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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
14章 弘治4年(1558年)力の見せ所
211/446

130話 副王VS軍神

【尾張国/熱田港】


 織田信長と弟信行に加え、2人の人間が熱田港で話し合っていた。

 信行はこれから堺に行き情報を仕入れ、若狭へ取って返し更に再度明へ渡るが、2人の人間は堺に常駐するためである。


「吉兵衛に、喜平次殿。覚悟は出来ておるな?」


 信長にそう問われたのは、織田家の家臣である村井貞勝(吉兵衛)と、斎藤家の家臣で義龍の弟である斎藤龍定(喜平次)である。

 この2人は、堺専任の為に5年前から着任していた林秀貞と斎藤龍重の後任として堺に向かう。(91-3話)


「当然でございます」


「兄上達には負けておられません」


 村井貞勝は史実において織田家の外交、しかも権謀術数渦巻く京での立ち回りを担当した『京都所司代』を全うした人物である。

 斎藤龍定は史実において道三に溺愛され、兄の義龍に暗殺される事になった人物である。

 あの道三に溺愛されるだけあって、決して愚かではない。

 この歴史においては溺愛される代わりに、父に存分に鍛えられ、斎藤家の重臣として存在感を放っていた。


「先任者が苦労に苦労を重ねて切り開いた繋がりじゃ。時には損を被り騙される事もあろう。しかしそれらは仕方ない。必要なのは銭を学び銭に頭を下げ銭を支配する事じゃ。それができれば他の事など取るに足らん」


