115-2話 六角の三賢者 可能性
115話は2部構成です。
115-1話からお願いします。
【近江国/観音寺城 織田家】
六角の家臣が降伏してから遅れる事1週間後、信長は観音寺城に到着した。
信長は現状の三好長慶による蠱毒計について話し、その計略に3人が飲み込まれ失う事を惜しんだと話す。
戦力バランスについては別次元の知識が絡むので伏せられたが、織田家の天下布武法度と将軍家からの明確な離脱を語って聞かせた。
「何か質問はあるか?」
信長のその言葉に3人は顔を見合わせ、後藤賢豊が代表して口を開いた。
「その、何と言いましょうか……。色々質問したいのは山程ありますが、一番の疑問は我等への評価です。我等をそこまで評価してくれるのは身に余る光栄ではありますが、正直そこまで評価される実績を残した覚えも無いのですが……」
「ッ!」
当然といえば当然の言い分である。
彼らはまだ成長途中でもあり、何より、この歴史では『六角氏式目』を完成させていない。
六角義賢を廃し亀松丸を新当主としたが、甲斐武田家が信虎を廃し晴信を当主とした様に、この程度の事はありふれた事で、確かに大それた事には違いないが、下剋上が横行する戦国時代では手段の一つとして珍しくもない。
故に彼らは実績を残した覚えが無いと言ったのでり、それは信長が彼らの成長機会を奪ったと同義でもあった。
だからと言って別次元の実績など説明しても意味不明であるし、歴史改変による緊急事態で救出した面もある。
誰もが納得できる返答など到底不可能であった。
かつて滝川一益をスカウトした事もあったが、浪人だった一益と彼ら3人では状況がまるで違う。
この辺りの理由付けは信長も悩んだ点であった。
「まぁ……そうじゃな。確かにお主等の言う通りかもしれん。ワシの眼力が狂って買い被っておるだけかもしれん。じゃが、それでもお主等はワシに対し降伏を選んだ。玉砕を選ばず冷徹に生き残りを計算したのじゃろう? この京に隣接する南近江で確かな力を示した六角を支え、その嗅覚で義賢ではなくワシを選んだ。勝者の匂いを。その感性をワシは買う」
「は、はぁ……。確かに勝者の匂いと言うか貫禄は我が殿……いえ、六角義賢に勝るとも劣らぬ年齢分不相応な妙な説得力を感じます」
正直3人は不信感が満載で、相手が信長だけに『尾張のうつけに偽りなし』と断言はできた。
しかし自分達も、既に理由はどうあれ義賢を裏切る道を選んだのである。
ならば事ここに至っては、正々堂々(?)将軍家に敵対する信長か、強引な手法と裏切りで将軍家と敵対する六角義賢のどちらがマシか、との考えに行き着くしかなかった。
それに、こんな鮮やかか且つ、途方もないスケールの策を成功させてしまう三好長慶の蠱毒計と、信長の戦略眼には太刀打ち出来ないと理屈ではなく本能で察した。
だが、余りにも常識外れで意味不明な待遇の良さに、疑問が大きすぎたのが本音であった。
「いきなり全てを理解しろとは言わぬ。ワシはお主等の将来と才能と努力に期待しておるが、ワシも同時にお主等に認められる努力を惜しまん。その上でワシが主君に値せぬと判断するなら、いつ離脱してもらっても構わん」
「……解りました。そこまで仰るのであれば織田家に与させて頂きます。正直不信感は拭えませぬが、織田家躍進の証人がここに揃っておりますからな。うつけの戯言と断ずる事は出来ますまい」
帰蝶に滝川一益、阿部能興が控える様を見れば、信長の言う事にも説得力はある。
それに隣国伊勢の北畠具教が、信長に忠誠を誓っているのも大きかった。
氏素性の怪しい者も、素性が明白な者も、女さえも信長の下で平等に働いているのである。
(織田家との関係を切るのはいつでも出来よう。だが、しっかりと見極めてからでも遅くはあるまい)
とにかく織田家に迎えたい信長にとっては、彼らの内心がどうであろうと十分であった。
「よし。では義賢の悪事を喧伝し絶縁の旨を通告後、六角亀松丸を新当主と認め織田家が後援する。与四郎(河尻秀隆)、彦右衛門(滝川一益)は後続軍と協力し周辺地域を平定せよ。しかし蠱毒計に影響しないよう西よりも東と北だ。北近江と繋がれば斎藤家と連携も取りやすくなる。必要なのは徹底的な防御だ。六角軍の反抗も追い払うだけでいい。必要なら陰で六角の援助すらする!」
