は理解している。


 しかし困った原因はソコではない。

 自分の今後の行動に困っていたのだ。


 賊相手に軍の指揮を取る事はあったが、統率の取れた相手に軍をどう動かすか悩んでいた。

 しかも自分の動かす軍は尾張最強の信長親衛隊なので、下手に動かして敵の思う壺では目もあてられない。

 前世の歴史に無いこの戦いをどう切り抜けるか?


 犬山城に行くべきか?

 楽田城に行くべきか?

 末森城に行くべきか?

 待機を維持すべきか?

 帰蝶は必死に考えた。


(一度整理しましょう。犬山城や楽田城の謀反はどんな役割だったのかしら? 流石に単独の謀反とは思えないわ。今の現状から考えるに向こうは囮よね? ……いえ、単に囮というよりは犬山城、楽田城、末森城、どこに義父上が進軍しようとも討ち取る策のはず。敵にとって義父上こそが目の上のタンコブなのだから。だからこそ末森城には大軍が押し寄せている……あれ? それは妙だわ? 義父上がどの城に進軍するかなんて読みきれるものなのかしら? 今回義父上はこの謀反を利用して後継者を選別しているのよね? そんなこちらの都合を相手が読めるのかしら? まさか、もしかしたら犬山城、楽田城にも大軍がいるのでは!? ……あ!! だから三郎様(信長)は美濃への援軍を頼んだのね!? ……あれ? 確かその書状は最初に義父上に送っているから義父上も援軍は知っているはず……? だったら!)


 行動を決めた帰蝶は親衛隊の前に立つ。


「全軍聞きなさい!」


 練度抜群の親衛隊は号令一つで聞く体勢になる。

 親衛隊は女だからといって侮る風習は無いが、かと言って信長の妻だから大人しい訳ではない。

 今の帰蝶の立場は自分の力で勝ち取った物で、全員が帰蝶の実力を認めているのだ。


「我等は末森城の大殿をお助けする。全軍進め!」


 帰蝶は今一番兵が少なく窮地に陥っているのは末森城の信秀だと結論付け、信秀救援に向かい包囲の薄い所を強行突破し末森城に飛び込んだ。

 無事入城を果たした帰蝶は隊長格と()()()を連れて信秀と対面する。


「あれ? 秀三郎じゃねぇか? 久しぶりだ……な……あれ?」


「お? 本当じゃねぇか……え?」


 隊長格の1人、毛利良勝と服部一忠が声をかけつつ、信秀の身に付けた装備の質の高さと最上座にいる事に疑問に思った。

 女隊長の茜と葵は不用意な言葉は発さなかったが、ヤバイ雰囲気を察して身を堅くしている。

 そんな良勝達の一言で色々察した信秀は、人の悪い笑みを浮かべて頭を下げた。


「これはこれは皆様! その節は大変お世話になり申した。拙者、秀三郎は仮の姿、本来の姿は織田弾正忠信秀と申す。お見知りおきを」


「え? し、秀三郎が弾正忠様!?」


 一斉に平伏する隊長格達。

 良勝は可哀想に真っ青だが、他の隊長も大差ない程に狼狽している。


「あっ、そう言えば、正体を明かしていなかったんだっけ……ゴメンネ!」


 しまったと思った帰蝶は謝罪するが、あまり罪には思っておらず、信秀はそんな親衛隊の面々をみて堪え切れなくなり噴出した。


「……クククッ! ブハハハッ! 良い良い! 久しぶりに笑わせてもろうたわ! ククク! 重苦しい雰囲気を吹き飛ばすには笑いが一番よ! の、のうフフ皆の衆!? フフ……ハハハハハ! は、腹が痛い! イヒヒハハハ!」


 信秀は心の底から笑っている。

 帰蝶もコロコロと笑っている。


「は、ハハハ……? そうですな? ……?」


 やり取りの意味が理解できず困惑する家臣達は、とりあえず信秀の機嫌が良さそうで何よりと思う事にした。


「ふぅ~~! あ~腹が痛い! ゴホン! 濃姫殿援軍大儀であった。クククッ!」


 まだ笑いが収まらない信秀であった。


「はい! 部隊1000名率いて参りました!」


「え、濃姫様!?」


 しかし信秀以外の家臣たちは援軍1000名よりも濃姫の名に驚き、家臣達は鎧姿の女武者を見た。


(婚姻の儀では淑やかな姫だと思っていたのに……この変わり様は一体!?)


