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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
12章 弘治2年(1556年)侵食する毒
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115-1話 六角の三賢者 後藤賢豊、進藤賢盛、蒲生賢秀

お待たせしました。

2連発で酷い風邪にかかり寝込んでおりました。


115話は2部構成です。

115-1話からお願いします。

【近江国/観音寺城 六角家】


 観音寺城では留守居を任された後藤賢豊、進藤賢盛、蒲生賢秀は耳を疑う主君からの伝令に対応を協議していた。


「この書状には『足利義冬様を14代将軍に擁立し、新将軍に敵対する13代将軍を討伐する』とある。その為に『更なる徴兵と徴税を行え』との事らしい」


 後藤賢豊が、読み終えた書状をヒラヒラと雑に振った。


「偽報ですな。三好か織田辺りの」


 進藤賢盛が、バッサリと断言した。


「ムチャクチャですな。偽書状の完成度は凄いのに、内容が荒唐無稽すぎる」


 蒲生賢秀が、偽書状の出来に心底感心した。


「しかしこの偽書状は、本当に惚れ惚れする程に良く出来ておるなぁ。この癖など、どこからどうみても殿の筆跡と花押じゃ。ハッハッハ」


「本当にそっくりじゃ! よう研究しておる! ハッハッハ!」


「むしろ、この偽造者を当家で召し抱えるべきですなぁ! ハッハッハ!」


 3人は同時に笑い飛ばした。


「ハッハハハ……ハハ……は……」


 いつのまにか、3人同時に黙ってしまった。

 時間にしたらほんの数秒ではあるが、永遠とも思える奇妙で気まずい、居た(たま)れない苦痛の沈黙時間であった。


「まさか……まさか、こんな悪夢の様な内容が本当に本物か!?」


 後藤賢豊が書状の真偽を確定しきれずに困惑した。


「伝令はちゃんと正しい合言葉を発したのだろうな!?」


 進藤賢盛が側近に確認をとるが、もちろん正しい合言葉を発しているが故にこの場に持ち込まれた書状である。

 賢盛も頭では理解しているが、それでも確認せずにはいられなかったのであった。


「な、何でこんな状況に? 13代将軍をお助けする為の遠征では無かったのか!? 朝廷を脅迫で押さえたとしても、三好、織田、斎藤、13代将軍と同時に争うおつもりか!? 只でさえ防備ギリギリの状況で、これ以上の徴兵も徴税も敵に付け入る隙を与えるだけじゃ!」


 蒲生賢秀が寝耳に水にも程がある状況に、理解が追い付かず頭を抱えた。


「左様! 我らに課された使命はこの地の防衛! 書状には先の命の放棄は書かれていない! 殿は『援軍を派遣しつつ、この地も防衛せよ』と言っているのか!? 無理じゃろ! いっその事、この書状を見なかった事に出来ぬか?」


 進藤賢盛が書状の握り潰しを提案した。

 現代程の郵便システムが構築されていない戦国時代なので『郵送事故』として、知らぬ存ぜぬを決め込む事も不可能ではない。


「伝令を斬ってしまえば可能じゃが、残念ながら殿も念入りに伝令を多数放っておる。これこの通りな」


 そう言いながら、後藤賢豊が同一の内容の書状5枚を床に投げ捨てた。


「それに、そこまで非道な真似はしたくない」


 全員斬ってしまうのも手段の一つではあるが、それをしては家臣や仲間の信頼を失ってしまう。

 それに、書状がこれで全部であるという保証も無い。


 なお『非道な真似はしたくない』であり『出来ない』ではない。

 イザとなれば、道な手段も辞さない覚悟は可能性として滲ませた。

 それ程までにメチャクチャな内容の命令書だったからだ。


「それに何人かの伝令は書状を届けた後、即座に京へ折り返したらしい。『間違いなく届けた』と報告する為にな。殿も無茶を承知じゃからこそ、我らの見て見ぬふりを許さぬ腹積もりなのじゃろう。無視は我らの反逆と取られかねん」


 苦々しげに吐き捨てるが、逃げ道を塞ぐ主君の手腕には腹立たしいが、認めざるを得ない鮮やかさであった。

 その鮮やかな手腕を持つ主君が動いた結果、何で新将軍の擁立と旧将軍との対立などという、悪夢の構造になってしまうのかは、3人ともに共通する不可解極まりない思いであった。


