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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
3章 天文16年(1547年)勝ち取る力
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17話 楽田城攻防戦

 信広、信長軍が犬山城に到着した頃、楽田城には信行軍がまもなく到着する所であった。


「勘十郎様、まもなく楽田城です」


 家臣の一人が信行に報告する。


「うむ。皆の者! この戦はワシの初陣じゃ。若輩故に迷惑をかけるやも知れぬが、その時は遠慮なく諌めて欲しい!」


 今年の初めに元服した信行は、わずか11歳とは思えぬ程、物腰柔らかで利発な子であった。

 さらに健気に配下の諫言を自ら欲し、己を高める為の機会を自ら得ようとしている。

 生意気盛りに成りがちな年頃にあって、下手すれば一切の諫言を受け付けない兄の信長に感化されてもおかしくないのに、全くその様な気配は見せず、謙虚で誠実で将来有望な子であった。


 兄の信長があのザマなので、何もしなくても評価が上がる立場なのに、そこに胡坐をかかない姿勢は家臣達にとって、まさに理想の跡継ぎ像であった。


 当然、信秀の家臣達も自然と集まる。


 後継者候補に顔を売り近づく目的もあるが、この純真無垢な後継者に自分の経験と知識を与えて将来の名将を育て上げたいと誰もが思っている。

 打算は勿論あるが、それ以上に放っておけない魅力がある。

 それが織田勘十郎信行と言う人物であった。


「まぁしかし、今回は相手の兵力はたかが知れております。我等は当然、家中一の猛将柴田殿も居ります故に初陣にはもってこいの相手ですな! 楽田城の織田寛貞には感謝せねばなりますまい!」


 冗談を飛ばして笑いあう家臣達。

 そんな家臣をみて柴田勝家が口を開く。


「各々方。そんな初陣にもってこいの相手に不覚を取る、それが何を意味するかお分かりか?」


 腹にズシリと響く声で勝家が問う。


「その上、後詰には大殿が参られる。大殿の眼前で我等が無様を晒せば……後は分かりますな?」


 勿論、後継者剥奪を指しているのは誰もが理解している。


「も、勿論です! 拙者は若の気を解そうと! そう! 我等は遥か以前に済ませた初陣も若には初めてです! 緊張して体が硬くなるのは致し方なし! それ故の……」


 長々と言い訳を続ける同僚を他所に勝家は考える。


(奴等は何故謀反を起こしたのだ?)


 柴田勝家は猛将ではあるが、かといって武辺一辺倒では無く、むしろ並みの将よりも格段に内政に明るい部分があり、史実では豊臣秀吉に先んじて刀狩を行い領内の安定を図っていた。


 無論、戦いにおける逸話は数知れず、『鬼柴田』『かかれ柴田』『瓶割り柴田』等の逸話は、勝家の武力と胆力を伺わせる話である。

 全ての能力が高いレベルでまとまり、尚且つ武力は突出している。

 それが柴田勝家という武将である。


 その勝家がどうしても今回の戦いに不安を覚える。

 信長の様に理詰めや不合理による危機、あるいは前世の経験から察知するのではなく、どちらかと言えば直感に近い。

 ただし今は晩年の経験豊富な勝家ではなく、まだまだ成長途中の若い勝家なので、違和感は感じつつも、真相に辿り着く事が出来なかった。


 そんな信行軍が楽田城に辿り着く。

 楽田城は討って出ない所を見ると篭城戦を選んだ様なので、まだ信秀軍の後詰は到着していないが、粛々と城を包囲し定石通り降伏勧告を行う。

 期限は明朝。


 こうして楽田城攻防戦が始まったのだった。


「大殿はまだ参られぬか?」


 日が沈んだ信行の本陣。

 勝家が自身の側近に訪ねる。


「はっ! 今だ報告はありません!」


「分かった。下がってよい」


 勝家はそう告げると信行の下に行く。


「勘十郎様。大殿はまだ参りませぬが、戦い自体は順調です。明日には奴らが戦うか? 降伏するか? どちらを選ぶか分かりませぬが、決着はつく事でしょう」


 確信を持って答える勝家。


「うむ、それにしても権六(柴田勝家)、お主、戦う場合あの城を一日で落とすつもりか?」


「兵数は我等に劣り、率いる将も小物です。防御力の高い城でもありません。必ずや明日には落として見せましょう!」


 家中一の猛将に相応しい自信を見せる。

 そんな頼もしい勝家だからこそ信行は聞きたい事があった。


「頼もしいな! ところで権六。一つ尋ねたい事があるのじゃが……」


「はっ! 何でしょうか?」


「他の家臣の話も、お主の話もそうじゃが、聞いている限りこの戦は楽に終るかの様じゃ。無論、楽に終るのは良いのじゃが、今回の戦は何が理由で始まったのであろうな? 楽田城の者はこれでは無駄死にでは無いか?」


