132話 西の情勢 変化と伝染
織田、斎藤、朝倉と武田、北条、長尾の中勢力同士の戦いが一段落を迎えた弘治4年。
超巨大勢力である三好と尼子の戦いは、中々燃え上がらなかった。
小さい勢力なら火が付けば一瞬で全体も燃え上がるが、大勢力となると全体に広がるのは最前線だけである。
関ヶ原や大坂の陣の様に、示し合わせして一斉に何万もの兵が激突する戦はそうそう無い。
三好は背後の将軍家と六角家、更に四国の本国の隣で騒がしい長曾我部家を警戒しながらの戦いなので、全兵力を尼子に向けられない。
一方、尼子は尼子で西の毛利家を警戒し、更には近年吸収した大内家の領地統治も忙しい。
毛利家対策には大内家の陶晴賢を中心に防衛陣を敷いているが、その当の陶晴賢も完全な信頼を置けるとは言い難い人物なので一任する訳にもいかず、目付を多数割かなければならない。
その結果、お互いが全力を出せない戦いとなってしまった。
しかし、そこは信長達とは格が違う超巨大勢力同士の戦いである。
全力は出せないが、動員する人数は飛騨、信濃の戦いを軽く凌駕している。
これが超巨大勢力の底力であろう。
三好長慶と尼子晴久はそんな不都合も織り込み済みで、各地でジャブの応酬を繰り返していた。
どこかで一発ジャブが突き刺されば、即座に必殺のストレートを打ち込む為に戦況を見極め、隙を伺い、体勢を整え、力を蓄えていた。
【播磨国/三好陣営】
そんな数ある戦場の一つ。
旧浦上領地を簒奪した宇喜多直家は、織田家から派遣されている池田恒興、服部一忠、毛利良勝を伴って各地を転戦していた。
「和泉守様(宇喜多直家)、敵を退かせる事に成功しました。当分は手出しできますまい」
池田恒興が代表して戦果を報告した。
「うむ、ご苦労。慣れぬ地でこの働きは見事じゃ。さすがに鍛えられておるな」
宇喜多直家は手放しで褒めた。
遥か遠くの尾張から派遣されてきた3人は、三好長慶に仕えると着実に頭角を現した。
とは言え、最初は慣れない地と、練度の低い半農兵士の扱いに苦労し思う様にいかなかった。
『半農兵士を指揮するのは久しぶりだけど、こんなに扱いにくかったんだなぁ』
『こりゃあ、自分達で工夫しないと、功績立てる前に俺ら死んじまうぞ』
『じゃあどうする? ……って決まってるか。尾張の大将の真似するしかあるめぇ』
現状の不満を打破する策は、既に信長が実施している。
即ち専門兵士の導入である。
何せ自分達こそが、その専門兵士の初代人材であるからして、仕組みはよく知っている。
彼らは専門兵士を作るべく奔走した。
とは言っても、問題は山積みである。
地域の実力者である織田信秀の息子だった信長と違い、銭も米も僅かしか確保できない彼らが完全な真似をする事は出来ない。
専門兵士は、衣食住すべて揃えて初めて成立する策である。
だから彼らは借金、借米をしまくった。
彼らは三好と織田を往来する身分なので、三好での褒美は所領ではなく銭なので土地からの収入は無い。
従って、現在の主君である三好長慶と堺に常駐する林秀貞、似た立場の宇喜多直家に頼み込んで借金借米し、ようやく、それぞれ100人、合計300人の専門兵士を作り上げた。
さすが日本の中心だけあって、流浪人や穀潰しはすぐに集まったが、兵士としての能力は農民よりも低かった。
このままでは使い物にならないので、更に1年かけて徹底的に鍛え上げ篩い落とした末の生き残った300人である。
ここまでやって戦で失態を犯そうモノなら、即座に破産してしまう可能性もあったが、この300人は強かった。
