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信長Take3【コミカライズ連載中!】  作者: 松岡良佑
12章 弘治2年(1556年)侵食する毒
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112話 壺の中の毒虫

【山城国/三好館 三好家】


 宇喜多直家が織田家に出向し、入れ替わりで織田家からの派遣家臣が到着した頃―――


「これより尼子家牽制の為に旧浦上領地に進軍し、地域の制圧を宇喜多家と共に行う。此度はワシ自ら指揮を執る!」


 京の三好館では、三好長慶がそう宣言した。

 対尼子戦略において、宇喜多直家の復讐を兼ねた下剋上で先制攻撃を成功させた三好家は、本格的に尼子の侵攻を食い止めるべく自ら立ち上がった。(109話参照)

 今この場には、長慶の弟達、歴戦の家臣と、更に織田家から派遣されてきた滝川信輝(池田恒興)、津島春安(服部一忠)、鵜森秀高(毛利良勝)が末席に控えている。


「公方様(足利義輝)、右京大夫様(細川晴元)。これより足利将軍家を脅かす不忠者の征伐に行って参ります! 吉報をお待ちください!」


「う、うむ。期待しておるぞ」


 大広間の最上座、御簾(みす)の奥に座した足利義輝は困惑しながら長慶の出陣を承認した。


「お任せを! 弾正(松永久秀)。守備は任せたぞ?」


「はッ!」


 三好長慶は京の守備兵の()()()()を動員し、西に進軍するのであった。



【山城国/将軍御所 足利将軍家】


 長慶を見送った足利義輝と細川晴元が、膝を突き合わせて密談している。


「これは……罠なのか?」


「そう考えるのが妥当かと」


「……どんな罠なのだ? ワシは何故自由なのだ? 隙なのかコレは?」


 京から殆どの三好軍が居なくなり、すっかり人の気配が消えた御所では、義輝も晴元も事実上自由の身となった。

 天下人たる三好長慶が京を放棄するなど考えられないが、そう考えざるを得ない程に障害が無くなった。


 何せ長慶の息の掛かった兵士は当然ながら、下働きの者に至るまで全員が消えたのである。

 一応、留守居役の松永久秀が配置されているが、三好館にほど近い拠点で待機している有様である。

 これでは義輝の動きに到底対処できず、近江に逃げるも、伝令を飛ばすも完全に自由である。


 そんな訳で、密談と言いつつ遠慮をする必要がない、二心を抱くものには絶好の状況である。


 もちろん義輝も晴元も、これをチャンスと素直に捉える程に愚かではない。

 2人は反撃の機会を狙い続け辛抱強く待っていたが、コレは絶対に違う。

 望んだ状況には違いないが、叶うハズの無い望みだっただけに、唐突過ぎて訳が判らない。


「正直見当もつきませぬ。三好が一体何を狙っているのか、何の為の隙なのか。それでも無理やり可能性を挙げるとすれば、恐らく我らに問うておるのでしょう。服従か反抗か。いずれにしても態度で示せと」


 厳重な警戒態勢だったのに、それが一切無くなった。

 どんな愚鈍な者でも、何かを()()()()()()のは察知できる、露骨すぎる状態である。


「奴は反抗を望んでおるのか? だが何故だ? こう言っては何だが大人しくしておったぞ? 連歌については奴に本気で感謝したぞ? 裏では色々動いたが……」


 そう言って小姓の猿夜叉丸を見ると、困惑した顔でコクコク頷いた。

 義輝の出す密書は、猿夜叉丸が動いて外部に飛ばしていた。


「その企てに気付き、疎ましく思ったのでは?」


 理由としては一番妥当な所である。

 反抗を誘発させ、証拠を押さえ、処断の理由とすれば良い話だ。


「それならこんな回りくどい事をしなくても、直接手を下せば良いのではないか? せっかく囲っておったのに。我らを弑逆するなら何時でも出来たハズなのに。ワシならそうするぞ?」


「汚名を被るのを避けたのではないかと。突然に殺してしまっては(そそ)ぎ難い汚名を被ります。どんなに実力を持っていても将軍と家臣の差は絶対です。被る悪名は最小限に止めたいのでしょう」