 信行は子供らしい純真さで核心をついた質問をした。


「……! 流石でございます勘十郎様。実は某も奴らの動機と勝ち筋を考えておりました。しかし動機はともかく勝ち筋が皆目検討付きませぬ」


「では動機は何じゃと思う?」


 勝家は逡巡して答える。


「……恐らく怨恨の線が濃厚かと」


「そうか。じゃがそうだとすると、そんな確実に負ける怨恨に付き合わされる者には、たまったモノでは無いな?」


「全くもってその通りで」


「ならば、この戦は本当に怨恨が理由か?」


 鋭い子だと勝家は思った。


「怨恨で無いなら……明日織田寛貞を拘束して問い正します」


 真の理由など推測しようが無い為、捕らえて聞くしかなかったが信行の疑問はまだ続いた。


「織田寛貞か……奴はあの城に篭って居るのじゃな?」


「はっ、その通りです」


「ふむ、ワシは戦の駆け引きや定石と言った事は教えられはしたが、実際に経験するのはコレが初めてじゃ。だからよく分からぬのじゃ。兵数に劣る城に篭る気持ちが。決死の籠城とはこんなに穏やかに篭るものなのか?」


 子供らしい純粋な疑問が違和感を見逃さなかった。

 信行は性格は全く違えど、信長に近い洞察力を見せたのだった。


「……言われてみれば妙ですな。勝ち目の無い篭城で兵の喧嘩や脱走騒ぎが無いのは不自然。今の勘十郎様の言葉で一つ奴らの勝ち筋が思い浮かびました。夜襲です」


「夜襲!」


 信行が驚いて声をあげる。


「兵数で劣る奴らに勝つ道が有るとすれば奇襲しかありません。特に遮る物も無くお互いが視認できる状態で出来る奇襲と言えば夜襲が一番でしょう。今すぐ手を打ちます! 誰ぞある!」


 勝家は配下を呼び、あらゆる場所でかがり火を焚かせた。

 これは夜襲を警戒していると言う意思表示である。

 常であればこれで充分であった。

 夜襲を警戒している相手に夜襲をかけても返り討ちにあうだけである。


 だが信行も勝家も、さらに信秀や信長すら予想外の事があった。


 楽田城では勝家の予測通り夜襲の準備がすでに完了していた。

 楽田城の兵が静かなのは怯えて静かなのではなく、必勝の策を準備していたのだ。

 その策は、信秀軍をこの楽田城に到達させず、信行軍だけの状態にし、降伏勧告を検討するフリをして夜襲をかける事である。


 なお―――

 この夜襲に参加する兵は1500人であり、勝家達の予測兵力を大きく上回っていた。

 その楽田場内にて、黒衣の男が織田寛貞に相対している。


「寛貞殿、準備は抜かり無いようですな」


「うむ、貴殿らの御助勢で奴等に一泡吹かせられそうじゃ」


 扇子を仰ぎながら寛貞は答える。

 もう勝負が決したかの様な態度である。

 そんな寛貞を見て黒衣の男は思う。


(本来なら諌める所であるが、この男は調子に乗らせたままの方が良さそうだな)


「この策が決まれば一泡どころではありませぬ。貴殿は戦功第一位も狙えるであろう。きっと御主君(信友)も満足されるじゃろう」


「う、うむ、そうか? そうでであるな! ハハハ!」


 黒衣の男にあしらわれているのに気付かず寛貞は高笑いをした。


「ところで……この城に潜む間者はどうやって封じたのじゃ?」


 寛貞は黒衣の男が入城するまで、間者に手も足も出ず成すがままであった為、不思議に思っていた。


「我らがこの城に秘密裏に入る時、特に急ぎの伝令が必要な場面では無いのに外に出ようとした者は全て始末しました。内側から全ての出入り口を監視し壁をも封鎖しました。単なる人海戦術に過ぎませぬ」


 もし、信長が放った間者が一人でも抜け出して居たら、信行軍に急報が行き不用意な包囲をしなかっただろう。


「そ、そうであるか(こ奴は本当に僧なのか?)」


 眉一つ動かさず粛清を行う黒衣の男に寛貞は威圧感を感じてしまった。


「奴等の陣を見るに信秀殿はここに居らぬ様子。分断も上手くいった様ですな」


 僧の分析通り、信秀は斯波義統と織田信友の対応で楽田城に向かえないでいた。

 もちろん、信秀は信行軍に伝令を向けたが全ての辿り着く前に討ち取られていたのだ。


「さあ、後は貴殿が信行殿を捕縛するだけですぞ?」


「うむ、任しておけ! 全軍出陣準備!」


 その声と共に楽田城の正門が開かれ、信行軍の監視役が動きがあった事に気付く。


「ん? 門が開いたぞ? 降伏が決まった……」


 最後まで言う事は出来なかった。

 兵が飛び出してきたからだ。


「て、敵襲!」


 その監視役の声は信行にも勝家にも届いた。


「夜襲じゃと!?」


 勝家は驚いている。

 夜襲の警戒はしていたし、何より楽田城の者には警戒ぶりを見せ付けていた。

 兵数も劣り夜襲も警戒され、それでも尚、夜襲を行う寛貞の行動が理解できなかった。


「全軍! 迎え撃つ! 敵は寡兵じゃ! 慌てず押し返せばよい! 包囲軍に伝令を送れ!」


 準備はしてあった槍隊、弓隊が反撃を始めるが、どうも様子がおかしいと勝家は気付いた。


(この地鳴りは500未満の兵で出せる音ではない!?)


