114話 汚濁への進軍
新年明けましておめでとうございます( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆
今年一発目の投稿となります!
今年も信長Take3をよろしくお願いします!
【山城国/京 三好館】
六角の反逆が起こる前の話である。
長慶が将軍への伝令役と密談していた。
『よし。我らは京を去るが、お主は将軍の警備として潜入したまま残り、いつか必ず来る六角と将軍だけが顔を合わせた期を見計らってこの書状を届けよ。お主の働きによって歴史が動く。そう心得よ』
『はっ』
伝令は静かに、しかし力強く返事し退出した。
『よし……。人事を尽くた。あとは天命を待つのみ』
長慶は三好家として出来る事は最早無いと判断した。
『将軍も六角もまるで周りが見えておらん。応仁の乱で何ら学んでおらんな。多少の覇気と才能があろうとも世を治める器では無い。それに以前、書状で警告したハズじゃがな。『六角は信用できん』と』(98-2話参照)
かつて長慶は、進軍してきた足利将軍一派をボロクソにこき下ろした書状で、行動を操った。
『六角の状況を考えれば、一念発起を警戒するのは当たり前ではないか。ワシの策に付いてきているのは信長だけか。将軍も神輿は神輿らしくしていれば生き残れたものを。軟弱な将軍家が引き起こす2度目の大乱。これにて詰みじゃ』
長慶の心は勝ち誇るでもなく、笑うでもなく、憐憫の情だった。
これから起こる事を考えれば不憫で仕方ない。
なお、長慶は仕掛けた側なので、手心など一切加えないが。
『無様に潰しあって、ワシの為の毒薬となるがいい! ハハハハハ!』
長慶は、久しぶりに心の底から笑うのであった。
【播磨国/八幡山城 宇喜多家、三好家】
足利義輝率いる13代将軍派と、六角義賢率いる14代将軍派の争いが京で本格的に始まる頃、播磨国の八幡山城へ急報が届けられた。
急報だが、三好長慶にとっては朗報、吉報の類なのだろう。
それを伝える家臣の顔は喜びで綻んでいたからだ。
「と、殿! やりました! 蠱毒計成功です!」
「そうか! 伝令は無事脱出したか!?」
「その様に聞いております!」
「よぉしッ! 良くやった!」
長慶は珍しく感情を露わにして吼えた。
弟を討ち取られ、己の力量を見誤る勢力が跳梁跋扈する中央で、耐えに耐えて毒虫を一網打尽に封じ込める事に成功したからだ。
しかも大任を与えた伝令が、完璧な仕事と共に脱出まで果たしていた。
100点満点の大戦果であった。
六角義賢による決起の直前に入ってきた伝令は、唯一御所に残した長慶の手の者で、伝令とは一つだけ決まりを定めた。
つまり『義賢と将軍だけになった時に書状を届ける』、これだけを決めていた。
長慶不在で複雑な謀略は難しいので、最適なタイミングを定め書状を渡すように厳命し、見事成し遂げたが故の両者の対立であり蠱毒計となったのである。
「みな良くぞ辛抱して耐え抜いた! 我等の忍耐の成果じゃ! 奴等が毒虫。京が壺の内側。我らが壺の外側。後は壺が割れないように注意するだけだ!」
「誠に、誠にお見事な手腕でございました! 本当にこんな事が起きてしまうとは!」
長慶の言う『我等』とは三好家だけではない。
今回の大規模計略は三好単独で成し遂げられる策ではない。
三好包囲網が結成され、多数の勢力が三好に牙を向ける中、あるいは静観を決め込む中、織田、斎藤、今川が味方となった。
誰が味方となるかは天の気分次第であったが、出来上がった三好包囲網はそっくりそのまま将軍包囲網にもなっていた。
ただ、それで包囲できたとしても、穴だらけの壺では意味がない。
「うむ! (……本当にな。本当に……達成できてしまったなぁ)」
流石の長慶と言えど、驚かずにはいられない成果であった。
「皆の努力の賜物じゃ! 今回ほど『お主等が家臣で良かった』と思う事はないだろう!」
長慶は手放しで喜び家臣を絶賛した。
流石は荒事に慣れた武士の中でも、頂点に君臨する家の家臣である。