 飾りとはいえ武士の頂点に立ち、憎い三好に保護されていた義輝は忘れていた感覚であるが、長慶と義輝では物事の捉え方や捉えられ方が違う。


「故に暗殺ではなく、武力による討伐を奴は望んでいるのでしょう。……ならば何故あの時に討伐せず、今になって討伐する理由は不明ですが」(98話参照)


 晴元の言う通り、長慶はとにかく無駄で回りくどい事をしていた。

 帝御所で捕らえられた時、処刑すれば良かったのだ。

 だがそれをしていない。

 何もかも納得できる説明ができない状況だ。


「本当に意味が分からんな。では仮に我らが立ち上がったら、奴は当然西から踵を返すだろうな?」


「恐らく……」


 長慶がこの機会を狙って、これ幸いと引き返して来られては困る。

 先に述べた通り、回りくど過ぎるが、有り得る可能性である。


「まるで理解できん行動じゃ! 何がしたいんじゃ!? 奴は将軍の威を利用したいから、あの時我らを捕縛したのではないか!?」(98話参照)


 どんなに考えても納得できる理由が見つからず、義輝は苛立たし気に問いかける。


「某もその通りだと思うていたのですが……。どうやら我らは勘違いしていたのかも知れませぬ。実際に三好が我らを捕縛する前は、我らを追放したまま放置でしたからな。我らの存在の有無など問題なく支配ができておりました」


 史実の三好長慶と足利義輝の関係は、義輝が追放されては和解を繰り返し、足利将軍家の家名を然程に重視していない。

 細川政権では、細川一族が管領として将軍家を利用し牛耳っていたが、長慶は将軍も管領も雑に扱っていたのである。


「これが罠だというのは判るが、じゃあ一体何を試されておるのじゃ! 斎藤家からは何かないか!?」


 内部での情報で限界があるなら、外部の要素を考慮するしかない。

 こんな時の為に、わざわざ回りくどい事をして、斎藤家と浅井家を結ばせたのだから。


 しかし晴元の返事は無情なモノだった。


「はっ。千寿菊姫(浅井久政娘、斎藤義龍継室)からは、斎藤は普段と変わらず内政に力を入れているとの事。何か特別な事に対する動きや緊張感も見られないそうです」


「クソ! 何もなしか! しかし罠だとしてもこの絶好の機会を逃しては将軍家の再興は夢のまた夢か! ……あッ!?」


 義輝はそこまで言って、重要な事に気が付いた。


「長慶め! 何と腹立たしい策を考え付くのじゃ!」


「それはどういう……?」


「将軍家を立て直そうとするワシが、ここまで舐められて何もしなかったら、将軍家は後世に絶対的な恥を残す事になる! 奴はワシらが何かするのを待っているのではない! 無理やり動かそうとしておるのじゃ!」


「ッ!! それは確かに! 罠であろうとも今起たねば武家として、男しても終わったも同然ですな……!」


「ここまで……ここまでワシを愚弄するのか……ッ!? 朽木と六角、あと弟に連絡を取れ! こうなったら罠ごと食い破って蹴散らしてやろうぞ!」


「はっ! 不安材料はありますが、ここは長慶の思惑に乗らねば再起の道は途絶えましょう。しかし、やられっぱなしでは居られません。罠を踏みつぶしてこそ奴の思惑を越えられましょう!」


 足利義輝と細川晴元は、再度三好長慶に対して行動を起こす決意をしたのであった。



【南近江国/観音寺城 六角家】


「左馬頭様(足利義冬)。とうとう機が訪れました。覚悟はよろしいですか?」


 足利義輝からの要請を受けた六角義賢が、足利義冬に覚悟を求めた。


「う、うむ。兄は時代に翻弄されて、その子も同じ道を辿っておる。始祖尊氏公に連なる将軍として到底ふ、相応しいとは言えぬ。ならば、わ、我が立つしかなかろう。左京(六角義賢)、任せるぞ!」