「勘十郎様! 万が一が御座いますのでお下がり下さい!」


 勝家は万が一どころでは無い危機を察知しているが、慌てる事の危険性も知るので、努めて冷静に話す。


「馬鹿を申す出ない! この程度の敵に何を言っている!?」


 しかし、まだ年若く、しかも初陣の信行には異常が察知できない。

 これが信長なら一目散に撤退に移るであろうが、経験の差故仕方が無いところであった。

 勝家はしかたなく今の状況を説明する。


「数を見誤りました! どうやら1500から2000はいる模様です! 我等は1000で城を包囲しています! 今この場には味方は500も居りませぬ! 一点突破されればひとたまりもありませぬ!」


 そうこう言っている内に、もうわずかな距離まで押し込まれているのは誰が見ても明らかだった。


「なんじゃと! じゃがどこに下がれば……」


 そんな信行の言葉を遮り指示を飛ばす勝家。


「馬周衆! 勘十郎様を連れて末森城の大殿……いや、犬山城の友軍と合流し、危機を伝えよ!」


 ここにきて信秀軍が今だに到着しない事の異常に気付き、行き先を犬山城に変更する。


「はっ!」


「権六!?」


「これより撤退の殿を務めます! 運が良ければまたお会いしましょう!」


 勝家は愛用の槍を手に取り吼える。


「柴田勝家ここにあり! この首欲しくば参るが良い!」


 こうして勝家は乱戦に飛び込み、信行は撤退を試みた。

 乱戦で闘う柴田勝家の武力は圧倒的で、槍を振れば同時に3人以上斬り倒し、的確な突きで相手の戦闘能力を奪っていった。

 しかし多勢に無勢はどうにもならず最後には縄で動きを封じられ、勝家以下主だった者は捕縛されてしまった。


「無念! 勘十郎様! どうか!」


 その信行は犬山城に向かって馬を飛ばしている。

 犬山城と楽田城は比較的近くにある為、馬を飛ばせば夜道を考慮しても大して時間を掛けず着くはずである。

 道中で信行は馬周衆に声を掛け、初陣の少年とは思えぬ気遣いをする。


「とんだ初陣になってしまったが、まだ終った訳では無い。兄上達と合流し……」


 そう言いかけた所で、先頭が急に停止した。

 

「何事か!?」


 別の馬周衆が周囲を警戒する。

 すると、闇夜に紛れて自分達が囲まれている事に気付いた。

 50騎は居そうである。


「織田勘十郎信行殿とお見受けいたす」


 闇の中から声が響いた。


「何者か!?」


 精一杯の虚勢で声をあげる信行。

 すると闇の一部が動き出した。

 月明かりで辛うじて判別できるが、鎧も着物も馬も黒一色であった。


「お初にお目にかかります。拙僧は太原雪斎(たいげんせっさい)と申す」


 その名前は信行でも知っている。

 今川義元の軍師にして今川家最大の功労者である。


「い、今川の……!? お主らがこの戦に噛んでおるのか!?」


「詳しい話は楽田城でいたしましょう。配下の命を無駄にしたくなければ、大人しく投降していただきたい」


 言われて周囲を見渡すが、完全に前後左右封鎖されていた。


「この道を通る事を読んでおったのか!?」


「偶然ですよ。ただ、誰であれ犬山城に行かせるわけにはいかぬ故、こうして道を塞いでいたのです」


 偶然の訳が無かった。

 もちろん、誰であれ行かせるつもりが無いのは事実であるが、真の任務は信行の捕縛である。

 柴田勝家の思考と性格を読みきっての先回りであった。


「出来れば手荒な事をしたくはありませぬ。我等は話し合えば同志になれる、そう思っております。一緒に楽田城へ戻りましょう」


 太原雪斎はそう言って更に前に歩み出た。

 有無を言わせぬ迫力があった。


「……配下の命を奪わぬと約束すれば従おう」


 その尋常ならざる迫力に、信行はこの男には敵わぬ事を悟った。


「勘十郎様!?」


「良い判断です。将来きっと良い主君になる事でしょう」


 こうして信行、勝家は捕縛され、楽田城攻防戦は幕を閉じたのだった。

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