普段の連歌はポンコツでも仕事は一流である。
(我ながら本当に奇跡じゃと思うわ。戯れに構想はしてみたが普通なら即却下の大規模で愚かな策。そりゃそうじゃ。ワシや三好家だけでは到底不可能。信長が東側で、しかも同じ価値観を持ち賛同する者達がいたからこそ出来た蠱毒計)
この蠱毒計は、例えば信長が九州の勢力だったら成功しない策で、三好家と織田家は正に天の配列の奇跡としか言い様がない、絶妙に京を囲む位置関係である。
しかも、ただ大規模勢力として東側に居れば良い訳ではない。
長慶と同じ価値観と力を兼ね備えていなければ、成立しない策である。
更に信長を理解する、斎藤義龍や今川義元が東側を強力に固める奇跡。
何か一つでも要素が欠けていたら成功しない策であり、長慶が奇跡と思うのも無理からぬ事である。
「今までも将軍家は雑に扱ってきたが、今回は特に雑極まりない。しかも帝が御座す京を巻き込んだ非道な策に内心では複雑な気持ちの者も居ろう! しかし誰かがやらねばならん! 真に力を持つならば悪名を被ってでも日ノ本に秩序を築かねばならん! 力を持つ者の責任とは何なのか? 民を守り、愚かな支配者から解放する事! それが力を持つ者の義務であり責任である! 誰も出来ないなら、このワシがそれを成す!」
信長と近しい感性と思想を持つ長慶は、信長がかつて元服で放った言葉と似た様な言葉を放つ。(40話参照)
(将軍に六角義賢よ! その他の有象無象の領地支配欲しかない愚か者共よ! お主等にこの覚悟は持てまい!)
史実の長慶は、信長と接触する事なく表舞台から退場した。
本来なら、考えついたとしても、途方も無さ過ぎて笑い話にもならない計略であったが、しかし、歴史が変わった今回の世界では、自身に匹敵する理解者が現れ長慶の野望が顕在化し策となった。
「先も言ったが我らは強固な壺である! これよりは中の毒虫を絶対に外に出してはならぬ! 奴らを争わせ競わせ疲弊させ死に至らしめる! なお、内側からの脱出は許さぬが、新たに毒虫を追加するのは随時狙っていく。周辺状況の見極めはこれまで以上に注意せよ!」
【山城国/京 将軍家、六角家】
「ここまで……ここまでするか!? そんなに足利が憎いか長慶!!」
「この義賢ともあろう者が……!! これではワシは狂人ではないか!? 三好! それに織田の若造が!!」
一方、壺に閉じ込められた将軍、六角両陣営は、今の対立関係が仕組まれていた事に気づいた。
ここまで露骨にやりたい放題されれば、どんな愚か者でも流石に気づく。
気づくが―――
だからと言って、いまさら対立を止める訳には行かなかった。
例えば軍勢による同士討ちなら、手違いと強弁して何とか和解も可能だろうが、今回は張本人同士による刃傷沙汰と暗殺未遂を犯しているのである。
これを無かった事にするには無理があるし、こんな蛮行を許せる様な聖人君子が戦国時代に存在する訳がない。
それに、暗殺未遂を無かった事にできる度量と根性があるなら、今の苦境に陥っていないだろう。
「クソ! しかし覆水盆に返らずか! だが過ぎた事を悔いても仕方あるまい……! こうなれば六角を誅し足利の勢力として山城国と南近江を平らげ、三好に決戦を挑むしかあるまい!」
「クソ! 後の祭りとはこの事か! だが過ぎた事を悔いても仕方あるまい……! 現状、朝廷も新将軍も我が手の内。決して手遅れでもなければ不利でもない! 正当性は六角にある! 三好は後じゃ!」
それ故に、もう策は策だったとして受け入れつつ、相手を殲滅し生き残るしかない。
その上で反撃の機会を作るしかない。
まさしく壷の中で殺し合い、最強の毒虫に進化して。
【近江国/某所 織田家】
「滝川殿、伝令を送りましょう!」
「うむ!」
一方、南近江に潜入していた阿部能興(宇喜多直家)と滝川一益は、六角の動きを察知すると即座に伝令を飛ばした。
事前の取り決め通り、行き先は河尻秀隆と帰蝶であり、信長ではない。(111話参照)