「はッ!」


 信長は自身の経験から、銭の極意を説いた。

 信行は過酷な明への旅の経験から、その真理を理解したのか頷き肯定する。

 戦よりも内政外交に明るい貞勝、兄は元より妹の帰蝶にも武力では敵わないとプライドを捨てた自覚ができる龍定は、己の生きる道をここと定めるべく熱意を秘めるのであった。



【伊勢湾/海上】


 熱田出港後―――


「吉兵衛殿に、喜平次殿。暫くは船旅ですが、船酔いの経験はありますか?」


 信行が訪ねた。

 別に深刻な話でもなく単に話題としてあげたのだが、それは視界の端に映る光景が気になったからだ。


「いや、ありませんな」


「某も。いや、その辛さは噂には聞いてますが……」


 2人とも戦場に出るのは稀なので、川ならともかく海上ともなれば未経験の領域である。


「船酔いは海の通過儀礼です。普段の健康への気配りが多少効果を発揮する事もありますが、基本的には慣れるしかありません。前日の深酒などは禁物ですぞ?」


「そうですなぁ。ああは成りたくないですな」


「誠に……」


「おげぇぇぇぇッ!」


 3人が視線を向けた先には体格の良い旅人が、船縁で盛大に胃液を吐き出していた。


「まだ出港して僅かなのに……うんッ……!? あれは!?」


 信行は、醜態を晒している男に駆け寄った。


「うぐぐ!? これは勘十郎殿()! お、お久しぶり……ですな…!! な、長()にございます……!!」


 長岡と名乗った体格の良い男は、先日、人地城で信長とやりあった長尾輝虎その人であった。

 熱田から堺に向けて出発する予定だったが、日程と海の状態が合わず、今日まで足止めを食らっており、信行達と鉢合わせする事になった。

 前日、調子に乗って深酒をしたお陰で、出港後即、船酔いに襲われていた。


「長岡? あ、あぁ、長岡殿! なるべく遠くの一点を見つめると幾分か楽になりますぞ!」


 いくら単身尾張に来たとは言え、長尾輝虎がこの場に居るとバレるのは好ましい事態ではない。

 長尾輝虎は越後に居る事になっているので、身分がバレては、良くも悪くも、どこにどんな噂が飛んでいくか分からない。

 とっさに長岡と名乗って口裏を合わせさせるべく、しきりに青白い顔でウインクした。

 ウインクと言うよりは、苦しさの余りに顔を歪めてる様にしか見えなかったのは、内緒の話だ。


 一通り胃の中を空にして輝虎は話し始めた。


「勘十郎殿から見て兄君は、織田の主君はどう見える?」


「突然どうしました?」


「いや、猛烈に気持ちが悪いからな……。話でもして気分を紛らわせないと内臓まで吐き出しそうでな……」


 そういう輝虎は船べりに背中を預けている。

 遠目から見たら威風堂々な佇まいに見えるのだろうが、残念ながら船酔いで立てないので締まらない。


「ははは。いや失礼。そうですなぁ。兄上は20も半ばですが、人間はこうも先を見据えた行動が出来るモノなのかと、もう呆れるしかありません。拙者と2つしか違わぬのに、同じ父母の下に産まれ、同じ教育を受けたハズなのに。持って生まれた資質というか思考というか、異形の者といっても差し支えない気がしますなぁ」


 まさか転生者とは思いもよらないから、的を射ない例えしかできないが、輝虎も、同席する貞勝、龍定も、信長を掴み切れない者として納得した。


「異形の者か。そうか。では三好長慶も最低でも同じくらい異形の者なのじゃろうな……おぅッ!?」


 輝虎は身震いしたが、船酔いが原因なのか、異形の者との面談を控えるが故の武者震いなのか、イマイチ判断がつかなかった。


「長尾……長岡殿は兄上をどう見ました?」


「勘十郎殿と同じじゃよ。我の方が年上じゃが、あれは化け物じゃ。想像を遥かに超えておる。若くして頭角を現すに足る化け物よ。よくもまあ先の戦で我らが負けなかったモノだと思ったわ。あんな人間がこの世に居るとは思わなんだ」


「は、はぁ……(私は退出してしまったが、一体何を話し感じ取ったのだ? 少なくとも互角に見えたが……)」


 信長は、輝虎を怪物と認識し驚愕していたが、対する輝虎も信長に脅威を感じていた。

 転生による歳不相応の覇者の気迫もさる事ながら、先見性や行動力に、今までの実績は輝虎にしても驚愕の連続であった。

 そんな信長が、傑物と認める三好長慶とこれから対決すると思うと、気持ちの悪さ以外の悪寒を感じるのも無理はない。


 そんな他愛のない話で気分を紛らわしつつ、船酔いによって永遠とも思える地獄の責苦を味わう航海がやっと終わった。

 堺の港に到着したのであった。


「おお!? 陸が揺れる……! 堺とは魔境であったか!」


「お気を確かに! 長岡殿の試練はこれからですぞ!?」


 死人の様な青い顔の輝虎に、信行はかつて救ってもらった恩と、織田家の人間である立場を踏まえつつ精一杯の激励を送った。


「あぁ……。そうじゃったな……! よし。貴殿らのお陰で何とかこの船旅を乗り越えた! 三好長慶と対面して生き残ったなら、また会おう! とくに()()()()! 越後では貿易船を歓迎するぞ!」


「わ、我らは織田と斎藤の為に動きますので、過剰な期待は困りますが、寧波では越後の宣伝もしてまいりましょう。なに、あちらでは取引に飢えておりますから、何らかの成果は挙げられましょう」


 信行と長岡一行は堺で別れた。


 堺の先任者と合流する為―――

 情報と明の情勢を仕入れる為―――

 日本の副王に挑む為―――



【摂津国/堺 三好家屋敷 別室】


「お初にお目にかかります。長尾越後守輝虎にございます」


 船酔いを覚ました次の日。

 輝虎はさっそく三好長慶を訪ねた。

 前もって信長が先触れを出したのか、思いのほかスムーズに面談の手筈が整っており、大して待たされる事もなく長慶は現れた。


「書状は読ませて貰った。お主、この書状の中身は知っておるか?」


「いえ。紹介以上の内容は存じませぬ」


「そうか。ならばその態度や素振りも納得よ」


「……? それはどう言う意味でありましょうや?」


「ワシの目に適わぬなら『殺せ』と書いてある」


 長慶は淡々と、輝虎の命を奪う可能性を話した。


「ッ!!(織田め! 嫌がらせか!? いや違うか。ここは本当に命を懸ける場じゃ!)」


 部屋の中ではあるが、ここは戦場で激戦区なのだ。

 そんな事は理解していたが、やはり宣告を受けると否が応でも緊張感が増す。


「つまり、裏を返せば最低限、ワシの真意を明かすに足る人間として長尾殿を紹介しておるわ。まぁ、そんな事は言わずもがなの覚悟で来たのであろう? この部屋から生きて出るにはワシを納得させなければならぬ」


