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外伝31話 斎藤『vs環林葵、坂茜』帰蝶

本当は次章に行くつもりでしたが、プロットに難儀しており時間を空けすぎるのも悪いので、外伝話を今回と次回も投稿します。


 織田軍では、刀、槍、弓、組打ち、馬、指揮の何れかで帰蝶から一本取れば待遇が変わる。


 しかし、待遇とは言っても給金が増えるとかではなく、帰蝶からの敬称が変化するだけで生活にはなんら変化を及ぼさない。


 具体的には―――


『様』:全種目勝利

『殿』:3種勝利

『君』:1種勝利

『ちゃん』:未勝利


 ―――となっているのだが、帰蝶が勝手に始めている雑な制度(?)が色々問題を作っていた。


 その問題とは男尊女卑の極地とも言える時代に、闘争の生き物である男が闘争に負けてしまう事が原因であった。

 弓、馬、指揮に関しては経験がモノを言うのでまだ良いが、腕力直結の刀、槍、組み打ちで女に粉砕される男の諸将は屈辱に塗れ、プライドを著しく損傷した。

 なお現時点(弘治2年(1556年)現在)で帰蝶から親衛隊任務時に『様』と呼ばれているのは柴田勝家、森可成、滝川一益、北畠具教、塙直政、織田信長だけで、信長にしても全種目制覇は時間がかかる有様であった。


 従って多くの武将が理不尽な敬称で呼ばれ屈辱に塗れていたが、現実問題で実力不足は覆しようが無く、何か言おうモノなら『文句が言いたいなら私を倒してから言え。倒したなら聞いてやる』と『けんもほろろ』にも程があり、ぐうの音も出せなかった。

 また早くから制覇した勝家や可成にしても『言いたい事は分かるが、濃姫様の言う事にも一理ある』と、結果を残した人ほど帰蝶を支持してしまっていた。


 農兵とは違い武芸で飯を喰うのに、女の帰蝶に勝てない未熟者故に、信長にもどうにもならなかった。

 それに勝ったら勝ったで、今度は帰蝶から再三挑まれるので、勝たなかった方がマシかもしれない。

 その史実に無い帰蝶の行動が、地味に歴史を動かしていた。




【vs環林葵、坂茜 天文16年(1547年)】

 信秀による野盗討伐視察後(12話参照)の話である。


「お前たちは初顔合わせになるな。先日の野盗討伐で仲間になった帰蝶だ」


 仲間とは信長の悪餓鬼部隊の事である。

 その悪餓鬼仲間でもあり隊長格でもある、毛利新介(14歳)、服部小平太(13歳)、瑞林葵(13歳)、坂茜(12歳)に帰蝶を紹介した。

 彼らは信長の切り札であり、まだ織田家では正式な地位も役目も無い対外的にはゴロツキ集団であるが、実態は野盗相手の自衛治安維持部隊である。


「……また、ワシの妻でもある」


 信長は若干苦い顔をしながら帰蝶(肉体:12歳 魂:48+5+2歳)を紹介した。


「へー。大将の奥さんですかい、って事は? あの美濃のマムシの娘っすか!」


「え? いや、今更女がどうこうと言いやせんが……本当に良いんすか?」


 小平太と新介はマムシと異名をとる、蛇の娘とは思えぬ帰蝶の雰囲気に目を奪われた。

 この部隊には既に女が少なからず居り、今更、女が所属する事に難癖を付ける事はしないが、ただ、それでも美濃の大名の娘がこの部隊に所属するのには少なからず驚いた。


「へー……」


「ふーん……」


 その少なからず所属する女である葵と茜は、同性の仲間を歓迎する態度ではなく、明らかに眼に憎悪の光を宿していた。


《ん?》


《あれ?》


 男達の反応は予想の範囲であったが、葵と茜の態度に信長と帰蝶は違和感を覚えたが話を進めた。


「と、とにかく妻ではあるが、この部隊に居る時は身分は関係ない。指揮官が絶対であり、その指揮官の実力が全てだ。それはこ奴にもクドイほど伝えてある。だから遠慮なく接するがいい」


「斎藤帰蝶です。皆様の足手まといにならない様、精一杯頑張ります」


 帰蝶は可憐な仕草で挨拶をした。


(お? 那古野で色々暴れてって聞いてたけどなぁ?)