 口には出さないが、とりあえず心の中で驚き戸惑い、次に援軍の事を尋ねた。


「殿、その、濃姫様にも驚きましたが……1000名の援軍とは一体いつの間に!?」


 兵数もそうだが、濃姫に竹千代、控える隊長格4人も半分が女だ。

 家臣達は色々意味不明な状況に困惑している。


「ん? あー……危急故伏せておったが、今回の戦にキナ臭いモノを感じてのう。斎藤家に援軍を頼んでおったのじゃ」


 そういって信秀は帰蝶にアイコンタクトを送った。

 信長の親衛隊である事はまだ伏せる事にして、斎藤家の援軍としたのだった。

 帰蝶も了解とばかりにウィンクした。


「はい、我が斎藤家にとって織田家は大事な同盟者です。見捨てる事など出来ませぬ! 別働隊は犬山城と楽田城に向かっております!」


「おお! なるほどこれで数の上での不利は無くなりましたな! ……ところでそちらの女子は一体?」


 安堵する家臣達は次の疑問をぶつけた。

 信長親衛隊は男女混合軍で身分の格差も無いので、実力さえあれば茜や葵の様に隊長に抜擢される。


 この二人は部隊でも屈指の射撃の名手であり、男隊長も含めて指揮もそつなくこなし、野盗討伐は信長とこの隊長4人が尾張各地に散って活動していた。


 帰蝶は何をしでかすか分からないので、団体行動を学ぶ為に信長の補佐と言う立場で指揮することは余り無い。

 今回は信長の策の一端を知る為に例外である。


 ただ、家臣達には女が鎧を装備し、この場に居るのが理解できなかった。


「えっと、この者等は私の女中です」


 まだ親衛隊の存在は秘密なので、帰蝶は納得させる為に適当な嘘をついておいた。


「そうでしたか、分かり申した」


 まさか戦闘指揮者とは思えず、納得した家臣だった。

 しかし、それならそれで疑問が残る。


「あと一つ、援軍を率いる将はどちらに? まさか彼らですか?」


 平伏する良勝や一忠ら隊長格を見つつ、最後にして最大の疑問をぶつけた。

 家臣達からすれば平伏する者達は若すぎるし、とても上に立つ者の雰囲気が無い。


「(しつこいわね!)えーと、将は全て犬山城と、楽田城におります。率いたのは兵だけでして、扱いについては指揮系統が乱れない様に、大殿の指図に従うように指示をうけております」


