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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
13章 弘治3年(1557年)思惑の衝突
200/446

122-1話 深志盆地 暗躍

122話は2部構成です。

122-1話からよろしくお願いします。

挿絵(By みてみん)


【信濃国/深志城(現代名:松本城)深志盆地南方 織田、斎藤軍】


 武田信繁を追跡する帰蝶率いる先発軍と、後続の柴田勝家、森可成、織田信秀、さらに後続の斎藤道三軍は、武居城を勢いのまま攻め落とすと、一端追撃を止め軍議に入っていた。

 武田信繁を逃がしてしまったのも含め、今後の方針を決めるためである。


「恐らく武田信繁は、深志城に逃げ込んだとみて良かろう。しかし近隣の簡素な砦ならともかく、深志城に篭城されたら我等単独では流石に城攻めは出来ぬ。我等はこの地に明るくないしな」


 勝ち戦の勢いであったとしても、出来ない物は出来ない。

 指揮官は、心のどこかで冷静な部分を持っていなければならない。

 しかし、そこは百戦錬磨の斎藤道三と織田信秀。

 勢いに任せた、愚直な攻めは選ばなかった。


「三郎(信長)率いる軍も、追撃を始めているのだったな?」


 信長からの情報は、桜洞城から届いている。

 それならば今無理する必要は全くない。

 ただし、この情報は、信長が失敗を悟る前に出した情報だと把握していない。


「よし。兵に休息も必要じゃし三郎の合流を待つ。一旦仕切り直しとしよう。ただその間遊んでいるわけにもいかん。出来る事はやっておこう。刈田は時期的に無意味だが近隣への破壊工作や、動ける者で偵察と周辺の城の調略。少しでも打撃を与えて勢力として力を削ぐ!」


「うむ。飛騨侵攻軍は跳ね返したが、武田に致命的な痛手を与えた訳でもない。2度と我等に挑もうなどと考えぬ様に叩いておくべきであろう」


 信秀と道三の力強い言葉に、諸将は頷いた。

 誰もが今からが本番であり、正念場であると理解している。

 その思いは帰蝶にしても同じである。


 帰蝶ら先に入道洞城の防衛を達成し、さらに追撃も成功させた織田、斎藤軍は、信長の合流までに万全の体勢を敷くのであった。


 しかし―――

 万全の体勢を敷いているのは、武田軍であった。


 帰蝶達は、武田信繁の退却が偽装退却と見抜いていない。

 武田信繁に後一歩の所まで迫ったのも、逆に退却が真実味を帯びてしまっていた。


 当然、釣り出されたとは思わない。

 しかも武田残存軍と長尾軍、北条軍が息を潜めているとは夢にも思わない。


 北条軍の存在は信長も看破したが、長尾軍の存在は完全に予想外。

 ついでに次元の違う話をすれば、武田の真の恐怖を知っているのは信長しかいない。


 それら様々な要因が、致命的な想定外を重ねている事に気が付いていない。


《さぁ! 今度こそ武田信繁を討ち取って見せるわ!》


 帰蝶は前世の記憶も相まって、武田信繁の価値をこの場にいる誰よりも評価し理解している。

 追撃戦では、後一歩の所で逃げられたが、今度こそはと気合を入れなおす。


《えっ、あっ……そ、そうですねー》


 ファラージャの不審な態度の返事に違和感を覚えたら、後の戦況に何か変化をもたらしたであろうか?

 残念ながら、今からの攻撃こそが肝要だと思っている帰蝶と織田、斎藤軍は武田晴信の策に嵌るのであった。



【深志城/武田家 武田信繁軍】


 撤退は予定通りだったが、内容は命からがらだった武田信繁軍。

 何とか深志城で体勢を整えると、温存していた武田残存軍に指示を出した。


「もうまもなく兄上の軍が織田を引き連れて退却してくる。兄上を迎え入れると同時に長尾、北条と連携し4方から攻め立て一網打尽にする。伝令を送って備えさせよ! 各自も準備を怠るな!」


 深志城には飛騨の城攻めに参加せず、消耗も全く無い元気な兵が2000人と、生き残り信繁軍の戦闘可能な兵が2000人。

 更に、北条氏康の援軍が3000人、長尾景虎の援軍が6000人が控えている。

 武田晴信の退却軍が最低でも2000人は合流する予定で、合計15000人が今回の飛騨攻略に用意した全軍である。


 飛騨の堅牢で大軍が展開し難い山城で兵を消耗するよりも、相手を釣りだし深志盆地で一気に殲滅する。

 桜洞城と入道洞城で晴信が凡戦を繰り返したのは、相手に勝ち戦を経験させ、退却する自軍を引っ張り出し追撃させる事。

 また、どうせ消耗するなら反発的な信濃衆を城攻めで使い潰し、空白となる信濃への支配力を高める為に利用する。

 深志城南にも規模の小さい城があるが、これらも残存信濃衆が守る城で、織田軍に落とされても然程問題は無い。

 むしろ、兵士を一人でも倒してくれたらラッキーぐらいに思っている。

 飛騨の攻略は、邪魔者を消して足下を固めてからで充分であると判断したが故の戦略であった。

 これが、今回の武田晴信の策の全容であった。


挿絵(By みてみん)