もちろん300人だけでは戦えないので、大多数の農兵を上手くコントロールし、切り開いた戦局を突き破る為だけに動かす事に専念させる事で部隊を機能させた。
穀潰しが活躍できるという、前代未聞の魅力も原動力なのだろう。
この部隊は、とにかく突破力が凄まじかった。
信長の専門兵士が何でもできるオールラウンダーなら、彼らが作ったのは、攻撃特化の超アタッカー部隊である。
彼らの部隊は戦えば戦うほどに練度を増し、時期を選ばず戦える利点で的確に三好軍をアシストする活躍を見せた。
その褒美で専門兵士を食わせ、借金借米を返済しつつ、得た信用を元にさらなる借金借米を繰り返し、余剰は全て専門兵士の維持に費やした。
お陰で彼らは三好家で一目置かれる存在になったが、当人達は屋敷も服装も貧しいままである。
「大将はこの専門兵士を元服前に揃えてたんだよな……」
「尾張の実力者の子だからといって、こんな滅茶苦茶な苦労をしてたのか……」
「俺らも散々迷惑かけただろうなぁ。今だから理解できるぜ……」
専門兵士の策は、転生とは全く関係ない史実の出来事である。
最初は兵士と言うよりは、悪ガキ愚連隊も良いところ半端者の集団であった。
それを戦力として運用可能なレベルにまで引き上げた信長の苦労を、今彼らは思い知ったのであった。
「いずれ増やすにしても、急拡大は自滅するかも知れん。慎重にいこう」
恒興の言葉に2人は頷いた。
収入による維持の限界もあるが、これ以上は自分の指揮能力がパンクする事間違い無しと悟ったが故に、これ以上の急速拡大は控えたのである。
【出雲国/尼子家 月山富田城】
各地で勝ったり負けたりを繰り返す尼子軍であるが、ここ一番で逆転されたり、必勝で挑んだ戦で手痛い一撃を食らう事が続き、違和感を覚えた尼子晴久は三好軍の変質を疑った。
その疑いは調査により確信に変わる。
「チッ……。専門兵士か。やはり厄介だな」
尼子晴久は『やはり』と再認識した。
再認識するからには 当然、専門兵士を知っている。
―――いや、知っていた。
しかし、それは信長の専門兵士を知っているのではなく、全く別の専門兵士の事である。
その別の専門兵士とは『新宮党』と言う。
尼子家には、かつて新宮党と呼ばれる戦闘集団が居た。
この小説では信長が生み出した専門兵士がいるが、その信長に先駆けて専門兵士を生み出した傑物がいた。
中国地方三大謀将の一人、晴久の祖父である尼子経久である。
新宮党は、存在していた当時の尼子家の軍事の要とも言える、しかし信長の専門兵士とは少々毛色の異なる集団であった。
信長と何が違うかと言うと、経久没後には尼子家当主が制御できない位に権力を持っていた。
功績を挙げ過ぎたのである。
それでも経久健在時は良かったが、新宮党を管理していたのが経久の実弟久幸、久幸戦死後は経久の次男国久という尼子一族の地位の高さもあり、経久没後に徐々に増長し始める。
尼子晴久はその扱いに苦労し、最終的には新宮党を粛清解体し、尼子家全体の統制を果たした。
この出来事は1554年で、ほんの4年前の話である。
故に専門兵士の力は骨身に染みて知っているが、だからこそ、利点を上回る欠点も知るが故に専門兵士を今は常設していない。
国の制御が効かない軍部の暴走は、今も昔も脅威である。
つい最近もこの混乱の御時世に、軍事クーデターが起きて悲惨な事になっている国がある。
日本もほんの70数年前までは軍主導の国で壊滅的自滅の道へ進んだ歴史がある。
晴久としては利点を理解していても、再設立には二の足を踏んだ。
仮に再設立に向けて動こうとしても、家臣の猛反発は容易に想像できる。
「……それでも再設立が必要か。今度は制御可能な真の精鋭を作らねばならぬ」