 義冬の頼りない言動に義賢は、将軍家を牛耳る己の栄達を心中で描きほくそ笑む。


「全てこの左京にお任せを。当面は現公方を奉じて行軍しますが、救出に乗じて亡き者に致します。その後は帝に新たな将軍認可を朝廷に要請し足利将軍家を再興いたします! 今しばらくは拙者の客人として御振舞頂きたい」


 義冬にそう告げると、義賢は家臣の待つ広間へと向かう。

 そこには名門六角を支える家臣たちが揃い、後藤賢豊、進藤賢盛、蒲生賢秀も座していた。


「公方様より要請が参った! 三好長慶が西の尼子と対峙する為に京を空けたとの事! この絶好の機会を逃す訳にはいかん! 尼子に関わっている隙に公方様をお救いし日ノ本をあるべき姿に戻す! グズグズしていては救出が遅れる故に今すぐ動かせる兵を集めよ!」


「ハッ!」


 以前に苦杯を舐めさせられた三好に対する雪辱を晴らす為に、家臣達の意気込みも高い。


「しかし、東の織田が大人しいとはいえ無警戒にする訳にもいかん。但馬守(後藤賢豊)、山城守(進藤賢盛)、更に権太郎(蒲生賢秀)に留守居を任せる! 六角の両藤及び、六角の三賢の力でこの観音寺城と近江を守れ!」


「……承りました」


「留守居はお任せを」


「『賢』の名に恥じぬよう役目を果たします」


 六角の柱たる三人を留守居に据えるのは、これ以上の適任者が居ないのもある。

 だが、真の理由は、京に従軍した場合、義賢の策謀に反対されタイミングを逸してしまう事を恐れたからである。


 かつての甲斐武田家の様に、家臣の発言力が強い六角家。

 その中でも特に後藤賢豊、進藤賢盛、蒲生賢秀の三名は六角家において発言力が高く、無視できない存在なのでもっともらしい理由で留守居にしたのであった。


 それぞれに決意と野望を秘めた、足利将軍家と六角家。


 もしもあの時―――

 三好長慶が西に行く事を承認したあの時。


 御簾を上げて広間を見渡していれば。

 数年前に世話になった顔に気が付いていれば。

 池田恒興、服部一忠、毛利良勝に気付いていれば。

 不穏な空気を察知して、踏みとどまったかもしれない。


 もしもあの時―――

 足利義冬が都合良く六角に逃げ込んで来た時。


 都合良く三好長慶が京から移動した事を不審に思い。

 家臣を煙たがらずに。

 後藤賢豊、進藤賢盛、蒲生賢秀と協議していれば。

 踊らされている事を察知して慎重に動けたかもしれない。


 足利義輝も細川晴元も六角義賢も勘違いしている。

 何か罠が有るのを察知したまではいい。

 長慶が待っているのではなく、無理やり動かしているのを看破したのも良かった。


 まさしくその通りなのである。


 三好長慶はもちろん罠を仕掛けている。

 しかし、それは三好家への反抗を促し、討伐の大義名分を得る為ではない。

 もっと悪質な企てを達成する為である。


 将軍家も六角家も、全て長慶の手の平の上である。 


 この後の惨劇を思えば、その罠すら察知できなかった方が幸せであったが、3人共なまじ優秀だったが故に起きてしまう惨劇であろう。


 何か一つでも違えば、この後の泥沼の闘争には成らなかっただろう。



【山城国/三好館 三好家】


「弾正様、六角に続き朽木、興福寺の僧兵も将軍の呼びかけに応じ出陣したとの報告が入りました」


 弾正様と呼ばれた松永久秀が間者の報告に頷いた。


「よし。順調に毒虫共(各勢力)()に集結しておるな。さて、我らも退くとするか。堺で事の成り行きを見守ろうぞ」


 久秀が撤退の指示を出し、京に残った最後の三好軍が都を後にした。


「殿、蠱毒(こどく)計が成りましたぞ。応仁に続く2度目の乱。これで邪魔者は全て潰えましょう」


 松永久秀は長慶の策の成功を確信し、京からの脱出をするのであった。

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