「三好長慶より飛騨守を与えられて7年。時勢も思惑も二転三転したが、ようやく飛騨攻略を達成できよう」


 信繁は、感慨深く一息つくのであった。


 だが―――

 武田軍にも想定外の事が起こった。



【武田晴信軍】


 飛騨から信濃への路を、防戦しながら退却する武田晴信。

 この退却は、飛騨へ侵攻する時から決められていた退却路。

 退却路には進軍当初から馬防柵や逆茂木を多数揃え、場所によっては簡易的な堀や落とし穴も拵えた、万全の退却体勢を整えた路である。


 特に罠の設置は効果抜群であった。

 罠を念頭に置かない場合は全力で追撃が出来るが、一度でも罠の存在を臭わせてしまえば、たちまち進軍の足は鈍る。

 そこに単なる飾りの罠と、本当に効果がある罠を適当に散りばめれば、もう追撃軍は慎重にならざるを得ない。

 信繁軍は演技退却が、本物の退却になってしまったので効果的な罠が設置できなかったが、晴信はキッチリと設置ができたお陰で損害の少ない退却が可能となった。


「よし! 足止め部隊を援護する! 弓隊! 敵を近づけるな!」


 また、晴信の撤退指揮も抜群に上手かった。

 焦る信長を嘲笑うかの様に、のらりくらりと緩急を効かした巧みな撤退戦。

 突き放しては一時撤退させ、その間に全速で逃げる事を繰り返し、信繁が命からがら退却したのに対し、かなりの余裕をもって退却する事に成功していた。

 わき目も振らず一目散に逃げる事をしなかったので、時間は掛かってしまったが、受けた損害も許容範囲であり、信濃に到着してしまえば勝負を付けられる。


「まもなく深志城近辺に辿り着く! 城に入ったら思う存分休ませてやる! ここが踏ん張りどころぞ!」


 一目散に深志城に逃げ込み体勢を整える。

 織田信長軍、朝倉軍と織田信秀、斎藤軍が合流した所で、長尾、北条と共に包囲し打撃を与える。

 ここでは武将級を討ち取るよりも、とにかく敵兵を減らす事を最優先にする。

 飛騨を守る余力を残したまま、退却はさせない。

 後は体勢が整わない敵を尻目に飛騨を蹂躙して、飛騨守としての責を全うする。

 その上で、東の三好派に楔を打ち込みつつ、東側の将軍派として存在感を示す。

 あとは越前朝倉でも美濃斎藤でも、その時の時勢によって攻める勢力を考える。


 まだ何も決着が付いていない中での皮算用であるが、織田、斎藤、朝倉軍を計画通りに誘い込んでいる現状、このまま決着を付けられれば、そうなる公算はきわめて高い。

 決して無謀な夢を見ているわけではない。


「路が……開けた!」


 飛騨の山間を突破し、とうとう深志城がある深志盆地まで辿り着いた武田晴信軍。


「ようし! 深志まであと少し!」


 織田軍は追撃に手間取っており、ここまでは100点満点の出来であった。

 しかし、深志城近辺まで辿り着いた時、晴信の眼前に広がる光景は0点の光景であった。


 そこには、余りにも予想外の光景が広がっていた。


 何せ既に、戦闘が始まっていたのである。

 しかも、織田軍側が、攻撃しているなら理解できるが、現実は織田、斎藤軍は予想外の攻勢に直面し指揮が乱れているが、それは晴信にとっても同じであった。


「なぜワシの到着を待たない! 厳命していたハズだぞ! どこの馬鹿が抜け駆けをしおった!?」


 その疑問に応える様に信繁からの伝令が届いた。


「申し上げます! 左馬助様(武田信繁)からの伝令です! 長尾景虎が勝手に動き戦を始めたとの事! 数で劣る長尾が負けては深志近辺の支配力を失う恐れから、已む無く出撃したとの事です! 北条も左馬助様の要望で出陣しております!」


「ば、馬鹿な! 景虎のクソッタレは何を考えておる!? あれほど一網打尽にすると念を押したであろうが! まだ信長と朝倉は戦場に到着すらしておらん! これでは策が策として成り立たぬ! まさか長尾は裏切ったのか!?」


「い、いえ、そうではなさそうです! 長尾の攻撃は激しく敵陣にかなりの損害を与えている模様!」


「裏切りじゃない? ……は? じゃあ単独で織田斎藤を倒すつもりなのか? 功の独占を狙って? いやいや、家臣であるなら理解できるが、他国の同盟軍の為に己が死地に飛び込むか!? ありえん! くそッ! 何が起きておる!」


 景虎が織田、斎藤と連携し、信繁や北条氏康を逆に釣り出した可能性を考えたが、当の景虎が優勢に戦いを進めているのであれば裏切りではない。

 単なる作戦の無視か、長尾軍が動かざるを得ない状況になってしまったのか、はたまた単に景虎が作戦を理解していない馬鹿なのか?


 一体何が起きているのか?

 この戦場を支配しているのは、信長でも晴信でもない。

 援軍として参加し、今、決死の無茶な攻撃をしている長尾景虎であった。

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