こうして尼子晴久は、専門兵士の再設立の為に動き始めた。
信長の歴史改変が、全く接点の無い尼子家を動かしたのであった。
【摂津国/堺 三好家】
「朝廷からの書状です」
「ふむ。大した事は書かれておらぬな。この書状は焼き捨てて良いぞ。その書状はワシには届かなかった」
極めて不機嫌な三好長慶は、小姓から受け取った書状を一瞥すると、グシャグシャに丸めて投げ渡した。
小姓は慌ててお手玉しそうになりつつキャッチする。
「え? し、しかし……良いのですか?」
「元号を弘治から永禄に改めるらしいが、大方、六角に脅されて新元号を発布されたのじゃろう。そんな元号を使っては朝廷に対して失礼であろう。今は弘治のままじゃ。こんなモノ13代将軍も尼子も認めぬじゃろうて」
「は、はッ!」
「よし。朝廷と六角に書状を出すか。弘治4年の日付を付けてな!」
三好長慶は、六角主導の元号変更を認めなかった。
史実では、室町時代における元号の変更は、足利将軍家と朝廷の協議の下で行われてきた。
しかし弘治から永禄は、朝廷と六角が擁立した14代将軍が関わっており、13代が依然として存在している現状、13代陣営としては到底認められない改元である。
長慶も別に13代将軍など取るに足らない存在と思ってはいるが、改元に関しては遺憾の意を示す事で六角を挑発かつ正当性を認めない姿勢である。
苦境の六角は、朝廷の権威をもってして己の正当性を打ち出したが、その権威の象徴の書状は紙屑として火にくべられた。
六角として新元号を使ってくれないのは困るが、もっと困る勢力があった。
朝廷である。
これは朝廷にとっても困る事である。
不承不承とはいえ朝廷が正式に発した元号を、公然と拒否されては立つ瀬がない。
これが地方の弱小勢力ならどうとでもなるが、生きていた13代将軍と日本一の勢力たる三好が認めないとなると話は違う。
誰もが六角に脅されたとは知っているが、口が裂けても『脅されたから』とは言えない。
そこまで朝廷が堕ちたとは認めたくない。
周りが堕ちたと認めたとしても、自らが口にするのは全く違う。
そんな事をしたら朝廷の歴史が終わってしまう。
三好は朝廷の意向を無視する事で、更に己の立場を強化した。
ここまで来たら、もう京を積極的に支配する必要もない。
史実における信長が、安土城で京を見下ろした様に、近隣で睨みを利かせていれば十分である。
朝廷は遠く離れた自分に『お伺い』を立てざるを得ない。
いずれ改元は追認するのが落しどころだが、引き換えにする要求は朝廷にとって苦しいモノになるだろう。
実は史実でも似たような事があった。
奇しくも弘治から永禄への変更で、朝廷と三好長慶主導で行われた改元に、無視された足利義輝が激怒した。
結局和解に至るまで、緊張と軍事衝突の危機に京と朝廷は晒され続けた。
そんな史実を長慶が知る由もないが、長慶は立場と事情を最大限利用して手玉に取るのであった。
「そんな事よりもだ……!!」
突如長慶は殺気を滲ませて言葉を発した。
先ほどから不機嫌なのは、改元の事ではなく、コチラの事についてである。
「左衛門が死した事を徹底的に調べよ……!」
左衛門とは長慶の実弟、十河一存である。
十河家の養子となって三好家からは外れたが、兄を支える忠臣として活躍を果たしていた。
それが死んだとなると、三好家の軍事態勢に大きな楔が打ち込まれた事になる。
「あの武勇に優れた左衛門が落馬で死するなどあり得ぬ……! 弾正(松永久秀)! その方は直接見ていたのであろう? 刺客や不意打ちの類では無いのか……!?」