(何か想像と違うな? まぁいいか)


 曰く、単身城下に飛び出し、馬で暴走したり、およそ姫と言うには無理がある噂は聞いていた。

 しかし男達は多少イメージが違ってもそんなに気にしなかった。

 男女混成部隊ならではの対応であろうか。

 しかし、そんな部隊に慣れた女達の方が危険な雰囲気を醸し出していた。


(なにコイツ!? 三郎様を奪った泥棒猫のクセに!!)


 女達は帰蝶の美貌とイメージの落差他、複雑な感情で憎悪の目を向けた。


 実は、茜と葵は部隊を去ろうとしていた。

 実家からは『うつけ』と名高い信長とつるむ事を再三叱責され、一緒に居る事を諦めかけていた。

 しかし今、密かに想いを寄せる信長が、どこの馬の骨―――かはハッキリしているが、その代わりマムシの娘に信長を取られた事が、自分達と入れ替わりで入隊するのが気に入らなかった。

 本来(この小説)の歴史では、二人は部隊を離れて数年後に、今の小汚い田舎娘の姿から、大人の女として別人の如く美しく成長し信長の側室として迎えられる歴史を辿るが、今、歴史と二人の行動が変化した。


 なお、この時点では信長は葵と茜が前々世での側室である事に気がついていない。

 女は大人になると幼い時とは別人の様になるのだ。(外伝7話参照)


「三郎様。指揮官が絶対の規則に習って濃姫様と手合わせ願います。実力を知らねば接する事も適いませぬ」


 そんな前々世の妻の一人である葵がギラついた目で提案する。


「お、おい?」


「いきなりどうし……」


 何故か急に豹変した葵に、小平太と新介が戸惑うが―――


「うるさい」


 茜が冷ややかな声でピシャリと遮った。


「ヒエッ!?」


《……私、歓迎されてません?》


《その様だな。何かしたのか?》


《この歴史では初対面ですよ!》


 二人にはこの塩対応―――どころか酸対応(?)とも言えそうな憎悪が理解できていない。

 まさか信長を盗られた事に対する嫉妬だとは夢にも思っていない。


《どうする? 手合わせするのか?》


《します。するしか無さそうですしね》


《お主は……まぁ、ソコソコ動ける様だが、この2人は手練れだ。注意する事だな》


 信長は帰蝶の心配をした。

 しかしこの時の信長はまだ知らない。

 野盗討伐に際し、信秀からの試験を満点で突破した実力は知っているが、まさか斎藤家の歴戦現役武将である稲葉良通に肉薄する戦いをしていた事を。(外伝3話、外伝12話参照)


「よし。序列確認は重要かもしれん。軍務中につまらぬ諍いを起こされても困る。お互いの力を知って部隊全体の糧にせよ」


「分かりました……!」


 そう言って葵は一歩前に出た。

 まるで檻から解き放たれる猛獣の様な威圧感を醸し出す。

 傍らには坂茜が控え、ボクシングのセコンドの様に耳打ちしている。


(弓の腕前はソコソコらしいけど、逆に言えば他は凡庸とも言えるわ。私たちが只の女と油断している今が好機よ)


(そうね。乱世に生きる女の強さを、お姫様に教えて差し上げましょうかッ……!)


 葵も茜も弓の扱いが部隊でも最高クラスに優れるが、他にも指揮や武芸も並の男を寄せ付けぬ抜群の才を誇る。

 野蛮な男が彼女らに従うのは、その実力の高さ故であり、厳しい乱世を生き抜く為の彼女らの渾身の努力の成果でもある。


「私は刀を使う。濃姫様は長巻でも槍でも好きに使ってください」


 葵は勇ましく宣言した。

 近接戦闘で刀以下の間合いの武器は脇差と素手、あるいは特殊な暗器くらいしかない。

 この場にある武器では刀が一番間合いが狭いのに、刀より有利な武器を選べと葵は言った。

 己が得意な弓で勝負せず、不利な武器で相手をして、尚且つ帰蝶を倒す。

 そうする事で帰蝶の面目を叩き潰す魂胆であった。


「ならば私も刀を使います」


 帰蝶は帰蝶で謎の憎悪はともかく、葵の挑戦と挑発を受けると木刀を掴み構えた。


「ッ!?」


 葵はせっかく好意(?)で長物を使えと言ったのに、その好意を無視し、さらに自分と同じ条件で挑む愚で可愛げの無い帰蝶の態度に、美しい顔に似合わぬ相貌を晒す。

 そんな葵の姿にギャラリーは聞えるはずの無い不快な歯軋りの音を聞いた。


「そう。三郎様の妻ですからね。顔だけは勘弁してあげるわ……ッ!!」


 葵は言うや否や鎖が切れた猛犬の如く飛び出し、怒涛の勢いで木刀を振り下ろす。

 顔は勘弁するが、兜で守られている頭を粉砕する勢いである。


 その殺気すら感じる猛烈な打ち込みを、帰蝶は木刀を水平に構えて流す事無く受け止めた。

 折れずに済んだのが奇跡としか思えない打撃音が木霊する。


(凄い!! でもやれる!!)