「泣こうが喚こうが起きてしまった結果は変えられん。江雲様が築いた六角を消滅させる訳にはいかんが……」


 江雲とは、六角義賢の父である六角定頼の事である。

 信長に先駆けて楽市楽座を実行し近江の商売を活性化させ、家臣を本拠地に集め力を集積し中央地域で確かな勢力を築いた先代である。


「仕方ない。各拠点の防備兵を派遣しよう。砦には旗と炊事の煙で念入りに偽装するしかあるまい」


 偉大な先代の作り上げた勢力を守るべく、現状で可能な手段はもう偽装しかない。

 後藤賢豊の決断に2人も頷いた。


「敵がこの機を狙ってきたら抵抗は不可能になりますな……。特に織田は時期を問わず動ける様ですし。信長が不在であるのが不幸中の幸いですか……」


 進藤賢盛が空洞になる地域の心配をする。

 今、攻め込まれたら蹂躙されるがままになってしまうが、天の配列の奇跡か信長は尾張に居ない。

 当面は何とか凌げる公算はある。


「くそッ! 我等が従軍していればこんな結果にはならん! まさか殿は確信犯で今回の行動を起こしたのか? ……あっ!? だから我等を留守居に?」


 蒲生賢秀が恐ろしい可能性に気が付いた。

 こんな重要な事を独断でやらかす主君に、家臣を罠にハメるが如き行動に憤りを覚える。


「ッ!! ありえるな! これはもはや六角存亡の危機と認識して行動せねばなるまい。各々方、最悪を想定して備えられよ。とりあえずは亀松丸様(六角義治)を―――」


 家臣の主君に対する裏切りが横行する下剋上の戦国時代。

 その原因は、主君の家臣に対する裏切りが事の発端である場合もある。

 後藤賢豊、進藤賢盛、蒲生賢秀は降って湧いた厄災の如き現状に、何とか最善の結果を残すべく行動を起こすのであった。



 だが、3人にとって最悪の事態―――

 無情にも『織田軍による近江侵攻』との情報が、飛び込んでくるのであった。



「申し上げます! 織田軍が侵攻して参りました! 既に小倉家を取り込み黄和田城を通過したとの事です! また我らの城を攻めるでもなく素通りしているとの事です!!」


 伝令が観音寺城の襖を破壊する勢いで飛び込んできた。

 伝令のテンションとは打って変わって、3人のテンションはドン底であった。

 疲労感しか感じられない顔で、伝令の報告を聞くとポツリとつぶやいた。


「……やっぱり……か」


 あの衝撃の命令から独自に分析し『違ってくれ』と祈ったが、それが徒労に終わった事が確定したからである。


「これで決まりじゃな。この狙いすました異常に早い侵攻は間違いない。信長が尾張に居ないのは偽報で我らに兵が居ないのは筒抜けじゃ」


「攻撃が無いのは、この観音寺城と近江の商いを握る事であろうな」


「となると今の近江と京情勢も、やはり仕組まれていると見るべきでしょうな」


 それは少々間違いである。

 信長は本当に居ないし、観音寺城も近江の商いも信長にとっては欲しいには違いないが、優先順位としてはオマケである。

 一番の最優先で欲しいのは優秀な3人の身柄である。

 かつてあっさり竹千代(松平元康(徳川家康))を今川に返還し三河を諦めた様に、『土地は逃げない。しかし人は簡単に育たない』が信長の基本方針である。(22話参照)


 まさか自分達が狙われているとは夢にも思わない優秀な3人は、今の状況が悪いにも程がある最悪の中でも最悪にいる事を突き止めていた。

 どんなに言いつくろっても前将軍を弑しかけた事、三好と織田、斎藤に挟まれて六角は孤立無援であること、仮にこの窮地を脱しても後が続かない事。


 何よりも敵の思惑に乗せられて、泥沼の戦いに身を投じなければならない悪夢。

 幸か不幸か、彼等はどんなに手を尽くしても勝てないし、退けられない事が理解できたのであった。


「計画通り亀松丸様を六角当主として擁立し、血筋を絶やさぬ様に動く。どうせ兵がおらんのじゃから抵抗しても心象が悪くなるだけじゃ。降伏して迎え入れよう」


 後藤賢豊はそう方針を決め、残りの2人も頷いた。

 少人数で立てこもって華々しく玉砕し歴史に名を残す選択肢もあったが、彼らは『生』を選んだ。


 だからこそ戦国武将は(したた)かである。


 イザとなれば即座に切り替え生き残る道を模索し、恥だろうと何だろうと最善の手段を取る。

 史実の信長が武田を相手に土下座外交で凌いだ様に、また、信長包囲網にて絶体絶命になった時、足利義昭と朝倉義景に謝罪して滅亡の危機から生還した。

 捨てると決めたプライドに執着しないから生き残り、結局それが最善に繋がるのである。


 主君に絶対の忠誠を誓う風習は、戦国時代には(ほぼ)無い。

 中には義心溢れる武士も居るには居るが、大抵はシビアでドライな計算である。

 そう言った忠義の心は、江戸時代に入った後の道徳教育の賜物である。

 しかし逆に、主君が力を見せ続けるならば存分に能力を発揮してくれる。

 史実でもこの3人は、イザとなれば主君の権力を制限する行動力を見せる資質を秘めている。

 その3人だからこその行動力と降伏であった。



【観音寺城/大広間 織田家】


 観音寺城では河尻秀隆と、その軍に合流した滝川一益、阿部能興と、この場に不釣り合い極まりない帰蝶が座していた。


(な、何故、女が……??? それに何だあの白甲冑は……)