 本来率いる将が居ないなんて事はありえないのだが、ソレっぽい事をいっておいた。

 信秀も助け舟を出す。


「もうよかろう。濃姫殿が言う様に援軍はワシが直接指揮する。体勢を立て直したら反撃に移る! 各自気を緩めぬように! 濃姫殿達は残って後は持ち場に着くように」


 先ほど思いっきり気を緩めた信秀だが、それはもう忘れていた。

 こうして家臣達は持ち場に戻り、濃姫、竹千代、隊長格が残った。


「さて、改めて名乗ろう織田弾正忠信秀じゃ」


 一斉に平伏する隊長格達。


「おいおい、短い間じゃったが共に飯を食って戦った間柄じゃろ? 楽にせい」


 そうは言っても『じゃあ失礼して』と言う程、度胸のある者はいない。

 無礼講と言われて本当に無礼を行う者は余程の馬鹿か、空気の読めない者だけである。


「困ったのう……そうじゃ! ここには織田信秀は居らぬ。ワシは秀三郎じゃ! ……だめか?」


 弱り果てて濃姫に助けを求める信秀。


「うーん、貴方達、これを普段の間者働きの訓練と思いましょう。役割を演じるのよ。普段通りにする訓練だと思ったらどう?」


「そう! そうじゃ! 訓練じゃ!」


 ここまで言ってようやく恐る恐る頭を上げる隊長たち。


「久しぶりじゃな、毛利良勝と服部一忠、それに茜に葵じゃったな?」


 短い間であったが、特に実力の高いこの4人を信秀は覚えていた。

 帰蝶のデビュー戦後、信秀は尾張の視察も兼ねて、秀三郎のまま悪餓鬼部隊の練度と強さを確認していた。


「は、はい!」


 覚えていてくれた事に感激した4人は舞い上がってしまった。


「覚えておるとも! お主らは特に優秀じゃったしな。良勝と一忠の絡み酒など良い思い出じゃ! はっはっは!」


 たまに催される悪餓鬼らしい宴会で、良勝と一忠は信秀に絡みに絡んだ。


「あ、あの時は大殿……」


「大殿?」


 信秀が睨む。


「しゅ、秀三郎……が飲め飲めと……」


「そうじゃったか? 忘れたわ! ガハハ!」


 信秀は心底楽しそうに笑っている。


「茜に葵も()調()()()()したようじゃな。あの時の弓の腕は驚いたわ」


 あの時とは勿論、秀三郎として視察した時の話である。

 しかし、信秀は弓以外の事を匂わすように言った。


「ちょっと! どこ見て……いらっしゃられたりおられ……」


「茜、何を喋っているの……」


「冗談よ! 許せ! しかしその調子じゃ! 今だけはドンドン無礼を働け!」


 信秀は今のこの時間が楽しくてしょうがなかった。

 戦場に限らず、普段においても、こんなに楽しかった事は殆ど無い。

 信秀は信長が羨ましくて仕方なかった。


「もし()()()()()()()()、お主等の様な家臣ではない仲間を持ちたいものよ!」


 帰蝶がビクリと体を震わせ乾いた笑いをし、他の4人もようやく慣れて来て一緒に笑っていた。


「あ、あの……」


「どうした竹千代殿?」


 今まで黙っていた竹千代が口を開いた。


「某がこの場にいて良いのでしょうか?」


「む?」


 今川に対する人質、と言っても良いのだが、親衛隊に混じって行動する竹千代に残酷な現実を言うのも気がひける。


「お主もいつかは戦場に立つ日があろう。もちろん今は本当に出る必要は無いが、空気を感じる事は大事じゃ。これも学びと思っておくが良い」


 とりあえずお茶を濁す信秀。

 帰蝶以下4人もその配慮に賛成し、口裏を合わせる事にした。

 その後、親衛隊の具体的な運用方法を決めて、解散となった。


 大広間に1人残った信秀は一息ついて今回の事の成り行きを思った。


(犬山城、楽田城が単独で謀反は有り得ぬのは、頭の回る物なら読めるたろう。そこから裏に斯波義統や織田信友があるのも容易に読めであろう。この辺りは我が子ならば看破してもらわねば困る)


 信秀はこの状況を後継者選びとして利用している。


(何せ、ワシが尾張統一の為に、裏から操ってお膳立てしたのだからな)


 この戦、実は信秀のマッチポンプであった。

 自分を討伐させ、返り討ちにしてしまうつもりだった。


(だが、その思惑を今川の元坊主と現坊主が察知しよった。コレは誤算じゃった。策士策に溺れるって奴か! だが三郎だけが全て察知し親衛隊の準備と斎藤家への援軍の申請を提案しおった。しかも今川家への牽制に竹千代までつれてきおった。奴らは万が一にも竹千代を死なせる訳には行かぬ)


 この点だけは信秀も想定外だったのに、信長は見事に対応してきた。

 普通じゃない子だとは誰もが認める所だが、これは本格的に普通ではない。


(あ奴は一体どこでその智謀を磨いたのじゃ? まだ13歳じゃぞ? この世の物とは思えぬわ……!)


 信長は出陣準備の時に一筆したため信秀に『今川が動く可能性あり。斎藤家への援軍申請の許可を』と連絡した。

 また、帰蝶には『部隊を動かす時は竹千代を連れて行くように』と頼んでいた。


 すべて今川対策のためである。


 斯波、松平連合軍は何人か子供が末森城に入場するのを目撃しており、信秀も『竹千代が末森城に居る』と噂を流したので、連合軍は慎重にならざるを得ず、動くに動けなくなってしまった。

 この時点では、織田信行、柴田勝家を捕縛した情報は両軍に伝わっておらず、末森城攻防戦は膠着状態となった。

 後は、どちらの軍勢が犬山城、楽田城を制圧して、末森城にやってくるかで勝負が決まる。


「この戦は既にワシの手を離れておるな……。子が親を超えるのは嬉しくもあり悲しくもあるな。ちょっと早すぎな上、超えすぎな気もするが……」


 信秀はそう呟くと自室に戻った。


 こうして末森城は静かなまま時が過ぎていったのだった。

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