 受け止めたのは確認する為。

 自分は女としては強いハズだと思っているが、他の女との差を確認した事は無い。

 稲葉良通に肉薄したとは言え上回った訳では無い。

 病気を治して転生して分かっているのは、稲葉良通よりは弱いという事実だけで、ひょっとしたら全然井の中の蛙状態かもしれない。

 帰蝶は不安だったのだ。


 しかし今、その不安は払拭された。

 痺れる腕に膝を突いた肉体。

 しかし自分は闘えると。


 帰蝶は涙を流した。

 自分は半ば反則的手段で強さを手に入れている。

 勿論、反則的手段、すなわち未来式超特訓とはいえ楽に手に入れた力ではない。


 未来式超特訓とは、時間の概念を無視できる5次元空間での特訓である。

 濃密に凝縮、効率化された文字通り魂に刻み込む過酷な特訓で、莫大な疲労や大怪我を負う事もあった。

 だが、それすらも超科学力で瞬時に治し、休む暇など無い超特訓である。

 技術をインストールするとか楽な手段では無い。


 そんな力に肉薄する、葵の力と並成らぬ苦労に感動したのであった。


「貴様!? な、何を泣く……!?」


「貴女の強さに感動したのです! いくわよ葵ちゃん! ハァッ!」


「葵ちゃん!?」


 帰蝶はお返しと言わんばかりに斬りかかる。

 帰蝶の振り上げた木刀は、まるで蛇が鎌首をもたげたかの様である。


(なッ!? 何この……!?)