 信長とは別種の、しかし強烈な覇気は輝虎をしても冷や汗が滲み出て、首や心臓など、あらゆる急所にプレッシャーを感じて止まらない。

 しかし、ここまで来た以上、怯んでもいられない。


(これが日本の副王かッ!!)


 輝虎は、改めてその異名の重さを再認識しつつ、口を開いた。


「無論です。この程度で揺らぐ覚悟なら、さっさと死んだ方が世の為でしょう」


「覚悟は出来ておるな。では問おう。今の世の中はなぜ乱れていると思う?」


「早い話が政治の失敗です」


「その心は?」


「力を持つべき人間に、力がまるで無いからです」


「ふむ。力は必要じゃ。力に裏打ちされてこそ泰平は築けよう。だが、それが全てだと思うか?」


 力による平和に嫌悪感を抱く人も少なくない。

 だが、もしもの時に備える警察が、軍がいるからこそ人は道を外さない。


「……。色々主義主張はありましょうが、結局それが全てでしょう」


 輝虎は含みを持たせつつ答え、長慶は眉をピクリと反応させた。


「なるほど? ならば三好がやるべき事、織田とその同盟者がやるべき事、お主がやるべき事を述べよ」


「それは―――」


 輝虎は己がたどり着いた答えを、覚悟を、信念を語って聞かせた。

 お陰で、無事に屋敷から生還した。


「先の世において我は悪鬼となるか護国の士となるか。是非知りたいものじゃな……。まぁ長尾から追放されてなければの話になるじゃろうが。我が決めたとはいえ追放された方が楽な人生じゃなぁ」


 輝虎は無事生還した事により、より一層の覚悟を決め越後へ帰還するのであった。



【山城国/京 帝御所】


「弘治から『永禄』へと元号を改める」


 今上天皇―――

 後の世に正親町と称される天皇が改元を告げた。

 先帝である後奈良天皇が昨年に崩御しての即位である。


「先帝からの悲願である世の泰平の為に、六角左京大夫には世の乱れを正してもらいたい……!」


 改元の儀なのに帝の言葉の端々には悔しさが感じられる。

 目出度い儀式でのこの感情は一体何なのか?

 無念の内に世を去った先帝を慮ったのか?

 世の混乱を憂慮してか?


 それらもあるのだろうが、一番は六角の圧力に屈しなければならなかった、己の力の無さだろうか?


 三好が京を撤退し、六角が新たに京を支配している現在。

 本来なら京を支配すれば天下を取ったと同義ではあるが、では六角を天下人として万民が認めているかと言えば違うだろう。

 少しでも世の趨勢を見極められる者の目からしたら、六角など将軍共々三好に生かされているに過ぎないのは明白であった。


 しかし、腐っても戦争のプロたる武士である六角。

 脅しにハッタリ、政治に武力は百戦錬磨である。


 牙を失って久しい朝廷に対し、圧力をかけて改元を迫るなど造作も無い。

 帝が屈した圧力とは改元であった。

 弘治から永禄。


 六角の存在をアピールするには、先帝の崩御もあって絶好の機会ではあった。

 ただ、そこは落ちぶれても朝廷である。

 何の見返りも無く脅迫だけで改元などしない。


 即位の礼を執り行える資金の提供を条件に、改元を承諾した。

 史実では資金不足で永禄3年にようやく儀式を行えたが、今回の歴史では即位から近い日取りで行えたのは六角の援助あっての事である。


 単なる儀式と引き換えに六角の要求を呑むのを、馬鹿馬鹿しいなどと思っていはいけない。

 散々繰り返して申し訳ないが、戦国時代は霊的な存在が現代の科学同様に絶対の世界である。

 しかも日本最高権力の継承儀式である。

 祖先への報告を蔑ろに出来るハズも無い。


(誰か何とかしてくれ……! ……いや、誰か誰かと思い続けて千数百年! その末の朝廷なのじゃ!)