十河一存は戦闘中では無く、戦場に向かう途中で落馬して打ち所が悪く死んだ。
松永久秀の見ている目の前で態勢を崩し、手を差し伸べる間もなく落馬した。
「はッ……。尼子の関与の可能性は低いと見ています。尼子が仕掛けたのなら、この期に乗じて進軍をしても良さそうですが全く動きがありません。奴らも左衛門様の事故は把握していないと思われます」
「では、一体なぜ……!!」
暗殺なら百歩譲って理解できる。
武勇優れる十河一存と言えど無敵ではない。
しかし久秀の言う通り、三好家の中心人物を討っておいて無反応では意味が分からない。
「いやまて。今、事故と言ったか?」
「は……。実は左衛門様はお体の具合が優れず無理をして戦場に向かう途中でした。何度も諫めましたが『ここが正念場、兄上の理想を叶える時ぞ!』と申されておりました。殿の理想は某も聞いております故に、その決意を出されては、それ以上は止める事能わず……!」
「それでは暗殺の類でもなく、本当に体調が悪かっただけなのか!? 馬鹿な!! ……いや、ワシが真意を明かしたが故に無理をしたのか……?」
十河一存も兄の長慶と面談をしていた。
織田信長、斎藤義龍、今川義元、松永久秀、宇喜多直家、長尾輝虎らが挑んだ、正に選ばれし者が挑む事ができる、兄弟であっても減点があれば即死ぬ命がけの面談をクリアしていた。
「……左衛門様は殿との面談を経て真に兄弟なれたと喜んで居られました。某にも共に三好を盛り立てていこうと弾んだ声で仰られておりました……。残念です」
「……分かった。左衛門の子はまだ幼い。備前守(松永長頼)を後釜に据え尼子に当たらせよ」
「はっ。では弟にはその様に伝えます」
久秀が退出したあと、長慶は小姓も下がらせ一人になった。
握った拳から血が滲む。
「左衛門……!」
バギッと不快な音が鳴った。
長慶の食いしばった歯が奏でた音であった。
怒りに震える手が刀の柄を握る。
しかし、長慶は大きく深呼吸して手を離した。
「駄目だ。如何なる犠牲も厭わぬと決めておいて、この程度を律せずしてどうする……!」
己の決意を思い出し冷静になった長慶は、不意に、本当に不意に思い出した。
「そう言えば弾正は、冬長の時も傍らに居たのだったな」
冬長とは野口冬長の事で、長慶の末弟にして六角軍との戦いで戦死した。(98話参照)
「奴の心労にも報いねばならないな。誰ぞある! 備前守の軍に支援を手配する!」
長慶は不幸にも、2回に渡って重臣中の重臣を守れなかった自責の念で久秀が潰されない様に、せめて久秀の実弟が同じ目に合わない様に、最大限注意を払うのであった。
なお、十河一存は本来の歴史では永禄4年3月18日に病死する。
不仲と言われる、松永久秀の暗殺説も囁かれたこの事件の真相は分らない―――
この不穏な事件は一応の終息を迎えた。
こうして信長が関与する東側地域では、いつまで続くか分からない束の間の休息期間に入り、西側では、一触即発の緊張を保ちつつ、それでも一進一退の攻防が繰り返された。
三好派は犠牲を最小限に抑え、盤石な態勢を整えている。
長慶も信長も多少の誤算はあれど、概ね順調だ。
しかし将軍派本営はしぶとく粘り、最大戦力の尼子が三好を食い破るべく動き出している。
六角は苦しい立場であるが、京を押さえる強みを活かせば逆転も出来るかもしれない。
誰が真に天下を握るのか。
この歴史に生きる人達には、まるで暗闇の様な、殆どの人が存在を認めない永禄元年が終わったのであった。
14章 永禄元年(1558年)弘治4年(1558年) 完
15章 永禄2年、弘治5年へと続く
次回は外伝話を挟みます。