 葵が一瞬蛇の幻覚をみて混乱し、かろうじて防御体勢をとる中、帰蝶は木刀を振り下ろした。

 葵の獣が噛み付くような振り下ろしとは違い、帰蝶の打ち込みは真に無駄の無い洗練された攻撃であった。

 威力は葵と大差ないかもしれない。

 しかしそれでも、葵はその膂力に弾き飛ばされ尻餅を突いた。

 体を硬直させられ、衝撃の分散に失敗したのが原因である。


「おぉ!?」


「葵!?」


 ギャラリーは信じられない光景に驚く。

 葵を含めた4人の隊長格を倒せるのは、悪餓鬼部隊には信長しか居ない。

 その信長にしても、転生を合算した力を持ってしても、隊長格に尻餅を突かせる程の攻撃は容易では無い。

 それを帰蝶は一撃で防御の上から弾き飛した。

 予想外の極みであった。


 それは葵にとっても同様で、尻餅をついて帰蝶を見上げる己の姿に呆然とするしかなかった。


「……え?」


 葵の眼前には帰蝶の木刀が突きつけられた。


「あ……。武器が折れてしまいました。引き分けですね」


 その帰蝶の宣言を木刀が待っていたかの様に、中ほどから割れ裂け地面に落ちた。

 葵の斬撃を防御した時にヒビが入り、攻撃した時に完全に折れてしまったのである。

 戦場で武器を失ったら致命傷になる。

 素手で戦えない事も無いが、とりあえずは顔見せの訓練であるし、前々世で世話になった大事な友達である。

 謎の憎悪も気になるし、自分との関係に亀裂が入った結果、織田家から去って歴史が変わっても困る。

 痛み分けとして退いたのであった。


「……ッ! 貴女……!?」


 葵は言葉が続かなかった。

 しかし茜が続いた。


「つ、次は私が相手よ! 弓の腕前を見せてもらうわ!」


 全員が現実離れした光景に呆ける中、一番早く現実に戻ったのは茜であった。

 己の得手であり弓で勝負を挑む。

 茜は帰蝶の腕前を見抜き、近接戦闘は不利と判断した。

 その手には、お手製の体のサイズに合わせた弓が握られていた。


 先ほどまで帰蝶に恥をかかすつもりでいた態度から、己の得意分野での勝負に切り替えるのは少々格好が悪いが今は戦国時代。

 卑怯だろうが勝つのが全てであり、茜の方針転換は褒められこそすれど、非難される行動ではない。


 むしろ、お姫様と舐めて掛かった葵が悪い。

 茜は葵の失敗を己の事の様に即座に反省し、挑む手段を変えた。

 弓で葵と茜に勝てる人間は部隊に存在しない。

 信長でさえ勝てない。


「的当て勝負といきましょう」


 茜は凡そ2m四方の枠線を地面に引くと、20mほど離れた地点に同じような枠線を引いた。


「的は私たち自身。地面の線を櫓に見立て、その範囲内で矢を打ち合い、あるいは避けて、当たれば当然、線から出たら落下扱いで負けです。勿論矢尻は外します。受けられますか!?」


 茜は念には念を入れて単なる的当て勝負ではなく、より実戦的な方式に切り替えた。


(先日実戦をしたらしいけど経験の差は歴然! 貴女が稲葉山で遊んで暮らしている中、私たちは命のやり取りをしてきたのよ!)


 下賎な自分達と違って大名の娘は天上人だ。

 多少は腕に覚えがあろうとも、自分の弓は百発百中だし、たとえ避けられてもスタミナ勝負に持ち込めば勝機はある。

 あるいは、足下に打ち込んで線から追い落としてもいい。


 茜は軽業も得意であり、部隊で一番小回りが利く。

 どうとでも料理できる勝負である。


 この茜の提案した弓の勝負はどのくらい厳しい勝負か?

 構えるのも引くのも番えるのも放つのも扱いの難しい弓を射ながら避けるのは、一度バランスを崩せば攻撃するのもままならない。

 何より動き回っては狙いすら定まらない。

 弓道やアーチェリーでは静止して狙い澄ます事ができるが、戦場想定なので静止するのは勝手だが、この勝負方式では格好の的である。


 更に、弓のサイズや種類で多少の誤差はあるだろうが、発射される矢の速度は時速200km/hにも達するらしい。

 つまり、20mの勝負では、放って0.36秒以内には射抜ける計算になる。


 例えるなら野球のデッドボールを狙って投げ合う投手対投手とでも言うべきか。

 余談であるが、基本的に野球は投手有利であるが、とある神主打法打者は確信犯でピッチャー返しを行い投手をKOした漫画みたいな神業をした事があるらしい。


 ともかく、バッターボックスよりは広いとは言え、矢尻はついていないとは言え、反射神経の限界を競った勝負方法であった。


 ただ、茜は少々誤解をしている。

 そう思うのも仕方ないが、帰蝶は遊んで楽には暮らしていない。

 殆ど寝ていた。

 何故なら病気だったから。


 更に理不尽にも本能寺で死んで、何の運命の悪戯か生き返り、過酷な訓練を積んで現世に舞い戻った。

 全ては人生を取り戻す為。

 従って勝負にかける思いは茜に勝るとも劣らない。


「では三郎様、合図と判定をお願いします!」


「う、うむ。面頬は……しておるな。では始め!」


 ―――と信長が号令を掛けるや否や、電光石火の早業で茜は矢を放つ。

 まるで銃の早撃ち対決の様に、腰から三本の矢を右手で掴み3連射で放つ。

 3発放つのに2秒も掛かっていない驚異的な早業である。


 しかし帰蝶はそんな連射速度で迫る矢を弓で払い落とし、あろう事か眼前に迫る3発目は掴み取った。


「……!?」


「えっ!?」


「馬鹿な!?」


 飛来する矢を打ち払うのは可能だ。

 あるいは小手を使って弾くのもいいだろう。

 雨の様に大量に飛来するなら適当に振っても当たるし、狙撃であっても認識していれば反応は出来る。

 野球の打者も剛速球を打ち返すし、体が反応すれば避けたりもできる。

 しかし、掴み取るのは想像を超えていた。


(化け物か!?)