 初代天皇たる神武天皇に至る前から、皇家は武器を手に取り血で血を洗い、邪魔者を殺し、討伐し日本を建国した。

 大国主(おおくにぬし)ら数多の神を退け成立した大和朝廷であるが、しかし雄々しかった一族も、いつの頃からか血の穢れを避け始めた。

 天変地異や怨霊に悩まされた結果、仏教を導入して世の安寧を図ったが、今度は有力者に取り入る者が蔓延り始め、藤原氏という強力な寄生虫が如き一族の神輿として権力が奪われ始めた。


 それでも、皇家としての威信は辛うじて保った。


 ここで、武力も再確保すれば良かったのだが、血を穢れを、争いを不浄と思う思想が邪魔をして力を放棄し、政治も政治と言うには笑止千万な悪法が蔓延り、武士が台頭し始めた。


 そこに、平清盛という武士の大英雄が、朝廷の威信に止めを刺し数百年。

 今の朝廷は自力で即位の礼すら賄えない、本当に名目上の支配者に過ぎなかった。


 帝は祖先を心で恨んだ。

 言葉には出さない。

 言霊が発現しても困る。


(誰かではない! 朕が何とかしなければならぬ! 後醍醐帝の様に!)


 後醍醐帝、即ち後醍醐天皇。

 鎌倉武家政権を打倒し、建武の新政を打ち立てたが、たった3年で崩壊した。


(いや、後醍醐帝の失敗は繰り返せぬ! 近衛の方策を……!)


 帝は御簾の奥で拳を握りしめるのであった。


 一方、六角義賢は義賢で悔しさを隠し切れなかった。


「クソ! 朝敵の宣言を引き出す事はできなかったか!」


 朝敵、つまり朝廷の敵、即ち国賊である。

 単なる敵対者とは次元が違うレッテルで、死刑宣告を受けたに等しいのが朝敵の称号(?)である。

 誰かに対して朝敵を宣言させられれば、六角の正当性が万人に知れ渡る。


 勢力として弱ってはいても、起死回生の一手になるのは間違いなかったが、そこは朝廷としても最後の切り札。

 軽々に宣言して六角が負けでもしたら、その責任を追及されるのは間違いない。

 何も言い訳できぬ、大変な事になってしまう。

 その追及してくる相手は十中八九、三好長慶であろう。

 そんな事になったら、大国主より譲り受けた日本の歴史が終わってしまうのは確実である。

 故に必ず滅ぶ勢力にしか朝敵の宣言は出せない。


「改元で無力を思いしった前の将軍義輝を、今度こそ滅ぼすしかあるまい!」


 三好長慶の蠱毒計にて、泥沼に足どころか首まで沈んでいる義賢。

 苦しいながらもその闘志はおとろえない。


「農繁期に入る前に決着をつけてやる!」


 そう意気込む義賢。

 現将軍を擁立している六角は正当性をもって義輝に挑むが、義輝は義輝で数の不利を上手く隠しつつ六角を各個撃破し、簡単には勝負はつかなかった。


 蠱毒も極まりつつあった。


 織田より東側の勢力は傷を癒し、次に向けて静かに動き出す中、中央では泥沼の戦いが始まりそうである。

 三好より西側は、尼子や長曾我部ら勢力が三好に対し競り合いを続け、勢力図的には変動は無い。

 ただし、決して安穏とできる状況ではない、緊張感あふれる『永禄』が始まるのであった。


 14章 弘治4年(1558年) 完

 14.5章 永禄元年へと続く

次回は4月1日に投稿します!

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