「はっ!」
六角は領地で将軍を上回るが、それを支える人材を失った。
この混乱に乗じて将軍が挽回をするかもしれない。
しかし、だからと言って六角が滅んでは蠱毒計が台無しなので、支援すら視野に入れるのであった。
「次、三郎右衛門(阿部能興)は此度の働き見事であった。当面、織田家の脅威は東側だが、お主は一旦三好殿の元に戻って自家の当主として活動せよ。褒美と支援物資は山ほど持たせよう」
「はっ! 過分な配慮、痛み入ります!」
阿部能興、即ち宇喜多尚家は今年初めに一族の仇を討って織田に来たが、三好との連携や宇喜多家の舵取りをさせる為に里帰りをさせるのであった。
だが、この指示に元六角家臣は肩を揺らして反応した。
「……は? え、三好の元に戻る!? あ、あの阿部殿が三好の元に戻ると言うのは一体……? 織田家の家臣なのですよね……?」
信長から聞いた蠱毒計や、織田と三好の方針は何とか飲み込んだが、能興の話には動揺を隠せなかった。
「おっと、その件も話さねばな。織田家ではな―――」
信長が織田家では最早お馴染みとなった、明智光秀や丹羽長秀が家臣の交換留学の件を話し、阿部能興もその一環で三好家から派遣されている事を話した。
次から次に出てくる驚愕の情報に3人は眩暈を覚えつつ、その余りの先進性に、現状では最善手を取れた事を確信したのであった。
その日の夜―――
《彼らの心中は別として、結果だけで言えば予想以上にスンナリ事が進みましたね~》
一端の区切りがついた所で、成り行きを見守っていたファラージャが弾んだ声で話しかけた。
《まぁ、多少の不信感はあろうが、あ奴らを確保できたなら現状では文句の付け様が無い成果じゃ。後は時が解決してくれるじゃろう。無論、ワシも歴史的事実だけであ奴らが『従って当然』と油断するつもりはない。今回は今回であ奴らに言うた通りワシも努力が必要じゃ》
《それにしてもですよ。彼ら3人がこちらに付いてくれたのは改めて考えても出来すぎですね。私は今回全く出番無かったですよ!》
帰蝶が頬を膨らませて答える。
今回の近江侵攻に際して相手に兵が居ないのも当然あるが、戦闘らしい戦闘は殆ど発生していない。
帰蝶としては腕が振るえないのは残念であるが、血を流さずに済むならそれに越したことは無いのは理解もしている。
ただ、観音寺城での対面ではニコニコしていたが、内心は消化不良だったようだ。
《今回のお主は居るだけで良かった。浪人に余所者、女のお主があの場に武装していたからこそ説得力が生まれたのじゃ。今回の策について直家が言ったであろう? 何もしないのも策なのじゃ》
《あぁ、言ってましたね~。御見逸れしました! こうまで綺麗に策が決まるとは見ていても気持ち良かったですね~》
ファラージャが率直な感想を言った。
傍観者故の気楽さではあるが、確かに出来すぎの結果であり信長もそれは自覚していた。
《1回目の人生では絶対に無理じゃな。こんな異常な程の絶好機、逆に怪しすぎて本来なら手出し出来んわ。地理的条件、勢力条件、人材条件、時期的条件、更にあの3人が近江に居残り降伏を選んだ状況が綺麗に揃った上で、尚且つ3回目だからこその策じゃ。何か一つでも狂っておったら不可能じゃろう》
信長は『機を見るに敏』に長けた人物であるが、さすがに今回の件はどれだけ裏取りが出来ていたとしても、1回目の人生で同じ状況に遭遇していたら、自身の未熟さも合わさって絶対に動けなかった状況である。
《成程~。しかし、こんな大規模な裏切りは初めてですかね? 北畠具教さんの弟個人を寝返らせた事はありましたけど。The戦国って感じですね》
《まぁな。将軍も六角に裏切られ、その六角も家臣に裏切られる。……あぁ。これはワシの最後の状況に似ておる気がするな》
《似ている? 六角義賢と今回裏切らせた3人の状況がですか? あんまり感じないですが……》
一人感慨深げな信長に対し、帰蝶は理解できず首をひねる。
《違う。六角義賢と将軍の関係じゃ》
《え!? 信長さんが蠱毒計を仕掛けられてたんですか!?》
もしそうなら、とんでもない歴史的事実が発覚した事になるのでファラージャも身を乗り出して尋ねる。
《そうじゃなくてだな。ワシを裏切った光秀、秀吉の状況が、将軍と義賢の状況に似ているのじゃ》