 後藤賢豊、進藤賢盛、蒲生賢秀は理解が及ばない状況に戸惑う中、侵攻軍総大将である河尻秀隆が口を開いた。


「降伏の件は了承した。我が殿からもくれぐれも丁重に扱うよう厳命されております故に御三方、それに亀松丸殿以下将兵の命は保証いたします」


「あ、ありがたき配慮、感謝致します。ところで、その……織田様は何処で?」


 この場に相応しくない帰蝶と、この場に居るべき信長が居ない事に、不審と困惑を感じつつ後藤賢豊が代表して尋ねた。


「ここには居りませぬ。今頃は尾張を発ってこちらに向かっていると思います」


「ここに居ない!? そ、それでは、今回の侵攻は河尻殿の独断で!?」


「いいえ? まぁ……話すと長いのですが、要約すれば某と濃姫様の一存で決めた次第です。殿からは今回の件に関して全権委任を受けております」


「河尻殿と……濃姫殿、ですか!?」


 3人は目を見開いて帰蝶に視線を向けるが、当の帰蝶は涼しい顔で鎮座していた。


「そうです。この滝川殿と阿部殿が内偵し、私達に機会を知らせ、この絶好機を逃さぬ為に。全ては後藤殿、進藤殿、蒲生殿をお迎えする為に」


 そう言って帰蝶はニッコリ微笑んだ。

 魅力的に見えたかどうかは微妙である。


「わ、我等? え……?」


 3人は、帰蝶の言った言葉の意味を理解するのに、暫しの間が必要であった。


「は!? 我らをですか!? 近江の土地や商いを手に入れたいのでは!?」


「違います。その証拠に、この滝川殿も阿部殿も織田家とは何ら所縁もない人物ですが、織田家の中核に食い込んで活躍しております。今回の件も2人の活動があってこそです。阿部殿など織田家に入ったのは今年ですよ? 女の私でさえココにいるのですから何ら不思議ではありません」


「……ッ!!」


「そんな馬鹿な!」


「織田家は英林公を真似、いや既に実践を!?」


 理解を超えた帰蝶の申し出に、3人は混乱の極みに達した。

 普通は土地や地域の利益を奪うのが戦国時代である。

 人材第一は概念としては知ってはいても、実践となると話が違う。

 理想は理想であり現実は違う。

 長年の実績を無視する様な余所者の優遇はそれこそ家の崩壊に繋がってしまう。


 越前の朝倉家。

 そこに名を残す朝倉孝景(たかかげ)という人物がいる。

 朝倉氏には7代目、10代目と2人の『孝景』が存在するが、ここで言う孝景は『英林(えいりん)孝景』『天下一の極悪人』と称される7代目の孝景で、この小説では老齢ながら大暴れしている朝倉宗滴の実父である。


 孝景はその悪名とは裏腹に、実に合理的な考えの持ち主で、家訓『朝倉孝景条々』を定めた。

 その中の一つに『朝倉家に於ては宿老を定むべからず。その身の器用忠節によりて申し付くべき事(世襲制度を廃止し、実力をもって採用するべき)』と理想を残した。

 だが、理想は理想で理解はできるが、到底不可能であり夢物語である。

 何故なら昔からの付き合いもあれば、顔を立てなければならない事もあり、本当に理想の人事を実行したら組織は崩壊してしまう。

 そんな理想を織田家は採用すると言うのである。

 主君の六角も理解を超えた事をやらかしたが、織田家の話にも理解が追い付かなかった。


「改めて言います。御三方以外にどれほど価値がある物を手に入れたとしても、それらは全てオマケです。この近江で貴方達に勝る家宝はありますまい。あとは我が殿から直接聞くと良いでしょう。何の為の近江侵攻だったのかを。当面はこの城からの外出は許可できませんが、それ以外は自由にして頂いて結構。大人しくしてもらえれば亀松丸殿も安泰です」


「……わ、分かりました」


 こうして彼らは困惑は継続しつつ、信長の到着を待つ事になった。

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