 男達は帰蝶の神技に恐れおののいた。

 妄想でそんな夢物語をした事がある面々も、実行に移す勇気は無いし実行しようとも思わない。

 掴もうとして手を射抜かれたら良い笑いモノで、リスクが高すぎるからだ。


 しかしリスクが高い故に、いざ目撃するとインパクトは絶大であった。


「ぐ、偶然よ!」


 茜はそう叫ぶともう一度、矢を3連射で放つ。

 だが今度は3発目のリズムを変えた。

 遅くするのではなく、限界まで射る動作を速めた時間差攻撃である。


 しかし帰蝶は先程と同じく1、2射目を払い落とし3射目を掴み取った。


「偶然じゃ……無い!?」


「茜ちゃん」


「茜ちゃん!?」


「貴女の弓は正確過ぎるのよ。その殺気と狙う箇所が分かっていれば予測はできるわ」


 帰蝶は恐ろしい事を言ってのけた。

 狙いが正確で殺気と一致する攻撃なら掴む事が可能だと言っているのである。

 殺気を読み取って攻撃を予測するなど、歴戦の兵士が苦労と死線を潜った先に会得する第6感とでも言うべき技能である。

 それを大名のお姫様がわずか12歳で会得しているなど想像を超えすぎている。


 信長と帰蝶意外は知る由も無いが、2人は殺される事を経験済みである。

 信長に至っては2度だが、その記憶と経験が成せる業であった。


「今度はこちらの番ね!」


 帰蝶は茜と遜色無い早業で矢を抜くと2本同時に放つ。


(舐めるなよ! この程度! 一薙ぎで払い落としてやる!)


 2本同時に放つのは難しいが無理ではない。

 幾ら同時でもタイミング自体は同じである。

 ならば茜にも払い落とす事は可能である。


 それこそが帰蝶の罠であった。


 2本同時に払い落とすには、1本だけの時より広範囲を素早く力強く払う必要がある。

 その大きな払落しの動作の隙を帰蝶は見逃さない。


 今度は3本の矢を抜き取ると、速射で足下を狙う。


(危ない―――上に―――いやこの程度―――横に飛んで)


 茜は負けた。

 自分で枠線を引いて櫓の上を想定した戦いを仕掛けたのに、横っ飛びに避けて枠線から飛び出してしまっていた。


「……勝負あり。茜、落下じゃ」


「あッ!?」


 策士、策に溺れるとでも言うべきか、スタミナや軽業で翻弄するつもりが、熱くなり過ぎて忘れてしまったのであった。

 茜は地面を殴って悔しがるがどうにもならない。

 男尊女卑の時代に男に負けない為に努力を惜しまず、部隊の隊長を任されるまで磨いた技がこれで終りである。

 想いを寄せる信長の眼前で無様な姿を晒したのも口惜しい。


 それは葵も同じであった。

 先ほどは帰蝶が引き分けと言ったが、どうみても自分の負けである。

 帰蝶に勝って気持ちよく部隊を去るはずが、とんだ醜態を晒し、信長の自分達に対する最後の記憶がこんな姿では死にたくなる恥であった。


「三郎様……私たちは……」


「待って!」


 別れを告げる寸前で帰蝶が止めた。

 帰蝶は倒れこんでいる茜と、尻餅を突いたままの葵に向かって声を掛けた。


「葵ちゃん、茜ちゃん。貴女達が何に怒り、恐れているのか分かったわ。ちょっと良いかしら?」


 帰蝶は二人を連れて信長達から少し離れた。


「お、おい、何じゃ?」


 信長は不安になって帰蝶を呼び止めた。


「大丈夫です。女同士の秘密の話です」


 しかし帰蝶はにべもなく言った。

 話す事しばらくして3人は戻り、葵と茜からは憎悪の火は消えていた。


 帰蝶は葵と茜の不安を消したのである。

 2人の実力はこれからの織田家に絶対必要であり、当然女でも活躍する場を与え仕事を奪わないと約束し、信長を独占する積もりも無い事と、いずれ時期を見て織田家に迎える事を約束して。

 信長は気付いていないが史実の嫁達である。

 全員揃って迎えたい帰蝶が去っていくのを見逃すハズが無かった。


 2人にとっても、こんな口約束は戦国時代には何の保証も無いが、帰蝶の圧巻の戦闘力と謎の懇願と説得に折れてしまった。


 この後、3人は男相手に立ち回る武芸を磨くライバルとして、協力者として、過剰に技を磨いていく事になる。


「お待たせしました。三郎様、もう大丈夫です」


 懸念材料を解消させた帰蝶は元気に信長に告げた。

 現場には弛緩した空気が流れる。


 戦いは―――

 終ったのだ―――


 女達は良く判らないが打ち解けており一件落着であった。


「もう良いのか? ならば……」


 信長がそんな空気を察し、今回の顔合わせを締めようとする―――帰蝶が遮った。


「よし! 次は小平太殿、お願いします!」


「……え?」


 突然名前を呼ばれた小平太は、激しく狼狽した。

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