《は、はぁ……?》
《どういう事です?》
信長の説明が雑なのも原因だが、2人は話の核心が分からなかった。
《まぁ当事者しか理解できんか。つまり計画が準備不足だという事じゃ》
《成程。本能寺の変は準備不足だった、と言う事ですね?》
《えっ!? そうなの!? 謀反ってそんな雑に行われるの!? 謀反って一世一代の覚悟で臨むんじゃないの!?》
信長の『準備不足』との言葉でやっとファラージャは理解したが、帰蝶には謀反がザル計画で行われる可能性に驚愕した。
《ひょっとしたら本人だけは完璧な計画と思ったかもしれん。……いや、光秀や秀吉がそんな愚かだったとは思えんが、義賢に関しては我らが仕組んだとは言え行動が発作的過ぎる。だから似ているのじゃ。光秀と秀吉はワシを討ち取った後どうするつもりだったんじゃ? 奴等が天下を取るにしても準備不足にも程がある。今回の義賢の様に泥沼にハマってしまうのが目に見えておる。それに……》
《それに?》
《ワシは全く奴等の独立を察知出来なかった。それ即ち、何の準備もしておらんハズじゃ》
《えっ。信長さんって結構裏切られてますよね? その全てを把握してたんですか?》
《そんな訳あるか! ……ちょっと話を盛ったが本当に微塵も察知できなかったのは浅井長政と光秀、秀吉ぐらいで、裏切りを阻止できなかったとしても、逆に泳がせてワシが有利になるように動いた。そう言う事を言いたいのじゃなくてだな、以前も考えたことがあったが、裏切るにしても天下を取るにしても後が続かんじゃろう》
史実では光秀は根回し不足で自滅し、秀吉も急に天下を取れてしまったので実力のある譜代家臣を揃えられず、五大老と称した有力大名を抱え込まざるを得なかった。
その中に徳川家康という猛毒が含まれており、結局それが仇となった。
《だから発作的裏切りだと?》
《うむ。そうとしか思えん。奴らがそこまで愚かだとも思えん。だから残るは発作的裏切りしか無い》
信長には、自分が信じ見出した優秀な家臣が、雑な計画をしたとはどうしても思えなかった。
《確かに本能寺では隙を見せすぎた。しかしそれは信頼の表れであり安全を確信した故の行動じゃった。それが逆に絶好の好機に見えてしまったのか? ついつい発作的に手が出てしまう程に何か思い詰めておったのか? 何か許せない事でもあったのか? とにかく討ち取る事を最優先としなければならん程の何かが》
《その辺は歴史資料に確かな記述が無くて推測の様な説しか無いんですが……》
《……義賢の様にワシの行動が家臣の失望を招いてしまったのか?》
《そうすると歴史修正力が働いて、今回の3人が『織田氏式目』を作るかもしれませんね~》
《!?》
ファラージャが軽口でも言うかの様に一つの可能性を述べたが、その思いもよらなかった可能性に信長は頭を殴られたかの様な衝撃を受けた。
《わ、ワシが傀儡にされる……!?》
《そ、想像できない……》
誰かに担がれて『YES』しか言えない信長の姿を3人は思い描いたが、想像を絶し過ぎて到底無理な話であった。
信長達は不吉な可能性に悩みつつ、しかし、近江の一部を支配下に組み込み着実に勢力を成長させたのであった。
《……》
《……》
《……》
《ま、まぁ、とりあえずは、これで現状で西側に対し打てる手は打ったという事ですね。これ以上の近江介入は将軍有利になるし三好に対しても体裁が悪いですし》
沈んだ空気を無理やり変えるべく帰蝶が話題を変えた。
《……そうじゃな。蠱毒計を維持しつつ東側の武田を注視……》
《あぁっ! ひとつ訂正です! さっき私は『出番が無い』って言いましたが、成果は有るんですよ! 凄く重要な事です!》
《重要な事? 何じゃ?》
《お鍋ちゃんを見つけましたよ!》
《オナベチャン?》
《……何じゃとッ!?》
急に現れた聞き馴染みの無い言葉に、ファラージャは抑揚の無い声で聴き返すが、信長は先ほどの『織田氏式目』以上に驚きの声を発した。
この『お鍋ちゃん』こと『興雲院(通称:お鍋の方)』の扱いを巡って信長が悩むのは後の話である。
2/11 追記
プライベートで立て込んでおり、次回の投稿が遅れる可能性大です。
申し訳ありませんが、しばらくお待ちください。