その秀隆と帰蝶率いる軍で、最低限の兵しか残っていない今の南近江に攻め込み、標的を確保するためである。
その標的は後藤賢豊、進藤賢盛、蒲生賢秀の3名。
六角の中心人物にして稀有な人材、歴史改編の波に飲み込ませて失うには痛すぎる人材を確保するのが理由の一つ。
あと一つは、三好長慶の蠱毒計をより完璧に整える為である。
とは言っても三好長慶の策は既に完璧である。
現状でも100%と言っても過言ではない。
自身に対する包囲網を逆利用して包囲を完成させ、しかも互いに争わせるなど容易に成し遂げられる成果ではない。
それでも信長は、この完璧な状態に手を加えようとしていた。
本来なら信長といえど文句が付けようがない成果であるが、ただしそれは1回目の人生で遭遇していた場面だったらの話。
今は何の因果か3回目の人生故に知っている。
蠱毒計自体は初めての経験であるが、その壷に閉じ込められた六角家臣が優秀な資質を秘めている事を。
転生故に今回の蠱毒計が、人材豊かで地盤も強い六角に分があると判断した。
転生故に会った事の無い人物の能力まで把握しているので、将軍家と六角家の勢力バランスを極限まで精密に計算できる。
その判断が出来るからこそ、信長は動くのである。
これだけは長慶には不可能にして、信長だけが可能なアドバンテージである。
一人だけ別次元の事実まで流用できる反則的計略であるが、別に正々堂々3度目の人生を送っているわけでもないし、信長としても余裕がある訳でも無い。
どちらかと言うと転生のデメリットに悩まされる事も多かったが、人材の未知の才能に関しては100%メリットを享受できる。
久しぶりに感じるメリットを活用し、長慶にも把握できていない六角有利材料を削るべく行動を起こすのであった。
それが、河尻秀隆と帰蝶に一任した南近江侵攻作戦である。
その為に信長を尾張から離し、その情報を流した程である。
これこそが、蠱毒計を以前から把握していたが故に起こす、南近江への調略なのであった。
【伊勢国/金井城 織田家】
かつて願証寺との争いの拠点となった金井城。
長島の一向宗を睨む地点であると共に、滅ぼした後も流通の拠点、並びに、南近江に進出する時に足掛かりとする為に発展させた拠点である。(88話参照)
「全軍聞け! 目標は黄和田城! 八風街道を通過し可能な限り素早く拠点とする!」
河尻秀隆が緊急動員した2500人の親衛隊を前に号令を出す。
まずは近江への取っ掛かりとして、黄和田城を目標に掲げた。
黄和田城はかつて近江で勢力を誇った京極一族の影響が強い城であるが、その京極家が今は紆余曲折あって斎藤家に従っている。
しかも現在の京極家は北近江には影響を及ぼすが、勢力が衰えてからは南近江からは撤退してしまっている。
現在は八風街道に立つ交通の拠点として小倉家が小勢力として独立しており、織田にも六角にも寄り付かず、かと言って包囲網に積極的でもなく中立の立場をとっていた。
「これは侵攻戦ではない。かねてより織田家に付くよう説得工作を続けているが、最後の一押しをする為に向かう。小倉家は織田家にとって有力な一族。脅すのではなく誠意をもって味方に引き入れる!」
秀隆の後を継いで帰蝶が口を開く。
「ここが味方になれば、自動的に九居瀬城も八尾城も通過できます。そうすれば殿の狙いを果たす目が出てきます! ですが、ここを躓けば全てが狂う! 心して進軍しなさい」
帰蝶の言う通り、ここで頓挫してしまえば、蠱毒計のバランスもクソもなく、六角の人材も歴史に消えてしまう。
しかし帰蝶にはもう一つ独自に目標を立てていた。
記憶が確かならこの地域に信長の側室の一人である、通称『お鍋の方(興雲院)』がそろそろ生まれているハズなのだ。
帰蝶は帰蝶で、2度目の人生のアドバンテージを活かして行動を起こすのであった。
「後続軍は今ごろ大慌てで招集が掛けられている頃でしょう。さぁ、今ここにいる運の良い者たちよ。功績を独占するわよ!」
「オォーッ!!」
今、織田家による緊急だが準備済みの、南近江侵攻作戦が開始されるのであった。